『馬鹿な、致命傷の筈だ!!何故平然としていられる!?』
タタラは消失した半身を新たに作り出しながら、はたてとの間に割って入った紫色の燐光を放つ男に向かって吠えた。
男は闇に溶け込む黒い装束を身に纏っていて、月光に薄っすらと照らし出されたその両足と左腕は、無機失にも金属質な色合いを帯びている。
人間の体躯としては相応しくないその巨大な腕は、人とも妖怪とも異なる不自然さと奇妙さを併せ持っており、推進機と舵が組み込まれた両足は白色で、紫色のラインが幾何学的に走っていた。
男はタタラを凍てつくような、殺意を孕んだ表情でねめつけていたが、再生に手間取って暫く攻撃してはこないと分かると、不意に被った帽子を取った。振り向いて呆け顔のはたてを視線に捉えると、黄金色に輝く目を瞬かせて小さく微笑み、その手に収めた帽子を振って軽く会釈する。
「ただいま、はたて」
その言葉を聞くや否や、緊張が綻び、嬉しいやら驚いたやらで思わず声が出てしまった。生と死の狭間から帰還したサンカは、河童の元へ連れて行かれる前と比べて漂わせている雰囲気がやや異なっていたが、黄金色に発光する瞳や、純白の髪は依然変わりない様子で馴染み深い。
「サンカ!」
名前を呼ばれた彼は喜々とするはたてに苦笑いすると、彼女に2、3歩歩み寄り、唯一喪失を免れた手を使って頭をワシャワシャと撫でた。髪越しに伝わる体温は氷のように冷ややかだが、はたてだけに向けられた温もりは確かに感じ取れるし、何より大きな手が心地よい。
はたては今が戦闘中という事も忘れて頬に朱を浮かべ、嫌がることなく緩み切った表情でその所為を受け入れた。仄かに香る匂いや纏った空気に込められた思いは、強い安心感をも覚えさせる。
「待たせてごめん。寂しかっただろう?心配かけたね」
優しい声色で尋ねられ、謝らなくていいと首を大きく横に振って否定する。五体満足では無いにせよ、また生きて会えたのだから不服はない。
「サンカさん!」
「椛ちゃん……そうか、大きくなったなぁ」
意味深な物の口振りだなと、二人の元へやって来た椛が首を捻る。天狗とは言え、たった数時間で大幅に成長したりはしないのだ。はたても不思議そうにサンカを見つめている。
『死に損ないがあああ!!』
暫しの夢から引き戻されると、急速に回復させたのが仇となったのか、より人型から姿が遺脱したタタラが、怒り狂いながら両腕を伸ばして襲わんとしていた。サンカは気づいていないのか、はたてと話すのに夢中で何もしないようだ。
「危ない!」
はたては血相を変え、迫りくる脅威を排除するべく大急ぎで妖力を練り上げようとする。一撃で致命傷を与えてくる攻撃は、幾ら餓鬼と言えど二度目は耐えられる筈がない。そこで彼女は、自身の弾幕を少し弄ってやれば、その場凌ぎの防壁くらいは作れるだろうと考えたのだ。
だが、サンカは彼女の不安をよそに、伸びて来た腕をいとも容易く捕らえて枯れ枝を折るように握り潰し、肩から先を引きちぎって叩き捨てた。腐臭を放つどす黒く粘着質な液体が飛び散って、頬を汚す。
『ぐあああああ!!』
「……敵を見下し過ぎる癖、昔からなにも変わってないな。お前の悪い癖だ」
肩越しに振り返って吐き捨てる。殺気を向けられた訳ではないのだが、まき散らされる殺意に気圧された椛が尻尾の毛を逆立てて顔を青くする。彼女は彼を慕ってこそいたが、この時ばかりは恐怖した。
サンカは椛の感情を酌むと、その身を翻してサーベルを引き抜いた。寒々しい鈍色の光沢は、視界に入れるだけで両断されてしまいそうな凶暴性を秘めているかに見える。
「……サンカ?」
彼ははたてからの奇異の視線に気づくと、再度微笑みを向けてから帽子を深く被り治した。
「大丈夫だよ、僕はもう十分助けられたから。だから―」
凍てつく程の寒さを覚えて肌が粟立つ。はたてが自然とサンカから離れると、彼は両足の飛行装置を最大出力状態になるまで力を込め、サーベルをまっすぐに構えた。彼の口が言葉を紡ぐ。
「だから今度は、俺がはたてを護るんだ。あの時のように!」
「!」
今まで蓄えていた全ての力を解放して踏み出し、燐光を纏って飛翔した。彼は強大な相手に臆する事も恐怖する事も無く、ただ正確に弾幕を避けながらタタラの喉笛だけを狙って猛然と突き進む。
「もしかして、サンカは記憶を……?」
その考察は確実に当たっているだろう。事実、標的を打倒さんとするその姿は、英雄として彼女の前に現れた時と全く同じだったからだ。
本当の意味でようやく帰って来てくれた。はたては神に祈る様に両手を合わせ、彼の勝利を願った。
◆◆◆◆◆
サンカは間合いに入ると同時に刺突したが、タタラが新たに生やした腕で防御したせいで、弾かれて狙いが反れてしまった。
だがしかし、初弾が回避されてしまうのは織り込み済みだったらしく、カウンターとして拳を振り上げて来たタタラに対して義手で防御を行い、がら空きの脳天に踵を落として頭蓋を粉砕した。奇声を発して悶えるタタラに、サンカは追い打ちをかける。
『この馬鹿猿がああああ!!』
数度殴打していると、唐突に風景が白んだ。それから少し遅れて衝撃が全身に広がり、じきに焼き付くような痛みがやって来てつい呻いてしまう。弾幕を真正面から受けてしまったらしく、少し焦げ臭い。
「なりふり構わずか。堕ちたもんだ」
サンカは改めて距離をおき、頬から滲み出た己の血を拭き取る。
嘗ては痛覚が存在しないのが有利な点であったが、今は人並みに痛みを感じるし、昔の様に文字通り捨て身の戦術も取れない。それに自身の身だけでなく、はたて、並びにその他諸々の身を案じながら戦うというのは、中々に難しい。
「仕方ないか・・・些か癪だが」
そう言ってサーベルを収める。サンカはより一層険しい目つきになると、スペカを取り出した。