2人の笑顔は夕日に輝く   作:ハマの珍人

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第29話

 つぐが階段から落ちて数時間。俺は病院の待合室にいた。

と言っても、つぐの面会に来たわけではなく俺自身も救急車で運ばれたからだ。

 

 

 つぐが担架に乗せられて運ばれるところを俺は呆然と見ていた。

幸い外傷は見られないものの、頭を打っているかもしれないということで救急車で搬送されることになった。

 保健の先生も付き添いとして救急車に乗り込み、救急隊員がリアドアを閉めようとした。

 

「待ってください!」

 

「ひまり?」

 

 その矢先、ひまりが待ったをかける。

一体どうしたというのだろう。俺と巴はもちろん、救急隊員も先生方も困惑している。

 

「彼も怪我してるんです。彼も連れていってください」

 

「なっ……」

 

 俺も病院に連れていけと言ってのけた。

隠していたつもりだった。先生に聞かれた時も、『受け止めて後ろに倒れただけですから』と言っていたのだ。

 誰も俺が階段から落ちたところを見ていないから隠しとおせるはずだった。

 

「な、何言ってるんだよ。俺はこの通り大丈ーー」

 

「……嘘だよね」

 

 そう言ってひまりは俺の左手首を掴む。

 

「っ!」

 

 握られた力はそんなに強くはなかった。それなのに、痛みを感じるには十分だった。

 

「つぐを庇った時に痛めたんだよね?」

 

「どうして分かったの?」

 

「さっき、つぐを移動させるときに手を組んだのに、一旦やめてから腕を掴んでたよね?」

 

 さりげなくやったつもりだったのに、ひまりにはバレていたようだ。抜けているようで周りをしっかり見ている。

それに、ひまりは言ってないけど表情にも出てたんだろうな。

 

(これは深呼吸させたのは失敗だったかな?)

 

 自分の失策に気づき苦笑する。

結局、ひまりと救急隊員によって、救急車に乗せられてリアドアが閉められる。

巴とひまり、先生や騒ぎを聞きつけたであろう人たちに見送られながら救急車が動き出す。

 応急処置として左手を固定されながら軽い問診を受ける。

『正直に答えてね』と釘を刺されたので、左手と背中の痛みを告げた。

同乗していた先生は怒りたい気持ちと、救急隊員の手前我慢しなきゃという気持ちが入り交じって複雑な表情をしていた。

 

 

 病院に着くなり、俺は整形外科に通された。触診やらレントゲン撮影やらをした結果、骨にヒビが入っていた……なんてことはなく、倒れたときに手をついたことによる捻挫らしい。

ただ、当然のことながら絶対安静だそうだ。

 まぁ、利き手じゃないのでそんなに支障はでないだろう。

 

 問題はつぐの方だ。

まだ目覚めていないらしく、ご両親が先ほど到着して医師から話を聞いているようだ。

 

「氷川君。帰りましょう」

 

 タクシーを呼ぶから、と保健の先生が俺に勧めるが、俺は首を横に振る。

 

「私たちに出来ることは何もないのよ?」

 

 あくまで諭すように先生が言う。

先生の言うことはもっともだ。俺が残っていても、つぐになにかしてあげられるわけではない。分かってはいるけれど、この場に残らなければいけない理由があった。

 

「……先生は学校に戻らなきゃいけないから、気をつけて帰ってね」

 

 動かない俺の意図を察したのか、動かないから諦めたのか、先生は病院を去った。きっと学校に戻ってから状況報告だったり、やり残した仕事だったりやらなければならないことがあるのだろう。

それでもこちらを気にかけてくれたことに申し訳なさを感じながらも、俺は待合室で一人自分の左手に巻かれた包帯を見ながらその時を待つ。

 無人の待合室は静寂に包まれていた。あまりに静かすぎて、時折『キィーン』と耳鳴りがするくらいだ。

 

 どれくらい時間が経っただろう。一時間程かもしれないし、十分程度かもしれない。

無音だった空間に存在感を示すように『コツ、コツ』と音が響いた。

ようやく来た、という気持ちと、来てしまった、という反する気持ちが俺の中を駆けめぐる。

視線を向けると、自分の予想通りの人物だった。

 俺はソファーから立ち上がり、その人物に一礼する。

 

「氷川夕輝です。先日お邪魔させていただいたのに、このタイミングの自己紹介になってしまい、申し訳ありません」

 

 

 目の前の前の人物ーーつぐのお父さんとは会うのは二回目だが、前回は仕事中だったこともあり、ちゃんとしたあいさつをしていなかった。

 

「いや、気にしなくていいよ。つぐみの父です……って知ってるよね」

 

 こんな状況でもつぐのお父さんは俺を気遣ってくれているのか、場をなごませようとしてくれている。

 

「えっと……つぐ……みさんの容態は?」

 

 もう少し気の利いたことを言えればいいんだけれど、あいにくとつぐのお父さんのように余裕がない。

 

「……うん。とりあえず脳に異常は見られないらしいよ。眠っているのは過労だそうだし……目立った傷がないのが救いかな」

 

 まぁ目覚めないことには詳しいことは分からないけどね、と告げる彼は思った以上に淡々としているように思えた。

 

「つぐみが無事なのも君のおかげだって聞いたよ。ありがとうっ」

 

 そう言って、彼は俺の右手に両手を添えて握った。

 

「!」

 

 その両手は震えていた。

 

「夕輝君には気の毒なことだけれど……君が身を呈してくれたから……つぐみは大怪我を負わずにすんだ……ありがとう……」

 

 先ほどまでの淡々としていた態度や、場をなごませようとしていたのが嘘のようだった。

俺を気遣ってくれているのもあったかもしれないが、そうすることで自分自身を落ち着かせようとしていたのかもしれない。

 次第に肩を震わせ、先ほどまで無音だった空間には彼の控えめな嗚咽が響いた。

それは娘に大事がなかったことへの安堵なのか、それともーー

 

 

 

「すまない。恥ずかしいところを見せてしまったね……」

 

 しばらくして、落ち着いたのだろう。彼は俺の手を放した。

 

「いえ……」

 

 なんと答えたらいいか分からなかった。ただ、大人の男性が泣いている姿を見るのは初めてかもしれない、とどうでもいいことを考えてしまった。

 

「遅くなってしまったが、送っていこう」

 

 駐車場に車を停めてあるんだ、と告げた。

 

「いえ、そんな……悪いです」

 

「君はつぐみの恩人である前に、ケガ人なんだ。何も遠慮することはない。

 それに、君の親御さんに説明しなきゃいけないだろう?」

 

「あ……」

 

 そう言われれば家に連絡を入れるのを忘れていた。

病院に着いてからスマホを確認もしていないし、おそらく通知やら着信やらが入っているだろう。……怖くて見る気にもならない。

 そんな息子がケガして帰ってきたら、色々面倒なことになりかねない。

そういう意味では、その提案は受けるべきなんだろうな。

 

「でも……つぐみさんは?」

 

「今夜、妻が泊まり込むから心配ないよ」

 

「そう……ですか……」

 

 ささやかな抵抗も虚しく、半ば押し切られる形で車で送ってもらうことになった。

 

 ただ、お互いに話題という話題がなく車内にはラジオの音声だけが流れていた。

 

(気まずい……)

 

 話題がないのももちろんだが、かたや加害者(気づかれてない)、かたや被害者の父という2人が車という密室で二人きりなのだ。

意識しないようにと思いながらも意識してしまう。

 

(俺がつぐを追いつめたと知ったらどんな反応をするだろうか)

 

 先ほどは『恩人』と言っていたけど、実際はつぐが転落する一端を作ったのは俺だ。

 

(殴られるだろうか……罵倒はされるだろうけど……)

 

 自分がやったことを考えれば妥当なところだろう。ただ、相手を傷つけておいて平然としていられるほどの精神力を持ち合わせてはいない。

そもそも自分の身を犠牲にしたなんていう英雄物語にでもなりそうな美談なんてもんじゃない。あくまで因果応報、自業自得なのだから。

 

「お父様……少しいいですか?」

 

 信号待ちのタイミングで口を開く。

『つぐのお父さん』と呼んでいいのか、なんて呼べばいいのか分からず『お父様』になってしまった。

 

「ん? どうしたのかな?」

 

 ひとまずその呼び方を受け入れてくれたことにホッとするが、重要なのはこれからだ。

 口を開こうとすると、口の中が急激に乾燥し、喉が乾く。頭の中でチリチリと音がする。

 

(言え、言え! 言え!!)

 

両手をギュッと握る。

 

「娘さんを……つぐみさんを精神的に追いつめたのは、自分なんです!」

 

(言ってしまった……)

 

 妙な達成感と共にこれから起こることへの恐怖感を覚える。

耳から心臓が出てくるんじゃないか、というレベルで鼓動が聞こえる。

つぐのお父さんの反応が気になるが、怖くてギュッと目を瞑った。

 少しして、青信号になったのか車がまた走り出す。

 

「夕輝くん……詳しく話してもらえるかな?」

 

 怒号を想像していた俺は、予想と真逆の、先ほどとなにも変わらない落ち着いた声で言われ、彼の方を向いた。

 その顔は、声色と同じく穏やかな顔で、目線は真っ直ぐ前だけを見据えていた。

 

 俺はすべてを話した。あの日つぐから相談を受けたこと、自分なりにアドバイスをしたこと、翌週の土曜日につぐがスタジオで早入りして練習していたこと、実はバンドの練習と嘘をついて自主練していたこと、アドバイスをした次の練習から自主練をしていたこと、アドバイスの時に言葉足らずで曲解されたこと……

 

「なるほど……話してくれてありがとう」

 

 話し終わった後も変わることなく穏やかな口調だ。

 

「怒ってはないのですか?」

 

「怒ってなんていないさ」

 

 本当に『なんでもない』というような口調だ。

 

「嘘かもしれませんよ?」

 

「夕輝くんが今言ったことは嘘なのかい?」

 

「いえ、あくまで言葉のあやですけど……」

 

 俺が嘘をつくなんて微塵も思っていないようだ。 

信じてもらえることは嬉しいことではあるけれどもそこまで無警戒に信じていいものなのだろうか……

 

「そもそもつぐみのお友達って時点で疑ってなんてないさ。身を呈して助けてくれたなら尚更さ」

 

「でもーー」

 

「非がない、とは言わないけれど、今回はつぐみにも非はあるし、お互い様ってところだと思うよ」

 

 俺の言葉を遮り告げる。

 

「そもそもつぐみも、目を覚ましたら夕輝くんのことを責めたりしないと思うよ」

 

「そう……ですかね……」

 

「もちろん、だって我が娘だもの」

 

 正直、その部分に関してはなんとも言えないけれど、そんな気がする。

 

 

 

「ただいま~……」

 

 こっそりと玄関を開けて入るとーー

 

「おかえりなさい」

 

 はい、紗夜姉さんが不動の構え(仁王立ち)で出迎えてくれました。

 

「夕輝、遅くなるなら連絡をーーどうしたの!? その左手!」

 

 いつものお説教モードから一転、俺の左手を見た途端に血相を変えて近づいてきた。

 

「あー……説明の前に、母さん呼んでもらえるかな?」

 

「こんばんは」

 

 姉さんに頼んだタイミングでつぐのお父さんが入ってきた。

ただ事ではないと察した姉さん。『少々お待ちください』と一声断ってリビングに消えていった。

 少しして母さんが大急ぎで出てきた。俺が粗相をしたと思ったのだろう。……当たりだけれど。

 

 その後は俺を含めての状況説明、親同士の謝罪合戦と続いた。

紗夜姉さんはリビングで聞き耳を立て(ちょこちょこすりガラス越しに姿が見えた)、騒ぎを聞き付けた日菜ねぇも階段から様子を伺っている。

 

 その後、つぐのお父さんが帰った後も二人による個別尋問が展開されるのだった。

 

ポピパ、ハロハピ編も書いた方がいい?

  • 許す! 書くことを許す!
  • ただでさえ話進まんのだからやめーや!!
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