「これはまた派手にやってくれたな」
サンカとはたてが施設から逃亡した後、とある男が兵を率いてその地に現れた。語気からは怒りが読み取れるのだが、顔には無理矢理作られた薄っぺらい笑みが張り付いていて、とても不気味だった。
「犠牲者は全部で20人。これを一人で?」
「らしいなあ」
「タタラ殿の義兄は人間である筈・・・これではまるで・・・」
そこには凄惨極める光景が広がっていた。床はおろか天井まで血の海で、歩くと小さく漣が立つほどだ。
物言わぬ屍は点々と転がされており、ある者は急所を撃ち抜かれ、ある者は細かく切り刻まれている。
「まずいなぁ。早く兄上を捕らえるか殺すかしないと、我々が駆逐されてしまうな」
不審な行動を取り始めた義兄を、羅刹をけしかけてまで監視し易い僻地に追いやったつもりが、僻地で監視を皆殺しにした挙句、捕らえた烏天狗を一匹連れて脱走してしまった。つくづく想定外の働きをする男だなと、男―タタラは嫌味を込めて唸る。
「タタラ殿。お言葉ではありますが、彼の者は羅刹の討伐に失敗した男でございます。そこまでの力がある様には―」
「あれを甘く見るな」
鋭い眼光が部下を突き刺す。
サンカが羅刹を取り逃がしたのは必ず二人一組で行動する悪癖のせいであって、決して力不足だったからではない。彼は孤独を何よりも嫌うのだ。何故一人になるのを嫌うのかは不明だが、それが隙のない彼に唯一生まれる弱点であり、過去には仲間に気を取られて負傷する事が何度かあった。
「督戦隊を編成しろ。腕の良い連中だけでな」
「承知いたしました。急ぎ手配いたします」
タタラはニヤケ顔のまま舌打ちをし、足元に転がっていた老人の頭を蹴り飛ばした。
◆◆◆◆
「釣れないねお兄ちゃん」
「そうだな。もう少し待って駄目だったら、違う獲物を探そう」
闇に包まれた山の中、二人は河原でくつろぎながら、仕掛けた釣り針に魚がかかるのを待っていた。
お兄ちゃん、というのは三十路を過ぎた彼には過ぎた呼ばれ方だが、止めるよう言っても聞かないのでそのまま呼ばせている。そのせいか警戒心も薄れたらしく、多少は二人の距離も近くなっている気がした。
(結局は自分可愛さか。我ながらなんと身勝手な)
今回の脱走は、なにもはたての為だけではない。自分も逃げたかったからこそ、計画を企てたのだ。
サンカは妖怪を狩るだけではなく、敵前逃亡した味方を撃ち殺すという、身内にすら怨まれる悪趣味な任務に従事させられる事が多かった。
拒否権はなかったと言えば聞こえは良いが、とどのつまり、心の奥底では自分の命が惜しいから逆らわなかっただけなのだろうと、今では思う。
―そんなある日、自分を先生と呼んで慕い、常に行動を共にした唯一の部下を、サンカはその手で殺めてしまった。齢12にも満たない彼を殺した時、すり減っていた精神がついに壊れ、とうとう自分が何と戦っているのかも分からなくなった。
そのせいか、今でもあの光景を毎晩夢で見るのだ。折り重なる妖怪達の死体の山の上で、もう戦いたくない、殺してくれと懇願する彼の頭を撃つ夢を。
「お兄ちゃんにもお父さんと、お母さんがいるの?」
一人懺悔していると、はたてが何気ない質問をしてきた。子供らしいと言えば子供らしいその問いに、彼は疲れたように答える。
「勿論いたさ。でも、二人とも僕と義弟が戦に出てる間に妖怪に襲われてな。だから僕は妖怪狩りに・・・」
「・・・」
「ああ、別に妖怪が皆憎いって訳ではないぞ。はたてみたいに優しいのもいるしな」
弁解はしたが、幼い少女は昔話を聞いて何を思っただろうか。
(子供には重い話だったか・・・気を悪くしていなければいいが)
「・・・お、お兄ちゃん」
「ん?」
はたての声を聞いて川面を見ると、糸の先が飛沫を上げながら右へ左へ走っている。紐をたぐり寄せると、大きめの魚が掛かっていた。これなら二人で食べるに不足はない。
「よし、飯にするか」
気分を変えるには食事が打ってつけだ。下処理を済ませると、明るいうちに採れた山菜やキノコを背負った小鍋で軽く炒め、釣れた魚の切り身を並べて焼き目を付けていく。はたてはその様子を見逃すまいと、隣に座って真剣な面持ちで凝視していた。
「これ・・・私の分?食べていいの?」
「勿論だ。舶来の香辛料が入っているから、体も温まるぞ」
完成した料理をはたてに差し出す。食欲をそそる辛味を伴ったよい香りが、彼女の鼻をくすぐる。
はたてはおずおずと椀と箸を受け取ると、下手な箸使いで口に運んで咀嚼し、瞬く間に幸せそうな笑顔が広がった。
「フフッ、初めて笑ってくれたな」
心の底からニコニコしているはたてを見ていると、サンカも緊張がほぐれたのか生欠伸が出た。最近はこんなにノンビリした雰囲気で食事をしておらず、外で落ち着いた気分になれるのも久しかった。
「そんなに旨いか?今まで何を食べてたんだ?」
「・・・糠とか野菜くずとかを、お母さんにお願いして貰ってた」
「母親も同じ物を?」
がっつきながらはたては首を横に振った。頼まなければ食事を出してもらえず、それも畜生の餌にするような物しかやらないのだから、サンカのぶっきらぼうな味付けの料理が旨く感じるのも不思議ではない。彼女の私生活は想像よりも酷そうだ。
「おかわりはあるから、好きなだけ食べると良い」
「うん!でも、これってどんな名前の料理なの?」
血色も良くなってきた彼女にそう聞かれて、サンカは言葉を詰まらせる。洋式の戦術や兵器の扱い方を学びに行った際に教えてもらった気がしたが、なんと言っただろうか。
「えーっと・・・何だったか。確かコルリって名前だったと思ったな」
「コルリ?変な名前」
はたては楽しげに肩を揺らしたが、この料理の正しい名前をサンカが知るのは、またしばらく先のお話である。