幻想怪奇目録 ー人と天狗の奇妙な関係ー   作:ガーヘル313

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86話 夜明けの里、新しい日常にて

 明くる日、屋敷ははたての忌々しい記憶と共に焼け落ち、黒々とした炭になっていた。彼女の母親が見られては困る物を隠蔽するために火をつけたらしく、めぼしい悪事の証拠品は徹底的に破壊しつくされ、悪逆非道の限りを尽くした当人は持てるだけの金品を抱えて雲隠れしていた。

 

 叔父や雇われていた天狗達も訳ありらしく、どさくさに紛れて逃亡を図ったか、大人しくお縄になるかに二分されたが、どちらも家主を心配する者は皆無だった。巷に阿片を蔓延させた罪の他、余罪も含めて厳しい罰が下されるとは、白狼天狗の談である。

 

 

「待たせたな。お祈りは済んだか?」

 

 白狼天狗に背負われてはたてを迎えに行くと、彼女は焼け跡の中で何処かから摘んできた彼岸花を供え、手を合わせていた。

 

 本来、死者への弔いに毒のある彼岸花は無作法極まるのだ。もしかしたら意味を知っていて嫌がらせのつもりでやっているのかもしれないが、そこまでひねくれた性格ではないし、まだ物も知らないことは良く分かっている。彼女は彼女なりの善意のつもりでやっているのだろう。

 

 はたては手を合わせるのを止めると、天狗の背中越しに欠伸をするサンカの方を向く。

 

 

「終わったよ。行こう、お兄ちゃん」

「うむ・・・それにしてもこの足、もっと良い治療法は無かったのか?」

 

 膝から下が無くなった両足を見て不満を漏らす。治療と尋問(と言う名の陳謝と軽い雑談)を同時に行ったのだが、足に突き刺していた刀を引っこ抜かれ、縫合が間に合わないからと火で炙って焼き留めし、軟膏と包帯で処置された。自身の足が焼ける臭いを嗅いで旨そうだと呟いたのは、一生の不覚である。

 

 白狼天狗は苦笑いしつつ、はたての歩く速度に合わせて歩き出した。見栄を張って啖呵を切った相手に気遣われているのだから情けない。歩くのもままならない体でどうやって彼女を守るのだと、サンカは歯ぎしりした。

 

 

「確かこの辺りに・・・ああ、彼方ですね」

 

 阿片中毒者が一掃された路地を抜けると、茅葺屋根の家の前を、天狗達が埃を被った家財道具一式を抱えて忙しなく走り回っていた。

 

 少々年季が入っているが、庭付きで広いので住めば快適だろう。屋根にも梯子無しに天狗達が登って作業していて、日常的に飛んでいる彼らにとってはなんて事は無いように見える。

 

 

「ここが新しいお家?」

「そうだ。今日からはたてと僕が住めるように、この人にお願いしたんだ」

「どんな無理難題を言い出すのかと思っていましたが、この程度であればお聞きしますよ」

 

 彼の言う通り、この空き家は二人の為に整備されている。確保する予定だった人物を殺害してしまうという想定外の事態が起こったが、討伐に貢献した功績を称え、お偉方が休める場を気前よく用意してくれたのだ。傷が癒えるまでという条件付ではあるが、人間相手には破格の対応である。やはり白狼天狗の力添えもあるのかも知れない。

 

 

「ご苦労様です。お寛ぎになられる前に甘酒は如何ですか?暖もとれましょう」

「貰えるか?この娘の分も頼む」

「わかりました」

 

 一人の天狗が足元に置かれた鍋から甘酒を湯呑に注ぐと、サンカとはたてに差し出した。はたては軽く会釈して受け取り、小さな樽に腰掛け、息を吹きかけながらチビチビと飲んでいく。

 

 サンカも背中から樽に降ろしてもらってから口に含むと、華やかな香りが鼻から抜けていき、クドさのない甘みが広がる。これは都でも中々お目にかかれない上品な味わいだ。薄めの味なので、幾らでも飲めるだろう。

 

 

「悪くないな。旨い」

「ありがとうございます。良い酒粕から作った、自慢の逸品なんですよ・・・しかし、本当に痛みを感じないのですね」

 

 壁に寄りかかると、白狼天狗は湯呑をくゆらせる。痛覚がないという先天的で珍しいこの病は、天狗の間でも見た事がないらしい。

 

 皮と目を捕られたのであれば、常人であれば激痛の余り会話はおろか、身動き一つできないのが普通だ。生憎常人の言う普通が何を基準としているのか彼には分からないが、少なくとも人からも妖怪からも異常だと認識されているらしかった。

 

 嘲笑すると、空になった湯呑みを脇に置いた。陶器製なのでひっくり返した拍子に割らないか心配だが、他に置けるような場所は無いのでやむを得ない。もっとも、壊したところで大した額にはならないだろうが。

 

「殺し合いが本業の俺にはお誂え向きだ。普通の人間として生きれるかは知らんが」

「・・・心中お察しします」

「よしてくれ、気遣われるとかえって辛い。はたて、先に部屋に行っているから、ゆっくり飲んでいてくれ」

「う、うん」

 

 掃除をしていた天狗達に付き添われながら、家へと入る。カビ臭い気もしたが、せっかく開けてくれたのだから贅沢は言わない。

 

 

「あの、サンカさん」

 

 白狼天狗に呼び止められ、視力を失った方の目で背後を見る。当然だが、暗くて何も見えない。

 

 

「我々だけではあの者の討伐は困難でした。改めてお礼申し上げます」

「・・・礼を言うべきは俺の方だ。助けがなければ、その娘も俺も死んでいた」

 

 深々と頭を下げて奥へ消えると、焚き火から舞い上がった灰が甘酒に浮かび、一呼吸おいてから底を目指して沈んでいった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「はたて、ちょっとこっちに来てくれるかな?」

 

 はたては堅苦しさを覚える口調が幾分か柔らかくなった事に目を丸くしつつ、言われた通りにサンカの元に向かう。彼は縁側に座布団を敷いてボンヤリと庭を眺めていたが、片腕と足が無くなった達磨同然の姿は痛々しく、背中だけでも無言で何かを訴えている気がしてならなかった。

 

 サンカははたての姿を認めると、哀し気に微笑みながら自身の膝を軽く叩き、上に座るように促した。彼女は太腿の上に座ると、ジッと顔を見つめた。やはり白く濁った目が気になってしまい、左、右と交互に瞳を動かす。

 

 

「・・・気になるかい?」

 

 照れくさそうに言われ、はたては遠慮気味に首を縦に振った。サンカは残った右腕で後ろから抱き締め、疲れたように声を漏らす。

 

 

「今日は傍に居てくれ。悪い夢を、はたてが酷い目に遭う夢を見そうなんだ・・・」

「・・・いいよ。ずっと傍にいてあげる。ずっと、ずっとずっと―」

 

 珍しく弱気で、日頃の振る舞いからは想像もつかない願いを、幼き少女へ乞う。彼女は最初こそ戸惑いの色を見せたものの、今の心境を理解し、慈愛に満ちた言動で彼を迎え、そっと頭を撫でた。

 

 人肌とはこんなに温かかっただろうか。それとも、甘酒で酔っているせいでそう感じるだけだろうか。二人は揺れる白い彼岸花を見つめながら、そっと目を閉じた。

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