その男とは初対面の筈なのだが、何処かで会った事があるような気がした。ボンヤリと酷く曖昧な所ではあるが、彼は何かとても重要な事を、例えばサンカが何者なのかを知っているのではないかと思えた。
記憶を失う以前の自分を知ることが出来るチャンスと考えたが、はたてに危害を加えているだけでなく明確な敵意を感じ取れるので、もし一対一で出会っていたとしても話を聞きだすのは難しかっただろう。
男は痒そうにしながら顔を左右にぎこちなく振ると、グチャグチャと不快な音を立てながら、口から何か白い物が落ちて行った。目でその白い物を追うと、地面に落下した米粒程の大きさのそれらがなにやら不規則に蠢いている。
どうやら蛆のようだ。面覆いの下がどうなっているのか想像し、サンカは酷く気分が悪くなった。
「ふむ。出来損ないがいると思っていたが・・・」
邪悪そのものと言えるような禍々しさと憎悪が強くなる。第六感の方はこの男を目にした瞬間から、僅かでも畏怖を感じ取らせてはならないと警鐘を鳴らし続けていた。もしも恐れや恐怖を感じ取らせてしまったら、奴にとって極めて有利な状況になるという'経験'を何故か知っているのだ。
「その子を・・・はたてを離せ!」
「・・・チッ」
恐怖心を押し殺しつつ今できるだけの虚勢を張ると、男は苛立ったように頭を震わせながら、はたてをサンカの方へ放り投げた。
「はたて!」
地面に頭を打つスレスレの所で如何にか受け止めると、咳き込む彼女の様態をすぐに確認する。顔色が悪く息も荒いが、しっかりと呼吸は出来ているようだ。落ち着くまで安静にしていれば大丈夫だろう。
サンカは安堵のため息を一度だけつくと、純粋な怒りがこみ上げてくるのを覚えた。一番許せないのは彼女から逃げて来た自分自身だが、あの男ははたての首を絞め、挙句の果てに子供のように無造作に放り投げたのだ。こんな目に遭わせておとがめなしは納得がいかない。
だが、いざ攻撃しようと厳しい面持ちで顔を上げてみると、既に男はいなかった。気配を感じ取れず、ましてや移動する音すらしなかったので、あの男も何らかの能力を持っていると考えるのが妥当だろうか。
白目は黒く無かったので餓鬼ではない様だが、得体の知れなさがあり極めて不気味だ。それに、兄上とは一体何のことなのだろうか
「やっと追いついた・・・ってオマケもいるのね。楽になるわ」
しまった。謎の男より厄介なのがもう一人いるのを忘れていた。サンカは追いついた霊夢を向いて睨みを利かせつつはたての盾になる。
「あーもう!別に揃って始末しようなんて考えてないわよ。ただ神社まできてほしいだけなの。紫にもこの事は伝えるから安心して」
溢れ出る殺気を引っ込め、霊夢が地団駄を踏んだ。本当かどうかは分からないが、紫が此方に付いている間は安心できる筈だ。
サンカはおかしな動きをしたら即座に対処できるよう警戒しつつ、面倒くさそうにしている霊夢の後に続いた。
◆◆◆
神社に着いた途端、はたてと引き離されてかなり焦ったが、何もしてくる気配がないのでとりあえずは様子見していた。
開け放たれた部屋からは境内を眺める事ができ、暇なので賽銭箱の上で喧嘩をしている雀を眺めて時間を潰している。
「ああもう邪魔くさいわね!」
「早くそれを渡して!でないと容赦しないわよ!?」
サンカは隣の部屋からする声を聞いて歩き出した。はたての元気そうな声を聞いて笑みが零れたが、霊夢と何を争っているのか気になった。
静かに戸を開くと、丁度一人前くらいの大きさの土鍋を抱えた霊夢と、それを奪い取ろうと猛攻を加えるはたてが居た。予想通りすっかり元気になったようで、雰囲気も何時もの活発な感じに戻っている。
「どきなさいよ!」
「嫌よ!サンカに食べさせるのは私の特権なの!!」
「何変な事言ってるのよ!?私は食事を運ぶだけで・・・」
丁度空腹だったので食事を用意してくれるのは有り難いのだが、二人は起き出したサンカに気づくことなく口論を続けている。どうやらはたてが何か誤解しているらしく、それで揉めているらしい。止めなければ大惨事になるのは間違いなしだ。
「二人ともそれくらいに・・・」
危ないので止めさせようとした直後、霊夢がしがみ付くはたてを振り払おうと強く振り回した手が滑り、鍋が放物線を描いてこちらに飛んできた。鍋の中身は卵粥だったようで、黄色と白のコントラストが雪原に咲いた花のように見えて中々綺麗だ。
「「あ」」
これもはたてから逃げようとした罰なのであれば甘んじて受けよう。サンカは二人の声が重なるのを聞きながら、嫌にゆっくりに見える鍋から避けようともせず、顔いっぱいに広がる熱と、肌が茹り痛みへと変わっていく感覚を味わった。