元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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今回は二話更新です。ご注意ください。


第十一話 Immortal friend

体全体が、悲鳴をあげている。

まるで錆びついたオモチャにでもなったように、ギシギシと軋む音が聞こえてきそうだ。

 

 

「聞こえねえのか? 手前(テメ)ェはここで何をやってんのかって、聞いてんだよ」

 

 

だけど…鬼神を思わせるような目の前の十一番隊隊長にとっては、今のユージオの様子など全く気にかけていないようだ。このまま質問に黙って答えないままならば、きっと自分は一刀のもとに両断される─そんな妄想じみた予感を胸にユージオは必死に口を動かした。

 

 

「…っ、あの……そ、の……れいあ、つが、く、くるし……」

 

「ああ?」

 

 

霊圧による苦しさを訴える、か細い声はなんとか目の前の隊長に届いたようで──軽く舌打ちした十一番隊隊長、更木剣八は面倒臭そうに答えた。

 

 

「これ以上の霊圧の抑え方なんざ知らねえよ。てめえが慣れるか、離れるかしやがれ」

 

「っ、は、はい…」

 

 

その言葉を聞いて、ユージオは一つの思い違いをしていたことに気づいた。なぜ、自分がこれほどの霊圧を受けて苦しんでいるのか、それは目の前の更木隊長が意図して霊圧を上げて威圧しているものだと思っていた。見慣れぬ自分に対する警戒の現れとして。だが違う。更木隊長は「これ以上の霊圧の抑え方を知らない」と言った。つまり今自分が当てられているこの強大な霊圧は、この更木隊長にとっては()()()()()の霊圧なのだ。過去に何の気兼ねもなく、平子隊長や日番谷隊長と接してたが故の勘違いだった。彼らの側にいて自分が霊圧に当てられなかったのは、彼らが上手く自分の霊圧を抑えていたが故。この膨大な霊圧こそが、護廷十三隊の隊長たる、力なのだ。

 

息も絶え絶えに台車を引きずり、ズルズルと墓から離れるユージオとすれ違う形で、墓のそばに行って腰掛に座る更木隊長。その距離が数メートルになってようやく、ユージオの体と口は少しだけ正常な機能を取り戻した。だが正直なところ、一刻も早くこのままあの隊長から離れた方がいいという考えが本能のように訴えかける一方、せっかく道を聞ける相手が現れたのだから、早く帰る為にも勇気を持って尋ねるべきではないかという理性の考えが対抗してくる。

 

しかし、そんなせめぎ合いに決着をつけるより早く、数メートル先の更木隊長から「おい」と低い声をかけられる。

 

 

「最初の質問に戻るぜ。ここに何しにきやがった、ガキ」

 

「い、いや、あの…僕は、道に迷っただけで…」

 

「道に迷っただぁ?」

 

 

ジロリ、という擬音が数メートル先からも聞こえてきそうな様子に、ユージオは思わず息を呑んだ。流石に自分に対して敵愾心を持っている訳ではなかろうが、半端ない威圧感を誇る更木隊長の一挙手一投足にはつい体が竦んでしまう。

 

 

「てめえ、どこへ行くつもりなんだ?」

 

「…え、えっと……真央霊術院へ行こうとしてて…」

 

「霊術院っつーと…学校ってやつか」

 

 

眉をひそめて考えるような素振りをする更木隊長。厳密に言えばユージオが辿り着きたいのは院生寮なのだが、霊術院にさえ行ければ後の道筋は分かる。院生寮の場所が万が一分からないとしても、流石に全ての死神達の登竜門たる真央霊術院の場所は知ってるはず─というユージオの考えは、呆気なく崩れ去ることになる。

 

 

「わりぃな。場所を知ってたら送ってやってもよかったが、俺はそこに行ったことなんざねえ。後で部下にでも送らせてやるから、しばらく待ってろ」

 

「え、あ、は、はい! ありがとう…ございます」

 

 

霊術院に行ったことがない、という予想外の言葉に思わず目を瞬かせるユージオだったが、ほぼ反射的にお礼の言葉を述べた後に、書籍に載っていた更木隊長に関する記述を今一度思い起こした。

 

 

──入隊試験を受けず、前隊長を決闘で殺害したことで隊長へ就任。

 

 

更木隊長は、霊術院を経由せずに直接かつての十一番隊に乗り込み、そこで隊長を斬り殺したことで成り代わったのだ。霊術院へ通っていないのだから、霊術院の場所を知らないのも何ら不思議なことではない。それにしても…公式に認められていることとはいえ、目の前の隊長が既に人に手をかけて殺しているという事実に、また体が竦みあがる。とはいえ…部下に送ってもらえるという言葉を聞いて、最悪の事態にはならなそうだと、ユージオは安堵の気持ちも抱いた。

 

だが、そんな安堵の気持ちも掻き消してしまうくらい予想外な問いが、彼に投げかけられることになる。

 

 

「おい、ガキ。もう一つ聞かせろ」

 

「は…はい?」

 

「てめえは……強えのか?」

 

「えっ!?」

 

 

突き刺すような視線と共に投げかけられたその問いに対し、ユージオはぶんぶんと激しく首を振って答えた。

 

 

「そ、そんなことはないです! 僕なんて…まだ強くなんてないんです!」

 

「…そうかよ」

 

 

ユージオは激しく否定したつもりなのだが…更木隊長の顔には濃い笑みが浮かぶ。

 

 

「『まだ』っつーことは、強くなる気はあるってことだ。結構なことだぜ。ガキ、強くなったら俺のとこに来い。そんときは存分に斬り合いを楽しもうじゃねえか」

 

「……」

 

 

更木隊長が認識した「まだ」という言葉。当のユージオはもちろん無意識に放った言葉ではあるのだが、それは確かにユージオの本意を表していた。改めて自問せずとも分かる。ユージオ自身は、強くなりたいという思いを持っている。だが…更木隊長の『斬り合い』の誘いに対して…ユージオは強い忌避感を覚えた。それは、更木隊長の強さに怯えたから、ではない。仮に…そう、あくまで仮に、今の自分が更木隊長と同じだけの強さを持っていたとして。

 

 

「…すみません。更木隊長。それは……お断りします」

 

「ああ?」

 

「僕は…斬れません。仲間を…クラスメイトも、死神も、絶対に斬りたくないって…思うんです」

 

 

自分のクラスメイトにも語った、今の自分の正直な思い。そんな吐露されたユージオの言葉を聞いた更木隊長は、遠目からでも分かるほどの怪訝な表情をしていた。

 

 

「てめえ…強くなりてえんじゃなかったのかよ?」

 

「は、はい…そうでありたい…とは思っているんですが…」

 

「……分かんねえやつだな」

 

 

 

 

 

「強えヤツを斬れねえ野郎が、強くなれる訳ねえだろうが」

 

「っ…」

 

「強くなりてえって思いが少しでもあるんなら、目の前の強えやつを斬りたいって思うはずだぜ」

 

 

隊長の吐き出した言葉は、ユージオにとって紛れもない正論として響き……形のない槍に体を貫かれたかのように、ユージオは胸の部分をぎゅっと押さえた。自分は…今もそんな想いを抱えているのか?それがないとしたら、自分の「強くなりたい」という想いの方が嘘なのか?

 

またもせめぎ合う答えの見つからない二択。だがこの問いだけは、何としても答えを見つけなくてはならない─そんな気がしたユージオだが…そんなユージオの耳に

 

 

 

「……あら?」

 

 

 

 

第三者の声が、届いた。

 

 

 

 

 

 

今の今まで更木隊長の霊圧に当てられ続けてたからか、霊圧感覚が大きく麻痺していたらしいユージオはその人物の接近に全く気づかなかった。だが、新たに現れた人物は更木隊長に比べれば何倍も穏やかな霊圧の持ち主の─隊長だった。

 

 

「更木隊長も…お墓参りですか?」

 

「虎徹か。ちょうどいいところに来たな」

 

「…はあ」

 

 

ユージオの振り返った先にいたのは、青髪で長身(巨漢である更木隊長ほどではないが)の女性。同じ隊長羽織を羽織っておりながら、隠す気もない荒々しさが前面に現れている更木隊長とは対照的に、気弱で優しげな女性死神であった。

 

彼女は少しだけ困惑の色を覗かせて、ユージオに視線を向けたのちに、更木隊長に問いかける。

 

 

「更木隊長、この子は…?」

 

「迷子らしいぜ。名前忘れちまったが…学校に帰りたいらしいな」

 

「学校…いや、その制服、真央霊術院のものだよね?」

 

「…はい」

 

 

コクリと頷くユージオに、虎徹隊長は事情を察したようであった。そして─ユージオも知らぬ事実、更木隊長が異常なまでに方向音痴であるという事実を踏まえて、最適な行動を取るべくに動き出す。

 

 

「あ、じゃあ更木隊長。私、この子を霊術院まで送っていきますから…」

 

「後にしろよ。てめえも墓参りに来たんだろ? それが終わってからでもいいだろ」

 

「そ、そうですかね…?」

 

「いいよな、ガキ?」

 

「……はい」

 

 

ユージオはまたもコクリと頷いた。これは、強大な威圧感を持つ更木隊長の言葉を断ることを恐れた訳ではない。本当に急ぎの用事ではない。最終的に霊術院に帰り着ければそれでいい。虎徹隊長の墓参りを邪魔してまで送ってもらうほどのことではない。

 

虎徹隊長は「それでは…」と更木隊長の元に向かって歩み出そうとするが、その前に心配そうにユージオへ小声で問いかけた。

 

 

「君、大丈夫? もし辛いなら、ホントに私が先に送ってもいいけど…」

 

「いいえ…もう、慣れましたから」

 

 

救護専門である四番隊の隊長である虎徹隊長は、さすがにユージオの体調不良に気づいて心配の言葉をかけたが、それに返答したユージオの言葉に嘘偽りはなかった。更木隊長の霊圧に慣れた─より正確には麻痺したというべきだが─ユージオは、虎徹隊長と並んで歩いて更木隊長の元へ近づけるほどにはなった。もっとも、座る場所は更木隊長の対角線となるようにはしたのだが。

 

 

更木隊長と向かい合うように墓の近くの腰掛に座る虎徹隊長の手には、いくつかのものが入ったカゴがあった。今までユージオは気づかなかったが、更木隊長も手ぶらという訳ではなく、手元には数本の酒瓶があった。

 

 

「まあ、お前が来てくれてちょうどよかったぜ。俺は墓参りなんざしたことねえからな。やり方が分からねえ」

 

「はあ…でも、そんな細かい決まりはないはずです。深く考えずにお供えモノ添えるだけでも全然大丈夫だとと思いますよ」

 

「そうかよ。じゃ、この酒でも墓石にぶっかけとくか」

 

「あ、あー…えっと、確かにそれもよくやる人がいるんですが、墓石が痛む可能性があるので、あまりオススメはしません…」

 

「チッ、そうか。なら、添えとくだけにしといてやるか」

 

 

そう言って酒瓶を墓の前に立てる更木隊長。その隣に、半紙の上に乗せられた小さなお菓子などを供える虎徹隊長。ユージオはこの二人の隊長のことを殆ど何も知らない。が…一見すると共通点がなさそうな二人の隊長が、一人の人物…恐らくは死神を共に慕って墓参りに来ているという事実が凄く気になった。

 

失礼を承知で─もし更木隊長に睨まれたら全力で謝ろうと心の用意をしつつ─ユージオは口を開いた。

 

 

「あのう……お二人にとって、この人はどういう人だったんでしょうか?」

 

「……」

 

 

更木隊長は隻眼の瞳だけを動かしてこちらを見たが、特に感情を示すことなくもう一本の酒瓶をあおった。ユージオの問いに対しては、虎徹隊長が少し寂しさを感じるような笑顔で答えてくれた。

 

 

「この人は、ね…私達にとって憧れで……師匠、と呼べる人…かな」

 

「師匠…ですか」

 

「ケッ…俺とたった二回しか斬り合えてねえヤツを師匠と呼んでいいっつーなら…な」

 

「あ、あはは……私は色々教えてもらいましたけど…師匠とは、呼べませんでしたね。ずっと『隊長』って呼んでましたから」

 

 

 

師匠。

その響きは、ユージオにとって少しの憧れでもあった。そして当たり前のことだが、こうして隊長と呼ばれるような人達にも、師匠と呼べる人がいることを実感して少し不思議な気持ちになった。だがそんな話を聞いても、やはり目の前の二人の隊長が、同じ人に師事していたという事実に実感が全く湧かない。そんなユージオの表情を見て察したのか、苦笑しながら虎徹隊長が更に補足してくれた。

 

 

「もちろん、私達二人で同じことを教えてもらっていた訳じゃなくてね。更木隊長は、あの人から斬術を。私が教えてもらったのは、回復鬼道…回道なの。霊術院では...流石に習うのはまだ早いか」

 

「は、はい……教科書とかでは、見たことありますけど」

 

 

実のところ、ユージオは教科書以外でも実際に何度か目にしている。ユージオ以外の二人が、諸事情により救護詰所でお世話になっているからだ。軽傷程度ならまるで時を巻き戻すかのように、みるみるうちに完璧に治す回道には舌を巻かざるを得ない。とても攻撃鬼道と同じ霊圧でできる所業とは思えないほどだ。とはいえ、斬術と回復。一見すると相対する二つの技術だが、その二つの技術に精通した人物からそれぞれを教えを乞うたというなら、こうした二人が一人の人物を慕って墓に参るというのも、段々と納得してくる。

 

ただそれでも、この対照的な二人を繋げていたという名前も人柄も知らぬその隊長のことをもっと知りたくて…半ば無意識に、ユージオはその問いを口から滑らせていた。

 

 

「この方も…やはり、半年前の戦争で……?」

 

「……」

 

 

その問いによって、衝撃的な事実がもたらされるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

「俺が、斬った」

 

「……え?」

 

「あいつは……俺が斬り殺した、つったんだよ」

 

 

 

何を言っているのか、一瞬、分からなかった。

更木隊長が…殺した? 同じ隊長を…自分の師を…!?

 

 

「な…なん、で」

 

「言ったろ、ガキ。強えヤツを斬らなきゃ、強くはなれねえってな」

 

 

 

その言葉に、ユージオは背筋が凍てつくような感覚に襲われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

この人は…

 

 

この死神にとっては…

 

 

『強さ』のために、

 

 

 

師匠たる人すらも、手にかけたというのか。

 

 

 

 

 

 

 

ユージオの心の中に、凍えきった恐怖の感情に加え…ふつふつと弾ける溶岩のような、怒りの感情が顔を覗かせた。目の前の人物の力も、地位も、全く自分は敵わないことなど慮外だと言わんばかりの勢いで、ユージオは口を開きかけた。あなたは間違っていると、強く断じるつもりでいた。

 

ただ──ユージオのそんな『つもり』は、一瞬で消え失せた。

 

 

自らの師を斬ったことを口にした更木隊長の表情は、

 

 

それが当然と言わんばかりの平然とした表情でもなく、

 

斬った事実を美化した陶酔の表情でもなければ、

 

仕方のないことだと割り切った表情ですらなく、

 

 

過去の行いに、凄く苛立っているような…そんな表情だった。

 

 

 

喉の奥から出そうと思っていた非難の言葉は出るに及ばず、間抜けにも口を半開きにして固まってしまったユージオの肩に、優しく手が置かれた。

 

 

「誤解しないで、欲しいの。あの人が更木隊長の剣に斃れたのは……全部、あの人が…隊長が、望んだことだから」

 

「…え?」

 

 

代わりに喉から出た変な声を最後に口を閉じたユージオの視線の先にいる虎徹隊長は、寂しそうでもあり……それでも、その眼に悲しみはないように見えた。一見すると矛盾したような、複雑じみた感情に思えてしまったユージオの向こう側、更木隊長がまた、ボソリと言葉を溢した。

 

 

「確かに俺ァ、あいつを斬った。だが…あいつは、あの程度の傷を治して生きながらえるなんざ、朝飯前だったはずだ。俺が与えた傷よりも酷え目にあってた連中を、易々と直してみせるようなヤツだからな。だが…あいつは、そうしなかった。俺が『死ぬな』といくら言っても、ただ笑っただけで…何もせず、逝っちまいやがった」

 

「何が…『永遠に戦いを楽しむ為に、自らを癒す術を身につけた』だ。…笑っちまうぜ」

 

 

まるで自棄酒とするかのように、グッと勢いよく酒瓶の中身を体内へ流し込む更木隊長。そんな中で、ユージオは正直なところ…自ら望んで刃に斃れたという、墓下の隊長の心持ちを完全に理解したとは言い難い。だが、心持ちが理解できずとも、過去における確固たるもの…己の信ずるものに、命を賭した隊長がいたという事実。

 

ユージオは、考える。もし、自分が命を懸けて何かを─今は想像もつかないが─するときが来たら、それは他人にも理解してもらえるようなことか。

 

……いや、そんな時は…きっと、他人の理解など、どうでも良いに違いない。命を賭す時の覚悟というのは…他人とか、理解とかそういうものに決して囚われない、たった一人の、強くて、深くて、もっとも尊い心なのではないか、と少しばかりロマンチストな風に、ユージオは考えた。

 

 

 

「…ガキ、てめえ、仲間を斬りたくねえっとかほざいてたな。なんでだ?」

 

「え…な、なんで、と…言われても………斬って、怪我させて…死なせでもしたら」

 

「なんだ、死ぬのが怖えって話か?」

 

 

一見いつもと変わらぬような鋭い瞳の奥に、キョトンとしたような感情が見える。やはりこの豪傑な隊長は…死への恐怖すら、既に亡き物となっているのだろうかと、ユージオが思ったのも一瞬だった。

 

 

「俺と一緒じゃねえか」

 

「……へ?」

 

「そんなことで悩んでんなら、教えてやるぜ。簡単なことだ。お互い死なねえように、殺し合いすりゃいいんだよ」

 

「は、へ、ええっ?」

 

 

更木隊長の口から出たのは、まず最初にユージオの思い込みを覆す言葉。そして次に教えられた「簡単なこと」は、正直言ってユージオには全く理解の外だった。

 

 

「ちょ、ちょっと待って…ください。なんか、それ、矛盾してないですか…?」

 

「ああ? 何がだ?」

 

「いや、だって…殺し合ったら…死んじゃいますよ…ね?」

 

 

至極当たり前の論を自分の口から展開してみせたつもり…ではあったが、あまりに更木隊長が平然としているので、もしやこっちが何か間違っているのではないかと思ってしまう。思わずチラリと隣を見るユージオ。虎徹隊長は困ったように頬をかいていたが…ユージオのように、訳が分からないといった風ではなかった。答え合わせを求めて、更木隊長へ視線を向けるが…更木隊長はそもそもユージオが何を分かっていないのか分からないという風に顎をさすっていた。だが、やがてその隻眼をこちらに向けた。

 

 

「てめえは、どっちかが死なねえなら、殺し合いって認めねえクチか?」

 

「え、あ……その」

 

 

認める、認めない以前に…殺し合いという際の結末を一つしか想像できなかったユージオは、予想外の問いに受けた。

 

 

「俺ァ、色んなヤツと何度もやり合ったが…結局、生き残ったヤツは何人もいるぜ。中には、俺を負かした上で生きたヤツすらいた」

 

「もちろん、俺は相手を殺す気で剣を振った。てめえがそれをどう受け取ろうが否定するつもりはねえが…少なくとも俺にとっちゃ、立派な殺し合いだったぜ」

 

 

その言葉を受けて、ユージオは目を瞬いた。殺す気で剣を振るう…ユージオはそのことを聞いて初めて「殺し合い」という行為における結果ではなく、過程を想像した。お互いに相手の命を狙って刀を合わせ戦う…殺し合いと認めるに、その結果など本当に必要だろうか。

 

 

「俺が殺す気で斬っても死なねえ連中は…強かったぜ。てめえがどうしても死なせたくねえってんなら、しっかりと戦う相手を選んでみたらどうだ?」

 

「相手を…選ぶ?」

 

「そうだ。てめえが本当に強いと思うやつ......殺す気で斬っても、死なねえようなヤツを、だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「てめえが斬りたいって思えるほど強えヤツなら、そう簡単に死なねえさ。安心して殺しあえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

*

*

*

*

*

*

 

 

 

 

 

 

「おそーい! 何してたのよユージオ!」

 

「ご、ごめんなさい! 色々と事情があってさ…」

 

 

寮の前で腰に手を当てて仁王立ちで待ち構えていたアリスに対し、台車の本を自室に持ち帰ることもならず、ただ平謝りするユージオ。その後ろに控える雨涵も何かしら小言を言いたいような様子ではあったが、それよりもほっとしている感情の方が強いようであった。

 

 

「へえ? こんな遅くまでかかったその事情、詳しくお聞かせ願えますかしら?」

 

「や、その…ね。途中で二人の隊長達に捕まって、色々とお話を…」

 

「えっ!? た、隊長二人からお話!? いいなー、私もそれ聞きたかったわ!」

 

「ああでも…そんな高尚な話じゃないというか、いやそれも失礼かな…とにかく、あんまりアリスが聞きたくなるような話じゃなかった…と思うよ」

 

 

自分が迷子になっていたことはさりげなく端折りながら事情を説明するユージオ。死神達の憧れ、護廷十三隊隊長二人からのお話を受けたというユージオを羨ましがるアリスだったが、当の本人は顔を引きつらせて手を振って否定気味だ。確かにユージオにとっては考えさせられるような、為になる話であったことは確かだが…今のユージオが受け止めるには、少し重かった。

 

 

(殺す気で斬っても…死なない人…)

 

 

ユージオは、目の前のアリスと雨涵を見て考えた。僕が殺す気で、二人に刀を振るったとして……いや、そんな自分は、そもそも想像ができない。多分、相手が死なないから殺す気になれるとか、そんな話じゃないと思った。殺す気になる、ということがいかに難しいか、ということをよく思い知った。少なくとも、ユージオは想像する段階で既にギブアップした。

 

 

「そういえば…アリス達の方はどうだったの? ほら、女性死神協会の…」

 

「あー…あれは、ねえ…」

 

「…そうだな」

 

 

女子達は女子達で、何やら顔を合わせて苦笑している。こっちはこっちで、何やら即座には話せないような出来事があったらしいということは察せるが…そこはユージオも言葉を濁している身。とりたてて問いただすこともなかろうと、ユージオはスルーすることにした。

ちなみに実際何があったかといえば、本当に特に何もなかったのだ。ただ、女性死神協会たる組織がどんな高尚な活動をやっているのかと思えば、その実態は「隊長格を始めとする男性死神の隠し撮り写真集を秘密裏に販売して金儲け」をしたり「適当に集まってお菓子食べながら寛ぐ」だったりとか「気が向いたらみんなで慰安旅行なりなんなりの名目で現世に遊びに行ったりする」だったりしたため、なんかあまり真面目そうじゃないと思ったり、あまりに身内感が強すぎる故に、将来この協会の仲間入りするのは少しばかり躊躇われるというのが、アリスと雨涵の共通見解であった。

 

 

そんな訳で、なかなか話し難い体験をしたのは女子達も一緒だが、アリス達は何も話せないことばかりではなかった。

 

 

「あ、そうそう! 聞いてユージオ! あのね、伊勢副隊長に、約束を取り付けたの! 霊術院の授業、再開してくれるっていう約束!」

 

「え…え!? それ、本当かい!? アリス!」

 

「ええ! 少なくとも一週間以内って! 具体的な日時が決まったら、地獄蝶で教えてくれるって!」

 

「うわあ…そっか! やった! やっとなんだね! 地獄蝶か…本では見たことあるけど、実際に見るのも楽しみ!」

 

 

授業再開のお知らせを共有したユージオとアリスは、二人手を取り合ってピョンピョン喜び始めた。このちょっとオーバーにも感じる喜びよう、本当にこの二人はそっくりである。流石に雨涵はそこに混じることはせずとも、まあなんだか見ていて悪い気はしない。それに、授業が再開して嬉しい気持ちは、雨涵も一緒である。

 

 

「雨涵! やったね! とうとう授業できるんだね!」

 

「ああ…よかったな」

 

 

だから、大喜びのテンションのまま嬉々としてユージオが求めてきたハイタッチくらいは…勢いよく応じた雨涵であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日この日は、ユージオが更木隊長と会合したり、院生の女子達が女性死神協会の事実を知ったりと、それぞれ貴重な経験をしたが…何より大きいのは、授業の再開が決定したという院生達にとって喜ばしい報告がもたらされたという、素晴らしい日でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時に、今日は…雨涵の心が大きく傷つけられる出来事が起きる…

決定的な転機となる日でもあった。

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