「始め!」
紫の号令と共に砂利を大きく巻き上げ、サンカと妖夢は走り出す。妖夢は冷ややかながらも美しさすら感じる一振りの刀を、サンカは大振りながらも繊細な印象を与えるサーベルをその手に保持し、もはや常人では目で追う事が困難な速度で斬り結ぶ。
実は片手で扱うサーベルよりも、両手で取り扱う日本刀の方が力を込め易い為、マトモに斬り結べばサンカは圧倒的に不利である。
更には彼の使用しているサーベルは一般的な物とは異なり、刀身が日本刀と同じ作りになっている為非常に重い上に柄も短いため、片手で使うには少々苦労していた。
そのため一見すると妖夢に利がある様に見えるが、サンカは瞬発力と手数でそれを補っており、今のところなんとか対等に渡り合っている。
「ふんっ!」
間合いの調整をしながら相手の出方を伺いつつ、体重をかけて叩き割る様に刃をぶつける。妖夢は大重量を一点に当てられて苦悶に満ちた表情を浮かべこそしたものの、力を両足に込めて耐え、一瞬の隙をついてサンカを押し返した。
妖夢は大きくバランスを崩して転倒しかけている彼の懐に潜り込み、がら空きになった胴体へ一太刀いれるべく横へ刀を薙ぎ払う。
「これで終わりですか?」
「まだまだ!」
サンカは非常に不利な状況に立たされていたにも関わらず、妖夢の動きを完全に読み切っており、後ろへと素早く飛んだため、ほんの数ミリ被服を斬られただけで済んだ。
空中で体を反転させて着地した際の余力で、敷き詰められた砂利が抉れていく。
(これで駄目か。なら)
体勢を立て直し、腕に力を込めながら上段に構えると、妖夢はもう一本の刀を鞘から抜いて防御の姿勢を取る。本能的な物か鍛練の成果かは不明だが、その判断は正しいと言えよう。
サンカは溜めた力を一気に解放し、素早い刺突を連続して繰り出してみせる。妖夢は連撃を防ぐ事は出来るものの、今度は反撃に出られる隙が少ないせいで、剣の指南を始めた頃とは立場が逆転し始めていた。
「この!」
暫く防御に徹していたが、痺れを切らしたのか顔目掛けて迫ってくるサーベルの切っ先を、自身の刀で滑らせて狙いを強引に外させた。
再び後ろへ飛んで距離を取るサンカを捕捉した彼女は、自身の得意な間合いに入ろうと体を低くして迫るが、どういう訳かサンカは逃げることも避ける事もせず、左掌で自信を庇うようにしながら動きを止めてしまった。その様子はまるで、命乞いをしているように妖夢には見えた。
「そこまで!」
「へ?・・・ゴフッ!?」
紫の号令が聞こえ、速度のついていた妖夢は狙ってか偶然かサンカの腹部に体当たりして制止した。彼女はすぐに距離を置いて荒い息を整えながら、両手に持った獲物を鞘に納める。
「お疲れさまでした。良い動きになりましたね。お見事です」
「ああ、うん・・・どうも」
しゃがれ声で適当な返事をしながら、胃の内容が出てこない様に堪える。妖夢は淡々と紫とのやり取りを終えると、ペコリと頭を下げてさっさと帰ってしまった。
「アイツめ、今度会ったら顔の皮を・・・サンカ、お水持ってきたわ。大丈夫?」
はたては冷たい目線を妖夢に向けながら何か良からぬ事を呟くと、打って変わって柔らかく明るい声のトーンでサンカにコップを差し出した。
サンカは痛みで震える手でコップを受け取って一気に飲み干すと、疲れた様子で大きく息をつき、瞼の上から目をグリグリと揉み解す。
実は稽古を始めた日から、既に10日が経過していた。
彼は今まで妖夢に勝ちたい一心で、眠る間も惜しんで勤勉に励んでいた。相当に無理をしているのは鏡を見る度に増えていくクマで知ることは出来たし、度々はたてに止められたりもしていたが、1日でも早く義弟を止めたいがために、全て承知の上でただひたすら実戦とシミュレーションを繰り返し、何度も体を切り刻まれながら剣の使い方を学習していった。
そして半分ほど狂いかけていた今日、初めて妖夢を追い詰める事が出来たのだ。最後の最後に手で防御してしまったのは惜しかったが、彼女に一泡吹かせる事が出来たので良しとしよう。
「お疲れ様、稽古はこれでおしまいよ。二人とも家に帰ってゆっくり休んで指示を待ちなさい」
落ち着きが戻って来たのでサーベルを鞘に納めていると、紫が遠い処から呼びかけた。ようやく二人きりの生活に戻れるからなのか、キラリとはたての目が煌めくのをサンカは見逃さなかった。嫌な予感がする。
「紫さん、お世話に―」
「行こうサンカ!早く早く!!」
案の定だった。彼女はサンカが紫に礼を言い終えるのが待ちきれず、背中から生えた黒い翼を羽ばたかせながら、彼を帰るために開かれた隙間の中へ光の速度で連れ去った。
◆◆◆
「ただいまー!」
「た、ただいま」
夕日を背にして二人が家に帰ると、門の前に顔色の悪い椛と文、それと数人の哨戒天狗達が待っていた。彼女達は突然空から現れた二人に驚きはしたが、すぐに焦った様子で取り囲むように集まって来て、何も無かったかと無事を何度も確認し、胸を撫で下ろした。
「お二人共無事だったんですね!取材から帰ってきたら皆居なくなっていて、私と椛達でどうするか話し合っていたんですよ。ともかく何ともない様で良かったです!」
文に早口で状況を説明されたので、はたてとサンカは周囲を見渡し、空からでは分からなかった違和感に気づいた。
あまりにも静か過ぎるのだ。確かにこの時間帯は普段から人通りが少なく、いるとすれば暇人か飲み屋を渡り歩く酔っ払いくらいだが、そういった人影が全くないどころか飲み屋すら全て閉まっている。
更に道端には、たった今までそこで遊んでいたと思われる独楽やメンコが散らかっており、井戸の傍らには洗いかけの野菜が無造作に転がっていて、なにかただならぬ事態が起きた事を想起させた。
サンカは椛からも話を聞いてみる。
「いつも屯してる駐屯天狗達は?何か連絡は貰ってないのかい?」
「いいえ何も。大天狗様も―」
椛は何かに気づき、話を止め盾から刀を引き抜いて臨戦態勢に入った。それに釣られるようにして他の哨戒天狗達も次々と抜刀し、二人の遥か背後に睨みを利かせる。
突然どうしたのだろうか。サンカも目と首を動かして背後を見ると、里の出入り口の辺りから異質な動きで駆けてくる存在が目に入った。