「何奴だ人間!ここはお主の様な者が来る場所ではない!」
天狗の里のド真ん中。またかと思いつつ上空を見上げると、はたてが申し訳なさそうに降りてくるのが見えた。
視線を戻すと、男らは線が太く、赤くないのと鼻が高くない処を除けば想像上の天狗そのものであった。その数6人、皆中々屈強そうである。
「落ち着いてください!この人は―」
椛が場を鎮めようとするが、興奮状態にある男天狗達は聞く耳を持とうとしない。その様子からすると、あまり立場は偉くないのだろう。
しかしこのまま争いが始まれば、サンカはたちまちに血祭りに上げられてしまうので、はたてが降りてくるの待ちながら、対話を試みる事にした。
「僕は箕作サンカと言います。姫海棠はたてさんのご厚意により、此方に居候させていただくことになりました。武器を下げてください」
「姫海棠、はたてだと?」
男らは顔を見合わせてから再度サンカを見、一笑した。
「嘘も大概にしておけ。貴様がはたて様に施しを受けるなどあり得ぬ話だ!あの方の名を騙るとは言語道断、即刻切り捨ててくれる!」
なぜここの住人はこう血気盛んなのかと、サンカは毒づく。
既に天狗たちは仕込み刀を取り出し始めており、殺し合いを始める気は満々であった。椛が頼りなく説得を繰り返す。
「ちょっと待って!」
もう駄目かと諦めかけたその時、はたてが天狗達とサンカの間に降り立った。男天狗たちはどよめき、平伏する。
「痛くなかった!?怪我は無い!?」
「あ、うん。別に平気だけど……」
心配そうな顔をしながらサンカの体の彼方此方を触れ、痛みを感じているわけではない事を確認すると、彼女はいきなり抱擁した。良い香りがする。
「良かったぁ……死んじゃったかと思ったよぉ」
息が止まるくらい強く抱きしめられ、モガモガと言葉を上手く出せない。
顔には柔らかい胸がある。大きくも小さくもない彼女の胸は、人によっては至福に感じるだろう。しかしサンカはそれを意識している暇はなかった。
(息の根が止まる!)
早く引きはがさないと窒息してしまう。そういうプレイは趣味でないし、興味もない。そこで、彼女の背中をポンポンと叩いて息ができない事を伝えると、腕の力が弱まり、離れることができた。
空気を大きく吸い込んで咳き込む。
「ゲホッ!」
「サンカ!?ごめん、苦しかった?」
「ま、まあ……」
「あの、はたて様。彼らに事情の説明をお願いしたく……」
ドン引きした様子の椛が距離を置きつつはたてに懇願すると、はたてはハッとした様子で我に返り、コホンと咳払いを一つしてから、困惑する天狗達へと話した。
◆◆◆◆
「そういう事でしたら……」
天狗達は2、3言話すと、渋々納得したと言わんばかりの表情を浮かべ、サンカを見る。彼らは仕込み刀を仕舞うと、苦虫を噛み潰した顔のまま、一人、また一人と家々へ消え、椛も安堵して何処かへ歩いていった。
「驚かせてごめんね。私の方からきっちり言っておいたから、安心していいよ」
「あ、うん。はたてってさ、此処だとそんなに偉い人なのかい?さっきも……」
その事か、とはたては説明をしてくれた。
「私、こう見えてもこの天狗の里の長である大天狗、天魔様直属の部下だから」
聞けばはたての他にもう一人、文という人物もいるとの事である。彼女らは天狗たちを纏める、言わば幹部の様な役割を持つ立場なのだそうだ。「何かされたら私に言ってね」とは、はたての談である。
「さ、行きましょ。案内するわ!」
一段落すると、彼女はサンカの手を引いて上機嫌に歩き出す。サンカはは御伽噺の世界を目に焼き付けるべく、瞬きすら惜しんで周囲を見渡した。
(思っていたより大きいところだな)
建築物はどれもしっかりした作りとなっており、予想よりは近代的であった。
ただ、通りに面した家が窓に蓋をして、中がわからないようにする所を見る度に、思わず嫌な顔をしてしまう。歓迎されないのは当たり前だろう。よそ者、ましてや人間なのだから。
(得体が知れない、か……うん?)
と、無数の気配が背後から近づいてくるのが分かり、足を止めてみる。振り向くと、丁度子供達が水瓶等の物陰に隠れるところだった。
「あの、ちょっと待っててくれ」
「え?うん、いいけど」
思い出したように背負っていたリュックサックを降ろして中を漁ると、外の世界で買ったばかりのドロップ缶を取り出して、硬貨を使いつつ開封する。
缶には色とりどりな果物が描かれており、はたては幻想郷にはないその不思議なものを良く見るために、隣に座って目を輝かせた。
「それは何?」
「飴だよ。ドロップとも言う」
「どろっぷ?」
カラカラと振って見せると、隠れている子天狗達においでおいでと手招いた。子天狗達が恐る恐る寄ってくると、子供達に手を出すように指示し缶を傾ける。
そしてカラフルなドロップが手の上に転がり出ると、わあっと声が上がった。残念ながらハッカ味はお気に召さないらしく、大量に手元に残った。
「これあげるね」
「いいの?」
「うん。いっぱいあるから」
「ありがとう!人間のおじちゃん!」
「おじちゃんって……」
子供は悪気なくお礼を言ったつもりだろうが、サンカはおじさんか、と思わず苦笑いする。何気ない風景なのだが、はたてはそんな彼の横顔を、一人複雑そうな面持ちで見ていた。