満腹になってウトウトし始めたはたてを見て、サンカは行水を勧めた。一応本人が目の前にいるので口に出すのは控えていたのだが、彼女は非常に臭いのだ。
このまま不潔なままでいると様々な問題も引き起こしてしまうため、自身の手でどうにもならなくなる前に体を洗わせたいし、傷の度合いを見ておく必要もある。
「お水冷たいから・・・やだ」
「寒いならお湯をかけてやるし、垢を落としたら焚火に当たればいい。親に会うためにも、綺麗にしておけ」
渋るはたてに洗体用の糠袋を押し付けると、彼女は嫌々ながら手触りの悪い簡素な服を脱ぎ始めた。
言葉を失った。
始めて目にする彼女の体は、顔や四肢の怪我よりも凄惨で痛々しく、一部は化膿して黄色くなっている。これより酷い怪我は散々見てきたので馴れているつもりだったが、直視できずに思わず目を逸らしてしまった。
「お兄ちゃんも・・・」
「あ?お、おお。そうだな、そうするか」
我に返ってはたての方へ向き直る。そういえば今まで自分の顔や手も血濡れだったのを忘れていた。
彼は服を脱ぐ前に左腕を隠していた麻布を取り払うと、肘から先を
「お兄ちゃん、それ・・・」
はたては砂利の上に横たわる腕を軽く突いた。左腕は一見すると分からないくらい精巧に作られた木製の絡繰りで、指は親指含めて4本しか無く、関節の隙間からは歯車が光を反射して暗く明滅を繰り返す。
それに加え、以前に骨が飛び出てしまった彼の片膝下は一本の棒になっており、まだ慣れていないのか時々身じろぎをして楽な体勢をとったりしている。
見上げてみれば、焚火に照らし出された肘の付け根には金属製の覆いが被せられ、そこからはみ出たコードが風に揺られていて、まるで違う生き物のように見えた。
「近くに砲弾が落ちた時に一緒に吹っ飛んでな。どうやって動いているのかわからないが、不便だから河童から奪った物を取ってつけたんだ。この片足も、この間の怪我が治せなかったから付けた・・・いいか?皆には内緒だぞ?」
はたては腕が取れたのがショックだったらしいが、サンカの冗談めかした一言を聞いて頷き、川に静かに浸かって全身をくまなく洗い始めた。
(そうだよな。こんな恰好じゃ俺の方が化け物だ)
人型から大きく逸脱した姿は見るに堪えなかっただろう。サンカはサッと血を洗い流し、約束通り適度な温度に沸かしたお湯を使って、彼女の痛んだ髪を丁寧に洗ってやった。
◆◆◆
「ふあ・・・」
「眠いか?もう少し待っててくれ」
垢が落ちて綺麗になったはたては、焚き火で暖を取りながら欠伸を何度もして睡魔と戦っていた。というのも、サンカが椿油を痛んだ髪に塗り込んで馴染ませる作業を繰り返しながら、櫛でクセを治しつつ手早く纏めているからだ。時間はかかるが、元の美しい髪質を蘇らせるために手間は惜しまない。
「できたぞ。中々可愛いじゃないか」
改めて触れてみると、艶と良質な手触りが戻っていた。背中の真ん中まで掛かってしまう程に伸び放題だった髪は肩の高さに切り揃えられ、左右に分けて紫の帯紐で纏めてある。
彼女は可愛いと褒められたのが嬉しいらしく、眠そうにしつつも機嫌も良さげに翼をパタパタさせた。
「さあ、疲れただろう。ゆっくり休め」
「うん・・・」
体の手当ては明日朝にする事にして、眠るために焚火を最小限の火力にまで落とすと、周囲の闇が深まる。火そのものは完全に消えていないので、心地よい温かさと明るさが空気を伝って来て睡魔をより一層強くした。
はたてが横になると、寝かしつけるために何となく子守歌を歌ってみる。うろ覚えだし下手ではあるが、心を込めて歌っていると、いつの間にか寝息を立て始めていた。
(やはりめんこいな)
寝姿はとても愛くるしかったがどこか寂しそうで、自然と仏心が出てきてしまう。もし今頃家庭を持っていて戦と無縁な生活を送っていたとしたらと考えると、なんとも歯がゆい気分だ。せめてこの娘だけは幸せになってほしいものであると、サンカは願った。
「止めて!いや、嫌!」
はたて眠ってからどれくらい経っただろうか。彼女がうなされ始めたのを見て不安になり、思わず顔を覗き込んだ。瞬間、彼女の頭が顔面に向かって勢いよく叩きつけられ、首が変な方向を向く。
「い・・・あれ?あれ??」
「起きたか。心配したぞ」
「お兄ちゃん?顔押さえてどうしたの」
「気にするな。それよりどんな夢を見ていた?」
鼻血が出ていないか確認しつつ訪ねると、はたてはビクリとして首を横に振った。サンカは言いたくないのだなと詮索せず、気を紛らわそうと目の前の焚火を弄りながら、一気に醒めてしまった頭を落ち着かせる。
「・・・ね、ねえ。お兄ちゃんは私の事を嫌いにならない?殴ったりしない?」
はたての突飛な質問に目を丸くしつつ、真面目に考えながら回答した。
「嫌いも何も、ほんの少しの時間しか隣にいないしなんともな・・・けど、僕は弱い相手を痛めつけるのは好きじゃない。これだけは約束する」
「・・・私、お兄ちゃんが好き。沢山褒めてくれるし、いい子だって頭を撫でてくれるから」
嘘は嫌と、ニコニコとしながら彼女は言う。可愛げのある笑顔を見れて喜ばしいのだが、何故か背筋に悪寒が走った。風邪でもひいたのだろうか。
「・・・どうにも冷えるな」
「え?ちょっ!?」
「寒くてな、こうすれば温かい。嫌なら止めるが?」
「・・・ううん。このままがいい」
はたてを抱き寄せて横になるが、他意は断じてない。彼女の体温は冷え切ったサンカの体に熱を送ると共に、何をしても凍り付いたままだった心の中を、少しずつ溶かしていった。