幻想怪奇目録 ー人と天狗の奇妙な関係ー   作:ガーヘル313

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80話 汝は鬼神なりや

「ん~・・・」

「あんまり顔を近づけていると疲れるぞ」

 

 はたては風景には目もくれず、紙に書かれたひらがなと睨めっこを続けていた。実は苗字をどう書くのか聞いたのだが、漢字どころかひらがなの読み書きも出来ない事を知り、こうして文盲で苦労させない為に勉強させているのだ。

 

 最初は嫌がるかと思ったが思いのほか熱中しているので、サンカは分からない文字を教える以外は口を挟まず、より勉強に集中できるようにおぶって移動する。

 

 

(まさか寺子屋に行ったことがないとはな)

 

 彼女は頭がいい。数分もせずにある程度の文章を読めているので、将来は立派な天狗になるだろう。

 

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん、これなんて読むの?」

 

 顔の前に紙が広げられ、視界が遮られる。こうして間近で見ると、大量に書かれた文字は呪いの文か何かに見えてしまい、思わず顔をしかめてしまう。

 

 はたてはそんなサンカに対して教えてほしい一文字を指し示しており、解答を心待ちにしているようだ。

 

 

「これか?えーと・・・ああ、これは`ゑ´だ」

「`ゑ´っていうの?・・・わかった!」

 

 理解が出来たのが余程喜ばしいのか、キャッキャと声を上げて背後ではしゃいでいる。

 

 これが本来の性格なのであれば、随分と抑圧していたのだなと思えるくらいには明るくなった。怯えもすっかり無くなっていて、初対面の時と比べると印象ががらりと変わっている。なかなか好奇心旺盛で無邪気、そして途轍もない愛くるしさは、引き締めていないと頬が勝手に緩んでしまうくらいだ。

 

 

(可愛いな。子供がいる親というのは、こんな気分なのか?)

 

 これだけ懐かれてしまうと、どうしても別れるのが惜しくなってしまう。恐ろしい事にも、ただ一緒に居られる時間を伸ばしたいが為に、彼女の両親を葬ってしまおうと画策している自分さえいるので、自制が効いている間に自己暗示を繰り返す機会が多くなった。

 

 

(俺は、俺はどうすれば・・・)

 

 否、悩むべきではない。所詮は人間で追われる身なのだ。高望みも大概にしておくべきだろう。

 

 

「ねえお兄ちゃん」

「・・・ん?なんだ?また分からない文字があったか?」

「ううん。あれ」

 

 自問自答を止めて不思議そうに指差す方角を見やると、そう遠くない場所で何かが光っていた。光の発生源は動いているらしく、チカリ、チカリと明滅を繰り返している。

 

 

「まずい!」

 

 サンカはほぼ反射的にはたてを振り落とし、左腕で急所を防御した。直後、鈍い音と共に強い衝撃を覚え、遅れて乾いた竹を割るような音が山に響き渡る。

 

 聞き慣れたその音は、間違いなく自分が所持している新式銃の発砲音と同一だ。ただし、距離は本来の有効射程のおよそ倍。鑑みるに、地形や風向きさえ味方につけた射手だと判断でき、そんな腕の良い人物を雇える組織は、考えなくてもすぐに想像がつく。

 

 

「うええ・・・」

「泣くのは後だ。逃げるぞ」

 

 顔から地面に突っ込んで半泣きになっているはたての手を引いて、射線の外へ出るために急な斜面を駆け降りる。発砲音から割り出した距離からすると、義弟は相当優秀な人材をかき集めたらしい。

 

 はたても険しくなった面持ちでどんな状況か察したのか、恐怖に脅え、不安そうな顔をしている。いざとなれば戦いは避けられないが、はたして丸腰で人を殺した例のない彼女を守りきれるだろうか。

 

 

(狙っているのは俺かはたてか両方か、いずれにせよ難儀だな。けど・・・)

 

 追っ手が一人だけとも限らない。サンカは耳を澄ませ、全ての感覚を森と一体化させるように広げていく。聞こえて来るのは木々が風で揺れる音、川のせせらぎの音。そして―

 

 

「チィッ!」

 

 視界の端に鈍色に光る物が迫るのを確認し、咄嗟にライフル銃で防御する。衝突と共に火花を散らしてライフルの銃身が歪み、生身の右腕が悲鳴を上げる。

 

 

「箕作サンカだな?その命頂戴する!」

 

 斬りかかってきたのは黒服を着た男で、容姿は餓鬼の特徴を有し、顔に刻まれた大きな傷跡が印象的だった。

 

 二人は暫し睨み合いをした後、サンカが男の凶器を弾き飛ばし、がら空きになった腹部に蹴りを入れようと足を上げる。だが男はそれよりも早く脇腹に拳をぶち当て、攻撃を不発に終わらせた。お互いに適切な間合いを取るために後ろへ飛びのく。 

 

 

「餓鬼か。厄介だな」

「とぼけるでない。貴様も似たようなものであろうて」

「お前と一緒にされたくはない。俺は人間だ」

 

 まるで応えていないと分かり、男が手を挙げて合図した。すると、木の後ろや岩の物陰から同様の格好をした男らが現れ、一斉に刀を抜いた。皆人間らしく、数は6人ほど居るため、単独で相手をするには分が悪いかもしれない。

 

 

「・・・はたて。これを持って離れていろ。いざとなれば教えたとおりに使え」

「う、うん・・・」

 

 彼女へケースに収まった拳銃を渡し、銃身が拉げたライフルを捨ててサーベルを抜刀した。その刀身は街を出る前と比べると大きく異なっており、刺突に適した軽量で細身な型から、斬撃に適した日本刀型へと変わっていた。

 

 

「復讐心や忠義を捨てて、敵である妖怪を生かすのか?」 

「どうでもいい。俺は虐殺を楽しむお前らに辟易してるんだ。これじゃ俺の親父とお袋を喰った野郎と大差ない」

「崇高な我々が下賤な妖怪共と同じだと!?戯言を抜かすな!」

 

 なんとなしに発した言葉が癪に障ったのか、餓鬼の配下らしい男が指示も待たずに一人で斬りかかる。だが彼は特に動じず、相手が刃を振り下ろすより早く、最小限の動きで腕と首を同時に切り落として無力化した。返り血が顔を赤く染めていく。

 

 

「成程、その覚悟は本物らしいな・・・切り捨てろ」

 

 異質な気迫が空間を支配した状態は、かくも息苦しいのである。

 

 強い殺気を読み取ったサンカの目から光が消え、能面を想起させる冷たい表情へと変化した。はたては肌が粟立つのを感じ、気づかぬうちに数歩後ずさる。

 

 

「ようやく護る相手を見つけたんだ。誰にも奪わせやしない!」

 

 確かなる覚悟を胸に、彼は鬼神の如き咆哮を上げた。 

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