元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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お前は人間だ、ユージオ。
俺と同じ……幾つも間違いを犯しては、その意味を探して足掻き続ける……人間なんだ。

── ソードアート・オンライン11 アリシゼーション・ターニング──


愆つは、人

殺すは、魔

──BLEACH39 EL VERDUGO──



※本編とは特に関係ありません。
※後書き部分に挿絵があります。苦手な方はご注意ください。


第十五話 Oath of Blood

「本当に……気づいていなかった、とはな。道理で平然とこちらに声をかけてきたと…」

 

 

 

 

 

「いやいやいやいやいやちょっ待っ違うっ!! 違うからあり得ないんだって!」

 

「そ、そそそうよっ!? く、くちづ、口づけって…わ、私が!? ユージオと!?」

 

 

混乱のあまり恐慌状態と化したユージオとアリスが一瞬顔を見合わせ…何を想像したのか二人とも耳まで真っ赤になってから同時に叫んだ。

 

 

 

 

「「ぜっっったいにあり得ないっ!」」

 

 

 

 

 

*

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*

*

*

*

 

 

 

 

 

その反応はまたもや予想外だったのか、ぼやっとした瞳を数回パチクリさせる雨涵。だが…やがてその瞳に微かながらの強い意志を込めて、低い声を出した。

 

 

「言っておくが…私の見たことを『何かの間違い』だとか『夢だった』とかの言葉で否定するつもりなら……無駄だ」

 

 

冷めきった雨涵の声に一瞬ばかり二人の恐慌状態が収まり、瞳は動揺に震えながらも雨涵の言葉に黙って耳を傾ける。

 

 

「確かに…私も『あり得ない』と思った。『夢だ』とも……思ったな。…だが、何度見たところで現実は変わらなかった。ごまかしたいのは、分かるがな」

 

「そんな……でも、違うわ雨涵! 私達……本当に、そんなことをした覚えはない! 私なんて、あなたともユージオとも出会って一週間とちょっとしか経ってないのよ! なのにユージオにだけこっそり会うなんて…!」

 

 

 

 

「何を今更。知り合いだろう。お前達は最初から」

 

「……え?」

 

「最初は、お前達の言うことを信じて真面目に考えていたがな……。まあ、そうだろうな。初めからお前達は知り合いで、そのことを私に隠して、嘘をついていた……と考える方が、よっぽど自然に決まっている。私は…疑いたく、なかったのだが」

 

「そ、れ……は」

 

 

 

アリスは、言葉に詰まった。

雨涵が言っている「最初から」とはつまり、アリスが初めて二人と出会った時。ユージオと名前を呼び合って抱き合ったのに、実はお互い初対面だと語った時のことだろう。雨涵の言う通り、『初対面なのになぜか体が勝手に動いて名前を呼び合って抱き合った』というよりも『実は知り合い同士だったが、それを雨涵に隠して適当な嘘をついた』と解釈する方が普通なのは当然だろう。そして、自分の心の中の真実をいくら口にして訴えたとしても、それを真実と証明することは不可能なのだ。故に…アリスはこれ以上の説得が喉をついて出てくる事はなくなってしまった。

 

 

だが…そのアリスの側から一歩踏み出して……ユージオが、雨涵に近づいて片膝をつき顔を近づけた。

 

 

「……雨涵」

 

「…………」

 

 

ユージオの声を聞いても、雨涵は聞きたくないとでも言うように小さく顔を背けた。だが、背後でアリスが黙って見守る中、ユージオはポツリと口を開いた。

 

 

「確かに……僕は、君に話していないことが…ある」

 

「………」

 

 

一体何を、と微かに訝しんだ様子の後ろのアリスに、既にこれからユージオが放つ”自白”を予期しているかのように目を閉じきった雨涵。そして…物静かでありながらも、両の拳を震わせ…目元を歪ませ喉から言葉を絞り出すのを苦慮しているかのようなユージオ。

 

 

だが、やがてユージオは……決意を固めたかのように、口を開いた。

 

 

 

「じつ、は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は、流魂街にいた頃……よくお漏らしをしてたんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「は?」」

 

 

 

 

今度は、雨涵とアリスの声が間抜け風にシンクロした。もはや二人は全く同じような…虚を突かれたようなボケッとした顔をしていた。

その一方、ユージオは先ほど雨涵から独白を聞かされた時の何倍も顔を赤くし、その顔を覆いつつ必死に声を紡いだ。

 

 

「や、それは本当に流魂街に来てから一週間くらいの間だけで! 信じられないかもしれないけど、僕は厠…もとい、トイレのことを知らないどころか、排泄っていうことすら分からなくて! 本当に恥ずかしいんだけど、お婆ちゃんに教えてもらったりしてようやく…」

 

「ちょちょちょっと! 待ちなさいユージオ! あなた一体何を喋っているのよっ!」

 

 

脈絡のない恥の独白に、アリスもまるで()()()()()()()()()顔を真っ赤にして叫んでいた。顔を覆っていたユージオも少しばかり羞恥の赤みが治ったのか、両手を顔から剥がして改めて雨涵に向き直った。

 

 

 

「あー、恥ずかしかった……けど、僕が言いたかったのはさ…僕だって完璧な人間じゃないってことなんだ。僕にだって、言いたくないことや、秘密にしたいこと……これからもできるかもしれない」

 

「例えば、さ。雨涵の誕生日の贈り物を用意する時…本人には渡す瞬間まで内緒にしたいって…思うじゃない?」

 

「………」

 

 

話を聞くにつれ、呆気にとられていた雨涵の瞳が徐々に落ち着きを取り戻して…ジッとユージオを見つめるようになった。ユージオも顔の赤みがほとんど引いて、静かながらも言葉に段々と力強さが宿ってくる。

 

 

「僕だって、隠したいことや秘密にしたいこと…黙っておきたいことがたくさんあるかもしれない…」

 

「でも…これだけは、信じて欲しいんだ…」

 

 

 

 

 

「僕は、絶対に……友達に嘘はつかない」

 

「…!」

 

 

雨涵の瞳が、微かに見開かれた。

 

 

 

 

 

 

「隠したい事があるなら、黙っていると思うし…仮にそれがバレたとして、観念したなら正直に話すし、それでも話したくない時は『言いたくない』ってちゃんと伝えると思う」

 

「でも…僕は誤魔化すために嘘を言うなんてことは…絶対にする気はないよ」

 

「僕とアリスは現世でどういう関係だったかは全く覚えていないし…少なくとも、アリスが霊術院に来た時の僕らは初対面だった。そして今は…一緒に勉強する僕の同級生で、大切な友達だよ。雨涵と同じ…ね」

 

「雨涵を除け者にして夜な夜な出会うような関係でもなければ、口付けを交わすような仲でもない……これは、僕自身に誓って言える…真実だよ」

 

 

「……」

 

 

 

ユージオが誠実に語るその言葉を聞いても、雨涵の表情はほとんど動かない。目を伏せって、ポツリと一言呟いた。

 

 

「所詮……口では、いくらでも…言える」

 

「……」

 

「信用など、できるはずもない。私の目に、あの夜が焼きついている限り」

 

 

それは、説得など無意味だと伝える拒絶の意志の現れ。

ダメなのか。雨涵の心は既に、冷え切った氷の城塞となっているのか。

私たちは彼女の氷を溶かすことはできないのか、とアリスが絶望しかけたその時。

 

 

 

「うん…分かってる」

 

「…?」

 

「だから…約束を交わして欲しいんだ。()()()()()

 

 

 

そしてユージオが自らの懐へ左手を持っていき…

バサリ、という音と共に、そこから小さなメモ用紙とペンが落ちたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願い、雨涵。今までの僕らが信用できないのは分かる……けど、もう一度だけ…僕らを信じて欲しいんだ」

 

「……それ、は」

 

 

ノートからちぎり取った一枚のページに、ただ無言で文字を綴っていたユージオは突如、左手の包帯に右手をかけた。

そのまま左手の包帯の一部を解いたかと思うと、止まりかけていた傷口を刺激してまた血を滴らせた。

 

 

「ユージオ…何をする気?」

 

「血判をね。本で読んだだけの知識だけど……僕らはまだ、印鑑となるものを持っていないから…」

 

 

自らの血を数滴だけ紙の下部に垂らすと、ユージオはそこにグッと左指を押しつけた。そして左手にまた包帯を巻き直しつつ、右手で紙をパタパタさせて血を乾かしていく。

 

 

「…これを、君に……雨涵に、預けたい。僕の血と魂を賭けた…誓約書だ」

 

 

 

パタパタを終わらせたユージオが、地面に紙…誓約書なるものを二人のクラスメイトにも見えるように置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨涵…君が見たという僕らの姿の正体……必ず僕が突き止めてみせる」

 

「だから…僕がそれを突き止めるまでの間だけでもいい…また、僕らを信じて欲しい。友達で…いて欲しい」

 

「もし…もしも、雨涵が……また僕達を信じられなくなったら…裏切られたと思ったなら………その時は」

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕のこと、斬り捨ててくれたって構わない」

 

 

「………!」

 

 

 

誓約書に力強く刻まれた文字と、何を受けても決して揺るぐことのない強い意志の言葉。

二つのユージオの決意が雨涵の凍てついた心と体が、少しばかり震え始めた。

 

 

「もちろん…僕の署名と血判だけじゃ不安だから、平子隊長にも目を通して…お願いするつもりだよ」

 

「…それは」

 

 

不安、とは。

もちろん…自分自身が雨涵に()()()()()()後、雨涵の罪が赦されるかどうかということだろう。

隊長格へのお願いとは…自分が殺されることは全て承諾済みだったことを認知して欲しいということ。

ユージオは、本気だ。

 

 

 

 

本気で、雨涵に殺されることを覚悟しているのだ。

 

 

 

 

「……馬鹿な」

 

「斬り捨てられても、構わない…と……?」

 

「なぜだ、なぜ…そこまで…」

 

 

 

 

 

 

「……理由は、たくさんあるよ」

 

「雨涵とアリス…三人みんなで友達でいたい。一緒に仲良く授業を受けたい」

 

「…何より……雨涵が辛そうな顔をしているのが耐えられない。三人一緒に、笑って過ごしたい」

 

「そのためだったら……命の一つや二つ、賭けたって軽いくらいだよ」

 

 

 

「…おま、え……」

 

 

 

 

 

 

「まったく…その通りね」

 

「え?」

 

 

突如、今まで黙って聞いていたアリスの手が、背後からユージオの誓約書を奪い取った。一体何を、と今度はユージオと雨涵が揃って目を丸くすると、アリスは先ほど自らの袖を切るために一時的に抜いていた斬魄刀を再び抜いた。そして…自らの右掌に刀を軽く押し当てた。

 

 

「ア、アリス…?」

 

「ユージオ。あなたの言う通り、軽いものだわ。雨涵の笑顔のためなら………()()()だってね」

 

 

そして、掌の血を左の親指につけると…誓約書のユージオの血判の隣に、新たな血判を押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「信頼を失った私達をもう一度信じてくれなんて、ワガママを言うんだもの。命くらい賭けなきゃ、公平じゃないわよね」

 

 

フン、と気丈にユージオの隣に立ち改めて二人分の血が押された誓約書を雨涵の手元に置いた。その際、少しばかりアリスの手が震えていたのは…雨涵の見間違いではなかっただろう。死ぬのだって、決して怖くないはずなのに。

 

 

 

自らの命を賭してでも、自分如きの信頼が欲しいというのか。

勝手に二人の元から離れていった自分と、もう一度友達になりたいと……本気で…….。

 

 

 

雨涵は、差し出されたその手を……握りたかった。

自分のしたことが許されるというのなら……その慈悲に縋りたがった。

 

 

 

 

だけど、雨涵は思い出した。

 

 

 

 

 

自らの身に刻まれた絶対に許されない…”罪”を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「”斬り捨てられても構わない”……か」

 

 

雨涵の呟きに、アリスとユージオは顔を上げた。

それと同時に……雨涵の雰囲気が、どことなく変わったことにも気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは……こちらのセリフだ」

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 

「斬り捨てられるべきなのは……私の方なんだ…」

 

 

 

 

 

 

雨涵の言葉に、二人とも理解が追いつかない。

彼女の表情には、今までの諦観じみた感情に加え……強い自己嫌悪が見て取れるのだ。

 

 

「な、何を……言ってるの?」

 

「当然の…話をしてるまでだ。()()()が受ける……当然の報いの、な」

 

 

 

人殺し。

普通の状況で聞いたら、悪い冗談だと怒るであろうその言葉は、想像以上の苦みと重みを併てアリスとユージオの耳に届いた。

 

 

 

彼女は、まるで断罪の刃を受ける罪人のように…目を閉じて、首を垂れた。

 

 

 

「人殺しと友達になんて…なりたくないだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

項垂れたままの雨涵は、自分の家が代々営んできたこと……それは即ち『暗殺』であると語った。

初めて会った頃、ユージオは驚いたことがある。彼女の名字が『(ハン)』 名前が『(ユイ)』であったこと。だが、それは驚いて当然なのだ。こうした名付け方は暗殺者の家系に限って、よく見られる風潮なのだから。そもそも、至極厳密に言うならば、この名前は彼女の本名ではない。暗殺者として一人前となった際に名乗ることを許される、涵家に伝わる”号”なのだ。

 

 

「で、でも…暗殺、なんて…そんなこと」

 

「ある。お前達には、想像もつかないだろう……知らない方が余程幸せな、貴族の世界だ」

 

 

貴族。それをある人物は、虚飾に紛れた栄華に浸りつつ、ぬるま湯の中で積み上げられた歴史をただ徒に消費し続ける一族と称した。実際それは、ほぼ的を射ていると言ってもいい。極一部の人々を除いた大半の貴族は、過去に積み上げられた栄華を存分に享受し、堕落しきっていた。

同じ瀞霊廷にすむ一般の人々に比べれば余程豪華絢爛な生活を送っているが、それでも満足しない貴族は少なくない。彼らは常に、自分よりも高位たる貴族を妬ましく思い、隙あらば蹴落とさんと機会を伺っているのだ。虚言を用いて評判を貶めたり、他貴族との結託によって、共通の敵たる貴族の権威を削いだり。

 

そうした貴族が”敵”を排除するためにとる最後の手段が…暗殺なのだ。

 

暗殺が成功したならば、それが暗殺だとわかったところで基本的に証拠は残らない。”変死”や”怪死”として処理される他ないのだ。無論、力のある上流貴族こそそうした事態を常に警戒し、護衛用の暗殺者を雇っているのが常だ。絢爛たる生活の裏では、暗殺者同士による闇の抗争が成り立っているのだ。

 

 

「……じゃあ、雨涵は…その……えっと、暗殺…で」

 

「生憎……私は仕事で暗殺をこなしたことは…一度たりとも、ない。そもそも私は一人前の暗殺者として家族に認められたこともないし……この先、永久に認められることもないだろう」

 

「えっ? …で、でも……雨涵の名前…って」

 

「暗殺者として一人前となった際に名乗ることを許される”号”……確かにそうだ。だが…もうそれを許してくれる者はいない。故に…私はたった一人残った涵家の人間として、この”号”を継ぐことを決めたのだ」

 

「たった……一人? それって、どういう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の家族は、全員殺された。とある…貴族によってな。だからこそ、私はその貴族を殺したのだ。暗殺者としてではない。かけがえのない家族の仇として…な」

 

 

 

 

 

 

 

 

「最初は…殺せるとは……思ってなかった。曲がりなりにも、相手は強大な権力の持ち主で…私の家族を皆殺しにして見せるほどの手練れを持っている…」

 

「正確には、私は奴を殺しに行ったのではない……殺されに、行ったのだ。仇を討つこと叶わぬとしても、思うがままに体を蹂躙されるとしても…口の動く限り、呪いと怨嗟の声を投げつけてやるつもりだった」

 

「だけど…一体何が起こったのか、分からないが……奴の住みどころには易々と踏み入ることができた上に………私の家族の仇は、なぜか瀕死の重傷を負った状態で、そこにいた」

 

 

 

 

 

「気がついたら、私は…奴の背中に刃を突き立てていた。あの、斬魄刀の……浅打の、刃を」

 

 

微かに顔を上げた雨涵の視線の先…それはユージオとアリスの背後の地面に転がっている、彼女の浅打だった。ユージオによって切られたいくつもの紐にまみれて静かに横たわっているそれは、血を吸っている。家族の仇であるあの男の、血が。

 

雨涵の瞳に、恐怖の色が見え隠れする。

 

 

「私は……何を、期待していたのだろう。刃を突き立てたあの男が、醜く足掻けばよかったのか? それとも自己弁護の言葉を吐きながら、虚しい命乞いでもすればよかったのか? 今となっては、当時の私が何を期待していたのか分からない。だが、確実なことは…何度刃を突き立てても決して倒れず、気の触れたように()()()()()奴の姿を見て…私は、心の底から恐怖した」

 

 

 

まるで絶え間ない頭痛に襲われたかのように、雨涵は頭に手を当てて顔を歪めた。

 

 

 

「血塗れの奴が動かなくなった頃……私は這うようにして逃げ出した。…どうせ、すぐに捕まって極刑に処されると思っていた。でも、いくら時が過ぎても隠密機動の一人も私の元へ来ることもなく……私は暗がりの中で蹲り、辛うじての生を貪り続けた…」

 

 

頭を抱える指に力を入れて、罪への許しを乞うように震えている彼女の姿は、まさしくかつて家の中で一人苦しんでいたあの頃と一緒で。

 

 

 

 

「……暗い中にいると…どんどん、恐怖が…身体中を虫のように這い回ってくる。耳から入ってきて、脳髄を掻き回されるよう、だった。私のことを一切の眼中にも入れず、笑いながら殺されたあいつが、怖い。もう、二度と、家族に会えないことを、実感して…怖い。……何より、この手で…人を、殺してしまったことが……何より、怖くなった」

 

「殺されて当然のやつだと、何度自己弁護したところで、私の血塗られた手と刀が綺麗になる訳でも…ない。私と奴は…何が違う? 殺した人数か、殺した理由か……どれが違ったところで、私と奴は同じ人殺しであるという事実は決して消えない。その事実を、私の周囲の暗闇がひたすら責め立てるように感じた」

 

「でも…私は、あらゆる意味で臆病だった。体はひたすらに生を求め、自ら命を断つことすらにも、恐怖した。私は…家に蹲っている間、自分を囲い続けるあらゆる恐怖から逃げ出したくて……真央霊術院の中途入学生徒募集に飛びついた」

 

 

 

 

 

雨涵は、顔を上げた。微かに涙に濡れたその顔には……笑顔が浮かんでいた。

哀愁の……最後の別れのために、無理して笑っているかの、ように…。

 

 

 

 

 

「ごめんね……ごめん……ユージオ…アリス…」

 

「私は、ワガママだから……ずっと、同じような関係でいたかった。ユージオも、アリスも、私にとって、かけがえのない……友達になっちゃって…。ずっと二人の間で、独り占めしたかった。今まで、こんな風に楽しく笑い合える友達なんていなかったから…ずっと、ずっと…一緒に、って…」

 

「だから、二人の姿が口づけを交わしているのを見たとき…私は、凄く、嫌な気持ちになっちゃった。変だよね。私…万が一、本当に二人が…その、付き合うことになったのなら、祝福してあげないといけないのに…」

 

「二人が…私を置いて、二人だけの世界に行っちゃったって考えたら、もう、耐えられなくて……。だから、もう顔も見たくないって……私から、勝手に離れて行っちゃった。でも…二人とも、命を賭けてでも…私の元に来てくれた。それは……とても…嬉しい」

 

 

 

 

「でも、ダメなの」

 

 

「二人は…私みたいな、ワガママな人殺しとは友達になっちゃ、ダメ」

 

 

「……ずっと、黙っていて、ゴメン。

…そして……こんな私と、友達になってくれて、ありがとう」

 

 

 

少しの間だけ、素の口調になった雨涵は、ゆっくりと…立ち上がって、今まで無言で雨涵の言葉を耳に刻み込んでいた二人に背を向けた。

その動きを見て、ユージオはここでようやく気を持ち直したかのように口を開いた。

 

 

「雨涵! どこに…行く気なの!?」

 

「裁かれに」

 

 

雨涵の答えは、簡潔だった。

一歩踏み出して足を止め…静かに二人を(かえり)みた。

 

 

「ありのまま、私のやったことを話すだけだ。もっと早く、やるべきことだった……極刑は免れないだろうが…それでも、私は幸せだ。この、微かに生き延びた命で……こんな、素敵な出会いが…あったのだから」

 

 

雨涵は、笑う。

心の底から、幸せだと、二人に…伝えるために。

 

 

 

 

「もう一度、言わせてくれ……本当に、ありがとう」

 

 

 

 

そう言って、もう一度前を向き……今度こそ、贖罪へ向けて歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「破道の一! 『衝』!」

 

「…かはっ!?」

 

 

 

雨涵とユージオよりさらに後ろより飛んできた小さな衝撃波の塊が、彼女の後頭部に直撃した。

全くの不意打ち故に雨涵は受け身をとることも叶わず、うつ伏せに倒れる他なかった。

 

 

 

「うわっ!? ちょ、ちょっとアリス!? どうしたの!?」

 

「お仕置きよ。人の話をちゃんと聞いてない雨涵の、ね」

 

 

ユージオが慌てて振り返れば、腰に両手を当てたアリスがいて。その表情は、心底強い怒りが一目見て伝わるものであった。その迫真っぷりときたら、物理的な衝撃によって一度頭の中をリセットされた雨涵が起き上がって見ると、一瞬威圧されてしまう程だった。

 

アリスはつかつかと雨涵の側によると、鼻頭がぶつからんばかりにずいっと顔を寄せた。

 

 

「あなたねえ、さっきから何を聞いて、何を見ていたのよ」

 

「え…え?」

 

「これよ! これ!」

 

 

そう言ってアリスが自身の顔の代わりに雨涵に向けて突き出したのは、一枚の紙。

 

 

 

「いいこと? 私もユージオも、既に誓っているのよ!()()()()()()()()()()()()()()ってね! 」

 

「!」

 

「それなのに『私は人殺しだから』なんて理由で今更私達が雨涵を怖がると思う!? ありえないわ!」

 

 

 

一応理に適っているアリスの論理と、そして何よりその勢いに呑まれた雨涵は、半ば無意識のまま突きつけられた先程の血判の誓約書を手に握ってしまう。そして、ちょっとだけ興奮を収めたアリスは…そのまま、静かに雨涵を抱き寄せた。

 

 

「……あ」

 

「ねえ、雨涵。もうちょっとだけ…聞いて」

 

 

 

先程頭を揺らされた衝撃を有り余るほどの暖かい感触に、雨涵は瞠目した。

 

 

 

「あなたの言う通り、人殺しは…怖いことだと思うわ。私も、人殺しは怖い」

 

「でもね…私、人殺しは怖いと思っても、人を殺した雨涵は、怖くない…そう思えるの」

 

 

 

「怖くない…? なんで……」

 

 

 

「なんで。そう、私もね。雨涵の話を聞きながら考えたわ。そうしたら、分かったのよ」

 

「…雨涵も、私も、同じだから、よ」

 

 

 

「…それは、どう…いう……」

 

 

雨涵の言葉が、段々と途切れ途切れに小さくなってくる。

死でしか償えないと思っていた罪の重さが、暖かさに包まれて、希薄になってしまうような感覚。そんなのはダメだと、思っても…まるで、抗いがたい眠気のように…。

 

 

 

 

「雨涵。あなたは言ったわよね? 『この手で人を殺してしまったことが何より怖くなった』って」

 

「私も、多分同じ。故意でも、事故でも、人を殺してしまったら……それが何より、怖くなる」

 

「もし、人を殺したことをなんとも思ってなかったり、それを喜ぶような人間だったら、私はその人のことを怖く思うわ。だって、私とはあまりに違いすぎるもの」

 

「でも、雨涵は私と同じ。人を殺すことを怖いと思っている。なら、大丈夫。私とあなたは同じ理解のできる…人間じゃない」

 

 

 

「……違う! 違うんだ、アリス!」

 

 

雨涵の手が、アリスの体を突き飛ばすようにして離れる。

 

 

 

「私は…実際に手を汚した! 人を殺したんだ! 何一つ手にかけていないアリスとは違う! 私は、人を殺した罪を償って、死なないといけないんだ! 今すぐに!」

 

 

 

その一見子供じみた癇癪のように見えるそれは、

何より自分に言い聞かせているように、聞こえた。

彼女が必死に隠しても…もう、雨涵の本心は…二人のクラスメイトに充分伝わっていた。

 

 

 

「でもさ。償いは……何も、一人ですることはないんじゃないかな」

 

 

 

ユージオが雨涵の元へ歩み寄ってアリスの隣に立ち、微妙に赤みがさした瞳を雨涵に向けた。

 

 

 

「雨涵、お願い……その罪を、僕にも背負わせて欲しい」

 

「僕も…一緒に命で償いたいんだ。もし、雨涵の罪が明らかになって、裁かれることになったとしたら……僕も君と一緒に、裁かれて、死にたい」

 

「いざとなったら…僕の命も差し出す。そうすれば、雨涵の罪を僕らの秘密として隠していても……許される…と思う」

 

「こういうの、なんていうんだっけ……前に本でちょっと見たんだけど…執行猶予? 情状酌量? …とか、そういうの…えっと」

 

 

「………」

 

 

結構情の赴くまま、それでもできる限り理論的に話そうとして、途切れると少しばかりタジタジとなるユージオ。もはや半ば茫然となっていた雨涵に、アリスはふうと息を吐いて補足する。

 

 

「ま、簡単な話よ。雨涵のやったことを話さず内緒にしておく。

その代わり、バレたら()()()()()()一緒に死刑で死にましょ、ってだけ」

 

「死ぬって……お前達、そんな、簡単に」

 

「もう! 何回言えば分かるのよ! 私もユージオも、あなたのために命を賭けられるんだから! つ・ま・り…!」

 

 

またプンスカし始めたアリスは…雨涵の手に握られていた誓約書と、ユージオの懐にあったペンをそれぞれ乱暴に奪い取った。

あまりに乱暴だった故にユージオの方は軽いパンチを食らったようになって呻いたが、アリスはお構いなく誓約書の紙の裏に再び文字を書き込み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

私達三人、死ぬときは一緒!

 

 

 

 

 

これまた多少乱暴ながらも、その力強さは覚悟を深さ、揺るがなさを物語っていた。

ふんす、と息を吐いて堂々と提示するアリスの手から、今度はお返しとばかりにユージオが乱暴にアリスの手から誓約書とペンをぶん取った。だが、アリスは特に反発の様子は見せなかった。もう、二人の意志がとうの昔に一致していることを理解していたから。

 

 

 

 

 

 

僕達三人、生まれた日は違っても、死ぬ日は一緒。

 

 

 

 

 

新たに加えられた、もう一人のクラスメイトによる同じ覚悟を持った血の宣誓。

そうして、雨涵の手元に一枚で二枚分となる誓約書が、示された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…もう一度、もう一度だけ……聞かせてくれ」

 

「なんで……こんな、私に…命を、賭けて、くれるんだ………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「友達、だから」」

 

 

 

「!」

 

 

 

「やっぱり…それに尽きる、かな」

 

「そうね……これ以上の理由は、いらないわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ア、リス………ユージオ…!」

 

 

 

雨涵の瞳から、大粒の涙が次々と溢れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、雨涵に恐怖はなかった。

 

 

この二人が、いてくれるなら。

 

 

 

この二人と、一緒なら。

 

 

 

 

私は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達三人、死ぬときは共に。

 

 

ありがとう

 

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