本来スペルカードは、その時に思いついた光弾や光線の組み合わせや能力の特徴を生かした技を宣言し、使用するための名を記載しておくだけの物であるためそれ自体になんら効果はなく、言ってしまえばただの紙切れなのである。
サンカはこれらを弾幕ごっこ―即ちは実力主義を否定した決闘という、幻想郷におけるルールに極力則った方法で異変の萌芽を摘むべく作り上げて来たのだが、この謎の符はそんな特訓に明け暮れる日々に突如として発生し、しかも符自体に何かしらのエネルギーを感じるという、全く持ってイレギュラーな存在だった。
「呪縛、常世の白彼岸」
符が溶けて無くなると、背丈の2倍近い大きさになった影法師から墨汁を垂らすように、影が枝分かれして伸びていく。影は里、更にはどす黒い血の赤を思わせる光を放っていた夕陽すらも飲み込み、完全な闇に風景を作り替える。
はたてが足元に冷たい感触を感じて顔を下に向けると、くるぶしの高さに妙に重く感じる水が流れていた。よく見れば川底は見えない程に深く、その中に朽ちた卒塔婆が立ち並んで、空にはやけに青白い三日月が浮いているのが確認できた。
「サンカ、これ・・・」
言葉を失った。こんな形で、ましてや空間をも変えてしまうスペルだとは予想外だった。一体どんな弾幕を放つのか想像もつかない。
サンカははたての声を聴くと素早く振り向いて彼女の口を手で塞ぎ、人差し指を自分の口に当てながら
「シッ」
と辛うじて聞き取れる大きさの空気が漏れる様な短い声を出した。
不意を突かれた行動につい叫び声を上げそうになったが、口を塞がれていたのもあって声は殆ど外に漏れていない。
(サンカ?一体どうし・・・た・・・)
はたては手が届く距離にまで近づいた異形を無視し、終始無言を貫き通している彼を見て、静かにしてほしいとジェスチャーを送る意図を理解した。
月明かりのない夜でも強烈な存在感を見せる黄金色の瞳はその輝きを失っており、はたてを探すようにせわしなく動いていたのだ。恐らくは能力が発動している間は盲目になり、音だけが頼りの状況になってしまうのだろう。互いに素早く動き続ける弾幕ごっこでは致命的な弱点だ。
彼は白く濁ったその目を瞑り、はたてを安心させるべく薄っすらと笑って見せたが、表情はとても悲しそうで、異形を攻撃するのを躊躇っている素振りすらあった。
男天狗だった異形は、そんな二人をせせら笑うかの如く大きく跳躍して真上から襲い掛かり、その鋭利な爪と牙で引き裂くべく迫る。
「グエッ!!ゲッ!!」
だがサンカの頭に爪が食い込むといったその瞬間、異形は下から飛び出して来た卒塔婆に撃ち落とされ、滅多刺しにされて絶命した。それを見た他の異形達は警戒してか足を止め、口々に唸り声を上げている。
「そうか、其処にいるのか」
サンカは音の出どころを確かめるために耳を傾けておおよその距離を把握すると、水中で列を成していた卒塔婆が静かに背後に現れた。
卒塔婆は朝日と見紛う強烈な光を発しながら特大の光線を左右から2回放って薙ぎ払い、続けて濃密な弾幕を展開した。弾幕を構成する光弾や光線は数や大きさが普段の比ではなく、悪しきを断罪し、過ちを犯した者へ裁きを下す修羅の如く、絶対的で見る者を威圧的なまでに圧倒する力強い鮮やかさがある。
はたては異形達がせん滅されていく間、炎の様に揺らめく光を放ち、後光を思わせる振舞いを見せるそれを見ていて、記憶を失う前のサンカの姿を思い出していた。
―――受けた恩は返す。約束だ、僕はお前を必ず助けてみせる
あの一言は、何も無かったはたての人生を変えた。彼と初めて出会った時の事は一言一句覚えており、朝日に照らし出されたその姿は正に地獄に現れた仏のそのものだった。
「ギュイッ!」
最後の一匹も断末魔と赤い霧だけを残して瞬く間に消え去ると、サンカは静寂が空間を支配し始める中能力を解除した。煌々と輝く後光も、月明かりが照らす空間も、徐々に薄くなって元の里の風景に戻る。
ただし異形達の姿はおろか、一緒に遊びながら外の事を聞きたがる子供達も、おすそ分けを持って談笑しに来るご近所さんも、初めて出来た友人達も、何処にもいなかった。
賑やかな筈の里も灯りのない無人の家屋だけが並び、打ち捨てられた風車が寂しそうに回っているのみの風景は、無惨な出来事を確かな現実として突きつけてくる。
「ごめんよ・・・ごめんよ・・・」
はたてが声を掛けようとすると、彼は血が混じった涙を流しながら静かに嗚咽し、何度も謝罪を繰り返していた。
余所者扱いではなく親しく対等な立場として接し、心を通わせる事が出来た彼らを消し去るのは、サンカにとって並大抵の覚悟では無かった筈だ。はたてにはその心中が痛いほど伝わってくる。
「サンカ、悲しむのは後に・・・」
サンカが破滅を望まない以上、彼の背中を押すのははたての役割だ。
勿論殆どの里の住人が異形と化し、一人残らず殲滅されたのは悲しい。
だがタタラを止めなければ次は人里や地底等の人口密集地で同じ怪異を引き起こし、悲劇を繰り返した上に被害を拡大させてしまうだろう。そうなる前に、なんとしても奴を止めなければならない。
「ああ、分かってる」
視力が戻ったのを確認しはたてを見据えて互いに頷くと、家の中から持ってきた飛行装置を足に取り付けた。
これだけの蛮行を仕出かしたのだから、あの男を生かすつもりはない。
犠牲になった天狗達の無念を晴らすためにも、二人は文が向かった博麗神社へ急行した。