幻想怪奇目録 ー人と天狗の奇妙な関係ー   作:ガーヘル313

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92話になります。申し訳ありませんが、実生活の都合により、次回投稿は来週とさせて頂きます。


92話 忌むべき物

 名前で呼んではいけない。父親からはそう教わっていた。

 

 その怪異は何所にでも存在しうる、魑魅魍魎でも神でも、ましてや人や獣でさえも無い全く別の存在。誰がいつから語り始めたのかは不明であるが、元を辿ればちっぽけで害をなさない非力な存在だったのだろう。

 怪異は人々が長い間畏怖をもって接した事で力を増強し、やがて人や物の怪に憑りついて命を喰らい尽くし、もぬけの殻となった体を乗っ取り、異常な食欲から獲物を求めて彷徨い歩くようになってしまった。

 

 人々は次第に被害が出始めた事で、増長し過ぎた怪異へ対抗する為に武器を取って戦いを挑んだ。そして長い時間をかけて怪異を封じ込め、再び安寧を取り戻すに至るが、何かの拍子で復活する事がない様に異能の一族の監視を付け、完全に失活するまで今も封じ続けている―

 

 今まで寝る間際によく聞かせてくれる御伽噺だと思っていたが、その怪異が目の前に居て、妖怪達が使う能力以上に異質な力は、紛れもない現実である。

 

 

『まさかもう一度外に出て肉を喰らえるとはなぁ・・・これも全て、あの天邪鬼のおかげだなぁ?』

 

 タタラは口を動かしておらず、持てる力の全てでしっかりと拘束している天狗が話しているのだが、これがどんな手品か耳ではなく頭に直接声が響いてくるのだ。

 

 彼は痛みに悶えるサンカの様子を一瞥すると、血生臭い息を吹きかけて挑発しつつ、反応を楽しみながら周りを時計回りに歩き出した。サンカは声を絞り出しながら、恐ろしい風貌に変化した義弟だった者へと問う。

 

 

「何が・・・お前は何が目的だ?」

『俺の望みはあらゆる物全て喰らい尽くし、無からもう一度世界を作り直す事だ。その為には、貴様の父母が持つ能力が必要だと考えた。だからこんなチンケな入れ物に収まり、人間の真似をしてお前達に近づいたのだ。生きたまま喰らってやる為にな』

「親父とお袋を食う為・・・まさか!?」

『気づくのが遅いなぁ。そうとも。あの二人を殺したのは俺だ』

 

 長年追い続けていた仇は自分だと自ら打ち明けると、タタラは気味悪く引き笑いをしながら、腐敗した自らの顎を引きちぎって投げ捨て、真上から踏みつけた。湿った音を立てて骨が砕けるが、傷口から流れ出したのは血ではなく、ネバネバした黒い液体だ。それをみる限りでは、確かに本人の主張通り人ではないらしい。

 

 蛆にまみれて腐臭を放つ肉塊を凝視するサンカをよそに、タタラは悦に入ったまま、声を発する天狗達は泡を吐き出しながら話が続く。

 

 

『だが・・・俺は能力を獲られず、今日まで腐敗する肉の中で時間を浪費し続けるザマだ。何故だか解るか?とっくの昔に別の器へ能力を移していたからだ』

 

 話によれば、歳を重ねる毎に老いて弱まる一方だった二人は、制御が難しくなった能力が邪な者に悪用されるのを危惧し、物心がつく前の無垢な赤子―サンカへと受け継がせたらしい。同時に結界術をかけておく事で狙われるのを防ぐつもりだったようだが、ただの人間程度まで下がった霊力では中途半端な物しか作り上げられず、痛みを感じない特異体質は、その術が完璧で無かった為に生じた副産物だったのだ。

 

 しかしながら、不完全でもタタラの手出しを許す程結界は生温く無く、弱体化した状態で迂闊に触れようなら体が消し飛ぶ程度の強さは残っていた。

 そこで彼は能力でサンカの一部記憶を改変して妖怪狩りに所属させ、数人の手下に監視と封印の無力化を行わせると共に、自身は捕らえた人外を捕食しながら機会を窺う事にしたのだ。

 

 不幸中の幸いだったのは、オリジナルの餓鬼を使わずとも、戦地から回収したサンカの左腕を元に、異国の術で餓鬼を錬成出来た事だろう。腕に残留していた極々微量の霊力を暇つぶしに複製して練り上げただけなのだが、餓鬼達は予想以上の働き振りでタタラに貢献してくれた。

 更には、サンカが連れ出した子天狗が放つ妖力によって結界が弱まり、自らは軽く妖力を当てるだけで無力化する手間も省けたのだから、何から何まで大助かりという訳である。

 

 

『あのちっぽけな天狗、あれはお前に触れても不思議と浄化されなかったなぁ。面白そうだ、あ奴も後で喰らうとするか』

「・・・はたてに指一本触れてみろ。その首をねじ切ってやるぞ外道が!」

 

 サンカははたての名前が出た途端怒り狂い、噛み殺さんとする勢いで吠える。すると、弱弱しく光る小さな球が数個現れ、数秒経って虚しく消えて行った。タタラは驚きはしたが、サンカも何が起きているのか分って居ないと知ると、すぐに余裕を取り戻した。

 

 

『なけなしの生命力を使って光弾を生成しようとするとは・・・フン』

 

 タタラは彼のささやかな抵抗を一笑に付し、鼻先を思い切り蹴り上げた。骨が砕け、鉄の臭気と共に鼻腔をドロリとした物が伝い、悶絶する。

 

 

『まあいい。安心しろ、すぐに胃袋の中で再会させてやる』

 

 タタラが白目を剥いて身を震わせる。すると、押さえつける天狗ごと呑み込むためか、正面から左右へと体が割れ、胴体からも無数に生えた鋭利な牙が露わになり、あたかも中世の拷問器具のような体を成した。

 もはや人の面影など無いに等しく、妖怪が可愛く見えてしまう程の異形っぷりだ。反撃する手段を思いつくだけ探してみるが、恐らくは全て無駄な足掻きに終わるのだろう。やたらと幸運だけが強い傾向にあるなと思っていたが、こんな帳尻合わせが来るとは思ってもみなかった。

 

 

「・・・はたて」

 

 ふと名前を呼ぶ。習慣付いていたせいなのか、或いはこの期に及んで救いが欲しかったからなのかは分からない。それでもサンカは無意識に、いつものように彼女の名前を呼んだ。

 

 

「当たって!」

 

 直後、地響きと共に落雷のような音が轟いた。眩い光に照らし出されて世界が白むと、拘束を解かれたサンカは投げつけられた人形のように跳ね跳び、誰かの腕に抱えられて漸く制止した。


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