「この辺りにいるみたいだけど・・・」
はたては周囲の木々や岩等が雨粒を弾く音を聞きながら、携帯を片手にひまわり畑を一望できる、苔むした巨大な岩の傍に立っていた。
大まかな位置は分かっても、ピンポイントで居場所を特定できないのがこの能力の不便な所だが、愛の力さえあれば必ず見つけられると信じている彼女は、めげずに彼を追いかけ続けていた。
携帯を見ると、画面には相変わらず胸に開いた穴から血を流すサンカが表示されている。その様子はとても痛々しく、自身の胸にも締め付けるような痛みを感じた。餓鬼の特性上すぐに傷は塞がるだろうが、やはり心配なものだ。
(次はもっと強力な結界にして、逃げられない様に手足も・・・そうすればあーんして食べさせてあげられるし、もっといっぱい・・・)
はたては妄想の世界に入りかけると、いけないいけないと首を横に振った。彼を守るつもりなのに彼を傷つけてどうするのだ。それに手足を切断してしまったら、頭を撫でてくれることは二度となくなってしまうのだ。何方が良いのか天秤にかければ、5体満足でいてくれた方がずっと良い。
はたては気を取り直すと、再び意識を耳と目に集中させながらゆっくりと歩き出した。すでに数十分が経過しているだけに、落ち着きが無くなり息苦しさも現れてきている。雨の勢いも強くなってきているので、早く見つけて連れ帰らなくてはならない。
「?あれって・・・」
何かが動いたような気がして目を凝らすと、黒い服を着た男がゆったりと歩いているのが見えた。風雨で良く見えないが、後ろから見た背格好はサンカに良く似ていた。
その瞬間、自身の中で感情が一気に爆発するのを感じた。雷に打たれたかのような衝撃が走り、笑みが自然と零れると、思考より先に体が動いていた。
サンカと思わしき人物は歩みを止めたが、迫りくるはたてにまるで気づいている素振りはない。その様子は彼女からすれば、誰よりも愛しい彼がその場で立ち止まって待ってくれているように見えた。
(いた!もうどこにも行かせないわ!)
手を伸ばしながら、背後から素早く距離を詰める。文には遠く及ばないものの、はたても烏天狗の端くれなのだ。感覚的に未だ人間のままであるサンカを連れ去るのは造作もない。
「サンカ!」
自分はここにいる。そう誇示するかのように、はたては目に暗い色を湛えたまま、弾ける様な笑顔で名前を呼んだ。
◆◆◆
なぜ奴が此処に居るのだ、とサンカは嫌な顔をした。よりによって、一番会いたくなかった存在に鉢合わせするとは、つくづく運がないようだ。
視線の先には、はたてではなく巫女服を着た少女が一人立っていた。気だるげな表情を浮かべてつまらなそうにしているが、放たれている気迫は肌を粟立たせ、涼しくなってきたこの時期に冷たい汗を拭きださせるまでの威圧感を与えてくる。
「霊夢・・・」
「ようやく見つけたわ。一緒に神社まで来てもらうわよ」
見るからに歳下の少女を恐れるのは情けなく見えるが、実力は遥かに霊夢の方が上なのだ。話を聞く限り、幻想郷最強の称号を持つ彼女と戦ったところでサンカに勝算はない。
出来る事ならすぐに逃げたい所だが、霊夢は隙を見せないどころか、此方がほんの少しでも気を抜こうものなら攻撃されると容易に想像できるほどの殺気まで放ち始めている。
「僕をどうする気だ?」
「ここで答える気はないわ。そうね・・・詳しい事は神社まで来てくれれば話してあげるわ」
「断ると言えば?」
「まったく仕方ないわね・・・だったら無理やり連れて行くわ」
威圧感が更に強くなる。結果は分かり切っているがやはり戦うしかないようだ。
サンカは覚悟した様に懐に手を入れてスペカを探すが、はたてから逃げてきたため部屋に置きっぱなしだった事を思い出した。普段ならスペカを使っている間はある程度の加減が自然と出来るのだが、何も使わずに能力を行使すると、一撃一撃が強力になり過ぎる傾向があるのだ。即ちこれは弾幕ごっこというお遊び等ではなく、本気の殺し合いをする事を意味する。
お互い睨み合って一触即発の状態が続く中、突如として耳をつんざく悲鳴が山に響いた。サンカにはそれが誰から発せられたのかがすぐに分かった。
「はたて!!」
「何なの一体」
霊夢の気が逸れると共に、サンカは土を蹴り上げて彼女の目を潰し、急斜面を滑る様に下り始めた。攻撃をしてくる恐れがあるため、極力ジグザグに移動しながら走る。
予想通り、はたては自分を探して此処まで来ていた。しかも、追って来た矢先で何らかの脅威に晒されているのだ。最悪の結果が脳裏を何度もよぎり、動揺と後悔があふれ出して冷静さを欠いていくのが、自分でもはっきりわかった。
彼は自分のせいではたてが危険な目に遭ったのだと何度も考えながらも、切れかけの糸の様に辛うじて残っている正気にしがみつき、決して狂うまいと堪える。
「待ちなさい!」
霊夢が何か喚いているが、目を潰したのだ。暫くは追ってこれまい。時々足をくじきながらも声がした方へ必死に山を駆けると、ようやく目指した場所にたどり着いた。
そこには首を掴まれて苦しそうにもがいているはたてと、燕尾服を着た男が立っていた。
男はサンカが何か行動を起こす前に、新たに増えた気配に気づいたのか、嫌にゆっくりと、そしてぎこちなく振り返る。
「そうか。誰かと思えばお前だったか。久しいな、兄上」
男は目だけで笑っていた。