幻想怪奇目録 ー人と天狗の奇妙な関係ー   作:ガーヘル313

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90話 兄弟喧嘩

 昼下がりの里を一人の少女が駆けていく。紫色の帯紐を風になびかせ、躓いて膝を擦りむき、泣きそうになるのをひたすら堪えて走るのは、誰のためなのだろうか。

 

 

「あれ?はたてちゃん?」

 

 被写体となる花の構図を決めあぐねていた文が顔を上げ、声をかける。不思議そうに急ぐ訳を尋ねてみたが、はたては訳を話す余裕も無ければ、親友も眼中に無いらしく、無愛想にも黙って素通りしていった。

 

 

「ちょっとはたてちゃん!落とし物!」

 

 落とした質の悪い紙を拾い上げ呼び止めようとするが、彼女は既に里の外へと飛び立った後だった。今日は1日里の外に出てはいけないと大人から口うるさく言われていたのだが、親族のいない彼女には知らされていなかったのだろう。

 

 何となく紙の裏側を見ると、写真に見紛う程の見事な絵画が描かれていた。絵の内容は以前玄関で鉢合わせした人間が真っ黒い影と睨み合っている構図で、引き込まれてしまうような妙な臨場感があった。

 

 

「文ー、ちょっと来てくれるー?」

「あ・・・うん」

 

 遠くで親が呼んでいる。文は太陽を指で遮り、どこまでも澄み渡った蒼穹を見上げていた。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 多少の訓練で効果的な制圧戦が展開できる銃砲や、その場の風景を紙に収めて保存できる写真機。人外達には到底思いつかないし、(一部分例外を除いて)それ程器用でもない。それだけの高度な技術がありながら更なる力を求めて貪欲に躍進を続け、新たに得た力を試すように、畏敬の対象だった神や妖怪に牙を向く。

 

 人は誠に奇妙な生き物である。遠い昔に持てる力を捨てて知恵に頼ったのに、捨てた力を再度得るために知恵を使っているのだから。

 

 

「久しぶりだな木偶の坊。少しはやるようになったか?」

「酷い言い草だな、兄上。いつから知識でも能力でも劣っているお前がこの俺を見下せるようになったんだ?」

 

 サンカが立ち上がって憎悪をむき出しにすると、タタラは肩を揺すって笑った。久しぶりの再会となったが、二人に間にあるのは感動よりも、互いを塵として蔑む感情だった。

 

 

「彼らは国から立ち去り、自ら幻想の存在となることを決めた。これ以上の殺生は必要ないはずだ」

 

 無意味な説得だと思うが、戦わずして用が済む確率がゼロでないのなら、やるだけやってみてもいいだろう。そんな思いとは裏腹に、タタラは義兄の声掛けを聞いて一笑に付し、道化のようにわざとらしく大げさな動作で反論した。

 

 

「何を言っているのかわからんな。我々は人間を害する朝敵を駆除しているのだよ。手を抜かず、弱っている間に殺さねばまた増える。害虫のようにな・・・いや、知性がある分、虫けらよりも厄介か?」

 

 言動から何まで全てが相手の感情を逆なでしてくるのは、ある種の才能だろう。虫と比較されたのが癪に障った天狗達は、銃に弾を込めて発砲した。

 

 が、タタラは微動だにしなかった。隣にいた兵が身を挺して盾となり、弾丸は掠りもしなかったからだ。被弾した兵は当然倒れるが、その表情は痛みを感じていないのか明るく、周囲の者は助ける素振りも心配する様子すら見せない。

 

 

「なんだあいつら!?仲間がどうなっても平気なのか?」

 

 天狗がどよめくが、それも当然だろう。感情が無く無機質で人形のような兵達は、人外以上に人外らしい。

 

 

「阿片を使って俺の真似事か。小癪な真似を」

「痛みを感じない兵は強い。だが、阿片ではないな。もっと別の物サ』

 

 手刀を静かに下ろすと、雑兵の間を縫って人とも妖怪ともつかぬ存在が、何所からともなくわらわらと沸いて出てきた。数はおよそ10体程で、頭髪は無く肌色は白く、真っ黒な眼孔の中に金色に光る瞳が浮いている。地獄から這い上がって来たと言わんばかりの禍々しい悪意は、妖怪達でさえもが忌み嫌う亡者の証だ。

 

 

「あれが・・・餓鬼」

 

 数多くの同胞を屠った仇を初めて見たのか、白狼天狗が固唾を飲む。サンカも想定外の数が投入されていたのを知って動揺を隠しきれず、暫し硬直していたが、即座に正気を取り戻し鉄くずになったサーベルを引き抜き、下段に構えた。タタラが天を仰いで雄叫びを上げ、餓鬼が一斉に走り出す。

 

 

「あの脇巫女も結界を張り終えただろう。お前達は退け。数秒でも俺が時間を稼ぐ」

「無茶を言わないでください!あの数を相手に戦いを挑むなんて―」

「無茶は幾らでもして来たさ。そもそも俺が死ぬのは前提の筈だ。今更どうなろうと構わん」

 

 敵が迫り刻々と猶予が無くなる中、背を押して帰れと促すが暖簾に腕押しである。あれがどれだけ恐ろしい相手なのかは前もって伝えたのだが、白狼天狗は勿論、誰も従ってはくれなかった。

 

 

「正気か貴様ら。死ぬのが怖くないのか?」

 

 一足先に飛びかかってきた敵をサーベルで撃ち落とす。

 

 勇気があるのは大いに結構だが、彼らにあるのはどちらかと言えば無謀だ。餓鬼と一戦交えた事が無いから無理もないのだが、引き際を見極めず戦おう等愚の骨頂である。

 白狼天狗は真剣その物な眼差しで懇願した。

 

「武人である貴方がそうであるように、死すべき時に死ななければ、それに勝る端が我々にもあるのです。どうか」

「・・・後悔しても知らんぞ」

 

 ああ言えばこう言う。融通の効かない連中ばかりだなと、サンカは舌打ちしながらも笑う。主張を曲げない天狗達の意向に半ば折れると、餓鬼の集団に対抗するべく武器としての機能を失った獲物をその手に保持し、総員抜刀の指示を飛ばした。

 

 

「死なば諸共だ、俺から離れるなよ。行くぞ!」

「はい!」

 

 今、一人の人間は消えゆく者達の為に、消えゆく者達は一人の人間の為に、最後の戦へとその身を投じた。

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