サンカは小川の傍に立っていた。里に行く予定だったが、今はそれどころではない。
「おい、大丈夫か!?しっかりしてくれ!」
新聞が散らばっている中、周囲を警戒しつつ近づき、血まみれで今にも力尽きようとしている文の様態を見る。外傷は全身に広く出来た打撲婚に切り傷、そして刺し傷。特に刺し傷は動脈近くまで届いているらしく、一際出血が酷かった。
手当てをするための道具一式は手元にあるが、簡単な怪我しか対応しておらず、治療するにもこれ程膨大な量の血を止血し、大きな傷口を埋めるには量も技術も足りない。
「直ぐに救急車を……」
言いかけて、幻想郷にそんな物はない筈だと気づいて思い留まる。動転しているのもあって頭が真っ白になってしまい、何をするのが最善なのかが分からず、冷静な判断が出来なくなっていた。
(どうすればいいんだ?ええと―)
死に物狂いで思考を続ける。苦手なタイプではあるが、だからと言って瀕死の重傷を負った者を見捨てるほど非道ではないのだ。
引き続き呼びかけを行うが、彼女は呻き声をあげるだけで反応がなかった。肌は徐々に青白くなり始めており、何もできない己の未熟さと弱さをひたすら呪いそうになる。
「ゲホッ!」
「……
文が咳き込んだと同時に彼女の体へ両手を当てると、口をついてその言葉が出た。体は勝手に指先から気を放出するように力を込め、意思に反してある単語を静かに、そして力強く宣言する。
「
瞬間、手から薄い膜を形成していくかのように青い光が放たれて彼女の全身を覆うと、体に出来た無数の傷に塵の様な物が集積し、徐々に傷口を埋めて跡形も無く治癒していく。
サンカは何が起きているのか理解できずに混乱したものの、助けたい一心で我武者羅に能力を使い続け、やがて全ての傷が消えると共に能力が解除された。
同時に凄まじい疲労感を感じ、その場に倒れてしまう。文に目線をやると、血色も良く呼吸も安定しているようだ。一先ず安心といった所か。
(僕は何を……)
「得体のしれない力を感じるとは思ったけど、まさかこれだったとはね。流石は生き残りといったところかしら」
紫の声が聞こえる。遠のく意識の中でその声を聞いたサンカは、激しい頭痛に襲われて視界が暗転した。
◆◆◆◆◆
夢を見た。人間とそう変わらない姿をした妖怪達を、小さな子供が殺していく夢を。
悲鳴を上げて逃げ回る彼らをその子供は追いかけ、一人、また一人と血祭に上げていく。そして場面が変わり、今度はその子供が死屍累々と積み重なった死体の上に座り、何かを呟いていた。
これ以上は見たくない。サンカは必死に目を覚まそうともがくと、子供がこちらを向いた。その顔は泣いている。
「殺してください、先生……お願いします……」
景色が暗転し、意識が覚醒する。最初に視界に入ったのは天井で、布団に寝かされていると一呼吸置いてから分かった。隣にははたてが座ったまま寝ている。
「目は覚めましたか?」
襖を開けて文が入ってくる。彼女は桶の中に入った手ぬぐいを絞り、額の上に載せてくれた。冷たさが心地よく、目を軽く瞑る。
「ここはどこなんだ?それに君の怪我は?」
「私の家です。怪我の方も大丈夫ですよ。おかげで良くなりました」
サンカが胸を撫で下ろすと、文は助けられちゃいましたね、と言いつつはたてを揺すり起こした。
彼女は起きると、すぐさまサンカに飛びつく。
「サンカ!!」
「ごめん、面倒かけちゃって……」
「馬鹿!心配したのよ!?」
そのやり取りを見ていた文はニヤニヤしていたが、はたてとの会話がひと段落するとすぐに真剣な面持ちになり、深々と頭を下げた。
「あの時貴方が居合わせなければ、私は死んでいたかもしれません。改めてお礼申し上げます」
少々強引ではあるが根はしっかりした人のようだ。これは彼女の評価を変えなければいけないだろうと、口角を少しだけ上げた。
「良ければ何があったのか聞かせてくれないか?」
ふとなぜあんな事になっていたのかと尋ねてみると、彼女は少し考え、貴方に話してどうにかなる事でもありませんが、と前置きしながらも教えてくれた。
「実はですね、通り魔に会っちゃいました」
「通り魔?」
「はい」
曰く、上から突然襲われたのだという。飛行に集中していた彼女は抵抗する間もなく体中をめった刺しにされ、バランスを失い墜落、倒れていたところをサンカに助けられたのだった。
かなり高い高度を飛んでいたと思われるが、直接的な攻撃以外の負傷は打撲程度で済むのだから、やはり天狗は人より頑丈だな、と内心思った。
「私としたことが油断していました」
「嘘でしょ?文がやられたっていうの?」
はたての反応を見る限り、文の戦闘力もかなり高いようだ。彼女は屈辱です、と手にギュッと力を込める。
「犯人は恐らく、最近巷を騒がせている人物でしょう」
差し出された新聞の一面を見ると、連続殺傷事件の見出しで書き出されていた。遺体の傷からすると、刃物によってできたと推測されるとの事である。
「博麗の巫女と白黒魔女は別件でこっちに当たれないのよね?」
「ええ。また犠牲者が出る前に対処してほしいものだけど、目星もないのに私達じゃね」
はたてと文の会話から、こちらにも警察組織に似たような物はあるようだ。しかし人手はまるで足りていない様子でもある。
「サンカは解決するまで外出をやめた方がいいわ。天狗の里……ううん、私の家から出ないようにしてね」
かこつけて外出を禁止されてしまったが、名指しされた当人は上の空だ。彼は文の状態を思い出し、考察を始める。
「サンカ?」
「・・・はたて、僕を人間の里まで連れて行ってくれないか?何か出来る気がするんだ」
「え?」
制止を振り切って布団から起き上がると、よろけながら上着を探し、傍にあった帽子を被った。まだ若干だるさを覚えるが、歩けない事はない。ふらつく体を後ろからはたてが支える。
「安静にしてて。それに出ちゃダメって言ってるじゃん」
「どうって事ないよ。僕は平気だ」
「でも……」
「大丈夫だ。心配だったら僕が君と離れなければ良いだけの事だろう?」
「……わかったわ」
「こほん」
文はわざとらしく咳ばらいをすると、二人に聞こえないように羨まし気に小さく呟く。それは今の彼女が出来る最大限の茶化しだった。
「まるで夫婦ね」
サンカの能力が今後どのような活躍を見せるか、ご期待ください。