出来ることなら穏便に済ませたかったが、遭遇した時の態度から考えると、話し合いで解決するタイプの人物ではないのは確かだ。
それに此方ははたてに危害を加えられているので、再度顔を合わせた時に冷静でいられるかどうか不明でもある。彼女を傷つけ更には幻想郷で悪事を働こうとしている以上、消えてもらうしか他に方法は無いのだ。
「それで紫さん、その子は?」
「ああこの子?知人に頼んでちょっと貸してもらったの」
防寒対策をしっかりと施して再び庭へ出ると、そこには白いシャツに緑色のベストを着た白髪の少女が待っていた。
少女ははたてより少し年下くらいで、磁器のように透き通った肌と髪に映える黒いリボン、二振りの日本刀を背負っているのが印象的だった。
刀は大小の組み合わせでは無く双方共に大型の物で、鞘の一つには洒落のつもりか花が一輪挿しになっている。
「紫さん、此方の方が例の?」
「そうよ。彼がお師匠様のお友達」
少女は紫との話を終えると、サンカの方へ向き直って歩み寄って来た。華奢な見た目にはおおよそ相応しくない妙な気迫を放っているせいか、何か大きな生き物と対面したような不思議な感覚を覚える。
サンカはそんな不思議な印象を持つ少女をはたての敵意を他所にマジマジと見ていたが、もう一点気になっている所があった。
少女の周りをフヨフヨと力なく飛び回っている白い半透明の物体は何なのだろうか。白玉のようで美味しそうではあるが、付き従っているかの様な挙動をしているので式神の一種なのかもしれない。
不思議そうにしながら傍までやって来るのを待つと、彼女は手の届く距離に入った途端、なんのためらいも無く手を強く握って来た。
サンカの背後にいるはたての目から光が消えると共に、怒りの形相へと変わる。
「初めましてサンカさん。私、魂魄妖夢って言います」
感情を殆ど見せずに自己紹介をする。
魂魄という覚えのある苗字を聞き、思わず声が出た。以前、妖忌という老人に聞かされた孫はどうやら彼女の事だったようだ。
サンカははたての殺意が向けられている彼女の手を弾き飛ばすと、後ろに向けてはたての手を握った。少々悴んでいるであろう指を絡めてくる。
「早速なんですが、剣の稽古を始めますよ」
「け、剣?」
サンカは虚ろな目で飛び掛かって来そうなはたてを押さえつつ、目をパチクリさせた。
覚えている限りでは剣は一度も振るったことはない。妖忌、或いは紫にどんな話を聞かされたのだろうか。
「サンカ、これを」
「?」
空中に隙間が開き、鈍色に光る何かが硬い金属音を立てて落ちる。
見ると、刃渡り80㎝程の緩やかな湾曲した刀身に、握り手を覆うように広がった特徴的な鍔を備えた剣、即ちサーベルが、冷たい光を放ちながら横たわっていた。
試しに拾い上げてみると、何故かしっくりくる感覚がする。所々刃こぼれを起こしているのも妙に懐かしい。
「これは・・・」
「貴方が過去に使っていた物よ。それで妖夢と戦って勘を取り戻して」
「ちょっと、本物の刃物で戦わせる気?怪我したらどうするのよ」
「彼なら怪我しても食らった命の分だけすぐに治るし、そうそう死ぬことも無いわ」
さらりと酷い事を言われた。
はたては紫に食ってかかっていたが、紫は飄々としてどこ吹く風だ。
サンカは睨み合う・・・のではなく一方的に睨んでいるはたてを軽く諭すと、妖夢に抜刀するよう促してサーベルを構えた。不本意だが、やれと言われてしまった以上やるしかあるまい。
妖夢は二振りの刀を抜き放つと、素早く構えた。強烈な重圧がサンカを圧倒する。
「始めるタイミングは?」
「じゃあ始めます」
強く踏み込んだと共に妖夢の姿が消え、鋭い殺意が風に乗って迫ってくる。
そのあまりの速さを目にした彼は、何が起こったのか分からないままワンテンポ遅れて攻撃を仕掛けようとした頃には、既に懐に深く入り込まれた後だった。
妖夢の表情は、先程のあどけない少女の物ではなく鋭く威圧的な物になっていて、左右から薙ぎ払うように刃が迫ってくるのが、嫌にゆっくりに見えた。
(やられる!)
頭の中で強く死を意識した時、突然体が動いた。
サンカはサーベルを地面に突き刺して固定し、そのまま剣を軸に器用に逆立ちして攻撃を躱すと、妖夢を飛び越えて背後に音も無く降り立った。
それは体を防御しようという咄嗟の行動とは違い、熟練した達人がするかのような非常に自然体で無駄のない動きだった。
(今のはどうやって?)
妖夢が驚いた様子でサンカを見ると、当の本人も何が起きたのかわかっていないらしくキョロキョロと辺りを見回し困惑していた。
構え方は素人そのものであったし、斬り結ぶならまだしも初見で避けたりすることができるのは限られたほんの一握りだけだ。偶然避けることが出来たか、自身が間合いを間違えたと捉えるのが妥当といったところだろう。戦いには不慣れらしいので、ある程度の手加減も必要になってくる。
(やりにくいなあ・・・でも強いって聞いたんだけど)
妖夢はそんな隙だらけの彼へ再び攻撃を加えるべく、足に力を込めて一気に踏み出した。