「それで、これはどんな意図があるんだ?」
顔にかかったお粥を拭き取ると、サンカは掃除をしている霊夢に尋ねた。火傷が痛むが、次第に治ってきているので気には留めずにいる。
はたてはどうしているのかといえば、先ほどまでの威勢は何所へ行ったのか、霊夢の背後から何かに怯えたように此方の様子を窺っていた。彼女はサンカから送られた視線に気づくと素早く戸の陰に隠れ、暫くしてまた顔を少しだけ出すのを繰り返している。
「まずはそこの天狗と話をつけたら?」
床を掃除し終えた霊夢は空になった鍋を拾い上げると、呆れたようにため息を吐いて立ち上がる。二人の無言のやり取りを見ていてじれったくなった様で、乱暴にはたてを部屋に押し込み、戸を閉めて出て行ってしまった。
はたては二人を隔てる壁がなくなった事で、暫く右往左往しながらそわそわしたり、サンカを一瞬見て顔を背けたりする。サンカは暫くその動きを眺めていたが、唐突に名前を呼んだ。
「はたて」
ビクリと大きく体が跳ね、動きが止まった。やはり怯えが見える。はたては恐る恐るという言葉がピッタリな程ゆっくりと振り返ると、目は一切合わせずに
「ごめんなさい」
と辛うじて聞き取れる程度の小さく震える声を出した。
涙を浮かべ、目を赤くしながらすすり泣くはたては、とてもか弱い存在に思えた。普段こそ明るく振舞っているが、その実はサンカの知らない所で少しづつ自分を追い詰め、病んでしまったのだろう。もっと彼女と向き合っていればこんな事にもならなかった筈だ。
「・・・おいで」
謝罪を受けた彼は両腕を広げながら微笑みを浮かべると、はたては何も言わず、警戒する野生の動物の様にゆっくりと近づき、遠慮気味に胸に顔を埋めてきた。
サンカを守りながら傍に置いておくためには、監禁という手段が最善の策だった。マトモな思考なら理性も働いたかもしれないが、日々の焦りが募り追い詰められていたはたては、自分の気持ちを理解し、肯定し、笑ってくれる彼ならば、どんなことでも正当化してくれる筈だと信じて行動に移したのだ。
だがそれも、謎の男に襲われ死を覚悟した時に間違いだったのではと脳裏をよぎった。
結局の所は彼が助けに来たので事なきを得たが、あれ程酷い目に合わせてしまったのだから、もう今までの生活に、今までの優しい彼には戻らないのではないかと思えてしまい、正しい選択と信じた自らの行いを後悔した。
そういった経緯から次に発せられる言葉を非常に恐れていたが、サンカは予想に反して、そっと受け入れた上に静かに抱きしめてきたため、思わず顔色を窺うように尋ねた。
「怒ってないの?」
「怒ってなんかいないよ・・・ずっと気持ちに答えられなくてごめんね」
「!で、でも、あの時私を・・・」
瞬間、サンカはあまりの必死さに吹き出してしまった。彼は呆然とした表情を浮かべるはたての頬を撫でると、子供に母親が聞かせるような優しい口調で語る。
「確かにあの時はとっても怖かったよ。だけど僕に居場所と、誰かといられる楽しさを教えてくれた君を嫌いにはなれなかった。まあ、監禁したことは褒められないけどね」
「本当に?」
「勿論だよ。嘘なんかじゃない」
サンカは笑って見せると、はたては大きく息をついて再度顔を胸に埋めて来た。
その動作を見て張りつめていた緊張の糸が途切れたのか、左胸を締め付けられるような、だが決して不快ではない感覚が現れ、鼓動が少し早くなったのを感じた。
「ああ、そうだ。ずっと言いたかった事があるんだ」
思い出したように腕の力を緩めると、二人は対面して座るような形になる。はたては落ち着きを取り戻してきたようで、薄っすらと笑みを湛えたように見えた。
そして彼女は恐れるのではなく、次に出る言葉を期待を寄せているようだった。
「はたて」
今ならば答えられる。誰にも邪魔されず、真っすぐな気持ちを。
「僕は君の事が―」
霊夢は一連のやり取りを、戸の向こう側から鍋を片手に聞いていた。新しい粥を拵えて戻ってきたは良いが、入るタイミングを見失ってしまったので、とりあえず話が終わるまでこうして待っているのだ。
歯が浮くようなクサい台詞を互いに言い合っているのは気に食わないが、本人達が幸せならいいのだろう。
「誰かを好きになる・・・か」
中に聞こえない様に小さくそう呟く。互いに依存しあい、互いに求めあい、そのまま底の無い水底の様な闇に落ちてゆく。傍から見ればとても滑稽であるし、とても歪んだ恋模様だ。あれは恋や愛情等ではなく、呪いや呪縛のような黒い物にしか受け取れない。
「全く面倒なもんね」
霊夢は小さく開いた戸の隙間から様子を伺い、眉間に皺を寄せた。無邪気に喜び、幸福そうな表情をしたはたてと楽し気に話すサンカの目には光が無く、はたてが見せたような闇を湛え暗く濁っていた。