カチン、カチン-
硝煙の臭いが立ち上り、銃が弾切れを知らせた。それでもなお劇鉄を起こして引き金を引き続けるのは、積年の怨み辛みを溜め続けた堪忍袋が決壊したせいだろう。
やがて行動が無意味と悟ったはたては、穴だらけの頭から血を流して死んでいる巨漢の天狗を一瞥し、拳銃をケースに納めてあられもない姿になった格好を正した。
掌がジリジリと痛み、熱を帯びているのが分かる。子供が使うには大振りな拳銃だったせいで、反動を上手く吸収できなかったのだろう。手首にヒビが入っていなければ良いのだが。
「・・・気持ち悪い」
初めて誰かを殺した感想だった。彼女の目の前で横たわる肉の塊には生命の鼓動は感じられず、その蝋細工のように冷たい体を赤い水溜まりが囲んでいく過程を見ていると、とてもさっきまで生きていたとは思えなかった。
と、爆発していた感情が素面に戻りだした途端、自分の行いが急に怖くなり、はたては力なくへたり込んだ。返り血に濡れた両手は強張ってしまって満足に動かせず、どうしてか寒くて仕方ない。呼吸は自然と乱れ、息が出来ない。
更に時間が経過して死体の硬直が始まると、命ある者を殺した、自分の同類を殺したという事実がとても重くのしかかってきた。今まで後悔ばかりしながら生きていたが、こんなにも強い懺悔をした例はあっただろうか。
(お兄ちゃんは・・・こんな・・・)
サンカもこんな重圧に耐えながら人を殺していたのだろうか。彼の剣捌きが儚くて悲し気な理由が、はたてには何となく分かった気がした。
「まだあの人間は見つからないのか!阿片が狙いやもしれん!捕らえ次第殺せ!」
憎たらしい怒号が耳に入り、現実へ引き戻される。声がした方へ目をやると、障子が乱暴に放たれ、父親がドカドカと床を踏み鳴らしながら立ち入り、部屋の惨状を目にして目を見開いた。父親はすぐに血まみれのはたてへと詰め寄ると、髪を鷲掴みにして引っ張る。
「痛いっ!」
「来い!あいつ等はてめえが狙いなんだ、盾にすりゃ手出しは出来ねえ!」
音を立てて何本かの髪が引き抜かれていくが、はたては咄嗟に掴んでいる腕に噛みつき、怯んだ隙に抜け出した。
なんとかして脱出したいが、外へ出ようにも窓にはめ込まれた格子がびくともしないし、唯一の出口である襖も父親が立っていて出られない。拳銃も弾を撃ち尽くしたので、まさに万策つきた状況だ。
「ふざっけんな!」
噛み痕が付いた手を摩り、相も変わらず汚い言葉ではたてを罵っている。浅はかで暴力を振るうくらしか脳の無いこの男は、所詮は実の娘を潰しの効く道具くらいにしか捉えていないらしかった。
殺す気で丸太のような腕を振り上げ、血走った目を見開いてはたてを睨みつける。
「このガキが!調子に乗ってんじゃねえ!」
この世で一番憎い相手が、この世で最後に残した言葉であった。
父親は背後から障子諸共頭蓋を叩き割られ、断末魔さえ上げる事も叶わず、あっけなく死んだのだった。散々罵詈雑言を吐いていた顔は柘榴の如くパックリと割れていたが、飛沫の臭いは鉄臭くて似ても似つかない。
はたてが吐き気を堪えると、壁の向こうにいる何者かは壊れた障子を蹴破って部屋へ立ち入り、痙攣している死体に馬乗りになって鉈を突き刺した。
対象が反撃してこないのを確認すると、遠慮も無しに鉈を振り下ろし続け、座敷が骨を砕く音と飛び散る肉片で満ちていく。
「よくもっ!俺の足をっ!鳥畜生がっ!」
振り下ろす度に憎悪の籠った男の声が上げる。その声の主は、現状でははたてが誰よりも信頼できる人物の声だ。
「お兄ちゃん!」
呼びかけると、男は鉈を振り上げた体勢で動きを止め、顔を上げた。踏み込んだ拍子に横倒しになった蝋燭によって映し出された顔は確かにサンカだったが、右半身の皮が引き剥がされている上、視力を失ったらしい左目が白く濁っており、ただの人間であるにも拘わらず、まるで地獄からやって来た鬼を思わせる容姿へ変貌を遂げていた。
「はたてか?」
名前を呼ばれて背筋に冷たい物が走り、意図せず数歩後ずさる。化け物というのは、本来は今のサンカを差す言葉なのだろう。どす黒く粘着質な殺気を身に纏い、怪物と何ら遜色ない気迫を振り撒く姿は、最早はたてが知っている優しい面影を完全に失っていた。
彼は原型を留めない程損壊させた死体に鉈を突き刺し、脅えるはたてを目指して体を左右に振りながら歩き出した。両足は義足の代わりに刀がそのまま差し込まれており、据わった目の奥底では怒りの念がくすぶっている。無理矢理連れて来られ、惨い仕打ちをされれば当然の反応だ。もし捕まれば、そのときは―
「ご、ごめ・・・なさ」
謝罪しかけると、彼は言葉を遮った。
「謝罪はいらない。こうなったのははたての希望ではないのだろう?であれば、恨む相手が違う。それに約束したじゃないか。何があっても守るとな・・・はたては今までの分も幸せになるべきだ。俺が死んでも、絶対に不幸にさせてたまるか!」
近くにいるだけでも身を蝕まれそうな強い殺気や気迫は次第に薄れ、元々の雰囲気に戻ったサンカが、残った右腕で頬を撫でてくれた。すると、悲しくも無いのに涙が溢れ出てきてしまい、自分でも止められなくなってしまった。
彼は額をはたての額にくっつけて、静かに笑う。
「まったく、相変わらず泣き虫さんだな」
「・・・泣いてないもん」
「そうかそうか。はたては強いな」
「お戯れ中失礼・・・お二人とも外へ向かってください。ここは危険です」
哨戒装束を着た白狼天狗が窓の外から顔を出す。どうやらゴロツキ共と乱闘を繰り広げているらしく、内外が騒がしくなってきた。
「承知した。さあ行こう、長居は無用だ。歩けるか?」
「うん」
初めて会った時と同じく、片膝をついて残った生身の右手を差し伸べる。彼女はその温かく血の通った手を取り、憎悪の対象だった肉塊を残し、共に部屋を後にした。