元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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お知らせ① 次々回更新の際、当小説のタイトルが数文字変更になります。
お知らせ② 次々々回更新の際、活動報告にキャラクター紹介を載っけます。


第十七話 Two Wishes

実質的には初となる、隊長格直々の授業。

しかも檜佐木が授業の内容として選んだのが「歩法」だということを伝えられると、三人の院生は微かに色めき立った。何せ、歩法といえば最初の頃に「お前達にはまだ早い」として、授業として組み込まれることはなかった技術だからだ。

 

 

「えっ、それじゃあ…『瞬歩』を教えてもらえるんですか!?」

 

「そりゃ、お前達にはまだ早えよ」

 

 

あっけからんとした感じで最初の頃と同じ否定のセリフを吐かれ、ユージオは危うくずっこけるところだった。「歩法=瞬歩」だと思い込んでいた二人…ユージオとアリスはなんとも納得いかなそうな顔をしたが、その思い込みそのものが間違いだと、檜佐木は諭した。

 

「そうだな…」と檜佐木は考え込む様子を見せたと思うと…ふと、背後に立つ…というより大半が崩れ去っている霊術院の方へ視線をむけた。そして…その後の檜佐木の行動に、ユージオとアリスはあんぐりと口を開けることになる。

 

 

まず檜佐木は自分の身長の倍近いジャンプをし、地上から一気に二階部分の高さの瓦礫部分まで飛び乗る。そして、そんなジャンプを軽々と数回繰り返す。元は五階の建物だった霊術院が崩れ、辛うじて突っ立った一部の高さが四階相当になっている程度ではあるが…檜佐木はその四階相当の部分に、ほんの数回のジャンプで到達してしまった。

 

 

地上より遥かに高い位置に楽々と立った檜佐木は、下の霊術院生達にこう呼びかけた。

 

 

「俺で大体4~5秒くらいか……よーし、じゃあお前ら! 多めに見積もって10秒でここまで登ってこーい!」

 

「「む、無理ですー!」」

 

 

そんな檜佐木の声に、ユージオとアリスは思いっきり諦めの言葉を吐いた。普段から対抗心の高い二人といえど、できることとできないことの境目はそれなりについている。ちなみに隣の雨涵は大体展開を察しているのか静かに視線を遥か上に立つ檜佐木に向けているだけだ。そして檜佐木はその四階の場所から軽々と着地してみせると、「冗談だ」と言って軽く笑った。

 

 

「ま、これでわかったろ。歩法というのは何も瞬歩だけを指すものじゃねえ。足裏の霊圧をコントロールすることで、さっき俺が見せたような跳躍とか、敵の攻撃を迅速に交わす回避行動ができるようになる。これができるか否かで、戦闘の質が格段に違ってくるぞ」

 

「とはいえ、瞬歩抜きでもそれなりに高めの技術であることには間違いねえ。本来は霊術院の四回生辺りから習い始めるからな。習い始めの勢い余った連中が壁や天井に突撃して怪我するのが風物詩になっちまってるくらいだ」

 

「だが…他の死神からも、お前らは優秀と聞いている。だから、今日は『歩法』を教えようと思ったんだ。無論、自信がないなら断っても大丈夫だが…」

 

 

「いえ、お願いします! 僕達に歩法を教えてください!」

 

「ええ、私たちなら必ず歩法をモノにしてみせます!」

 

「……お願いします!」

 

 

 

「…おう、その意気だ!」

 

 

目に見えてやる気満々の三人を見て、檜佐木はニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

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「ぜぇ…ぜぇ…げほっ」

 

「はぁ…はぁ…」

 

「…二人とも、大丈夫か?」

 

 

壁に寄りかかり、足を伸ばして座りこんで息を切らすアリスとユージオ見て、雨涵は心配そうに寄り添う。後方では檜佐木修兵が、額に手を当ててため息をついていた。

 

 

ジャンプというのは、思ったよりも疲労するものである。何十回と繰り返していけば特に実感しやすいが。ましてや足裏に霊圧を込めた歩法の訓練となれば、力加減を把握できていない間は何倍も疲れやすくなるというもの。そんな未熟な訓練の犠牲者が、アリスとユージオであったという訳だ。

 

 

「だから言ったろ。お前ら二人は力み過ぎだって。ジャンプの高さ競う大会やってんじゃないんだぞ」

 

「うう…すいません…」

 

「だって! 雨涵なんてあんなに軽々と跳んでて…」

 

「あれも全部足裏の霊圧を的確にコントロールしてるからこそ、だ」

 

 

同じクラスメイトから羨ましさ九割 嫉妬一割の視線を受け、雨涵はちょっと困ったように視線を逸らした。確かに、雨涵は檜佐木を唸らせるほどの軽々しく高いジャンプを繰り返してみせた。ユージオとアリスはそれに触発されて張り切りすぎた感は否めない。

 

 

「厳しい言い方をするようだが、アリスとユージオ…お前ら二人はまだ雨涵を目標にするには早すぎる。雨涵(こいつ)は着地した時の安定感を除けばもうほぼ完璧だ。もう瞬歩の特訓に進んでもいいくらいな。それに引き換え二人はまだ基礎がなってねえ。足裏って一口にいっても、指先、かかと、土踏まず。どこにどの程度霊圧を込めるかで勢いとバランスが変わってくる。まずは意識しながら、そうした調整をできるようになって初めて基礎が成り立つってもんだ。まずはそこをしっかりと練習しろ。雨涵にも手伝ってもらいながらな」

 

 

「「は、はい!」」

 

 

こうして初めての歩法の授業は、アリスとユージオにとっては雨涵に大きくリードされる形で終わった。この日を境に雨涵はアリスとユージオにとっての歩法の先生であり、それでいていつかは超えるべきライバルみたいな扱いとなった。詰まるところ、いつもの関係である。

ユージオは、アリスと雨涵にとっての斬術の先生兼ライバル。アリスは、ユージオと雨涵にとっての鬼道の先生兼ライバル。そして雨涵は、ユージオとアリスにとっての白打の先生兼ライバルだった。それに新しく歩法の内容が加わったというだけのこと。霊術院 第2218期中途入学生の三人は、互いに互いの長所を生かして補い合っているのだ。

 

 

 

 

 

「お、そうだ。今日の授業も終わったことだし、お前らに渡すもん渡さなきゃな」

 

 

そういうと檜佐木は後ろに置いていたバッグを手に掲げ、そこから三つの布袋をそれぞれ取り出した。そして、一体何なのかと期待を不安の入り混じった視線を投げかける三人の院生それぞれにグッと押しつけた。その際のジャラリという幾多の金属が重なり合う音。受け取ってみればズッシリとした重量感。

 

 

「あ、あのう……これは?」

 

「金だ金。遠慮せずしっかり取っとけ」

 

「え、ええ!? お金!?」

 

 

隊長格と出会っても驚かなくなってきたユージオではあったが、突然お金を渡されれば流石に驚く。袋の紐を開けてみれば確かにそこには紐に通された銅貨や銀貨、そして少なからずの金貨がうねっていた。雨涵とアリスも驚きに目を見張るばかりだ。

 

 

「檜佐木さん…ひょっとして私達のために…? いいえ、“がそりん”とか”ぎたあ”とかの”ろーん”で金欠だって言ってた檜佐木さんがこんなに用意できるわけないわ! どうしたんですか? このお金……」

 

「く…流石アリス。よく俺の現状を覚えていたな…。まあお前の言う通り、確かに俺の金じゃない。これは、お前達三人が正当に稼いだ金だぞ」

 

「え……私たちが、稼いだ?」

 

「そうだ。しっかり働いたんだろ? 真央図書館で」

 

 

そうやって檜佐木副隊長に諭され、三人はそれぞれ虚を突かれた表情で顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

三人とも、あの仕事は完全に授業の代わりという認識でやってたので、まさかあの仕事に給料が発生するとは夢にも思ってなかった。

 

 

「本当は霊術院のたった三人の生徒であるお前らにインタビューもしていきたいんだが…アリスも言ってた通り、俺はあまり時間がないからそろそろ行くぞ。せっかく自分の力で稼いだ金だから、今日はそれ使ってどっか遊びにでも行ったらどうだ?」

 

 

 

 

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「遊びに、だなんて言われてもねえ……雨涵、何かいい場所知ってるかしら?」

 

「…いいや。あまり瀞霊廷は回ってみたことないからな」

 

 

檜佐木が去った後、思いかけず財産ができてしまった院生達は銘々お金の袋を抱えながら話し合っていた。ただ、”遊びに”だなんて言われても、銭湯や弁当屋くらいにしか行ったことないこの三人には瀞霊廷のどこにどのような娯楽施設があるのか全く分からない。雨涵は確かに瀞霊廷暮らしが長いが、家柄の関係であまり出歩くことはできていなかった。

 

だが、ここでユージオが勢いよく手を挙げた。

 

 

「ねえ! なら僕、一度行ってみたいところがあるんだけど…!」

 

 

何やら興奮の色を示すユージオに、二人の女子院生は揃って眉を持ち上げた。

 

 

 

 

 

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そんなこんなで、三人が辿り着いたのは……甘味処であった。

 

 

「はむっ……ああ、美味しい〜!」

 

「…そんなに、甘いものが好きなのか?」

 

「それはもちろん! 僕、甘いものとっても大好きなんだよ!」

 

 

みたらし団子を一気に頬張るユージオの顔は、この上なく幸せそうな顔をしていた。おそらくアリスどころか雨涵が見た中でも一番幸福を表している表情であろう。

実のところ、この甘味処に来るのは三人とも初めてではない。ある日、アリスの夜の散歩に二人が付き合った際に偶然見つけた場所でもあるのだ。その際は当然お金なんて持っていなかったために何も買えないはずなのだが、ユージオの顔を見たその店長が団子を一本ずつ三人に提供してくれた思い出がある。夜の出来事だったため二人はそのユージオの顔をよく見てないのだが、余程物欲しそうな顔をして店頭メニューを見ていたのだろう。ユージオの表情の豊かさは随一だ。

 

アリスも雨涵もここの存在は今日まですっかり忘れてしまってはいたが、ユージオだけはしっかり覚えていたようである。そして…今日というこの日、二人は一つ確信したことがある。

 

 

「すいません! これと…これも下さい!」

 

((ユージオは……超がつくほどの甘党だ))

 

 

アリスは抹茶の和パフェ、雨涵はクリーム白玉ぜんざいをそれぞれ食べて終わりにした。しかしユージオはそれ二つを食した上で更にあわ餅しるこや三色アイス、普通のおしるこやみたらし団子まで平らげた上にまだ追加注文をしようとしている。今まではいつもの弁当屋で買った弁当を食べているとこしか見たことがなかったため、この事実は二人にとって新発見であった。

 

 

「そんなに食べたら絶対太るわよ、ユージオ」

 

「止めないでアリス…! 僕、甘いものをお腹一杯食べるのがずっとずっと夢だったんだ…!」

 

「そ、そんな想いがあったとは……というか、まだお腹一杯になってないのか…?」

 

 

一瞬訝しんだ雨涵だが、追加で届いたおはぎや羊羹も全くペースを崩さずに食すその様子を見てしまえば、瞠目する他ない。あれだけの胃袋の容量が平常運転だとしたら、普段の弁当じゃいつもお腹を空かしていることになるはずだが…いや、ユージオにとっては甘いものは”別腹”だと考える方が自然だろう。それでも大層な”別腹”であることには変わりないのだが。

 

それでもおはぎと羊羹をお腹に収めたユージオは、流石にお腹一杯になったのか椅子の背もたれに思いっきり体を預けた。

 

 

「ふう……お腹一杯。僕は今、凄く幸せを実感してるよ…」

 

「それはよかったわね。でも、もし今晩偽者が現れた時にそんな膨らんだお腹で鈍重に動かれちゃ困るわよ」

 

「安心して! 寮に帰ったら寝て鍛錬して、しっかりとエネルギーに変換しとくから!」

 

 

また本で仕入れた知識と横文字を使い、グッと親指を立てるユージオ。ちなみにこの仕草もまた小説から学んだものである。そんなやりとりを聞いて、雨涵の顔は少しだけ曇った。

 

 

「…今日は休んだらどうだ? せっかく授業のない休日のようなものなんだからな」

 

「ダメよ! そういう日に限って偽者が現れるかもしれないのよ!」

 

「そうだよ。あ、雨涵は休んでも大丈夫だからね。これは僕らの仕事なんだから」

 

「……あ、ああ」

 

 

そうじゃない。

自分が休みたい訳じゃなく、ユージオとアリス達に休んでほしい……そう思ってものは試しと言っていたのだが、二人の決意は想像以上に固い。ひょっとすると、誤解による結構な騒動に発展する原因となった偽物に対して、敵愾心のようなものも抱いているのかもしれない。

ただ、流石に毎晩交代で番をするのは明らかに健康に悪い。いくら仮眠しているとはいえ生活リズムが崩れればロクなことにはならないことは明らかだ。ただでさえ大分前に目のクマを指摘されたばっかだというのに。

 

 

会計のために大量の環を取り出すユージオを見ながら、雨涵は思案を重ねた。

 

 

 

 

 

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「…縛道の三十六 融幕(ゆうまく)!」

 

グッと右手の拳をアリスが握りしめると、一瞬だけ彼女を中心として透明な幕のような何かがブゥーンと広がったかと思えば、やがて部屋の外まで広がったのを境として見えなくなった。

 

 

「アリス、これは何?」

 

「ふふ、これがずっと練習してた成果! この鬼道で寮全体を包み込むことで、もし寮に侵入しようとする人がいたらすぐに私が感知できるようになるのよ!」

 

「へえ…! ということは、もし偽物がこの寮に侵入してこようとしても…!」

 

「そう! 必ず先手をとって捕まえることができるわよ!」

 

 

 

「…二人とも、ちょっといいか?」

 

 

定例の『ユージオ&アリスの偽者捕獲大作戦会議』において、新しい鬼道をお披露目しているアリスと感心しているユージオ達に対して、雨涵は手を挙げて二人の注目を集めた。

ちなみに、定例と言っても今回の会議はちょっと時間がズレている。いつもなら会議→仮眠→銭湯・夕飯→夜の張り込みといった流れとなるのだが、今日は仮眠→銭湯・夕飯→会議←イマココ という順を辿っている。なぜ仮眠が先になったのかといえば、お腹一杯になったユージオが寮に帰るや否や眠気にノックアウトされてしまったからである。つまり今の会議は張り込み直前会議ということになる。

 

 

「今日の張り込みについてだが……しばらくは、私一人に任せてもらえないだろうか?」

 

「「え?」」

 

 

二人揃って間抜けな声を上げるユージオとアリス。その表情をみた雨涵は、この時点では自分の提案は絶対通らないであろうことを察した。なので、二人が口を開く前に手で制止の合図をしつつ、言葉を続けた。

 

 

「最近考え直したことなんだが…二人も考えて欲しい。私が偽者を目撃した時の状況を」

 

「状況…?」

 

 

首を捻るユージオ達に、雨涵は勿体ぶらずにすぐに答えを示す。

 

 

「私が偽者の二人を目撃した時……ユージオとアリスは、どうしてた?」

 

「どうってそれは……寝てたわ。私もユージオも」

 

「そう、二人は寝てた。二人が寝てた時に私が一人起きていて…その時に、偽者を見つけた」

 

 

ここまで順序立てて説明すれば、二人にも容易に察しがつくというもの。アリスは顎に手を当てて思案するように呟いた。

 

 

「つまり、私達二人が寝ている時に偽者が出現するかもしれないってこと…? 偽者は、そんな法則的に出現するものなのかしら?」

 

「まあ、私達は便宜上『偽者』と呼んでいるが…ひょっとしたら、二人が同時に寝ている時だけ現れる”人格”が、正体かもしれないしな。今まで試してない以上、やってみる価値は充分にあると思うぞ」

 

「…でも、雨涵一人で寝ずの番なんて、大変じゃない? 無理するのはあまりよくないよ」

 

 

一方ユージオは、その張り込みの可能性よりも雨涵の体を心配しているようだ。雨涵は「こっちのセリフだ」とツッコミたかったが、話が拗れてしまうことを考慮して、そのツッコミはグッと飲み込むことにした。代わりに、雨涵は二人の心配を払拭するかのようにこう言った。

 

 

「何も一晩中起きている訳じゃない。最初は普通に寝て、途中で起きて廊下を歩いて確認しに行くってだけだ。あの日の夜と同じようにな。数回様子を見てダメだったら素直に寝るさ。そしたらまた明日からいつものように三人で見張ろう」

 

 

 

 

 

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そんな訳で、夜。

雨涵は胸元から感じる振動をきっかけとして、目を覚ました。

 

 

振動を発していたのは、薄型の目覚まし時計。これは寮の備品ではなく、雨涵の私物。それも今日手に入れたものだ。あの甘味処の帰り道にあった店で手に入れた、瀞霊廷の中では珍しく最先端に近い技術を持った商品である。お金の出所はもちろん檜佐木からもらった給金だ。

 

音を出さないモードのまま微かに振動を続ける目覚まし時計のスイッチを切り、ゆっくりと枕元においた。そして寝巻き姿のままベッドから起き上がった。極力足音を立てずに歩くのは、毎夜の見張の時と同様。それでいて彼女がまず向かったのは、隣の部屋。こちらも極力音を立てないようにドアノブを握って、微かにドアを開く。ある程度暗くて遠くても、奥のベッドで寝息を立てる金髪の少女の姿はしっかり確認できる。

 

静かにドアを閉めた雨涵が続いて向かうのは、更に隣の部屋。同じように音を立てずに静かにドアを開けて中を確認すると、さっきと同じように寝息を立てる少年の姿がある。その寝相が少しばかり悪いという事実は、共に夜の張り込みを始めてから知った事実でもある。とりあえず二人分の寝姿を見て安心しきった雨涵は、弛緩したように一度座り込んだ。というのも、今回提案した「雨涵たった一人での張り込み」は実質アリスとユージオをしっかり眠らせるために提案したようなものだからだ。

 

 

アリスとユージオが、雨涵の見つけた偽者を捕らえることに半ば躍起となっている理由はよくわかる。あの光景で雨涵が勘違いを起こしてしまったことで、小さくないトラブルに発展してしまったからだ。だが雨涵にしてみれば、それでアリスとユージオが躍起になる必要はないと思う。偽者がどういう意図であんなことをしていたかは分からないが、結局のところ雨涵が勘違いをしなければあんなトラブルは起こらなかった。躍起にならないといけないとしたら、それは雨涵の方であろう。

 

今のところ偽者は姿を現す様子もないし、院生三人に何らかの害が及んでる様子もない。そして何より、もし同じような光景を目撃するにしても、雨涵は絶対に間違いや勘違いを犯さないと、100%の自信を持って言える。故に、そこまで偽者問題に必死になることはないと思う。

 

でも当のアリスとユージオが一歩も退かず、真相究明に全力を尽くすべきというスタンスを決して崩さなかったため、仕方なく上手く言いくるめて、二人に一晩だけでも充分な睡眠をとってもらおうとしたのだ。だから、二人の説得に使ったあの論理は、形だけのものに過ぎない。

 

 

まさか、ちょっと見張る人を変えたくらいで、今まで一切姿を表さなかった偽者が都合よく現れる訳がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、思っていたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下にいる雨涵の耳に微かな話し声が届いた瞬間、

彼女の弛緩しきっていたはずの体は一気に硬直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるでロボットダンスのようなぎこちない動き方で立ち上がった雨涵─それでも音は出さないように意識しながら─は、もう一度目の前のドアを開けた。

 

 

 

いる。

彼─ユージオはベッドでスヤスヤと眠りながらも、ベッドからはみ出た右手がぶらぶらとしている。あのぶらついた腕の重みでベッドから転げ落ちやしないかとは心配ではあるが、今はそんな場合ではない。

 

 

続いて、雨涵は隣の部屋をもう一度確認する。

 

 

いる。

彼女─アリスは、規則正しい寝息を立てながら、行儀よく寝ている。雨涵が扉を閉める瞬間、「うーん」と微かな声を漏らしながら寝返りを打つところもしっかり見た。

 

 

 

では…………?

 

 

 

 

雨涵は、確認したアリスの部屋から…二つ分離れた部屋の前まで、進んでいった。そしてその度に、耳に入る微かな話し声は……内容こそ聞こえないものの、彼女の鼓膜を確実にくすぐっていた。それと同時に、もはや自分もうるさいと感じるくらい、自らの心臓の鼓動が激しくなってくる。

 

 

扉の前に立った雨涵は……あの日と同じように、ドアノブの鍵穴から部屋の内部を覗いた。

そして、またもやあの日と同じく…覗いた部屋の中は月光で満たされており………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いる。

 

 

 

 

 

あの日と、同じように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

亜麻色の髪を持つ()()()()()()()()()()を持つ金髪の女性の姿が、月明かりに照らされていた。

 

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