「あと数刻で里に着くから、そこでお別れだ。見送りは門の前までしてやろう」
そう告げると、はたては中身が無くなった左側の袖を強く掴んで立ち止まり、首を大きく横に振った。
親と会う気が失せたのかと思ったがどうやら違うらしく、別れれば二度と会えなくなってしまうのではないかと考えてしまい、不安になって起こした行動だった。
説得を試みるが、彼女は何を言っても聞こうとはしてくれず、一緒に住もうと駄々をこね始めて話にならないし、押し問答を繰り返しているうちに泣き出しそうになるしで手に負えない。
「やーだー!ずっとお兄ちゃんと一緒がいい!」
「そうは言っても。まいったな、僕は天狗達と生活は出来ないぞ?」
「じゃあ、お兄ちゃんはこれからどうするつもりなの?」
「それは、その・・・・」
潤んだ声で痛い所を指摘され、苦しそうな顔で別れた後かと頭を抱える。確かに彼女とはずっと一緒にいたい。それは同じ気持ちだ。しかしながら、天狗からすれば野蛮極まりない種族である人間、それも妖怪を狩り殺す事を生業にしていた男を受け入れてくれるとはとても思えない。例え彼らが妖怪ではなく同じ人間だったとしても、身内を殺めたかもしれない危険人物を受け入れて共存しようとは考えないだろう。
そんな環境下の元、全方位敵だらけで孤立無援、それも四六時中付け狙われる生活を送れるだろうか。口だけで言うなら易いが、一生追い回されるのはかなり堪える。寿命で迎える死よりも、嫌気がさして自ら人生に幕を閉じる方が速そうだ。
「どうする?行く当てはないから・・・いやしかし・・・」
どうしようかと何度も呟きつつ、額を指で叩きながら右へ左へとウロウロする。それを見るやいなや、彼女はニッと口角を僅かに上げ、腕を強く引っ張った。転びそうになったのでバランスを取るために前のめりで2、3歩歩くと、はたてが振り返る。
(っ!・・・このチビ助!)
してやられたと思った。彼女は嘘泣きでサンカを動揺させ、本心を引き出させたのだ。誰から教わった訳でもないのに、何所で覚えて来たんだろうか。
「やっぱりお兄ちゃんも寂しいんだ~?心配しなくていいよ?私がお兄ちゃんの場所を作ってあげる。ついて来て!」
更に腕を引っ張られる。抵抗しようものなら引きちぎれてしまいそうだ。そうならない為にも、サンカは彼女の歩幅に合わせる。
「お、おい」
「大丈夫だよ!ちょっと怖いけど、私がお父さんを納得させるから安心してて!」
「いや、あのな・・・」
「駄目なの?お嫁さんになる約束だってしたんだから、絶対に傍に居てくれるよね?それとも・・・私の事、嫌い?」
今まで死線を何度も潜り抜けて来たが、肌が粟立つくらいの極めて強烈な悪寒を覚えたのは初めてだ。彼女は年相応の子供らしく笑ってこそいるが、目は笑っていない上に光がなかった。声も心なしか威圧的で、本当に子供なのかと疑わしくなる。
腕を掴む彼女の手には力が少しづつ入っていき、ミリミリと音を立てて締まっていく。血流が悪くなったのか、掴まれた部分から先が青くなり始め、あっという間に死人の色へと近づいた。
(はたてが怖いのか?この俺が?)
寒気として発現した感情が恐怖心だと気づくのに、そう時間はかからなかった。それまで抱きもしなかった恐れはジワジワと体を支配し始めており、終いには思わず死を覚悟してしまった。
「どうなのお兄ちゃん?ねえ?ねえ?」
「わ、わかった。今回は厚意に甘んじよう・・・手を緩めてくれ」
「やったあ!」
力を緩め、今度は心の中から笑ってみせた。寒気も消え、サンカの知る愛らしいはたてがそこに居る。
「早く大人になりたいなぁ。そうすればお兄ちゃんと・・・」
人間が妖怪と婚約関係になったという話は文献にも残っているが、それにしては余りに歳が離れすぎてるから後悔しないうちに考え直した方がよい。言いたかったが鼻歌まで歌い始め、軽く跳ねるようにして先を行くので言うに言えなかった。それにまたあの目を向けられると想像したら、自然と出る声も出なくなる。
しかし、親にはなんと伝えるつもりだろうか。直球で約束(達成できそうにないので守る気は最初からないのだが)事を伝えて家に置くように懇願するのであれば、とても状況がまずくなる。年端もいかぬ子供を誑かしたとなれば、最悪頭からボリボリと食われるかもしれない。生きたまま食われるのは願い下げだ。
(面倒な事になったな)
たまに聞いた彼女の私生活からすると、親は相当なロクデナシの可能性が高い。いざとなれば自分だけでなくはたても守れる自信はあるが、騒ぎを大きくしないためにも武力で制圧する真似は控えるべきだろう。
右手とは反対側の手で頭を掻こうと腕を上げ、義手が無いことを思い出して溜め息をつき、利き手である右手で頭を掻く。
「お兄ちゃん?」
はたてが呼んでいる。サンカは何でもないと目で返し、彼女の赴くままに荒れ道を歩いた。
◆◆◆◆◆
「やはり強い。が、まだ能力は使えんか」
二人が通り過ぎた後、松の木が膨らんで人型になり、やがて人間らしい質感になる。一目見たら忘れないであろう嫌なニヤケ面は、万人に不快感を与えるだろう。
「あの天狗が兄上を変えたか・・・喰らうまで楽しみだ」
涎をボタボタと垂らす。男は手にしたライフルを呑み込むと、風景に溶けて消えた。