幻想怪奇目録 ー人と天狗の奇妙な関係ー   作:ガーヘル313

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52話です。非常に不快な描写が含まれていますので、ご注意ください。

また、更新速度が遅くなってしまっている事を、今一度お詫びいたします。それではごゆっくりお楽しみください。



52話 悪夢の果てに

「終わったよ」

 

 夕暮れ時の日の明かりが手元を暗く照らす中、明日朝に配達予定の花果子念報の印刷を終えると、サンカは目を瞑って瞼の上からグリグリと軽く解した。高さの合わない机での作業で血の巡りが悪くなってしまったようで、首から頭にかけて妙に痛む。

 今日は早く入浴して眠ろう。明日になれば疲れも回復しているはずだ。

 

 

「・・・」

 

 チラリとはたてを見ると、完成した新聞を束ねる作業をしていた。購読者はそこそこの数になっており、いまや文々。新聞に迫るほどで、文からは二人がかりのネタ探しは卑怯だと言われた。一面に怪異等の特集を組んだのが功を奏したのか、暇な人里の者達には良い刺激になっているらしく、この新聞を心待ちにしていると言われたとはたては喜んでいた。

 

 

「!」

 

 不意に視線に気づいた彼女と目が合いニコリと微笑まれた。気恥ずかしくなって思わず顔を逸らすと、彼女はすぐさま近づいて後ろから腕を回して密着してきた。

 

 

「な、なにを・・・」

「サンカはさ・・・本当に私の事を嫌いにならないの?」

 

 呆気に取られて顔を上げると、再度目が合った。これだけ間近で見て初めて気づいたのだが、こげ茶色の瞳に薄っすらと紫色が入っており、まるで宝石の様な透明感がある。ただ、表情はとても悲し気であり、今にも泣きだしそうだった。

 

 サンカは多少目を丸くしたが、至って冷静にその質問に答え始めた。

 

 

「まあ、確かに血を舐めさせられた時は嫌な気分になったよ。でもね・・・」

「でも?」

「君は僕をとても大切に思ってくれているし、居場所をくれた上にずっと傍にいるって約束までしてくれたんだ。そんな人を嫌いになんてならないよ」

 

 小さな声でそれに可愛いしと付け加えると、はたては照れくさそうに笑ってくれた。お世辞ではなく本気で言ったのだが、彼女は何方と取ったのだろうか。

 

 暫くして大きく息を吸った後、彼女はサンカから離れて部屋を出て行った。部屋を出る直前に見えた表情は、先ほどまでと違い明るく自身に満ちていた。

 

 

 

 

 入浴後、サンカは蝋燭の明かりを頼りに布団の上で古びた本を読んでいた。古本屋で購入したは良いものの、今の今まで読むことが無かったので試しに開いてみた次第だ。

 オカルト系の話ではあったのだが、オカルトとして語られる側の住人になった彼にとっては些か滑稽にも思え、昔ほど楽しんで読むことが出来ない。そこで彼は、幻想郷で得られた事実と本の内容を照らし合わせつつ、赤ペンで上から注釈を入れたり訂正したりして読んでいた。

 

 部屋の隅を見ると、リュックに支えられる様に小さな紙袋が立っていた。件のプレゼントだが、結局今日も渡すことが出来ずに部屋の肥やしになってしまっている。誕生日までにと思っていたが、中々その機会に恵まれない。果たして渡せる日はやって来るのだろうか。

 

 

「サンカ、ちょっといい?」

 

 襖の向こうからはたての声がした。本を枕元に置いて返事をすると、襖が静かに開き、はたてがひょっこりと顔を出した。落ち着いた色合いの寝巻姿で、まだ少し湿り気のある髪は結わずに下している。

 

 

「どうしたんだ?」

「あの、さ・・・今日は一緒に寝ても良い?」

 

 時計を見るとまだ日は跨いでいない。`言う事を何でも聞く`は未だ有効な筈なのだがと首を捻るが、断る理由もないので手招きをすると、はたては喜々として布団までやって来た。いつもの香水の香りと違い、石鹸の優しい控え目な香りがする。

 

 

「枕は・・・持ってきてあるね。明かりを消すよ」

「うん」

 

 彼女が横になるのを見た後、サンカも蝋燭に灯った火を消して床に就いた。一人用の布団に二人も入ると流石に狭く感じるが、程よく温かくて落ち着ける。

 孤独には慣れたつもりだったが、その実何処かで寂しく思っていたのかもしれない。そうでなければ、はたての傍にいられるだけでこんなにも安心できる筈がない。

 

 明日はプレゼントを渡せるだろうか。サンカは背中伝いに伝わる体温を感じながら、眠るために目を瞑った。

 

 

 

 

 

 嫌な夢を見た。思い出したくもない忌々しい記憶が次々と溢れ、深い絶望感が襲ってくる。

 

 夢の中のはたてはまだ幼く、体中に火傷や青痣等ができていた。目の前には二人の大人の天狗が居たが、顔にはポッカリ穴が開いているかのように黒く塗りつぶされていて、表情を伺う事は出来ない。

 

 突然左頬に何かがぶつかり、彼女は蹲った。強い力で弾かれた頭を支えきれず、首が悲鳴を上げている。怯えながら顔を上げると、天狗の片方が筋肉質な腕を振り上げた所だった。

 瞬間、壁に付いた黒黒とした染み、庭に咲くケシの花、生気を失った虚ろな目がフラッシュバックし、ふと気づくとはたては顔に大きな青痣を作り、鼻血を流しながら泣いていた。

 

 大人の天狗はそれが気に食わないらしく、更に暴力をふるい続ける。暗く埃の溜まった部屋の隅で、決して逆らう事のできない一方的な力に、彼女はただ呻く事しかできなかった。

 髪を鷲掴みにして床に何度も叩きつけながら、年端も行かない子供に対して、あまりにも酷な罵声を浴びせる。

 

 

―このクソガキが!なんで言う事聞けないんだ!

 

 ごめんなさい。ちゃんとするから、だから殴らないで、お願い・・・

 

―目ざわりだなお前は!鬱陶しいんだよ!

 

 ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・

 

―お前なんか生むんじゃなかった

 

 ・・・・

 

 

 もう嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ―

 

「ハァッ!!」

 

 はたては飛び起きるとすぐに部屋を見渡した。暗くて良く見えないが紛れもないサンカの部屋だ。

 肌寒いくらいだと言うのに、息が荒く汗が止まらない。自身の顔に手を当てて落ち着かせようと何度も狂ったように深呼吸を繰り返す。

 

 

「眠れないのか?」

 

 ビクッと体が一瞬硬直し、素早く隣で眠るサンカの方を見ると、彼はもう一度問いかけてきた。

 

 

「嫌な夢を見たのか?」

「・・・小さい頃の夢を見てたの。いい思い出なんて一つもないけれど」

「そうか・・・辛かったら何でも言ってくれ。力になれるならなんだってするから」

「うん」

 

 サンカはそれ以上詮索しなかった。話したくないのなら話す必要はないという彼なりの思いやりなのは、はたても良く知っていた。

 

 昔から何も変わっていない。記憶を失っていても自然と当時の言動を取っているのは、まだどこかで忘れていない事の現れなのだろう。

 

 落ち着きを取り戻すと、咄嗟に払いのけてしまった布団を掛け直し再び床に就くが、目がさえてしまって中々眠れない。背中合わせで寝ているサンカも眠る事が出来ないらしく、時々モゾモゾと体勢を変えている。

 

 

「うーん。それにしても寒いな」

 

 彼ははたてのいる方に寝返りを打つと、後ろからはたてを抱きしめる様に触れた。丁度夕方頃とは逆の立場だ。

 

 

「ちょ、ちょっと」

「うん。こうした方が温かいな」

 

 決して締め付けるような強さではなく、心地よさを感じる加減だ。少し寝ぼけていた彼の行動で、先程まで鮮明に脳裏に焼き付いていた悪夢の内容が消し飛んだ彼女は、一人悶々としながら朝を迎えることとなった。

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