61話 終わりの始まり
「はいサンカ、口を開けて」
「んあ・・・」
夕暮れ時の博麗神社。
煎餅を齧る音が部屋に鳴る中、はたては匙を使ってお粥をサンカに一口食べさせると、彼は少しづつ味わうように飲み込んだ。卵は何かしらの物の怪の物を使ったらしく、食事では満たされることのなかった満足感を感じている。
サンカは少しだけ俯いて考える様に唸った後、はたての顔を見る。彼女は少し困ったように眉を寄せると、彼は小さく微笑んだ。
「やっぱり少し塩味が濃いかな・・・はたてが作ってくれた物の方が良いかも」
「!じゃあ、帰ったら何を食べたい!?」
「そうだな・・・」
批評を入れられた霊夢は、ただ黙々と茶を飲み、煎餅を齧りながらやり取りが終るのを待っていた。粥に関しては腹に詰め込むために適当に作ったのだから、そう言われても仕方ないと思っている。
それよりも彼女の胃を苛立ちでキリキリ言わせていたのは、二人の夫婦漫才だ。
お互いの心の内を伝える時間を与えた結果、二人はこれまで以上に、驚くほどに距離が縮まってしまった。正式に交際する関係になったのは素直に祝福できるが、だからと言って仲睦まじさをまざまざと見せつけられては辟易する。
(まだ終わらないのかしら。いい加減日が落ちてしまうのだけど)
いつまでもイチャついているので、このまま纏めて封印してしまおうかと思案し、寸でのところで思いとどまるのを繰り返す。
ただ黙って見ているのも癪だし、此方の要件をいつまでたっても伝えることが出来ないので、そろそろ割り込ませてもらうとしよう。霊夢は二人の声をかき消すほどの声量で、無理矢理二人の砂糖菓子のように甘いやり取りを中断させた。
「そろそろいいかしら?続きは帰ってからやってもらえると嬉しいのだけども」
二人は正気に戻ったようにハッとした後、互いに気まずそうに顔を赤くして俯いた。どうやら霊夢がいる事すら忘れていたらしく、盛大に焦っているのが丸分かりだ。これから毎日こんな調子で生活していくつもりなのだろうか。
「コホン....えっと、君はなんで僕を此処に連れてきたんだ?それも生きたまま」
何事も無かったように引き締まった表情で振る舞うのがおかしかったが、霊夢はグッとこらえて博麗神社に連れこんだ理由を非常に簡潔に語った。口の端が上がっている気がするが、目の前の二人は気づいていないようだ。
「アンタに提案があるわ。アンタを封印しない代わりに手を貸してほしいの」
サンカはポカンと豆鉄砲を喰らったように数秒停止した後、眉間にシワを寄せて怪訝な表情を浮かべた。
「なんの冗談?」
「そう言うと思ったわ。でも、冗談言うほど私達は仲良くないでしょ」
嫌味ったらしく言うと、サンカは不快そうに口をへの字に一瞬だけ曲げて、より詳しく話を聞くために霊夢を促して耳を傾けた。霊夢は彼の態度を見ると少し気が晴れたため、提案の詳細を説明する。
「実は数日前から集団で人や妖怪達が失踪する異変が起きているわ。もっぱらアンタが仲間の男に指示していると思っていたけれど、あの男とのやり取りを見て、アンタは異変の首謀者じゃない事が分かったわ」
あの男とははたての首を絞めた男の事だろう。あんなものと仲間だと思われていたのは酷く心外だが、奴が人を拉致して何をするのかが気になる所だ。
「で、ここからが本題だけど・・・面倒だから本人から説明してもらうわね」
「?」
霊夢が二度ほど手を打ち鳴らす。すると、背後に隙間が開いて、そこから日傘を持った金髪の女性がゆっくりと現れた。ブロンズのウェーブのかかった髪に怪しげな雰囲気を持ったその女性は、サンカとはたてが見知った人物だった。
紫だ。怪我をしているらしく、片足を引きずるようにして歩く彼女は痛みで顔をしかめていた。
「久しぶりね。サンカ」
「紫、あとの説明はお願いするわね。私は疲れたから休むわ」
霊夢はすっかり空になった鍋と食器を乱雑に取り上げると、紫を横目で見て舌打ちをしてから部屋から出て行った。あの威圧的な表情や声色を変えてくれればもっと親しみやすいのだが。
「さてと。はたて、何か言う事があるんじゃないかしら?」
サンカが引きずっていた方の足を治そうとすると、紫はたてに対して話しかけた。顔にこそ出さないが、話し方がいつになく冷たい。
サンカは手早く治療を終えると、すぐに二人の間に割って入り、震えるはたてを庇いながら紫を一瞬だけ威圧した。殺気の混じった視線を向けられた紫は意外そうに眼を丸くする。
「あらあら、ちょっと見ない間に随分親密になったのね?叱る気も失せちゃった。サンカもようやく素直になれたみたいで安心したわ」
扇を口に当てて今度は目を細める。目の奥は笑っていないが、叱る気が失せたというのは本当だろう。
サンカはそんな胡散臭い雰囲気を放つ彼女を警戒していたが、紫は突然、普段からは想像がつかないほど真剣に、そして深刻な様子で何事か悔しそうに呟き、自身の手を血が出るほど強く握った。
「すぐに貴方の弟を止めなければ幻想郷はおろか・・・」
「僕の・・・弟?」
様々な疑問が頭をめぐり、俄かに頭痛がしてきて頭を抱える。その様子を見た紫は何かを決心したらしく、二人を見据えて指をパチンと鳴らした。