「しっかし、妖怪の山一大勢力とか言われてた連中が見る影もないわね」
霊夢は幾重に重ねた結界の確認と、不審者が近くに居ないか見張りつつ文に毒づくように言った。
就寝直前に大挙して押し寄せて来た天狗には驚かされたが、遅れてやって来た文から話を聞いて、面倒ではあるが彼らの安全を確保するために強力な結界を張り巡らせていた。
この際金を巻き上げようともしたのだが、下手すれば幻想郷すら無くなりかねないこの状況でそんな野暮な事をするのはどうかと思い留まった。幾ら金にがめつくとも、場くらい弁える。
「まあまあ、相手が相手ですし」
文は普段通りのらりくらりと持ち前の明るさと営業スマイルで流し、同胞達の治療の為に見慣れた救急箱を受け取る。
幻想郷某所で作られた医薬品は良く効くと巷では大変好評で、軽い怪我や病気程度なら自力で治せるようにと救急箱を人里に売りに来る事もあり、それを購入して置いておく家庭は少なくない。
おかげで微妙な腕前の里お抱えの医者が過労で倒れることも減ったそうだ。
「椛、水を汲んできて貰えますか?この子を拭いてあげたいのです」
「は、はい!」
文が椛達を率いて博麗神社に来た時は、既に境内に危険を察知して里から逃れて来た天狗達が身を寄せ合っており、皆憂鬱な面持ちで憔悴しきっていた。
負傷している者も数多く居たが、持って来る事が出来た薬品や道具には限りがあるため、神社に備えてあった救急箱も文の自腹で借りつつ、より重篤な状態の者を優先して治療に当たっている。
「お二方は無事でしょうか?」
椛は暴れる子天狗の顔に付いた汚れを湿らせた手ぬぐいで拭き取りながら、この場に居ない二人を案じた。サンカに気絶させられた上でここまで連れてこられたが、冷静さを失っていた椛を安全に離脱させるにはああするしかなかった為、彼に恨みはない。
「心配しなくてもサンカさんなら大丈夫ですよ。はたてもあの人がいれば安心ですし」
治療が一段落すると、文は神社の境内からやけに明るい夜空に伸びていく雲を見ながらそう言った。
空には映える紫の燐光がしっかりと確認でき、一目でそれが何者なのかが分かった。
「文!椛!」
「やっぱり無事でしたね・・・あの、変異してしまった方達は?」
地上に降り立ったサンカは静かに首を振ると、文から悔しさの入り混じった感情が一瞬だけ垣間見えた。どんな時でも楽観的で飄々としている彼女でも、激しい後悔に苛まれているのだ。
実力者が揃って里を留守にしている間に襲撃され、守れた筈の民を異形に変異させた挙句自身らを倒すための道具として使われた光景は、彼女の中に測り知れない罪悪感を湧き起こさせ続けている。
「とりあえず二人とも中に入りなさい。こっちで対策を考えるわ」
「わかったわ」
鳥居から一歩進むと、はたては肌が痺れる感覚を覚え咄嗟に身を引いた。後ろにいたサンカにぶつかってしまったが、彼は優しく受け止めてくれた。
結界が張られていたのを失念していたが、人外である二人が無理矢理通ろうものなら跡形も無く浄化されて黄泉に送られてしまう。内部に入るには術者に解除してもらうしか手段が無く、はたては賽銭箱に片足を載せて大幣を担いだ霊夢にさっさと解除しろと視線を送った。
「分かってるわよ。ちょっと忘れてただけだから」
「ありがとう霊夢。はたて」
今の精神状態でタタラと戦うのはとても不味い。精神に乱れは気の乱れを意味し、生じれば能力や弾幕にも影響を及ぼしてしまうのだ。まずは一度小休止を挟んで落ち着こう。
サンカははたてに手を引かれ、再度鳥居を潜ろうとした。
―ベチャリ
液体が滴る音と共に、強烈な違和感がサンカを襲う。
片手に掛かる負荷が増えて目線の高さも急に低くなり、まるではたての手にぶら下がっているような感覚に陥った。彼女と繋いだ右手以外の感覚は無くなってしまったのか、四肢を動かす事は出来ず、やがて燃える様な痛みを覚えた。
「力を使いすぎたなぁ?それではただの人間共と大差あるまい」
背後からタタラの声がするが、疲れているのか確認するのも億劫になってきた。サンカは泣き叫ぶはたてを不思議そうに見ながら、自然とやってきた眠気の波に身を委ねていった。
◆◆◆
「嫌ああああああああ!!!」
はたては左腕と下半身が喰われたように無くなって動かなくなったサンカを抱きかかえ、半狂乱に叫んだ。鼓動は徐々に力強さを失いつつあり、本来彼に在るはずのない死がすぐそこで手招いている。
「貴様ぁ!」
返り血に染まりながらサンカから剥ぎ取った肉を咀嚼してるタタラに向けて、文は弾幕を作り出して攻撃する。
しかしタタラは極めて速い文の光弾を涼しい顔で容易く避けてしまい、鼻で笑っておどけてみせた。やはり時間を止めているのか、次の体勢に移るまでの動きや移動する軌道が目視できない。
「サンカ・・・サンカァ!」
「文!サンカを河童の所まで運んで!」
血相を変えた霊夢が社から走り出して怒号を浴びせると、文は舌打ちをしながらサンカを引き剥がして沢の方角へ飛び立った。
霊夢は未だ発狂しているはたてを椛に向かって放り投げ、結界を張り直す。
「力が弱まってる今が好機だ。逃がすかよ」
「おっと、させないぜ」
文を追いかけようとするタタラの目前に極彩色の光線が射すと、タタラは涎を蛆と共に大量に撒き散らしながら空を仰ぎ、不機嫌な声を漏らした。
霊夢も見上げると、そこには月を背にミニ八卦炉を構えた魔理沙が箒に跨がっていた。彼女は笑顔でピースサインを送ると霊夢もスペカを取り出し、二人で胞子のような物を体から吹き出すタタラに攻撃を始めた。
◆◆◆
―しっかりしてください!サンカさん!サンカさん!・・・
声が聞こえる。此処は何所だろうか?寒くて息苦しいこの場所は?硝煙と血が入り混じった瘴気を充満させたこの場所は―
「
名前を呼ばれて目を開けると、隣にいた男と目が合った。彼らは深い森の中、同じ意匠で統一された黒い被服を纏い、鉄製の笠を深く被っている。
「眠っておったか?そろそろ時間だぞ」
「・・・ああ、分かった」
黒い髪に人間らしい目を持つサンカは鬼を象った頬当を被ると、その手に持った身の丈程の銃に弾を込めた。