「「ちょっと、それってどういうこと!?」」
「…分かった分かった。順を追って、説明するから…」
ずいずいっとクラスメイト達に詰め寄られた雨涵は、どうどうと二人を抑えつつより詳しい説明を確約する。一方、後ろで縛られたままの青年ユージオとアリスは、ただ平然とした表情で院生三人の様子を静かに見つめている。今の雨涵ならば、この青年達が突然拘束されようが刀を突きつけられようが、一切怯えたり恐怖したりしなかった、その理由がよく分かる。なぜならこの青年二人は、その気になればいつでもこの拘束を抜けだせるだろうから。
ゴホン、と咳払いをして迫りくる院生達を前にして、改めて話を開始した。
「まず思い出して欲しいのが、ユージオとアリスが始めて出会った時。ほら、初対面なのに二人名前を呼び合って…」
「ああ…」
「あれ…ね」
二人は雨涵の言う通りに思い出したが、今思い出しても小っ恥ずかしいのか、また頬が微妙に赤くなってくる。ちなみにその後ろの青年二人は、『初対面なのに二人名前を呼び合って……』の先で一体何が起きたのか、すごく気になると言った表情をしている。
「二人が記憶を取り戻した瞬間がある…と仮定するなら、あの時を置いて他にない。『二人の体が勝手に動いた』というのも、蘇った本来の記憶が無意識に体を動かしたんだろう」
「記憶が…体を動かしたの?」
「ああ。このお二人を見れば納得だろう? 夜な夜なキスをするような間柄だ。そんな間柄の二人の記憶が影響して、お互い名前を呼び合って抱きあうくらい起こっても不思議じゃない」
「ちょ、ちょっと待ってそれは違う! 違うんだよ!」
「そうよ! 夜な夜なキスなんかしてないっ! あの時のたった一回だけなんだからっ!」
雨涵の言葉を受けて、今まで静かだった後ろの青年達から否定の言葉が飛んでくる。実を言うと、あの二人が本当に夜な夜な情事に耽っていたのか確かめるため、微妙に確認のための言葉を織り交ぜてみたのだが、否定の言葉が飛んできたことで少し安心した。雨涵は「分かりました、分かりましたから…」と後ろの青年達もどうどうと抑え込んでから、またクラスメイトに向き直った。
「とにかく、記憶が戻ったと仮定するなら…あの時を置いて他はない。だが…二人の記憶は結局戻っている様子はなく、名前を呼び合って抱擁しあってたのに初対面、という奇妙な状況になった。これはどういうことなのか。記憶が一瞬だけ戻って、またすぐに失われたとでも言うのか? 全く不自然だが、当時はそう考えるしかなかった」
「でも…今日の出来事を経て、私の考えが間違ってると分かった。アリスとユージオは、確かにあの時に記憶が戻って…今日に至るまでずっと、その記憶はあったんだ。”斬魄刀”の中に」
そう言って、雨涵は微かに視線を下げた。その視線の先には、二人の院生が握る斬魄刀。アリスとユージオは、改めて自分の目線まで手元の斬魄刀を持ち上げてジッと見つめ、その後に向こうの青年二人を見つめる…という行為をなんとなく数回繰り返した。
雨涵の説明は続く。
「知っての通り、浅打とは己の魂の精髄を写しとるための刀。そうして魂が写り、自己化を成し遂げた斬魄刀には意志が宿る。いわば”もう一人の自分”とも言える魂が宿るための器、と言い換えることもできる」
「過去の自分の記憶と人格…それを”もう一人の自分の魂”と考えるのならば……彼らが浅打に宿ったしても、不思議ではない」
「言われてみればそうだけど……そっか、だから斬魄刀の自己化が…」
「ああ、本来なら数年かかるはずの自己化が一瞬で完了したのが何よりの証拠。寝食を共にして新しく魂を写しとる必要がなかったからだろう。浅打に写しとれるもう一つの魂が既に、二人の中にいたのだから」
初めてアリスが仲間に加わったあの日に起きた不可解な出来事。それについて雨涵は少なからず頭を悩ませていた。あの時の自分はあんまり気にしてはいなかったが、理論派の雨涵からしてみれば、解決できずにモヤモヤしていた謎の一つだったんだろう。自分の推理を披露する雨涵は、心なしか表情が晴々しているように見える。
ユージオの方は、晴々とまではいかなかったが…一つ納得したことがある。それは、流魂街に来たばかりの頃のこと。
あの頃のユージオは、心に穴を抱えていた。記憶とは違う感覚。大切な誰かを失い、人間としてのピースが欠けてしまったような気持ちを抱きながら生きていた。だけど…そんな喪失感は今となっては綺麗さっぱり消え去っていた。
霊術院生徒としての日々が忙しいあまりに全く自覚ができていなかったが、一体いつを境目として心の喪失感が消えていたのか…今改めて考えてみるとはっきり分かる。つまりは、ユージオの本当の記憶が戻った時。アリスと出会って体が再会を喜びあったあの時に、喪失感は消え去ったのだ。
「…ちょっと待って。でも、おかしくない?」
ユージオに一つの納得をもたらした雨涵の推理に、今度はアリスが待ったをかけた。
「私たちの過去の記憶が斬魄刀に宿る…その理屈はよく分かるわ。でも…あの人達が具象化してるってのはどういう理屈なの? だって、私たちは始解すら習得してないのよ?」
「……それは…そうだな。そう、それだけが唯一、私にも理屈がつけられないんだ。本来なら、アリスもユージオも到底具象化なんて習得できる段階ではないことは確かだ。だが…あの二人が、斬魄刀の具象化であるというのもまた、確かではある」
そう言って雨涵は、また青年達に近づいた。ただし今度は、院生ユージオの腕を引っ掴んで引きずる形で。「う、わわ」と微妙に慌てる院生ユージオに構わず、青年ユージオに対して「失礼」と一言断ってから、掴んだユージオの手ごと自らの腕をその体に向けた。すると…院生ユージオの手は普通に青年ユージオの頭の上に乗ったが、雨涵の手だけは彼の体を抵抗なくすり抜けた。
「…このように、この人の体を私の手はすり抜けて…ユージオの手だけは普通に触れる。この人がユージオの斬魄刀の具象化であるという何よりの証拠だろう。『具象化した斬魄刀は、その持ち主同士としか干渉し合えない』というのも、教科書に載っていたことだしな」
「……うーん、そうみたい…よね。実感はわかないけど…」
院生のユージオが青年のユージオを、院生のアリスが青年のアリスを鬼道で捕まえられたのも、今考えてみれば教科書に載っていたその法則があってこそと言える。もしユージオとアリスがそれぞれ逆にターゲットを絞っていたら、鬼道はなんの抵抗もなくすり抜けるだけに終わっていたはずだ。
目の前の青年達が斬魄刀の具象化であるという事実はなんとか理解できても、やはり理屈が分からないのは理論派としてもどかしいのか、雨涵は眉根を寄せて、考え込むように口をひき結んだ。そのお陰で雨涵の手から解放されたユージオも、ちょっとだけ首を捻った。決して自分は理論派という訳ではないのだが、自分がなぜ斬魄刀の具象化ができたのかという点は、アリスと同じように実感がわかないのが正直なところ。
だが、ユージオはそうやって感じた疑問に対し、なんとも直接的な方法で解消しようと試みた。
未だ大人しく縛られたまま座っている青年ユージオに対し、院生ユージオは目線を合わせて問いかけたのだ。
「あのう……あー、えーっと…ユージオ、さん……は、さ。どうやって具象化したんですか?」
「え? あ、僕? ぐしょうか、って言うのは…」
「ほら、貴方達がこうやって…その…今みたいな体を持って現れることです」
「あ、ああ……そうか」
自分と同じ顔……いや、より正確にいえば”同じ人間”同士の会話になるのだろうか。だが、こんな奇妙な経験はどっちのユージオにもないものらしい。自分より年齢の高いもう一人の自分を「ユージオさん」と呼ぶ霊術院生ユージオも、「ユージオさん」と呼ばれた青年のユージオも、二人とも言葉が
「えーっとね…とりあえず僕らが何をするにも大事なのは想起…もとい『心意』なんだ。僕が目覚めたあの”世界”…その外へ出るという強い意志を持って、この世界にいる自分を明確に心の中で思うこと…それが全てかな」
「………?」
具象化した本人に直接聞いてみる、という手を使ってみたはいいものの…何も進展することはなかった。青年達の最初の自己紹介と同じく、言ってることの理解が追いつかなかったからだ。それでも何とか説明を咀嚼しようと考え込む、でも結局よく分からずに首を捻る、という行為を数回繰り返していると、自分の説明の悪さにちょっといたたまれない気持ちになったのか、青年ユージオは慌てて言葉を捕捉する。
「あー…多分、僕よりもアリスに聞いた方がわかりやすいんじゃないかな…。僕も最初からできた訳じゃなくて…その、アリスに教えてもらって…やっとできたって感じだから」
「あ、アリス……さん、が? え、ちょっと待ってください。教えてもらったって…どうやって?」
「どうやっても何も…普通に毎晩、ユージオの元へ行って教えてあげただけよ」
突発的に湧いて出た院生ユージオの疑問に対し、向こうの青年アリスから至極当たり前のように平然とした答えが返ってきた。だが、疑問に対するその答えによって新たな疑問が生まれたことを、今度は院生アリスが指摘を始める。
「毎晩…? でも私達は夜はほとんど交代で寝起きしたはずだけど……それっていつの話なの?」
「結構前の話よ。…そうね、大体一ヶ月前とか、それくらいかしら?」
二人のユージオとは違い、青年アリスと院生アリスはなんともスムーズにお互い会話している。それはともかく、一ヶ月前といえば確かに雨涵とのトラブル前…つまり張り込みなど行うことなく、三人とも夜はスヤスヤと安眠していた頃である。それなら毎晩通い詰めて具象化を斬魄刀のユージオに教えていたという話も分からなくはない…が…
(ということは、あのアリス…さんが毎晩僕の枕元に来て、僕の斬魄刀の中にいるユージオさんに話しかけてたりしてた…ってこと?)
あまり気分のいい話じゃないな、とユージオは小さく身震いした。いくら悪気がないとはいえ、その気になればユージオの喉笛を切り裂けるような無防備な時に易々と忍び寄られるというのは。もちろん自分は喉笛を引き裂かれるようなことをした覚えはないし、そもそも具象化状態の青年アリスが自分に触れることはできないはずなのは分かってはいるが…これは気持ちの問題でもある。
「うむ…具象化の話は一度置いておこう。まだあなた達からは、聞きたい疑問がある」
そこで雨涵が手を上げて問題提起をし、その場の雰囲気を一度リセットさせた。そう、この斬魄刀…….もとい、青年のアリスとユージオにはまだ謎が残っている。
「あなた達は、まさかとは思うが……自在に姿を変えられる、のだろうか?」
「え? あ、ああ……そうね。”自在”って言えるほど自由ではないと、思うけどね。私達が姿を変えられるのも…心意の力よ」
その問いに反応した青年アリスは、突如として目と口を閉じた。縛られたままの彼女はスーッと大きく息を吸って…吐き、静かに意識を集中するかのような様子を繰り返した。その動きに院生三人の視線が注目するなか、やがて…その目には驚くべき光景が飛びこんでくることになる。
青年アリスの体が、白くて温かい…光に包まれていく。
そして、ほんの一瞬だけ彼らの視界が光に染まり…それが収まった時、既に変化は終わっていた。
「…こんな感じね。こうして想う姿に変えられるのも、強く念じる事による心意の力によるものよ。もっとも、私にとってはこっちが
そう語るアリスの姿は、光に包まれる前とは様変わりしていた。
もはやその姿は青年とはいえない。彼女を拘束していた白い布は地面に散乱し、パンパンと鮮やかな青いスカートの埃を立って払う彼女の身長は院生アリスと全く同じ。そして、先ほどとは違いその幼さの残る顔つきもまた一緒。
開いた口が塞がらない院生三人を他所に青年から少女の姿となったアリスは、青年ユージオの元に歩み寄った。
「さっ、ユージオも早く!」
「え、僕もやるの? アリスがやったんなら僕がやる意味はないんじゃ…」
「いいから! 心意の特訓だと思えばいいじゃない! ほらほら!」
「……あ、ああ。分かった、分かったからアリス…」
ゆさゆさと体を強く揺さぶられて目を回しかける青年ユージオ。その光景をみた院生ユージオは、なんとなくこの二人の立場の上下というものの想像がついた気がした。
見た目自分よりも小さい女の子に急かされた青年ユージオは、先ほどのアリスと同じように目を閉じて、深い呼吸を繰り返す。アリスと比較するとちょっとだけ長い時間の後…ようやくその姿が光に包まれた。
そしてその光が収まった頃…元々は青年姿だったユージオは、自由になったその小さな体で立ち上がった。
「…なんだか、恥ずかしいな。改めて子供の頃の姿に戻るのは…」
困ったように頬をかくその姿は…もはや服装が違うだけで、完全に院生ユージオと同じものとなっていた。強いて言うならば、院生ユージオの方の髪が少々くせになっているくらいか。元青年のユージオは「恥ずかしい」とは言ったが、目の前でその姿を見る院生ユージオは…とりあえず言葉にするのも難しい感情を抱いていた。「恥ずかしい」もあるし、「奇妙」で「ザワザワするよう」な「不安感」
「ユージオったら、私より大分姿が変わるの遅かったわね。 もっと心意の特訓した方がいいんじゃない?」
「い、いや…アリスと同じくらいは流石に無理だって。アリスなんて…天井に封じられていた状態から、あの時果ての山脈にいたキリトに言葉を届けられたんだろ? そんなに強い心意なんて、僕にはとても…」
「その『とても』がダメなのよ! 心意は想うことが何よりの極意なんだから、『僕にはとても』じゃなくて『僕なら絶対できる』って想うことから始まるの! そしてその想いが強ければ強いほど、早く成し遂げられるんだから! わかったら毎日特訓を怠らないように! ね?」
「…は、はい」
相変わらず言ってることはチンプンカンプンだが、何やらアリスがユージオに練習を急かしているようなことは読み取れた。その様子をみた雨涵は「…似てる」と小さく呟き、その呟きを拾った院生アリスが「え? 何が?」と聞き返す。一体何が似てるのかは院生ユージオもよく分かる。鬼道の指導をする院生アリスと、今向こうで少年ユージオを急かす少女アリスの様子はよく似ている。たまにアリスから精神論に近い感じで鬼道のアドバイスをされた院生ユージオも大体「は、はい」と押され気味に返事をしてしまう。
「…理屈はよく分からないが、とにかくお二人が姿を変えられるというのはよーく分かった。…そろそろ、最後の質問をさせてくれ」
「お二人は…結局のところ毎晩何をしていたのだ?」
またもこの場の雰囲気を切り替えた雨涵の質問に、今は少年の姿であるアリスとユージオ…二人の視線が院生達へ向く。
「…話し合ってたわ。ずっと」
「うん…この世界が、なんなのか。僕たちは、どうなったのかということを…」
「…キスも、話し合いの一部なのかしら?」
「まあアリス。その話はいい加減置いといてやれ…」
ジト目でキスの件をボソリと呟く院生アリスに、それを聞いて微かに脂汗をかく少年姿のユージオ。そんな様子を見て呆れたように院生アリスを引き戻す雨涵。続いて、院生ユージオが質問のために手を挙げた。
「話し合ってたって…毎晩? でもここ最近はずっと、現れてなかったはずだけど…」
「ええ。確かに最近は話し合えてなかったわ。今日は随分久しぶり。だって、最近のあなた達はずっと夜中に起きていたみたいじゃない」
「…それって、どういう」
「僕らは、君達二人が眠っている時を見計らって…外に出るようにしてたんだ。この世界が僕らにとってどういうものか分からないから…念のため、誰にも接触しないように気をつけるようにしてたからね」
君たち二人…つまり院生のアリスとユージオが寝ている時に、青年アリスとユージオは具象化をしていたということらしい。それを聞いて、院生三人の脳内での疑問が一気に氷解した。毎夜の見張り番の時は二人起きてて一人は仮眠、というシフトを組んでいた。これではアリスとユージオが同時に眠る瞬間は訪れない。だから何日間見張ろうとも、目的の人物は現れなかった。実に骨折り損だったという訳だ。そして奇しくも、アリスとユージオを休ませるための方便だった雨涵の作戦が、まさかのビンゴだったということになる。
「ということは…あなた達の”世界”から、外の様子が見れるということか」
「…いいえ、あまり見える訳じゃないわ。せいぜい、外から声が聞こえるか聞こえないか程度よ。聞こえるにしても…内容はほとんど聞き取れないわね」
「「…世界?」」
院生のアリスとユージオは、気になるキーワードを耳にして首を捻った。そんな二人を前に、雨涵は説明を加える。
「このお二人は斬魄刀の身だ。そんな二人が話す”世界”と言えば、十中八九精神世界のことだろう」
「精神世界…ああ、そう言えばそんな名前だったね。確か、精神世界で対話するために”刃禅”というやり方がある…って書いてあったような…」
「…そうだ。いいこと思いついたわ!」
話を聞いた院生アリスは、突然ポンと手を打った。
残る院生二人は、その声の大きさに一瞬ビビって体がピクリと震えた。
「せっかくの機会だし、この際私たちでお邪魔しましょう!」
「へ…お邪魔…って?」
「どこに?」
「それはもちろん この人達のいる精神世界に、よ!」
院生アリスの堂々たる宣言に、残り二人の院生は思わず互いに顔を見合わせて目をパチクリさせる。そんな二人を尻目に、院生アリスは未だ少年少女の姿をしているアリスとユージオ二人の前に立った。
「だって、 あなた達二人は何度もこの世界に来てるんでしょ? だったら私たちも、あなた達が普段いる世界に一度くらいお邪魔したって、問題ないと思うわ。ね?」
にっこりと笑う院生アリス。だが、院生達が自分達が普段いる精神世界に来るという事実に対して全く実感が湧かない少年姿のユージオと少女姿のアリスは、ただただ驚きで目を