幻想怪奇目録 ー人と天狗の奇妙な関係ー   作:ガーヘル313

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97話 逆転

 霊夢は目を覚ますと、グチャグチャになった参道や、完膚無きまでに破壊しつくされた灯篭を見て憂鬱になり、誰にぶつけるでもなく悪態をついた。異変が起きなければその日を暮らす銭にも困窮しているのに、彼らには周囲への配慮というのを知らないのだろうか。

 

 

ゴウッ―

 

 

 頭上から吹き付けた強い圧を受け、自然と体を竦める。それからやや遅れて鈍く重い音が山に反響し、続けざまに猿のような奇声を上げる何かが降って来た。落下の衝撃で参道は更に荒廃し、顔めがけて飛んできた破片で頬を切る。

 

 

「どんだけ後始末を面倒にさせるのよ」

 

 ポツリと愚痴ると、黒い服に身を包んだ男が音も無く降り立った。男は格好とは真逆な真っ白な髪と肌色で、とても寒々しい色合いだ。

 

 男が未だ晴れぬ煙へと機械仕掛けの手を向ける。義手の指先に設けられた砲口に光が灯ると、光は鋭利な刃物を連想させる条線となって放たれ、一度収束した後に放物線を描いて降き、広範囲に散りながら炸裂する。

 

 

「この程度じゃ死なないのだろう?隠れていないで、さっさと出てこい!」

 

 サンカの声だ。眠りこけている間に戻って来たらしい。

 以前見た時と比べて大きく姿が変わっていたので一見すると誰か分からなかったが、とりあえずはきっちり動いているようだ。多勢に無勢、難なくタタラを仕留められるだろう。

 

 立ち込める煙の中の人物は彼の呼びかけに応じたのか、景観を鮮やかに彩る光線の間を縫って、円錐の形をした緑色の飛礫を飛ばして来た。飛礫はサンカというよりは霊夢を狙っていたらしく、彼の脇を高速で通り過ぎようとしていたが、結界に阻まれて跳弾し、目標を見失ってあられもない方向へと飛んで行った。

 

 

「久しいな、脇巫女。今のお前は何代目だ?」

「んなっ!?」

 

 サンカが振り向き、霊夢を呼ぶ。開口一番に脇巫女と言われて軽いショックを受けたが、それは間をおいて怒りへと変わった。瀕死の所を逃がしてやったというのに、その言い草と偉そうな態度はなんだ。

 

 霊夢は大幣をサンカに向けて苦言を呈したが、彼は戦力に成り得ない巫女と言い争いをする気が無いらしく、面倒くさそうに手をヒラヒラさせ、起き上がった敵へと勇んで向かっていく。

 

 

「アンタねぇ!!」

「止めなさい霊夢。吠えたって何にもならないわよ?」

「うっさい!アンタは口を挟まないでよ!」

 

 紫が隙間から上半身を乗り出して窘めた。面持ちから焦りは消え、飄々とした余裕のある笑みを湛えている。

 霊夢は口をへの字に曲げて悪態をつき

 

 

「事が終ったら絶対に退治してやるわ」

 

 と、殺意溢れる語気で呟いた。それを聞いた紫は頬杖を突き、ある種の警告ともとれる言葉を宛てる。

 

 

「そう、なら勝手にしなさい。もっとも、今のアナタじゃ絶対に勝てないと思うけど……ね」

「どういう意味よ」

「あら?分からなくて?」

 

 反応を楽しむように扇を口に当ててクスクスと笑う。やはり腹の内が見えない相手はやりにくいと、霊夢は思った。

 

 もったいぶるなという霊夢からの圧を読み取った紫は、光の暴風雨の中を何の対策も無しに、多少の被弾も覚悟で突き進んで行く彼の者の後ろ姿を見つめながら、目を細めた。

 

 

「宗教の思想は違うと思うけど、仏教でいう所の業と輪廻転生の概念は知っているわよね?」

 

 それくらいなら多少は分かる、と霊夢は生返事で応えた。

 

 業とは、過去の行いによって発生した因果により、巡り巡って苦楽が生じるとする考えである。輪廻思想については、業に結び付けられ、前世での行い次第で六道の何れかの道が決まり、転生するといった現象が永遠に繰り返されるという世界・生命観だと遠い昔に教えられた。

 

 少なくとも神社で巫女をしている霊夢にとっては眉唾であるしどうでも良いが、それがサンカを封印するのが困難だとする理由と、何の関係があると言うのか。

 

 

「そうね。大多数の人間は知らず知らず、無意識に自らの業で自らの処遇を決めてしまう。どれだけ得を積んでも、業や輪廻を制御するのは並大抵の事ではないわ……でも、彼はそれらを完全に支配し、自身だけでなく、他人が迎える結末や処遇をも自由に選べてしまう権利がある。何故なのか分かるかしら?」

「……まさか」

「自らを縛る最後の輪廻を断つか或いは……信じましょう、彼が求める行く末を」

 

 幻想郷の命運はサンカが握っている。紫は百年越しの戦いを見届けようと、何処か似た二人を視界に入れた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

『やはりその能力、この俺にふさわしい!!喰われて養分となれ!!』

 

 四肢が乱立し体は裂け、既に人型ですら無くなったタタラはなおも起き上がり、自身の能力を完全に理解し、受け入れたサンカに吠えた。それは単に、動物的な本能に従っているからなのか、或いは大いなる野望の為に我を忘れて見境が無くなっているのか。生きる事への只ならぬ執着を見て、彼は冷たく感情を読み取れない声で罵倒する。

 

 

「道を踏み外してまで欲を満たしたいとは、度し難いまでに醜いな。それにしてもその能力……確か、〈菌を操る程度の能力〉だったか?人の畏れがなければ存在できない、貴様らしい陰気臭い能力だな」

『ほざけぇぇぇぇ!!!』

 

 声とも獣の咆哮ともとれる怒声を発し、タタラが這いつくばった姿勢で迫ってくる。それに対し、サンカはスペカを向けて宣言した。

 

 

「そんなに食いたいならたらふく食え。スペルカード、雷華・百鬼若松の構え」

 

 大玉の光球とそれに追従する小さな鱗光を数発放出すると、タタラは吸い寄せられるように近づいていく。

 

 二回程スペルを使って解ったのだが、緑色の霧=菌を散布している間は相手の弾幕を吸収して自分に還元できるらしい。質の悪い力だが、サンカはそれを攻撃に利用してみてはどうかと考えたのだ。

 そしてその判断は、すぐに間違いではないと判明する。

 

 

『ゲゴッ!?』

 

 タタラが黒い液体を吐いた。一度に吸収可能な量の上限を超過した霊力が体内で暴走し、内側から蝕んだのだ。使い方を誤った薬が毒となるように、膨大な霊力は強力な毒になったのである。

 

 

「お前が生きられる時間はとうに過ぎた。利子を払ってもらうぞ」

 

 サーベルの刃先をタタラに向けたサンカは、自身を死刑執行人に見立てて、ゆっくりと確かな歩みを始めた。

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