それではごゆっくりお楽しみください。
目が覚めるとはたてが隣におらず、一抹の寂しさを覚えながら起き上がった。時刻は5時頃。少し早い時間に起きてしまったようだ。
「さ・・・寒い」
秋も中盤に差し掛かった時期だと言うのに、真冬の様な寒さだ。
枕元に畳んでおいた甚兵衛を着用し、その上から普段着の上着を羽織って囲炉裏まで行くと、炭を入れて火を起こし、水を入れた薬缶を吊るす。湯を沸かせばお茶を飲むことが出来るし、湿気もある程度調節できるので一石二鳥だ。
暫くして薬缶の底を舐める様に火が広がり始めるのを見て、思わず手をかざした。優しい温かさが悴んだ指先を温めて行く。
それにしても、はたての姿が見えない。起きているなら炊事場に居ると思ったのだが、そこには誰も居なかった。となれば、部屋に戻ったと考えるのが妥当だろうか。
お湯が沸くのを見計らってココアを持ってくると、お湯を注いでお手製のマシュマロを浮かべる。甘くないため、マシュマロを加えると飲みやすくなる寸法である。見た目も洒落ているし、熱が入る事で面白い食感になるので、こんな体質になる前はお気に入りの飲み方だった。今では香りを楽しむだけになってしまったのが、なんとも悔しい。
「・・・」
手を火に当てながら、閉じたり開いたりする。
はたての血を飲み込んでしまった時、空腹感が収まったのを感じた。偶然にして誰かを捕食する以外の、新しい空腹を抑える方法を見つけてしまった訳だが、同時に赤い料理の秘密に気づいてしまった気がする。はたてに確認したかったが、もし予想が当たってしまっていたらと考えると、とても恐ろしくて聞けなかった。
「ただいま・・・って、起きたの?」
ガラガラと戸が開く音が聞こえたので振り返ると、はたてが震えながら入ってくる所だった。丈の短いスカートと半袖のシャツでは寒いのも当たり前だ。
サンカは彼女を迎えると、羽織っていた上着を着せて囲炉裏まで連れて行き、まだ温かいココアを差し出す。
「おかえりはたて。ちょっと早く目が覚めちゃってね、ひょっとして配達に?」
「あー・・・うん。そんな所ね」
妙に歯切れが悪い返答だが、特に気にはしなかった。
はたては欠伸をした後にクシャミし、湯呑を上着に包まる様に丸まった。ココアも気に入って貰えた様で、飲む度に幸せそうな笑みを浮かべている。
やはり純粋な笑顔を振りまく彼女が、想像したような恐ろしい事をするとは思えない。少しでも疑った自身を恥じるべきだろう。
全ては思い過ごしなのだと決めつけてはたての隣に座ると、彼女はすぐにもたれ掛かって来た。
サンカはそんな彼女の事を突き放すことなく、寧ろ自分から距離を詰めて手を重ねる。距離が近くなったのは、彼女の強烈な押しに折れたせいなのか、淡い恋心のせいなのか。果たしてどちらが先だったのかは、今でははっきりしない。
「そんなに臭いかい?」
ココアを飲み終わった後、執拗と言える程に上着の匂いを嗅ぎ続けるはたてを見て苦笑いすると、彼女は服に顔を押し付けたまま首を大きく横に振った。不快な臭いでないのなら良かったが、そんなに何度も嗅がれると恥ずかしくなる。
「サンカの服・・・サンカの匂い・・・うへへ」
何かつぶやきながら悦に浸っている。サンカは妙な寒気を感じて上着をそっと取り上げると、涎と思わしきシミが幾つか出来ているのを確認して、苦虫を噛み潰したかのような微妙な表情を浮かべる。
はたては息を荒くしながらサンカを物欲しそうに見てきたが、彼の表情を窺い知ると気まずそうに咳ばらいをして座り直し、重ね合わせた手を絡め、首を傾けて肩に乗せてきた。
そろそろ文の来る時間である。二人揃って布団の中よりは幾らかマシだが、格好のネタになってしまうのは違いない。
「はたて、そろそろ朝ご飯作らないか?手伝うからさ」
「駄目、私はもう一寸くっついていたいの」
「文が来ちゃうぞ」
「別に構わないけれど?」
そう言うとはたてはサンカの腕に体重をかけた。彼女は驚くほど軽いので退かそうと思えば退かせるのだが、体を密着させるように掴まれているので払いのける事は出来ず、力任せに振りほどこうものなら怪我を負わせかねない。
「まったく。あの娘に見られたら何を―」
「おっはようございまーす!!」
言わんこっちゃない。間が良いのか悪いのか、戸が乾いた音を立てて蹴破られ、新聞を携えた文が乱入してきた。彼女は二人が寄り添って座っているのを見るや、新聞を素早く放り投げ、すぐにカメラを向ける。
「朝から見せつけてくれますねぇ。早速お写真を一枚!」
「どうせなら綺麗に撮ってね?」
はたては渋い顔を文に向けている彼を突いて意識を向けさせると、ニコリとしてピースサインを作った。ひょっとして写真を撮られたいが為に、文が来るまで張り付いていたのだろうか。隣に座ったのは失敗だったようだ。
「・・・もう好きにしてくれ」
悪い意味で今日も退屈しない一日になりそうだ。見せつける様にポーズを決める彼女に促され、サンカは疲れた笑みを浮かべた。
◆◆◆
「うまく撮れてるわね。流石は文」
「褒めてもなにもでないわよー」
数分後、文は写真を現像戻って来た。弾ける様な笑顔を浮かべてピースサインをするはたてと、それを見て目を丸くした寝ぐせ頭のサンカが並んで映っており、コミカルな印象を受ける。
「やっぱり記念写真は撮っておくものよねー」
「?」
何の記念だろうか、とサンカと文は顔を見合わせて首を傾げた。出会った日から数えても中途半端だし、今日が彼女と自分のどちらかの誕生日という訳でもなさそうである。
はたてにその事を尋ねると、彼女は少し慌てた様子ではぐらかし、文から訝しげな視線を送られた。
(記念日ねぇ・・・)
質問攻めにあって目を回すはたてを他所に、サンカは彼女が持つ写真に目を落としながら、忘れ去った記憶を掘り起こそうと思考した。