灯篭を盾にして斬撃を躱し、後ろへ飛び退く。目まぐるしく変わる状況に対応しようとするが、剣を持って数時間しか経っていない彼にとっては非常に厳しく、時々入るはたての呼びかけに助けられている。
「チッ!」
刃がぶつかって甲高い音を立てると共に、火花が散って頬を焦がす。休憩を挟みながら練習を重ねているが、サンカは未だに妖夢の攻撃を防ぐので精一杯な有様で、攻撃は二の次だった。
妖夢からすれば彼の太刀筋は非常に単純で分かりやすいために防ぐ必要もなく、身を少し捻って容易く躱せるので多少手を抜いて丁度いいくらいである。
「うぐっ・・・」
「これで10敗目ですね」
峰で手の甲を叩かれ、思わずサーベルを落としてしまった。
赤く腫れた手は熱を帯びており、短時間で酷使しすぎたためか痺れていて動かしにくい。感覚も鈍く、軽い刺激を与えても何も感じる事が出来なかった。
「今日はここまでにしましょう。最初の頃と比べれば、大分動けるようになっていますよ」
妖夢は刀を収めてお世辞を言ったが、サンカの耳には届いていなかった。
彼は急速に治癒した10本の指を見つめながら、一本づつしっかり曲げられるか確かめると、すぐにサーベルを拾い上げて妖夢へと構える。
どうやらまだ練習を続けたいらしい様だ。
向上心が高いのは素晴らしい事だが、それに体が付いてきていない。事実片方の足には力が入っていないようで、重心が少しだけズレており、構え方があまり綺麗ではなかった。
妖夢はため息を吐くと、ゆっくり首を横に振りながら疲れたように言った。
「駄目です。今日はもう終わりです」
「僕にはやらなきゃいけない事があるんだ。早くコレの使い方を・・・」
「駄目です」
キッパリ断ると、彼は項垂れてサーベルを置いた。
体力はもう残っていないだろうに、この執着心は何なのだろうか。もしかしたら餓鬼という性質に何か関係しているのかもしれない。妖夢はそんな事を考えながら、紫が開いていた隙間へと消えて行った。
「くっ・・・」
妖夢が消えると、サンカは糸が切れた人形の様に膝から崩れ落ちた。
緊張が解けたせいで、今まで蓄積してきた疲労が出たのだろう。怪我がいくら治ろうとも、疲れまではとれないのだ。無茶はする者ではない。
サーベルを支えにして座り込んでいると、はたてが慌ただしくサンカの元に駆けてきた。彼女は何も言わずサンカを引きずって屋敷に運び入れると、暖の効いた部屋に入れてくれた。凍えた耳や指先に熱が伝わり、血行が良くなったのか痒みが襲ってくると共にじんわりと温まってくる。
「お疲れ様。今日は泊って行きなさい」
部屋には紫が居たが、一言だけ言ってさっさと部屋を出て行ってしまった。他にも何か言いたげだったが、出しかけた言葉を呑み込んだ様子だった。
はたては紫の微妙な空気を知ってか知らずか、取り上げられていた玩具を返してもらった子供の様な無邪気さを見せながら、依然として天井をボンヤリと眺めているサンカの介抱を始めた。
◆◆◆
調子が戻って来た彼は、はたての手を借りながら湯あみをしていた。お互い同意の上(はたては乗り気だったが)ではあるが、やはり一糸まとわぬ姿で年頃の少女と共にいるのは慣れないので、体を洗っている彼女に背を向けた格好で入浴している。
「ふう・・・」
湯船に浸かりながら腕の様子を見る。まだ少しだけ力を入れにくいが、一応は自由に動かせる様になった。これなら明日の稽古も万全だろう。
「こうしてサンカと一緒にお風呂に入れる日が来るなんて・・・」
背後で何か言っているはたての存在を強く感じながら、妖夢の動きを思い返していく。彼女の型は妖忌の型と瓜二つだが、斬撃に入るまでの速度が桁違いに早い。だが敗因はそれだけでなく、自身の体の動きが思考に全く追いついていないのが、一番大きな要因だろう。
今後はいかに思考と反射のロスを無くし、彼女に追従できるかが鍵となるはずだ。完全に攻撃を見切れば、隙もおのずと見えてくる。
「ねえ、ちょっと聞いてるの?」
ある程度のパターンを作って頭の中でテストしていると、立腹した様子ではたてが背中から抱き着いて来た。柔らかい感触が背中にあるのでどうしても意識してしまうが、なるべく平静を保ちつつ、はたてに意識を向ける。
「何?」
「まだ・・・まだ思い出せないの?」
「残念だけど記憶がすっぽり抜け落ちてて・・・はたて、昔の僕と何があったんだ?」
はたての寂し気な声が胸を締め付ける。
確かに昔の事は未だに思いだすことが出来ていない。彼女は過去のサンカにとても大切な約束をしたのだと言うが、それすらも遥か彼方に消えてしまっていていた。
紫に依頼の意義を教えられた時に少しだけ話したのだが、過去にサンカははたてと行動を共にしていたらしい。聞く限りでは相当に外見の歳が離れていた様子だが、当時まだあどけなかったであろう子供が、誰が見ても年増の男に淡い恋心を抱くのは些か不思議に思えた。
彼女はサンカの隣に来て肩まで湯に浸かると、俯いたままの彼にいくつかの思い出話を聞かせてくれた。
「サンカはまだ小さかった私を連れて親の元まで届けてくれたの。妖怪狩りの組織に所属してたのに、恩を返す為って組織を抜けてまで、ね」
「そんな事を僕が?」
「うん。それに道中で色んな事を教えてくれたわ。字の読み書きとか、料理とか、温もりとか・・・結局私は親よりもサンカと一緒に居る事を選んだけど。今思えば、なんであんな奴らに会いたがってたのか不思議でしょうがないわー」
自嘲気味に笑うと、はたてはパシャリと顔を洗って一息ついて浴室を後にした。不安にさせまいと取り繕っていたが、サンカにはそんな彼女が酷く悲しそうに見えた。