幻想怪奇目録 ー人と天狗の奇妙な関係ー   作:ガーヘル313

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88話 新たな出会い

 天狗の里へ戻る頃には日が昇り切っており、夜露に濡れた草木が朝日を反射して光輝いていた。

 

 サンカは家に置いてきたはたてが気がかりなのもあって、一緒に朝食でもという白狼天狗からの誘いへ丁重に断りを入れ、風すらも置き去りにする勢いで長屋へと駆け戻り、引き戸を開ける。

 

 

「ただいま・・・って、誰だお前は?」

「あやや?この人は・・・」 

 

 玄関に座っていたのははたてではなく、黒い髪をおかっぱに切り揃えた女の子だった。

 はたてと同い年くらいだろうか、まだまだ幼い容姿で、突然入って来た人間を前に、つぶらな目をパチクリさせてサンカを見つめている。

 

 小さな両手にはレンズの填まった装飾付きの木箱を大切そうに抱えており、突然現れた見知らぬ人間を警戒しているらしく、視界から箱を隠すように遠ざけていく。別に取り上げたりはしないと伝えると、疑いの目を向けながらも再び箱を膝の上に乗せ、挙動を注意深く観察してきた。

 

 

「それは・・・もしかして写真機か?」

 

 おずおずと、しかし自慢げに少女が頷く。異国ではカメラと呼ばれている箱は、その場その時の風景を絵に収める事が出来る人間の発明品である。たった一つ買うにも平民が一生かけて稼いだ給金が必要なくらいの、非常に高価な代物なのだが、それが価値が分からないであろう幼い子供に抱えられて目の前に置かれているのだ。こんな物を買い与える親は相当娘を溺愛しているらしく、はたてとは真逆の人生を送っているのだと一目でわかった。

 

 

「おに・・・サンカ!何所に行ってたの?」

 

 はたてが奥の部屋から顔を出す。一人にされて泣いていないだろうかと思ったが、案外平気そうだ。足にしがみついてきた彼女に手土産として唐菓子の入った包みを渡すと、カメラを携えた謎の少女について尋ねる。

 

 

「お友達か?」

「うん!文ちゃんって言うの!すっごく物知りなんだよ!」

「そうか。はたてがお世話になったな。礼を言うぞ」

「は、はい・・・」

 

 文と呼ばれた少女は消え入りそうな声で返答し、俯いて箱に突っ伏してしまった。人見知りする性格らしく、見かねたはたてが部屋へと連れて行く。

 

 

「はたて、後で話がある。時間を空けといてくれ」

 

 遊びに集注してしまう前に呼び止めて伝えると、お手玉を持った彼女は上機嫌ながらも曖昧な返事をした。初めて出来た友達に現を抜かしてしまうのは仕方ないのだろう。

 

 

(もう、顔も見れないのか)

 

共に居られるのもこれで最後になると考えてしまい胃がキリキリと痛むが、自分の選択は間違っていない。これしか最適な策が無かったのだから―

 

 サンカは二人の笑い合う声を聞き、一人無意識に唇を噛みしめた。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「あれ?文ちゃんは?」

「もう帰ったよ。また遊ぼうって言ってたぞ」

 

 夕餉の支度をしている土間に、寝ぼけ気味のはたてが顔を出す。遊び疲れた彼女は文と共に昼寝を始めたが、文は日暮れ前に南蛮菓子を持たせて自宅へと返した。

 ここの子供たちは皆礼儀正しくしっかりしている。どこぞの脇巫女のようにはならないでほしい。

 

 

「はたて、話なんだけど・・・」

 

 いそいそと部屋へ戻ろうとする彼女を、鍋に入った食材を突きながら呼び止める。嘘を吹き込むのは好みではないが、そのまま伝えて後を着いて来られても邪魔になるので、納得しそうな内容に改変してから口に出した。

 

 

「明日の朝に出掛けるから、大人しく家で待っていてくれ。暫くは帰れないと思うけど、その間はお隣さんが面倒を見てくれるようにしておくよ」

 

 勿論顔を見るのはこれが最後なので、帰ってくる予定はないしそもそも出来ない。置いていかれるのだと理解したはたてからは何時ぞやに覚えた悪寒が放たれ、粘り気を帯びたドス黒い気配を纏った足音が近づいていくる。

 

 が、あの時とは違って畏怖してはならない。己で決めた事をねじ曲げる気は毛頭ないし、そもそも彼女を守るのが目的なのだ。しっかりしろと気を引き締め、恐怖心を押し殺す。

 

 

「そこで、はたてには宿題をやってもらおうと思うんだ。期限は僕が帰ってくるまでで、お題は花言葉」

 

 足音が止まった。気配も少し変化したようだ。何か言われる前に畳みかけなければ。

 

 

「花言葉は、花につけられた象徴的な意味を持つ言葉なんだ。庭に彼岸花が咲いていただろう?あの花が持つ意味を調べてほしい。その意味が、僕からの想いになるから」

「・・・想い?」

「口で言うのは・・・その、恥ずかしくてね」

 

 早口で舌を噛みながらまくし立てる。気取っているので我ながら虫唾が走るが、勉強と言う名目で意識をお題に向けさせて時間を稼ぎ、事情を悟った頃にはお互いに手の届かない場所にいるという寸法である。どうせ二度と会えなくなるのだから諦めもつくだろう。

 

 

「本当に帰って来てくれるの?」

「はたてに嘘をついた事があるかい?心配する必要はないよ」

「・・・うん」

「さあ、部屋で待っていてくれ。もうすぐで夕食が出来るから」

 

 気配が遠ざかるのを感じ取り、サンカは汁が煮詰まった鍋を火から下ろし、別の鍋を取り出そうと屈んだ。

 

 

「絶対に戻って来てね」

 

 小さく聞こえた気がして廊下を見る。視界には角部屋へと入っていくはたてのなびく髪がチラリと見えたのみで、特別変化はない。

 聞こえた声を気のせいと解釈し、新しい鍋を取り出して材料を突っ込む。

 

 

「・・・責めてくれて構わないさ」

 

 どうやら薪に生木が混じっていたらしい。その後ははたてを寝かせるまでの間、風景がやけに滲んで見えた。

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