幻想怪奇目録 ー人と天狗の奇妙な関係ー   作:ガーヘル313

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50話になります。ここから数話続けて二人のどこかおかしい日常をお届けします。それではごゆっくりお楽しみください。


50話 ささやかな平穏・1

 今日も朝が来た。日の光が部屋を照らし出し、眩しさで目が覚める。

 

 首が少し痛むのでさすりながら起き上がると、布団を畳んで押し入れに仕舞った。時刻は7時、いつも通りの何も変わらない朝だ。未だ頭の半分が夢の中のせいか、ボンヤリとして思考が纏まらない。

 

 

―明日明後日はゆっくりと休みなさい

 

 昨日家に帰った後、再び現れた紫にそう言われた。疲れていたのもあって少々苛立っており、姿を見た時つい遠回しに嫌味を吐きそうになったが、それを聞いて急速に怒りが萎んでいった。

 新しい依頼をされなかったという安心感もあるし、何よりもそういった配慮をしてくれたのが有難かった。彼女の中にも、一人で身動きを取れない程にまで使い込んだ罪悪感があるのかもしれない。

 

 昨晩の出来事を思い出していると、徐々に目が覚め始めた頭が、はたての素晴らしいまでの掌返しの映像を何度も再生し、少し笑いそうになった。あそこまで露骨なのもそうそうないだろう。紫の引きつった笑みが、更なる笑いを誘った。

 

 

(朝風呂するか)

 

 サンカは上機嫌な様子で入浴道具一式を携え、まだ少しだるい体を引きずるようにして風呂場へと歩き出した。

 

 昨日は入浴せずに寝てしまったため、体中がべた付いて気持ち悪い。涼しくなってきたので出来る事ならお湯の方が良いのだが、新たに沸かすのは面倒である。

 温泉に行くのも考えはしたが、一人で勝手に行動して後で面倒な事になるのが目に見えたので取りやめとなった。昨日夜遅くまで起きていたのもあって、はたてはまだ眠っているだろう。黙って行動するのは良くない。

 

 よって今回は自動的に水風呂という選択に至った。冷えたとしても朝食を作る時に釜土の傍にでもいればそのうち温まるだろうし、さほど問題にもならない。

 

 彼は脱衣所の前に立つと、鼻歌交じりに戸に手をかけて、カラカラと音を立てながら引いた。

 

 

「?」 

 

 そこには寝巻を半分ほど脱いだ状態で、此方を見て固まっているはたてが居た。彼女もまた同じことを考えていたようで、着替えもしっかりそこに置いてあった。

 視線を上から下へ動かし再び上を見ると、はたての顔の位置で止まった。彼女の目はまるで驚いているかのようにパチリと開かれている。整えておらずボサボサになった髪型でキョトンとしているのがまた愛らしく、少々眠たげなこげ茶色の目が綺麗だ。

 

 

「・・・・」

 

 お互い何が起きたのか収集が付いておらず、まるでそこだけ時間が止まったかのように制止していたが、頭は数秒程経ってから今の状態の理解に努め始めた。

 はたての顔がポンッ、と音が聞こえそうな速さで赤くなり、反対にサンカの顔は血の気が引いて、元々白い肌色が青を通り越して土気色になる。

 

 

「ひゃあ!」

「ご、ごめん!!」

 

 はたてが恥じらいの悲鳴を上げたと同時に、壊れるのではないかと思う程の速さで戸を叩きつけるように閉め、サンカはその場から素早く逃げ出した。

 何と言い訳しようか。

これが原因で追い出されたら泣くに泣けない。盛大に混乱していると、外からその様子を笑うかのような雀の鳴き声が聞こえた。

 

 

 

 

「はたてさん・・・あとどれだけ続ければ良いですか?」

「ん―・・・あと10分」

 

 そう言って既に一時間経過している。座布団を敷いているので正座でも楽ではあるのだが、そろそろサンカは膝と尻が痛くなってきていた。少しだけどいてほしい気もするが、これも彼に課された使命である。約束は守らなければならない。

 

 何をしているのかというと、(故意ではないのだが)着替えを見た罰として、膝枕をしているのだ。

 散々悩んだ挙句、風呂場から頬を赤くして出てきたはたてに謝罪したところ、条件付きで許してもらえる事になった。最初は気にしていないから謝罪は不要の一点張りだったが、彼女は少し考えてから〈今日一日、言う事を何でも聞く〉ことを提案してきた。自傷や自殺等まずできない事を除いて、はたてからのお願い事は日付が変わるまで全て熟すという物だ。

 

 最初は提案してきた時、いつもと同じではないかとは思ったが、いざ長時間実行してみると中々辛い。いい加減限界のようだ。

 

 

「ん、ありがと」

 

 顔には出さずにひたすら堪えていると、はたてはおもむろに頭を膝の上から起き上がった。サンカは両足をバタつかせた後、座布団に座り直す。

 

 

「次は何にしようかなー」

「なんなりと」

 

 少し痺れる足で立ち上がり、大きく背伸びをした。隣では、はたてはご機嫌な様子で指を折って数を数えている。これからお願いする内容を選んでいるようだが、7つを超えた辺りから見るのを止めた。

 

 時計を見れば、既に昼頃まで針が進んでいる。このまま変なお願い事が出ずに一日が終わってくれる事を切に願っていると、背後から何か決心したような声が聞こえた。振り返ってみると、丁度炊事場のある方へ彼女が歩いていく所だった。

 

 

「手伝うよ」

「いいの。大人しく座ってて」

「けど・・・うん、わかった」

「良い子。座布団引いておいてくれる?すぐできるから」

 

 サンカがはたての鼻歌を聞きながら二人分の座布団を居間に引いていると、彼女の後姿が目に入った。白い割烹着は何度見ても初々しく、背中から生えている黒い翼が、時折パタパタと動いている。

 

 

(新婚さん・・・か)

 

 彼は文の揶揄い文句を思い出しながら壁に寄りかかり、楽し気に動き回るはたてを静かに眺めていた。

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