さて、どうしてくれようか。
怒りに任せて遊底を引ききると、高熱を帯びた薬莢が勢いよく排出され、屋根を伝って落ちて行った。サンカは転がり落ちたそれを目で追いつつ、胴欄から新しい弾丸を取り出して銃に込め、乱暴に遊底を押し戻して射撃準備を整える。
(あの娘に手は出させない・・・傷一つつけてなるものか!)
瞬きや呼吸、その他邪魔になる物の全てを止めてぶれと隙を減らし、一寸先の闇へ狙いを定める。
へたり込むはたての前で踊るようにもがき苦しむ肉の塊は、元は何かの、例えば狐や猿等の霊だったのだろう。あの奇怪な見てくれは、片っ端から人間を喰らい続けた結果、人が大なり小なり持ちうる業を受け止めきれなくなり、やがてそれらに呑まれた結果出来てしまった成れの果てなのだ。
本来なら人目に付かない山奥に居るべき存在だが、何かの弾みによって人間の味を占めた事で街まで降りて来てしまったのだと予測できる。もし仕留め損ないでもすれば、今後数百年にかけて災いをもたらす筈だ。遭遇してしまったからには逃がす訳にいかない。
「ギィィィィィィ!!」
「うるさい」
頭に直接響いてくる耳障りで不快な奇声に苛立ちながら発砲し、鼻に付く硝煙の臭いを嗅ぎつつ、間髪入れずに次の弾を手に取る。
基本的に物理的な攻撃は物体を透過してしまう霊体を倒す事は出来ない。だが力を増強した事で実体を得た霊には銃弾が良く通るので、遠慮なく鉛玉をお見舞いできた。
サンカは残弾を確認しつつ、何所が頭かも分からない異形へ集中砲火を浴びせる。
「ゲァアアアアア!!」
「む」
10発目を打ち込んだ辺りで、青白い光球がポツリポツリと現れ始め、異形を包んだ。蛍火を思わせるそれらの光球は徐々に数と光を増し、サンカ目掛けて音も無く接近してくる。
「ほう。こんな事もできるのか」
異形は予想以上に力を付けていたらしい。サンカは驚いて感嘆の声を上げると共に、弾幕を形成できるのかと感心した。
弾幕は大量の霊力とそれを制御できる高度な技術が無ければ展開できず、こんな格下も良い所の存在が使ってくるとは思ってもいなかった。
良く見れば天狗の様な名有の妖怪と比べれば見劣りするし、遥かにゆっくりとした動きではあるが、弾幕としてはしっかり機能している。まだ操作は不慣れらしいが、放置して能力を意のままに使えるようになれば脅威となるので、ますます野放しにしておく訳にはいかなくなった。
サンカは射撃を中止して立射姿勢を解くと、屋根伝いに走りながら弾幕を回避する。光弾が着弾した瓦は粉々に吹き飛んで頬を傷つけるが、彼は怯む事無く銃を異形へ向け、揺れを補正しながら発砲した。
ダムッと鈍い音を立てて弾丸が引っ掛けるように貫通すると、異形は勝てないと悟ったのか、弾幕による攻撃を中断して敗走を始める。
サンカはそれを見逃さず屋根から飛び降り、背後から容赦なく追撃を加えながら距離を詰めていく。一発、また一発とその身に穴が開く度に悲鳴を上げるが、彼は慈悲を与えず、暗い闇を湛えた瞳にそれを映しながら、銃身が赤く焼き付いたライフルの銃床で殴打しつつ、サーベルで何度も切りつけた。
「この程度か。弱い弱い」
やがて虫の息となったのを確認すると、彼は顔に付いた血を拭い取り、サーベルを納刀してはたての元へと急いだ。彼女の表情は暗くて窺い知れないが、怪我等は特にしていなそうだ。
「はたて」
「お、お兄ちゃん!!」
名前を呼びつつ顔が見える距離まで近づくと、はたては顔中が涙やら鼻水やらでベッチョリ濡れていた。サンカは気にすることなく彼女を懐に迎え入れ、悪い意味で目立つ翼を麻布で隠し、軽く頭に手刀を入れた。うぐっ、と声が上がる。
「馬鹿者。あれだけ出るなと言ったのに何で出たんだ」
「・・・ごめんなさい」
「分かればよろしい」
「夜中になんの騒ぎだ!やかまし・・・うわっ!」
「なんだこりゃ!?」
銃声で目が覚めた住人達が出てきてしまった。幸いにも異形は絶命していて動く気配はなかったが、誰かに見られる前に死骸を処理する事は叶わなかった。
追っ手も話を聞きつけてやってくるだろうし、仕方ないので彼等に処理を押し付け、騒ぎに乗じてこの場を離れる事にする。
「おっさん、何があったんだ!」
「何でもないから、男共を呼んで外まで運んで燃やしてこい。また動くぞ」
冗談混じりで脅すと、話しかけてきた若者は慌てて誰かを呼びに走っていった。これで夜間の外出も自由に出来るので、彼らにとってもいい方向へ物事が進んだはずだ。
(結局眠れなかったな)
今の自分はさぞ酷い顔をしているのだろう。目頭を押さえながら、サンカは不機嫌そうに唸った。
◆◆◆◆◆
「まったく、何時まで悔やんでるんだ。事情は分かったし、目を離した僕も悪い」
「で、でも・・・」
無事に街を出たはたては、げっそりしているサンカを見て強い罪悪感と恐怖を抱いていた。気にしてないの一点張りだが、どうしても親の影がよぎってしまうのだ。
サンカは何か察したのか、寝ぐせの立った髪を手で潰す。
「過ぎた事だ、そんなに暗い顔をするな。次は僕もはたても気をつけておけばいい」
「・・・うん」
「まだ不安か?」
「・・・ううん。大丈夫」
「うむ」
頭をワシャワシャと撫でる。叱りはするが、強く叩いたり声を荒げたりは決してしないサンカを見て、はたては自分の両親とは違うと思った。
どんなに些細な失態でも重箱の隅をつつくように糾弾し、思い通りにならなければ痣が出来るまで殴り続ける。そんな親と比べて、本心からと容易に想像できる優しい叱責は、耐えに耐えて凝り固まった彼女のシコリを消し去っていた。