ポケットモンスター 夢追う者と去る者 外伝 作:Blueクラーケン
「今日は一日中雨か…」
行きつけのBARで一人呟く。店の中にいても空から落ちてくる水の音が聞こえる。大雨なのだろう
「ソーナンス」
Masterであるソーナンスはお客が飲み終えたグラスを拭きながら相槌を打ってくれる。
久々の休日だというのに天気はご機嫌がよろしくなかった。
自宅で過ごしても良かったのだが、それはそれで時間を無駄にしているような気がしてここにいる。
(ニャースは出張でガラル地方に赴いているから、話し相手がいない…)
ニャースだって忙しい、そんな事は解っている。しかし話せる相手が居ないと気が滅入ってしまう。ソーナンスがいるが、表情が掴み取れないし、何言っているかよく分からない。
(まだ帰る時間としても早すぎるし、どうしたものか)
悶々としている中、より一層雨の音が聞こえた。
なんて事はない、お客が来店してからなのだろう。
この店は通好みの内装をしていて、Masterの良くも悪くも読み取れない表情が相まって人気な店だからな。
「…そこの席良いですか…」
覇気の無い声で俺の隣のカウンター席に腰掛け者は、人間だった。
黒の長髪、散髪に行っていないのか、目元まで髪が垂れているため表情がつかみにくい
それがこの人間なりのオシャレなのかもしれない。
珍しいわけではないのだが、この男何か変や感じがする。
外見は人間なのに、内側からドス黒いものが噴き出している。
(正直に思う、気味が悪い)
そんな考えを起こしていると、男は注文を言う
「…ダイキリを一つ砂糖は多めでお願いします」
注文の時だけ顔を上げ、それ以外は下を向く。
こっちはまで気分が凹んでしまうのはある意味才能だろう。
「…ソーナンス」
少しの沈黙が店を包み込んでいたが、注文していたものが彼の手元に置かれる。
【希望】という名前を持つダイキリ。別に好きな物を飲むのはその人の自由なのだが…男がそれを飲んでいると逆の意味になっているのではないのかと感じてしまった。
「なぁ、少し俺と…話をしてくれないか?」
私は男がどうしてそこまで闇いものを抱えてしまったのか気になった。
今まで見てきた、傍にいてくれた者達とは根本的に纏う物…オーラがいびつに歪んでいた。
だがそれ以前に一つの過ちを犯していた
(あ…)
私はポケモン人間の言っている言葉は理解できるが、言葉を発することは出来ない。
ニャースの様に特殊な声帯と訓練をしたことがないからだ。
何故いつもなら気づいた事が今日に限ってそれが失敗してしまった。
男の口から出たのは衝撃を受けた
「ああ、わかった」
…通じている
それはポケモンの言葉を理解しているということになる。
人間とポケモンが共存して長い歴史が積み重なってきたのだろうか計り知れないが、例外として心が通じ合えた…パートナーの関係性を築いて者は、なんとなくであるが言わんとしていることがわかる。
私もその口だ。
しかしながらこの男は【言葉】そのものを理解している。歴史上初と言えよう
底知れない恐怖が私を包む、本当に人間なのか。
室温が高かった筈、体が冷えてしまった
「ソーナンス」
カルアミルクのホットが目の前に置かれる。気を使わせてもらったな
…少し渡されたカルアを口にする。砂糖を多めに入れてあるのだろう、温かさと糖分が体を巡り落ち着くを取り戻す。
正気に戻ったところで私は先程から気になった疑問を提示する
「アンタは何者だ?」
その男は低い声で静かに質問に答える
「…只の人間。世間の【普通】という曖昧なレッテルを張られた【普通】の男」
妙な言い方をしてはいるが、質問を答えてくれるのは収穫と言えよう。悪い人ではなさそうだ
だが、肝心な事が聞けていない。なぜ言葉が通じているのかだ
「なんで、言葉が通じているんだ。そして何故私はアンタの声を理解できてしまうんだ?」
こちらの言語で話していない。人間の言語だ
店にトレーナーが来ない訳ではない、だからと言って人間の言葉が頭で理解できる感覚はなかった。
不思議な感覚で又もや不安が包み込む、私は早く男の口から質問の答えが出ないかと待ち浴びている。
自然と目線が男の顔を伺ってしまう、しかし見えたのは口元
「悪いがそれは言えない」
はっきりと告げられる。けれど間を置かずに口を開いた
…代わりに一つ話を聞かせてあげようと
在る所に一人の人間が生を受けた。そいつには兄弟がいた、弟だ。優しい母親と滅多に怒らない父親とのごく普通の家庭で過ごしていた。
しかしその兄には家族とは違った。
産まれながらにして持病をもった。
だがその場所ではそれを普通の病として分類した。
違う所では障害者として扱うべきが
始めは彼も気にしていなかった。幼かったのが幸か不幸か作用して他者との違いを判断できずにいた。
けれども時が経ち、成長し青年にとなると気づいてしまった。己の身体を気味悪く見る周りの目を
いつしか人の目線が嫌いになっていた。両親に打ち明けようと試みたものの【考えすぎ】【気にしない】【あの人が出来るから】と言い放ち、青年は理解してくれない親に絶望する。
それは励ましという名の【呪い】。
バカのままでいた方が幸せなのかも知れない。
世間一般でいう【普通】から外れた存在だったのだ。
その時から青年の心は少しずつ壊れていたのかもしれない
いつもの光景が変わって自信を嘲笑うへと変貌して見えてしまう
でも誰にその悩みを相談できるというのだ?
また親に言った所で打ち明けた時と同じ言葉をかけるだけだ。
ならば悟られない様にただ自身の内にしまって置く道を選んでしまった。
悩みなんて無い様に振る舞い、見えない所で刻々と悪化していく身体を騙していく
生れてから十数年はたったある日。
誰かが言った。友達だった奴かもしれない、イベントでの一度であった奴からかも。
「貴方は強い人だね」
…違うこんな物を強さとは思えない。また傷つきたくなかった、そんなのが強さなら。
いらない、必要ない。
青年は心で否定はしてはいたものの、そいつには「そうだな」と作り笑いで凌いだ
またある日
青年はとある物を作ってもらい、外見は【普通】の人間になれる仮面を手に入れた。
最初は喜んで付けて、街中へ歩き人目を気にすることがない【自由】を初めて手にした瞬間だった。
しかしそれも更に塞ぎ込む結果へと繋がった
仮面には副作用として装着している間、激しい苦痛をその身に宿してまう。
身体の内側を電撃と暑さが蝕む。
それでも我慢して、日常を過ごしていく内に負債でいた心が顔を出してしまった。
ナンデオレガコンナコトヲシナクチャイケナインダ
フツウヲエルタメニクツウハホントウニヒツヨウナコトナノカ?
カメンヲツケタノガホントウノオレ?ナラツケテイナイオレハナニ?ダレナノ?
答えの無い葛藤が襲い始めた。もう限界だったのかもしれない
だがそれも何とか抑え込む事に成功を果たした。
それは『抑え込む』だけで…消し去る事は出来なかった。
幼い頃に持っていた純粋無垢な心の湖は、いつからか己の心をしまい込むダムの役割に代わり、透明だった水は黒く変色していた。
「…」
私は唾を飲み込む事しかできなかった。飲み込む音でさえも、店中に響いているのではないか?と思うほど。
過去が己を雁字搦めにしてしまう
誰の言葉だったかは忘れてしまったが、話に出てくるその男はそうなのだろう。
男は口の乾きを潤す為かダイキリをグイっと一飲みし、また同じのを注文する。
淡々と話をしてはいるが、独り言の様に感じるのは何故だろうか。
こちらからに意見を求めたりすることはない。
男から見線を向いてくれてはくれない。
話は少し脱線してしまうかもしれないが人間の行動というものは『その人の気質や性格で出来るのではなく、置かれた状況によって決まる』
とある男が行った世界で一番危険な心理実験があった。
結果として人間の行動というものは『気質や性格などではなく状況が一番の影響をもたらす』だそうだ。
動物は種を尊重し、【団体】として愛する生き物だ。しかし人間は知能を手に入れ感情をより深く理解し、【個】を愛する生き物。
生きる為に種同士が戦うが、己の欲の為により多くの命を破壊するのは人間だけ。
これを進化と言うべきことなのだろうが、精神面では退化しているのを目をそらしているだけではないのか。
…本題に戻るとする
理解されず、本心を押し殺す状況を生み出してしまった。
彼はまるで道化師の様に明るく振る舞い、誰にも見られない影で涙を流す。とうに限界だった、だがそれでも歩き続ける。
救いはあると、止まない雨なんてないと信じて…
だがそんなことは無かった
新しい病まないが俺を襲った。
その事実を聞かせれ、また【普通】から遠ざる。
歩いていた足が崩れ体ごと地面へと倒れた…男に限界が来てしまった
おぼつかない体で後ろを振り返る、そこは後悔の塊がこちらへと迫っていたそうだ。抵抗する気力も無かった。むしろ楽にしてくれと懇願するように身を任せてしまう。
(どうにでもなれ)
明るかった青年の心は壊れ、虚無が包み込んでいった。
その顔は虚ろな表情を浮かべていた。
「…それでその男はどうなったんだ?」
話が終わり、恐る恐る口に出す。
話し手である彼は間を置き、ぷっと笑い出した
「いやまぁ。只の作り話ですよ、
オチ何て特に考えずに即興で作った…もしかして引き込まれちゃいましたか?」
酔っているのか。先程までの暗いオーラを纏っていた奴はとは思えない口調で驚きを隠せなかった。
「作り話とは思えない位、作りこまれてたんですけど!?」
お陰でカルアミルクが常温まで冷め切ってしまった。
呑むタイミングを計ろうとしてはいいたのだが、伺っているだけで口に運べることは出来なかった。
「すいませんねぇ。ちょこっとばかり短編などを書いている者でして。言葉がわかるのもね、忍び込ませた翻訳機をコンタクトで映して理解してたんですねぇ。手の込んでいるでしょ?」
そういいながら、左目辺りから透明なコンタクトレンズというものだっけか、人間が視力の矯正のために着けるあれ。
なるほど、翻訳機の進化は私の予想を遥かに進んでいた模様。
しかし解せない事がある。それを使っていたとしても相手だけが意味を理解できるのであって、相手からの言葉を私は理解しているのはどういう事なのか?
気づいた事で冷や汗がドバっと出始める
「話を聞いてくれてありがとう…マスターお礼にこれをこいつに飲ませてあげてくれ。驕りだ」
男は一言お礼をいいつつ立ち上がり、スマホを片手に何かを見せている。
一瞬あのソーナンスが強張った感じを出していたが、了承して作ってくれている
「んじゃ、俺はもう家に帰るとしますか」
こちらに背を向け、玄関へと歩む。自動ドアが開く。
来た時よりも更に雨が強く、さらには雷もなってきている。
こんな時に帰らんでもと思うが、それは個人の自由だから止めやしない。
「今日はありがとうな」
去り際、初めて見る笑顔
顔には左目が変色しているのが見えてしまった
その時雷が近辺で落ちてきただろう。激しい音とともに強烈な光が放たれ彼の表情に影がかかる
笑っている顔が、号泣している顔に。
私は残されたソーナンスと奢ってもらったエル・ディアブロ。
…悪魔の名を持つカクテルを片手に時間を経つことを祈りつつ、辛口の酒を胃に放りこむ。
ピリッとした酸味が心地よく体に回った
明記してはいないですが、主な視点はピカチュウであります。
ソーナンスはやっぱり便利なのだと痛感しています
…作り話はノンフィクションとなっています