それではごゆっくりお楽しみください。
未知の世界からやってきた文明を取り入れた人間は互いに殺し合い、国は混乱を極めていた。嘗て花街と謳われ栄華を極めた都市は見る影もなく、今や死体が無造作に転がり伝染病が蔓延する危険な場所と化している。
そんな乱世の中、天上の命により古い思想の象徴とされる人外を一掃し、人間が頂点に立つ近代国家としての基礎を築くための戦争が、密かに始まっていた。
「まだ来ぬか・・・サンカ、飴をくれ」
鬱蒼と茂る藪の中、叩きつけるような豪雨を浴びながら、男達は瞬きをするのを忘れ息を殺していた。サンカは今、ここを通る予定の人物を襲撃するために待機していた。
「取りすぎるなよ」
飴が入った包みを開けて差し出すと、男は2粒手にとって口に放り込んだ。
残った飴はあと2つ。また買ってこなければならない。
「まだ腕の事を気にしておるのか?お前ももう三十路になるというのに、嫁の一人貰ってはどうなのだ?」
「余計なお世話だ。茶化してないで集中しろ」
麻布に包まれた左腕を軋ませながら悪態をつくと、雨音に混じって遠くから人の歩く音が聞こえた気がした。隣の男にも聞こえたようで、飄々とした態度を一変させ辺りに意識を集中させている。
サンカは閉所や接近戦での扱いが劣悪なライフル銃を背中に回し、拳銃のレンコンのような弾倉を回転させながら弾の確認を行った。弾丸は5発満装填されており、いつ飛び出して襲撃しても弾が出ない事態は起こらない筈だ。
「先に行く。お前は援護を」
「承知した」
サンカはタイミングを見計らいながら藪の中から飛び出し、足音の主に銃を向けた。居たのは黒っぽい異国の服を着た妙齢の女で、黒い白目に黄金色の瞳でサンカの姿を捉える。
―間違いない。餓鬼だ。
「見つけたぞ、羅刹!」
「くっ!?」
5発全ての弾丸を撃ち込むが、弾は貫通せず体外に排出されてしまった。ハナから化け物相手に効くとは思っていないが、掠り傷一つつかないとは。予想以上の結果をこうも叩きつけられると慄いてしまう。
羅刹は目を見開くが、それが攻撃の前動作と知っていたサンカは、視線を外してサーベルを素早く抜刀し、降り注ぐ雨粒すら切断する速度で斬りかかった。
刃は音を立てて羅刹の腕に切り込まれたが、片手で使うために刀身を細く軽量に作られたサーベルでは薄皮一枚斬ることもできず、人間と餓鬼の力の差を感じさせる。
「そんな玩具で私を殺せると思っているのか!」
「人間を舐めるなよ」
右手に持っていたサーベルを左手に持ち替え、サンカはサーベルを振り上げて追撃するように叩きつけた。
羅刹は防げると思ったのか再び腕で防御したが、斬撃が加えられた瞬間に重量と威力が増した事で刃が骨まで達し、余裕たっぷりの表情が苦痛に歪む。
攻撃が効いているのが分かると、彼は満身の力を込めながらジワリジワリと骨を砕いた。このまま押し切れば腕を切断して体そのものに一太刀入れられる筈だ。更に体重をかけ、返り血に顔を赤く染めていく。
「ぐあああああああ!!」
援護してくれと頼んでおいた男の叫び声だ。横目で見ると頭を押さえて呻いており、顔は雨か涙でグシャグシャになっている。
恐らくは羅刹の目を直視したのだろう。トラウマを思い出した事で発狂してしまい周囲が見えなくなってしまっていた。
やがて耐えられなくなったのか、男は自身のこめかみに銃口を付きつけて引き金を引いた。乾いた音を雨の中に響かせながら、脳漿の飛沫を上げて倒れる。
「馬鹿野郎が!!」
「よそ見!」
普段ならまず見せない隙を突かれ、サンカは強烈な蹴りをお見舞いされて木の葉の様に宙を舞う。彼は迫りくる地面に対して受け身の姿勢を取りつつ落下し、体勢を立て直す余裕も無いままぬかるんだ斜面を滑走していった。
「あと、少し・・・あと少し・・・」
土砂降りの雨の中、まだまだ幼さが残る少女は自身を励ましながら野草を摘んでいた。少女は木の枝と見紛う程酷くやつれていて、体中には火傷や切り傷、痣等が散見する。茶色がかった髪は艶を失っており、背中には一目で人間ではないと分かる黒い翼が、強烈な個性を放っている。
「い、急がないと・・・お父さんとお母さんに怒られ、ちゃう」
とは言っても手元に積まれた野草の嵩はノルマまでまだまだ遠い。思い通りに動かせない指を叩きつつ、めぼしい物を千切っては藁で編んだ容器に入れていく作業を永遠と続けていた。全ては父と母に褒められるため、頑張ったねと言ってもらうためだ。
「・・・!」
と、彼女は動きを止めて耳を澄ませた。遠くから雨音に混じって乾いた破裂音が響き、何かが此方に向かって落ちてくる音が聞こえたのだ。
少女は岩陰に隠れて何が来るのか窺っていると、落ちてきたのは黒い服を着た男の人間だった。死んでいるのかピクリとも動かず、汚れた布に覆われた左手にはサーベルをしっかりと握っている。
腰から下げた物入からは珍しい西洋の医療品が散乱し、拾って売ればそこそこの銭になるだろう。
「ッ!・・・ゲホッ」
慌てて岩陰に顔を引っ込める。苦しそうな呼吸をし出したので生きていたようだ。男は衰弱しているのか荒い息を繰り返すだけで動く気配はない。
(ど、どうしよう。助けた方が?)
人の中には妖怪を狩る者もいると聞くが、放っておくのも出来ない。
そこで彼女は手ごろな枝を拾うと、恐る恐る男を突いてみた。これなら自分をおびき出す罠だとしてもすぐに逃げられる。
「大丈夫、かな?」
2、3度やってみて何の反応も無いのを確認すると、使えそうな医療品を拾い集めて手当てを始めた。