羽沢珈琲店
商店街では知らない人はいないと言っても過言ではない……というよりも商店街の人間なら誰でも知っている憩いの場である。
落ち着いた店内は年配の方はもちろん、女子高生たちも通うほどだ。
そして、After glowのキーボード担当の羽沢つぐみの実家である。
『1度はおいでよつぐの家』とは同じバンドのやらかしピンクの言葉である。
いつかは来よう。そう思っていたけど、まさかこんなにも早くその機会が来るとは思わなかった。
「ゆーくん、どうしたの~?」
「いや、なんでもない」
入り口で立ち止まっていた俺を不思議に思ったモカが声をかける。
「それじゃ~、れっつらご~」
気の抜ける掛け声とともにドアを開けると、来客を知らせるためのドアベルが、カランカランと鳴り響く。
(あれ?看板『closed』になってたような……)
そんな俺の不安をよそにモカは店内へーー
「モカちゃん、夕輝くんもいらっしゃい」
出迎えてくれたのは店の制服に身を包んだつぐ。
学校の制服とは違い、可愛らしさよりも清楚さが出ている。
やはり開店前だったようで、各テーブルのセットをしている。
「開店前みたいだけどいいの?」
「うん! 大丈夫だよ」
「いつものことだから~」
(いや、いつもなのか……)
呆れながらも店内を見回すと、キッチンにいる男性と目があった。恐らくつぐのお父さんだろう。すみません、という思いを込めつつ会釈する。あちらも会釈を返してくれた。
(あとでちゃんと挨拶させてもらおう)
「誰か来てる~?」
「ひまりちゃんが来てるよっ」
「ひーちゃんは暇人だからなぁ~」
「モカ? 聞こえてるからね!?」
そんな俺をよそにいつもの漫才が始まる。
「蘭ちゃんと巴ちゃんもそろそろ来るって!」
After glow勢揃いか~。あれ? じゃあ今日ってモカ、用事あるんじゃないの?
「つぐ、今日って何かあるの?」
モカがひまりのところに行ったため、つぐに訊ねる。
「今日はこの間のライブの反省会だけど……」
お盆を抱きしめながらつぐは教えてくれた。
どうでもいいけど、その仕草もかわいい。
「あれ? じゃあ何で呼ばれたんだろう?」
After glowの反省会なら、俺を呼ぶ意味が分からない。
それこそ部外者なんだけれど。
(あぁ、部外者という響きが懐かしい)
謎の感傷に浸っているとーー
「あれ? モカちゃんから聞いてない?」
頬に指を当てながら首をかしげる。かわいい。
いや、そんなことよりーー
「どういうこと?」
モカから聞かれたこと……今日は暇かってことくらいだけど……
「夕輝くん、Roseliaの練習見てるじゃない?
だからアドバイスもらえるんじゃないかなってモカちゃんが……」
「え? なにそれ初耳……」
俺が呆然としていると
「モカちゃん、忘れちゃったんだね……」
とつぐは苦笑い。
確かにRoseliaの練習を見てはいるけど、アドバイスとか大それたものではなくて、第三者の観点からの意見やら感じたことを口にしているだけだ。
「二人とも、どうしたの~?」
あまりに席に来ないものだからか、モカがひまりを引き連れやって来た。
「夕輝くん、本当に来てくれたんだ!」
「うん。呼ばれた理由はつぐから今しがた聞いたばかりだけどね」
「えっ!? モ~カ~?」
一瞬驚いた表情を見せた後、モカの方を振り返るひまり。こちらからは表情が見えないけど、いつものように頬を膨らませているんだろうなぁ。
「およ? 言ってなかったっけ~? モカちゃんうっかり~」
悪びれる様子もなく、おとぼけ顔のモカ。
いや、暇だったからいいんだけどさ……とりあえずデートだと(勝手に)思った俺のドキドキを返してほしい。
※
「ーーと、ライブ見てて思ったことはそんなことかなぁ」
蘭と巴が来たところで、ボックス席に俺を含めた5人で座り反省会が始まった。
つぐも座ればいいのに、と言ったところ、
「いつお客さん来るかわからないから」
とやんわり断られた。それなら俺も立ってようとしたけど、つぐに制されて、モカとひまりに挟まれて座ることになってしまった。
そうしてライブで感じたことを口にしたのだが、みんな蔑ろにすることなく受けとめ、つぐはメモまでとってくれた。
こういったところを見るに、After glowも音楽に対して真剣なのだろう。
「は~、夕輝くん。思った以上によく見てるんだね~」
「ん? どういうこと?」
ひまりの言葉が少し気にかかる。
「あ、悪い意味じゃないんだよ? ただ、『俺に音楽的な知識はないけど』って言ってたからさ。まさかそこまでしっかりと見てたとは思わなくて……」
ひまりが焦ったように弁解する。とりあえず誉められたのは分かるけど……
「今のは俺のマネかな? 場合によっては出るとこ出るよ?」
「ひーちゃんはすでに出るとこ出てますからな~」
冗談のつもりでひまりを弄ると、空かさずモカも弄る。
「むぅ~! 太ったっていいたいわけ!?」
モカの一言にむくれるひまり。
けして太ったってわけじゃなくて、ひまりの場合は本当に出るとこが出てるんだよね。
PPP
「ちょっとごめん。先に話進めてて」
電話が鳴り、蘭が席を立った。
「まぁ、ひまりの体の話はおいておくとしてーー」
「巴~!」
ひまりが抗議の声をあげるも、つぐに宥められて大人しくなる。
「とりあえず、これがガルフェスに出場予定のバンドな」
と、リストをテーブルに置く。
って、コレ俺が見たら不味くないかな?
「聞いたことあるバンドも結構あるね」
「ここのバンドって、確か演奏技術が相当高いところだよね?」
「まぁ~、それでもやることはいつも通りだしね~」
つぐとひまりは他のバンドを確認して気負っているようだが、モカは『そんなのモカちゃん気にしな~い』とでも言うようにいつも通りの脱力感だ。それがこういうときにはこんなにも頼もしく感じる。
「あぁ! アタシたちは変わらずいつも通りにだ」
巴もいつも以上に熱くなっているようだ。
「じゃあ、セトリ決めちゃおう!」
ひまりの一声でフェス用のセットリストも決めることになった。
※
「じゃあ、今日はこれでかいさ~ん」
セットリストを決めた頃にようやく蘭が戻ってきたのだが、今日は急用が入ったようで解散することになった。
「さて、じゃあモカさんや。どこに行きます?」
ひまりはバイト、巴はあこと出かけるらしい。
「ん~、そうですねぇ~」
pppp
「およ? 電話だ」
ごめんね~、と断って電話に出た。
「お疲れ様で~す。どうかしました?」
『ーーーー』
「あらら~。分かりました~。では後ほど~」
(何かあったのかな?)
「ゆーくん、ごめ~ん。今日のシフトの人が風邪引いちゃって、代わりに出ることになっちゃった~」
申し訳なさそうにするモカ。本当に残念なのだろう。
「それなら仕方ないよ。また今度付き合うからさ」
「おっ、ゆーくんの奢りかな?」
意外と図太かった。いや、気をつかってるのかな?
「全額は無理だけど、割り勘ならね」
さすがに今日のように大量のパンは勘弁かな。
「りょうか~い。ではでは~」
つぐもバイバ~イ、と言って店を出ていった。
(さて……どうしようか……)
『1日』と言われたので何も予定を入れてなかったのだが、思いがけず空いてしまった。
いつもなら時間が空いた時のために本を持ってきてるんだけど、モカといるなら……と置いてきてしまった。
「夕輝くん……」
「ほい?」
つぐに呼ばれて振り向くと、いつもと違い思い詰めた表情をしている。
「なにか言いにくいことかな?」
きっと他の四人には言いにくいことなんだろう。
ある程度あたりをつけて、つぐが口にするのを待つ。
「相談したいことがあるんだけれど……時間大丈夫?」
ポピパ、ハロハピ編も書いた方がいい?
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許す! 書くことを許す!
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ただでさえ話進まんのだからやめーや!!