幻想怪奇目録 ー人と天狗の奇妙な関係ー   作:ガーヘル313

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76話 アケビ

 目覚めると、サンカは既に起きていて何やら煮込んでいる所だった。彼が添い寝してくれたお陰か、両親に殴打される悪夢は見ずに済み、忘れてしまいはしたものの、とても幸福な夢を見られた気がする。

 

 ボンヤリと送られて来る視線にサンカが気づくと、彼は少しだけ笑顔を作り、おはようと挨拶をした。顔が熱くなるのを感じる。

 

 

「顔を洗っておいで。傷の手当てをしたら朝餉にしよう」

 

 指差す方を見ると、朝日に照らされて輝く川があった。手で水を掬ってみると、水は悴んでしまう程冷たく、顔を洗えば意識もすっかり覚醒して気持ちのよい目覚めとなった。これで如何にか1日頑張れる気がすると、はたては息をつく。

 

 

(殴るのは嫌いって言ってたし、やっぱりお兄ちゃんは優しいな・・・)

 

 彼と出会わなければあのまま殺されていたかも知れないし、人生初めての’良い出来事’を作ってくれたのも彼なので、その点でも感謝している。本当なら何か裏があるのではないかと勘ぐるのが普通であるが、誰からも必要とされず不幸な目に会い続けていた彼女は、唯一救いの手を差し伸べ、尽くしてくれる彼に惚れていた。

 

 

(もっと、もっともっとお兄ちゃんと・・・)

 

 将来の伴侶になる為にも、あらゆる手段を尽くし、片時も離れさせない努力をするだけの価値は十分にある。今は異性として意識する素振りは見せていないが、なんとしても振り向かせたい所だ。いざとなれば力で屈服させて―

 

 

「顔は洗ったか?朝餉が出来たから、こっちにおいで」

「あ、うん!」

 

 サンカの呼ぶ声を聴き、はたては滲み出た黒い感情を押し込め、笑顔で駆けていく。その日の朝日は、普段より妙に大きく見えた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 適切な治療のおかげか痛みもひいてきているらしいので安心だが、残念ながら片翼が使えなくなってしまった。これでは暫くは飛べない筈なので、彼女もさぞ辛い思いをしているだろう。

 

 

「包帯は緩くないか?痒かったり、痛かったりしないか?」

「全然平気だよ。最初は怖かったけど、痛くなかったし・・・」

「そうか・・・2、3日すれば傷も治っているだろう。包帯もその時までは取るなよ?」

 

 目の保養になる美しい山を背に、落ち葉を踏みしめながら荒れ道を行く。遥か昔に誰かが歩いただろうその道で、はたては見慣れた植物を目にして足を止め、先を行くサンカを呼び止めた。

 

 

「お兄ちゃん」

「どうした?どこか痛いのか?」

「ううん、あれ」

 

 指差す方へ視線を向けると、色とりどりの紅葉に混じって、風景とは場違いすぎる鮮やかな紫色の果物に目を奪われた。中央から左右に割れて顔を覗かせる果肉は雪のように白く、とても甘く良い香りを放っている。

 

 

「アケビか」

 

 珍しいなとサンカが呟く。その果物は何度か口にしたことがあるので良く知っており、大量の種が含まれているのが難点だが、極めて美味で代表的な秋の風物詩だ。かなり立派な大きさなので、きっと食べ応えもあるだろう。

 

 サンカは再度歩き出そうとしたが、はたてはアケビを見たまま動こうとはしなかった。

 

 

「どうした?あれが欲しいのか?」

「うん」

「はたて、そんな余裕は無いんだ。急がないと―」

 

 一応追われる身なのだと今置かれた状況を話すと、彼女はとても残念そうにうなだれた。歩くように促してみるがその足取りは頼りなく、時折名残惜しそうに振り返ってはアケビを見ている。

 

 

(食べ盛りなのは結構なんだがな・・・)

 

 いくら急かしても、これでは時間を食うだけだ。甘やかすのは良くないのだが、ここは望み通りの物を与えて納得させるしかないだろう。あれだけ食べておきながらまだ食べたがるのは、彼女の境遇のせいか、はたまた女子だけが持つ別腹という臓器のせいなのかと、サンカはため息をついた。

 

 彼は鉄笠をはたてに被せて肩車すると、道を引き返してアケビの真下に立って背伸びをした。彼女は肉の代わりに空気が詰まっているのかと思うほど軽く、左程苦にはならなかった。

 

 

「一つだけだぞ」

「!」

 

 気分が弾みだしたのがパタパタと顔の横で動く足で手に取る様に分かった。見上げると、はたては必死に小さな両手を上に伸ばし、実をどうにか捥ぎ取ろうと悪戦苦闘している。

 

 

(・・・ッ!いかんいかん。時間は無いんだ)

 

 愛らしいのでもう少し見ていたい気もしたが、ノンビリしていられないのでサンカはグッと堪えた。感情を押し殺して我慢しなければならないのは中々辛い。

 

 

「採れた!」

 

 屈んで降ろしてやると、はたては取ったばかりのアケビから汚れを軽く拭き取って差し出してきた。自慢がしたいのだろうと思って適当な感想を述べるが、彼女が受け取ってほしそうにしているのに気づいて、一応訊ねてみる。

 

 

「くれるのか?」

「うん。お兄ちゃん、朝ご飯食べてなかったから・・・」

 

 食欲が無かったので自分の分まではたてに食べさせたのだが、それがはたてには空腹を我慢しているのではないかと不安だったようで、彼女なりに気を使ってくれていたらしい。サンカは差し出されたアケビを受け取って感謝の意を伝えると、頭を撫でてやった。はたては撫でられている間恍惚の表情を浮かべ、頬を赤くする。

 

 

「はたては優しいな。お利巧さんだ」

「えへへ・・・」

 

 はたてが照れくさそうにはにかむと、サンカはドキリとした。遥かに年下の子供なのでなんとも思わないのだが、年相応の愛らしさと不思議な気品を両立させたこの表情はずるい。包帯が目立っていなければ、さぞ美しかっただろう。

 

 

「それじゃ、早速」

 

 くすぶる気持ちをよそに、せっかく採ってくれたのだから気持ちを無為にするまいと、アケビの果肉を口に含む。他人からの好意で物を貰うのが久しぶりなせいか、ただの果物がその時ばかりは格別な味に思えた。

 

 

「・・・お兄ちゃん」

「なんだ?」

「私、私お兄ちゃんのお嫁さんになる!」

 

 アケビの種を吹き出す。恋愛感情を抱かれているとは思いもしなかったが、子供の言う事なので真に受けず、適当に話を合わせておく。

 

 

「そうだな、あと130年したら考えてやろう」

「・・・私は本気だよ?」

「そうかそうか」

「お兄ちゃん私を馬鹿にしてるでしょ!」

 

 しまった、適当すぎて墓穴を掘った。サンカは小さく舌打ちをしながら、彼女に小指を差し出して渋い顔をする。

 

 

「・・・約束は守ってやる。それでいいか?」

「本当に?絶対守ってよ!」

「わかったわかった」

 

 指切り拳万、と約束事のまじないを唱える。サンカはこんな平穏な時間がいつまでも続けばいいなと、自分でも分からないうちに顔を綻ばせていた。

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