幻想怪奇目録 ー人と天狗の奇妙な関係ー   作:ガーヘル313

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93話 現世への帰還

 操り人形達が灰燼と化す中、タタラは皮膚が燃え落ちる痛みに苦しみながら、有利に進んでいた戦を台無しにした妖怪を廃除するべく、老人の様にしわがれた両腕を空へ伸ばした。

 その先にはサンカを抱きかかえた一人の子天狗が滞空していて、露骨にも敵意を向けている。

 

 見かけ上は幼子だとしても、あれは数百年近くを生きる化け物なのだ。情け容赦はいらない―彼がそう考えていたかは定かでないが、邪魔立てしたはたてに対して憂さを晴らさなければ気が済まないのは、間違いないらしい。

 

 力を込める素振りを見せると、ピシッ、という皮が切れる音を微かに鳴らしながら、両腕が飢えた蛇のようにくねりながら伸びていく。掌からは口だろうか、黄ばんだ歯がビッシリ並んだ開口部がカチカチと開閉を繰り返し、はたてを喰らわんとしている。

 

 

「近づくな!この化け物!!」

 

 はたての罵倒と共に伸ばした手が紙を裂くように両断され、再び灼熱の閃光に身を焦がす。当たりどころが悪かったせいか、2度目の攻撃に身体は耐えきれず、タタラは溶解を始めた肉と骨を目の当たりにしながら動きを止めた。

 

 着地し、呻き声を散発的に発するサンカを安静にできる場所に降ろす。手を繋いで歩いていた時は背が高く見えたが、胴と頭だけになってしまった今でははたてとそう変わらない背丈だ。

 動揺しながらも、生と死の狭間に置かれた彼を起こそうと、強く揺する。

 

 

「ねえ、お兄ちゃん!起きてよ!ねえ・・・ねえってば!」

 

 呼びかけに対し、サンカはうっすらと目を開ける。しかし、その双眸はたてを捉える事なく揺れていた。試しに手を振ってみたものの、何の反応も示しておらず、目としての機能が失われているのは明白だった。

 

 

「なんだ。着いて来てたのか・・・困った娘だな、君は・・・」

「!」

 

 掠れて聞き取りにくいものの、頬に触れる手に対して反応を見せた。彼は咳き込んで血を数滴吐き出し、必死の形相で縋るように口を動かす。

 

「済まないが介錯を頼めないか。絞め殺すだけでいいんだが」

「・・・やだ・・・そんなの嫌!お兄ちゃんが死んだら・・・私っ・・・私はっ・・・」

 

 はたては弱弱しく叱りつけて首を大きく横へ振り、彼の口を塞ぐように胸元まで抱き寄せて強く抱きしめた。サンカは困り顔で小さく微笑むと、今際の言葉を少しづつ紡ぐ。

 

 

「まさか君に助けられるなんてね・・・なあはたて。もし、人生が2回あったら、僕はもう一度はたてを好きになって、もう一度一緒に・・・」

「・・・お兄ちゃん?」

 

 待っても、二度と彼が口を利く事は無かった。力は抜け、生きた証である熱でさえも消え、瞳孔は開き、生命の波動を感じさせない冷たさを伴っていく。

 

 

「やだよ・・・私を独りにしないでよ!お兄ちゃん!」

 

 認めたくない。無駄だと知りながら何度も起こそうとしたが、動く気配は無かった。

 

 

「はたてちゃん!」

「!」

 

 肩を掴まれ、強い力でサンカから引き剥がされる。ドキリとして振り向くと、そこには文がいた。里から勝手に抜け出したはたてを心配し、大人達の目を盗んで追って来たのだ。

 

 文は事情を理解しつつも、はたてを宥めて里へ連れ戻そうとするが、はたては頑なに拒否を示す。

 

 

「待ってよ!お兄ちゃんも連れて行かなきゃ―」

「この人間さんはもう死んじゃったの!!・・・私達だけでも帰ろう。じゃないと、はたてちゃんの為に戦った人間さん、悲しむと思う」

 

 放せと暴れる彼女を一喝し、鴉天狗の中でも最速を誇る文は飛び立った。里がこの地から切り離されるまで猶予がないので、早急に戻る必要があった。

 

 文に掴まれてなす術も無いはたては、遠ざかる愛する人の遺骸を目に映し、一際大きく泣き叫んだ。枯れ果てた喉から発せられる声は、あたかも本物の鴉のようだった。

 

 

 

 

 

 なんだ?一体どうなってる?

 

 サンカは自身の置かれた状態に疑問を呈した。確かに死んだと思ったのだが、何故か肉体の中から文に連れられて去りゆくはたてを見ている。

 

 薄ら寒さをおぼえる重たい肉体は微動だにしない。唯一目線だけは動かせたので、戯けの極みであるタタラの方を見ると、肉塊になりかけの彼が僅かに動いていた。

 すぐに襲ってくる事は無いと思うが、はたての攻撃で散り散りになった肉が自走して戻っていくので、時期に活動を再開してしまうだろう。

 

 

「お?まさかまだ生きようとしているのか?」

 

 頭に下品な女の声が響く。それらしい人物は確認できないが、サンカは動かない口の代わりに頭の中で自嘲気味に返した。

 

 

(あの世で門前払いされた。殺生を続けた奴は、良く訳の分からない化け物に食われるのがお似合いだとな)

「本当にそうなのか?お前、無自覚に生きたいなんて思ってないか?」

(何を根拠に?)

 

 思考を読んだ事に驚きつつも、理由を尋ねた。

 

「自分の体を作り替えてるからさ。その黒い目からすると、次の転生先は餓鬼か?」

(は?)

 

 世界に霞みが掛かり、ぐるりと体が回されるのを感じた。目の渇きを覚えて瞬きすると、近代的な天井と、不安に満ちた表情の文がいた。

 

 

「目が覚めました!」

「よぉし!」

 

 喜ばしそうにするにとりの声だ。とすれば、此処は彼女の工房になるのだろう。いつの間に連れてこられたのか分からないが、そんな事よりも左ひじから先、及び両膝から先の感覚が無いのが気がかりでならない。

 

 

「思ったより元気そうね。霊力を流し込むだけで延命するなんて、流石だわ」

「紫さん」

 

 ボロボロになった紫が現れる。サンカはそれを見て何かを察し、目つきが鋭くなった。

 

 

「早く此処から出せ。あの娘が、はたてが待ってる」

「サ、サンカさん?」

「心配かけたな。もう、俺は大丈夫だ」

 

 口調が激変した事に文が驚く。紫も同様だったが、すぐに頷いて河童達に指示を飛ばした。

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