幻想怪奇目録 ー人と天狗の奇妙な関係ー   作:ガーヘル313

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78話 季節外れの蛍火

 人が支配する時間から魑魅魍魎が支配する時間へと移ると共に、商店や飲食店に掲げられた提灯や暖簾が片付けられ、完全な闇に包まれる。街を行く人々の喧騒は消え去り、風が運んできた落ち葉が時々壁に叩きつけられる音だけが、部屋に響く。

 

 

「ん・・・」

 

 冷たい月の明かりが照らす中、お茶を飲み過ぎたせいか、はたては真夜中に起きてしまっていた。

 時刻は丁度丑三つ時。もう一度眠ろうとしてみたが、目が冴えてしまっていて眠気は一向にやって来ず、一人寂しい思いをする。

 

 心細いので、隣で寝ているサンカを強く揺すってみたが、彼が起きる気配はなかった。昼間に見た時はかなり眠そうにしていたので、すっかり熟睡してしまっている。

 

 

「明かりは・・・あった」

 

 やはりお茶のせいなのか、そうこうしているうちに催して来たので、厠へ行って用を足すために小型の提灯に明かりを入れる。独学ではあるが、夜中に外へ放り出される事もあったので、火の付け方から使い方まで知っている。仕方なしに嫌々覚えた知識がこんな形で役立つのはなんだか複雑な気分だ。

 

 

「うぅ、寒い・・・」 

 

 冷たい床板に体を震わせつつ廊下を渡り切った彼女は、肥溜めに落ちないように気を付けながら用を済ませ、改めて冷え冷えとした廊下を渡る。

 

 夜空を見ると、大きな満月が浮かんでいて、それを眺めながら歩いていると、どこまでも追いかけられているような感覚に陥る。それが楽しいと感じていたのか、それとも不思議だと感じていたのかは分からないが、少なくとも孤独感は薄れていた。

 

 

(夜に外に出ちゃいけないって言ってたけど、そんなに危ないのかな?)

 

 ふと気になって塀に囲まれた庭から外を覗くが、冷たい風が吹いているだけで何の気配も感じない。天狗である自身が危険な目に遭うほどの脅威が、本当に居るのだろうか?

 

 

(きっと大丈夫・・・だよね?)

 

 体が冷えてきたのを感じ、部屋に戻ろうと薄暗い廊下の奥へと視線をやった。すると、廊下の奥に何か光る物がフワフワと浮いているのが見え、目を細める。

 

 大きさからすると蛍だろうか。だが今は秋も中旬、季節外れも良いところだ。

 

 

「なんだろう?蛍さんかな?」

 

 手をそっと伸ばすと、光球は空気に押し出されるように動き、その場で旋回したりまっすぐ飛んだりしてはたてから逃げていく。はたては不規則に飛び回る光球に段々と夢中になり、部屋に帰るのも忘れてトテトテと追いかけまわした。

 息切れして止まると、光球も手が届かない範囲で停止し、誘うように近づいては遠ざかる。

 

「待てー!」 

 

 今度こそ捕まえてやる。寝ている人も居るのでなるべく小声で、足音も極力消すために摺り足で追いかける。するとはたては、こんな時でも周りに配慮している自分がどうにもおかしくて笑えて来てしまった。

 

 やがて光球は玄関の戸の隙間から外へ出て行ったので、はたても後を追うために戸を大きく開いて飛び出すと、光球ははす向かいの長屋に置かれた水甕へ不安定に着地した。

 

 

「捕まえた!」

 

 疲れた様子の光球が動かなくなったのを見計らい、誤って潰さないように注意をはらいながら、光球を手でそっと包んだ。

 

 暫くは指の隙間からホンノリと熱のない光が漏れていたが、次第にそれは弱まっていき、しまいには何の反応も無くなる。

 

 殺してしまっただろうか。安否を確かめる為に慌てて手を退けるが、何もいない。

 

 

「消えちゃった?」

 

 蛍は中型の甲虫だ。間違えても指の隙間から逃げられる筈はないし、何かが触れる感覚で分かる筈だ。

 

 では鬼火か狐火だったのだろうか。しかし双方とも山の中を集団で飛び回っている場面しか見た事がないので、それとも違うだろう。なんにせよ興味は急激に失せたので、面白い物が見れたと、心の引き出しへと押し込んだ。

 

 

「帰ってお兄ちゃんにも聞かせてあげな・・・い・・・」

 

 周囲を見渡し、顔色が蒼白になって凍り付く。あれだけキツく言われていたのに、追いかけるのに夢中で外へ出てしまった。怒られる前に急いで部屋まで戻り、サンカの布団へ潜り込まなければ―

 

 

「!」

 

 尋常ではない悪意を背後から感じ、動きを止める。これが件の妖怪なのであれば非常に危険な状況だ。寒い筈なのに汗が噴き出る。

 

 

「はたて」

 

 サンカの声を聴き、緊張の糸が一気に緩む。悪意も一瞬で消えたので、きっと思い込みで恐ろしい物がいると感じただけだろう。そう思いながら、はたては振り返った。

 

 

「お兄ちゃん?びっくりさせな、い・・・で・・・」

 

 背後に居たのはサンカではなかった。

 

 代わりに居たのは異臭を放つ巨大な肉の塊で、下部は大きく裂けた口が大部分を占めており、あまりの醜さから、違う次元からやって来たのではないかとさえ思えた。彼方此方から生えた手足は虚空を掻き、充血して真っ赤になった目がはたてを捉えている。

 

 

「ッ~!!」

 

 叫んだつもりが声が全く出ていない。異形はそんな恐怖に震えるはたてをあざ笑うかのように、その巨体を緩慢に震わせ、サンカの声で支離滅裂に喋りつつ、徐々に口を開き始めた。凄まじい血生臭さと、赤ん坊の頭ほどある臼のような真っ白い歯が脳裏に焼き付く。

 

 

(誰か・・・誰か!!)

 

 空を掻いていた手が一斉にはたてへと延びていく。嫌だ。死にたくない。まだ彼と、まだ好きな人と―

 

 

「助けてよお兄ちゃん!!」

 

 絶叫すると同時に、雷に似た凄まじい轟音が響き渡った。反射的に閉じてしまった瞼を開くと、何が起きたのか大口を開けていた怪物は途端に苦しみだした。

 

 上を見ると、宿場の屋根の上から煙をたなびかせている人物が立っている。

 

 

「絶対に動くな。弾が当たるぞ」

「お兄ちゃん!」

 

 今度は正真正銘の本物だと喜びながら、涙声でその人物の名を呼ぶ。月に青白く照らし出されたサンカは銃を構え、怒りの形相で怪物を捕捉していた。

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