元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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ソウルソサエティ・ディサイディング
第二十三話 Becoming own disciple


「おーい、ユージオ君…ユージオ君!」

 

「……んぁ」

 

 

地震でも起きたかと思うほどの振動に襲われ、霊術院生のユージオはその眠たい眼をゆっくりと開けた。彼自身は知る由もないが、その地震並の振動を彼はゆうに3分程受け続けてようやく目を覚ましたのだ。

 

 

「まだ…ねむ…」

 

「眠いのは分かるけど、急いだ方がいいよ。あと十分で先生来ちゃうって雨涵が行ってたよ」

 

「じゅっ…ぷん……って十分!?」

 

 

ガバリと上体を勢いよく起こした上にその勢いでベッドから降りようとした。が、寝起きの身体能力ではその試みは上手くいかず、結果的にはベッドから無様に転げ落ちることになった。慌てて青年ユージオが彼の体を助け起こす。

 

 

「だ…大丈夫かい?」

 

「な、なんとか……や、でも急がないと…起こしてくれてありがとう、兄さん」

 

 

涙目になりながらもヨタヨタと歩き出して身に纏う寝巻きの浴衣を緩め、戸棚にある院生服に手を伸ばした。その様子をみた青年ユージオは本当に大丈夫かなと思わず気を揉んだ。とりあえず彼が院生服を着終わったのを見計らって、青年ユージオは自分が触れられる数少ない品である斬魄刀を、彼に差し出した。

 

 

昨晩は衝撃的な事が起きたせいで、院生ユージオは(ほとん)ど寝ていない。それでも昨日の出来事は、睡眠の時間とは比べ物にならないほど大きなものだった。「兄」と呼べる人が側にいてくれるきっかけとなった、とても大事な時間だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

自力の具象化を習得したもう一人の自分である青年ユージオと、その幼馴染である青年アリス。昨晩、刃禅が終わった後の臨時会議による話し合いの結果、二人の青年の存在はこの霊術院生徒の間での秘密にしようと決まった。始解もしてないのに斬魄刀が勝手に具象化したと先生に知られたら大騒ぎになって大変なことになるんじゃないかとか真面目な理由はあるが、おそらくは子供の間だけの秘密というモノにワクワクするから、という非真面目な理由が一番大きいかもしれない。

 

 

「じゃあ、僕は戻ってるから。授業頑張ってね」

 

「うん…よし! 頑張ってくる!」

 

 

頬をパンと叩いて気合を入れる院生ユージオ。それを見た青年ユージオは一つ頷いてその姿をスッと消した。そしてその瞬間に、院生ユージオの背負う斬魄刀がトクンと脈打つ感触を背中から感じた。彼は斬魄刀の中へ戻ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

院生三人が授業を受けている間、青年二人は斬魄刀の中に戻ることにした。本当は、授業を受けている間でも現実世界に出て自由にして欲しいとは思っているのだが、具象化した二人は斬魄刀本体からあまり遠くへは離れられないのだ。それに、どちらにしろ人目につくのはあまりよろしくない都合上、自由にできるのは院生寮の中くらいだ。なので、彼らが現実世界に出るのは授業が終わった後を主にしようと決めている。

 

 

「ふ…わああ〜…」

 

「あ、授業終わった? …って、大丈夫? 朝は気合入れてたのに…」

 

「それが…気合入れたはいいんだけど、今日は座学だってことすっかり忘れてて…。

眠い時の座学って、本当に辛いって実感したよ…」

 

 

授業が終わったらしいタイミングを見計らって青年ユージオが現れると、院生ユージオは教科書とノートを抱えて自室の椅子でぐったりとしていた。頭がぐらぐらと不安定で、目はショボショボしているようだ。

青年ユージオは斬魄刀の中にいる時は外の光景は見れない。が、声だけは耳を澄ますことで聞きとることができるので、外の様子は大体分かる。それゆえに授業の終わりを察して外に出ることができたのだ。

 

 

「そ、そっか……大変だね。ちょっと眠った方がいいんじゃない?」

 

「いやあ…この後はアリス達と斬術と白打の特訓をすることにしたんだ。体を動かせば、そのうち眠気も飛んでいくんじゃないかってさ」

 

「特訓…か。ねえ、僕もその特訓見てもいいかな?」

 

「もちろんだよ。だけど、特訓は外でやるから…一応、気をつけてね」

 

「うん。いざとなったらすぐ剣の中に隠れてるから」

 

 

院生ユージオは教科書とノートを文机の上に置き、ストレッチするように体をグッと伸ばすと青年ユージオと共に部屋から出た。

 

 

 

 

 

そのまま霊術院前までいくと、既にクラスメイト二人は先に待っていた。

 

 

「遅いわよ、ユージオー!」

 

「………」

 

 

早く早くと手招きしている院生アリスに、その隣で佇んている雨涵。端の方では日陰に座っている青年アリスがこちらに笑顔で手を振っている。

おねむなユージオとは対照的に、三人の女子はどこまでも平常運転だった。斬魄刀の身である青年アリスはともかく、クラスメイト二人はとても昨晩ユージオと同じだけ起きていたとは思えないほどだ。その理由として、雨涵は家柄の関係で深夜までの鍛錬を何度も経験をしているから夜には強い。院生アリスは…おそらくは先天的に夜更かしの耐性があると思われる。

 

 

「ゴメンゴメン…それじゃ斬術と白打、どっちからやる?」

 

「私は別に、どっちからでも」

 

「なら、私は白打からやりたいわ。全身くまなく動かすから、ユージオの眠気覚ましにもピッタリよ」

 

「そ、そう…じゃ、いつも通り僕とアリス二人と雨涵の二対一で、いいかな?」

 

「ああ。…二人相手だとそろそろ、加減もしていられなくなるな」

 

「今度こそ、雨涵の本気を引きずり出してみせるんだから!」

 

 

 

院生のユージオとアリスが二人で肩を並べ、雨涵はそこからパッと距離をとって向かい合う。

腰を落として構えるユージオとアリスの院生コンビに対して、雨涵は手をぶらりとした自然体のまま。コンビの二人は先生に教わった通りのオーソドックスな構えであるが、雨涵は自らの家系に伝わる戦闘スタイルを引き継いだ構えだ。ごく短い期間しか教われなかった雨涵ではあまり習熟しているとは言い難いものの、白打という一点においてはまだまだ二人を相手取れるほどの実力を持っている。

 

院生のユージオとアリスが、同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、凄いわね。あんな風に素手で戦うなんて」

 

「ん…僕らの世界じゃ、しようとも思わなかったこと…だね」

 

 

壁に寄りかかって座り、日陰から霊術院生三人の戦いを観戦する青年二人。目の前で戦う三人の動きは、過去に青年達が生きていた世界では決して……少なくとも”人界”においては見られない光景であった。

三人の院生が纏う服は、青年二人にとっては異質なもの。スカートのようにも見えるほどの裾の長いズボンの類に、そしてこれまた袖口が異様に大きくゆったりとした上半身の服。アリスは人界の東域で着られているらしい服と特徴がよく似ていると言っていたが、当然二人とも本物を見たことはない。そしてユージオはアリスと違い、本で読んだ知識だけで服装を推定できるほど想像力が強くはない。

 

とにかく、一見すると体を動かすのに不適ではないかと思われるその服装で、子供三人は実に軽快に動いて戦っている。拳と蹴りの応酬。互いにそれらを防ぎ、反撃し、時には跳んで躱したりすらもしている。軽やかに動いて戦う院生三人のその樣を見て、青年達は一種の美しさすら感じ得る程であったが、心の底からそれを楽しめている訳ではなく…どこか落ち着かない気持ちをも抱えていた。

 

 

なぜなら、彼ら二人の目線から見れば…

互いに”天命”を減らし合っているように見えて仕方ないからだ。

 

 

「この世界ってさ…禁忌目録がないのは分かったけど、ひょっとして…

”天命”の概念までないのかな…」

 

「ないんじゃないかしら? だって、この世界じゃステイシアの窓すら見れない...それどころか、神聖術そのものがないんだから。この世界に私達の神様はいない…本当の別世界なのよ、きっと」

 

 

そう言って、アリスは空を見上げる。ユージオも思わずそれに倣って上空へ視線を向け、その眩しさに目を細める。あの空で自分達を照らす”ソルス”の光は、自分達の記憶と変わらないものに思えるが...あれもまた、この世界では違う存在なのだろうか。

 

 

「僕達の神様がいない世界、か…。改めて考えてみると…なんだか、怖いね」

 

「もう、いないものはしょうがないでしょ。これからは私達の世界の常識に囚われちゃダメなんだから。新しいこの世界の知識をどんどん入れていかないと大変よ、ユージオ」

 

 

励ますように隣にいるユージオの背中をバンバン叩いてみせるアリス。微妙に背中が痛むくらいには力強い励ましだったが、その痛みによって逆にユージオの表層に浮かび出ていた恐怖がいくらか薄れてきたような感覚になった。叩かれた背中をさすりながらも、ユージオは静かに笑う。

 

 

「……はは。強いね、アリスは。

でも…確かにその通りだ。前を向いていかないとね、これからも」

 

 

 

 

 

 

 

半ば自分に言い聞かせるようにして呟いたユージオが文字通り前を向くと、そこではちょうど院生達の決着がついていた。

 

 

「…参った。私の負けだ」

 

「「よっし!」」

 

 

両手を挙げて降参のポーズをする雨涵に、ハイタッチして勝利を喜ぶ男女コンビの姿。

 

「前からユージオと打ち合わせてた作戦が上手くいって良かったわ」としてやったりの笑顔をしているのはアリスだ。二人がかりでも白打で雨涵に後塵を配している現状に対抗心を燃やしていたアリスは、半ば無理矢理ユージオを巻き込んで戦い前の打ち合わせを行なっていたのだ。そして今回はそれがうまく行った形となった。

 

 

「雨涵は大丈夫? さっきはちょっと強く打っちゃったと思うけど…」

 

「…少しは痛むが、まあ急を要するほどのものではない。次の斬術の手合わせは審判に回るから、それが終わってから救護詰所に行くことにするさ」

 

「それならいいけど…無理せず、痛みが強くなったらすぐに向かってもいいからね」

 

 

院生ユージオの気遣いを受け、雨涵は一つ頷くと場所を移動する。それに伴い、院生アリスと院生ユージオの二人も場所を移動する。今まで肩を並べて戦っていたその位置から、互いに向かい合って距離を取る位置へ。

 

 

右肩をぐるりと回し、さらに一度深呼吸してから…背中の斬魄刀に手をかけるユージオ。

半歩だけ左足を後ろに下げて、微かに目を細めながら背中の斬魄刀に手をかけるアリス。

 

 

二人が、同時に刀を抜く。

それでいて、足を踏み出すタイミングもまた、申し合わせたかのように同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

甲高い剣戟の音が、連続して鳴り響く。

 

 

「………」

 

「…混ざりたいの?」

 

「へっ!?」

 

 

その最中、青年ユージオは至って普通に横にいる青年アリスに声をかけられただけだというのに、肩がビクッと浮いて驚いた。

 

 

 

「…な、なにさ突然」

 

「あら。だって随分と物欲しそうな顔して、二人の手合わせ眺めてるじゃない」

 

「………」

 

 

なんだか恥ずかしく感じたユージオは顔を少し赤くした。「物欲しそうな顔」って、自分はどんな顔してたのだろうと思わず右手で頬を触ってしまう。そんな様子をみたアリスはおかしそうに笑った。

 

 

「ユージオ君となら、ユージオは手合わせできるはずよね? 行ってきたらどう? ユージオとユージオ君の戦い、私は結構興味あるわ」

 

「い…いや、いいよ。今の僕は、もう…剣を振る理由なんてないんだから」

 

 

小さく首を振るユージオの言葉を聞いたアリスは…小首を傾げた。

 

 

「…理由がないと、剣を振っちゃダメなの?」

 

「……え?」

 

「子供の頃に、あなたが棒切れ振るって剣術ごっこしてた時は、何か理由があってそうしてた訳ではないと思ってたわ。時々混ざって一緒に遊んでいた私も、ね。理由なんて抜きに、剣に憧れてた。ユージオもそうじゃなかった?」

 

 

虚を突かれたような表情になったユージオは、視線を落として自らの両手をジッと見つめた。子供の頃──三人で過ごすこの時間が永遠だと、疑うことなく信じていたあの頃──僕が剣に憧れたのは、一体いつからだったっけ。アリスの言うとおり、自分が棒切れを剣に見立てて振って遊んでいたあの頃は、何か理由があったのか…いや、確かにないのかもしれない。

 

「もし……私が整合騎士に連れて行かれたせいで、ユージオが私を助けるためにしか、剣を振るえなくなったのだとしたら……」

 

「それは、とっても悲しいことだと思うわ」

 

 

ユージオの視線が、ゆっくりと隣のアリスに向けられる。微かな哀愁を滲ませるその横顔をみたユージオの瞳が歪む。またユージオが俯きかけると、アリスは突如ユージオの頭を片手で引っ掴んでぐいっと上げさせた。

 

 

「ほら、見てごらんなさいよ。あの二人、とっても楽しそうじゃない」

 

 

半ば無理やりという形でユージオの視界に入る、院生二人の戦い。まず目につくのは、ユージオの元いた世界じゃ見たことのない細身の片刃剣。彼らは「ざんぱくとう」と呼んでいたか。それを軽やかに操る院生のユージオとアリスの動きは、驚くくらい速い。木剣ではなく真剣を振るっておきながらも、彼らの動きは棒切れを振るっていた同年代の自分よりはるかに軽やかだ。

 

そんな軽やかな動きの最中に見える二人の表情は…豊かに輝いていた。隙をついたと思い刀を振るうその口元には微かに笑みが浮かんでおり、それが予想外の動きで防がれたと見るや一瞬の驚きに加えてすぐさま次の動きに移るべく表情を引き締める。また押され気味な時には必死極まる表情で体を動かして応戦し、また偶然にも全く同じタイミングで攻撃に転じ、互いの剣が弾かれた時には二人とも驚きと面白みの入り混じった表情をする。そしてまた、再び地を蹴って剣を重ねる。

 

 

振るわれてる剣も、状況も、関係も、ましてや魂も世界も違う。なのに…目の前で剣を振るい合う二人の様子は、子供の頃に棒切れを振るって剣士への夢を抱いていたあの頃の三人と同じように思えて──。

 

 

「まあ、どうしても理由が必要って言うんなら、最初はそれでもいいんじゃないかしら」

 

「理由…か」

 

「そうよ。例えば…そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「一本! それまで!」

 

 

雨涵の鋭い声が辺りに響き渡ったことで、青年二人の注意が改めて正面に向けられた。

そして彼らの視界の先では、手に持った剣を下げながら冷や汗をかいている様子の院生ユージオと、その背後から剣の先端を突きつけてまたもやしてやったり顔の院生アリスがいた。

 

 

「うそ…い、いつの間に後ろを…」

 

「ふっふーん。甘いわね、ユージオ。思った通り、あなたの動きの癖さえ掴めばこっちのものね。作戦を考えてたのは、何も雨涵相手だけじゃないってことよ」

 

 

この上ない院生アリスのドヤ顔が位置的に見えていないはずの院生ユージオは、大層悔しそうに唇をひき結んだ。

 

 

 

 

「例えば…ユージオ君を鍛えてあげるために、一緒に剣を教えてあげるためとか……かしらね」

 

嬉しいような気まずいような、複雑な感情が入り混じった表情で青年アリスは呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「…お疲れ様」

 

「兄さん……いやあ、かっこ悪いとこ見せちゃったな…」

 

 

背中に刀を収めた院生二人の元に、青年二人が歩み寄る。

院生ユージオが困ったように頭をかきながら青年ユージオと顔を合わせる向こう側では、「姉さん! 見てた!? 私、やっとユージオ相手に斬術で一本取ったわ!」と喜ぶ院生アリスを青年アリスがよしよしと頭を撫でているようだ。横目でチラリとそれを見た院生ユージオは何だか慌てた様子で青年ユージオへ言葉を放つ。

 

 

「あ、いや、言っておくけど、アリスとの斬術の立ち合いは今までずっと僕が勝ち越してたんだよ! 今回のは…油断…じゃない、たまたまアリスにしてやられたというか…その…」

 

「……そっか。うん、凄いんだね。ユージオ君は」

 

 

手を小さくパタパタさせて自己弁護をする院生ユージオに、子供特有の可愛らしさのようなものを感じた青年ユージオは思わず向こう側の青年アリスと同じように、目の前の少年姿の自分を撫でた。撫でられた側の院生ユージオはちょっとびっくりした風であったが…悪い気はしないらしく、その頬は少しだけ緩んでいた。

 

 

「ねえ、ユージオ君」

 

「……ん、何? 兄さん」

 

「強くなりたいと、思う?」

 

 

予想外の切り口となる話題が発せられたために、院生ユージオの目が丸くなる。まさか、と何かを期待するような視線を受けた青年ユージオは一歩下がって目の前に右手を掲げた。

 

 

「剣のことなら…君の力になれるかもしれない」

 

 

右手に意識を集中し、心から記憶を思い描く。青年ユージオが今想起しようとしている”それ”は、今やこの世界のどこにもないモノ。彼の記憶の中にしか存在し得ないモノ。それを思い描くというこの行為は…青年ユージオは既に一度経験しているのだ。

 

 

 

──剣に秘められた記憶に触れ、寄り添い、解き放つにはおぬしらの手も目玉も要らん。心の眼があればそれで足りる。

 

 

 

耳奥から遠い思い出の声が聞こえたその瞬間、ユージオの心の眼から解き放たれたイメージが現実世界へ姿を現す。

 

 

 

 

ガシャン!

 

 

 

 

青く薄い光と共に鳴る、重厚な金属音。

彼の右手にいつ間にか握られていた白銀製の柄、煌く青玉で薔薇の花の象眼が施された握りの上部。そしてスラリとしたその刀身は恐ろしいまでにまっすぐで、日の光を反射して薄青く輝くその両刃剣そのものが、氷か青空かの化身かと思うほどに美しい。その美しい剣を手慣れた手つきで握る青年ユージオの腰には、これまたいつの間にか白革製の鞘があった。

 

 

神器 “青薔薇の剣”

 

 

ため息が漏れるほどに美しき剣が突如出現したのをみた院生ユージオの瞳が、一気に輝いた。

 

 

 

 

「…綺麗な剣ですね。御伽話に出てくる伝説の剣みたいだ」

 

「本当…。これが、ユージオ兄さんの剣なの?」

 

 

なんだなんだと興味津々に寄ってきた女子院生二人は、地面に突き刺さったように直立する青薔薇の剣を見て、感嘆のため息と共に感想を漏らした。地面に突き刺さった()()()というのは、実際には突き刺さっていないという意味だ。刀身の先端部分は確かに地面に埋まっているが、肝心の地面には亀裂の一つもできていない。

恐らく、この青薔薇の剣を想起した青年ユージオと同じように、他の物体への干渉ができないのだろう。この剣に触れたりできるのは青年ユージオ当人と…今まさにペタペタと青薔薇の剣のあらゆる所を触って、握って感触を確かめている院生ユージオのみだろう。いや、ひょっとしたら青年ユージオと同じように斬魄刀の具象化である青年アリスも触れるのかもしれない。何せ青年アリスは青年ユージオとキスができるくらいには、互いに触れ合えるということなのだから。

 

 

「そうよー。これは“青薔薇の剣”って言ってね。

ユージオはこの剣を振るって勇ましく戦った…()()()()の剣士なのよ!」

 

「…え」

 

 

青年アリスがとんでもないことを言い出したのを聞いた青年ユージオは、カチンと固まった。そしてその間に、女子院生達にその言葉が浸透していってしまった。

 

 

「なんと…ユージオさんがそこまで凄い人だとは」

 

「なるほど…どうりで、ユージオの斬術の腕が凄まじい訳ね。謎が解けたわ」

 

 

女子院生二人が感嘆しあっている中、

ようやく硬直が解けた青年ユージオが勢いよく青年アリスに迫った。

 

 

(ちょっと! ちょっと待ってアリス! 一体何を言っているのさ!?)

 

(何をって、事実よ事実。あなた、世界最強の整合騎士だったベルクーリのおじさんに勝ったんでしょ? なら、あなたが世界最強の剣士ってことで合ってるじゃない)

 

(え、あ……いやだからって! 僕が世界最強とか…キリトにだって、勝てる自信ないのに…)

 

(いいのよ! この場でそう名乗ったってキリトも許してくれるわよ、きっと。ほら、もっと堂々として。子供たちの夢を壊しちゃダメじゃない)

 

 

こそこそ話の最中、青年ユージオが気まずそうに視線を後ろに向けると…どことなくキラキラした目をした女子院生の二人が、そこにいた。ああいう視線を受けるのは、正直な所心が落ち着かなくて非常に困る。特にアリスと同じ顔でそんな表情されると更に(こた)える。

 

 

「兄さんが…世界最強の剣士。そっか…そういうこと…」

 

 

青薔薇の剣に心奪われていたはずの院生ユージオも、アリスの虚言スレスレの言葉を聞いていたらしく、小さく呟いてはフラリと立ち上がる。ひょっとして、今の言葉を聞いて自分から指導を受ける気になったのかと青年ユージオは思ったが、キッと顔を上げた院生ユージオの口から飛び出してきた言葉は想像の斜め上を行った。

 

 

「つまり…今この場で兄さんを倒せば、僕は世界最強の剣士…!」

 

「え、ええっ!? そっち!?」

 

「わ、大きく出たわね…そういうこと言うの、むしろキリトの領分じゃなかったかしら」

 

 

青年アリスが呟くその言葉に、青年ユージオは心の中で半分同意した。ただ、キリトにしてもここまで突拍子もなく論理が飛躍するかと言われればちょっと微妙な…いや、やっぱり言うかもしれない。「面白そうだな」と挑戦的な笑みを浮かべながら。

 

そんなキリトっぽさを垣間見せた目の前の院生ユージオは、手をピクピク動かしながらも、臨戦態勢に入る様子はない。あのピクピクしてる手は、恐らく背中の斬魄刀に手をかけて挑みかかるか、どうか大いに迷ってるといったところではなかろうか。

 

そんな院生ユージオの手を抑えて落ち着かせたのは、同級生の二人だった。

 

 

「まあ落ち着け、ユージオ。相手は世界最強の剣士だ。これから更に力をつけて、万全の状態になってから挑む方が利口と言うものだ」

 

「そうよ。私くらいに一本取られた今のあなたが、世界最強のユージオ兄さん相手に一本取れると思う?」

 

 

女子院生の制止の中でも後半のアリスの言葉が特に響いたらしく、院生ユージオの喉奥からうぐっと奇妙な音が漏れた。少年姿の自分自身を押しとどめてくれた女子生徒達にはありがたく思うが、あまり世界最強って言葉を連呼しては欲しくないと切に願う青年ユージオ。段々と上がっていく期待のハードルに、青年ユージオのお腹はキリキリと痛み始める。もっとも、彼は「ハードル」という言葉は知らないのだが。

 

そんな青年ユージオの心持ちも知らず─もしくは知った上の意地悪でか─青年アリスは笑顔で院生ユージオの肩に手を置いた。

 

 

「いいこと? ユージオ君。世界最強のユージオを倒したいと思うなら、強い人に弟子入りして自分を鍛えるのが一番よ」

 

「強い、人…それって…?」

 

「いるじゃないの。世界最強に強い剣士が、目の前に」

 

 

院生ユージオは、その言葉に目を(しばた)いて青年ユージオの方を見て…また怪訝な表情で青年アリスの方を向く。そうした動きを数回繰り返してしまうほどに、彼は混乱していた。青年ユージオの方は混乱こそしてないが、青年アリスの無茶苦茶な言い分に頭を抱えたくなった。

 

 

世界最強(ということになっている)剣士を倒すために、

その当人に弟子入りを願うなんて…馬鹿げてるとしか言いようのないことだ。

 

 

チラリと青年ユージオが横目を動かすと、院生アリスは何やらニヤニヤしてユージオ二人の方を見ているし、雨涵はなんと反応したらいいものかと迷いに迷っているようである。雨涵はともかくやはりアリスはアリス同士、感性が似通っているようではある。

 

そんな感想を青年ユージオが抱いていると…目の前からカチャリという音が聞こえた。

 

 

 

 

「お願いします、兄さん…いえ、ユージオ師匠。僕に………あなたの、その剣を教えてください」

 

 

 

 

背に背負っていた斬魄刀を地面に横たえ、

その前で片膝をついて首を垂れる院生ユージオが、そこにいた。

 

 

 

彼がそのように言ってくれるのは望むところではあるのだが、師匠という風に呼ばれるのはちょっと気まずいというか…背中がムズムズする感覚に襲われてしまう。もうちょっと気楽にしてくれていいよ、と言おうとした青年ユージオは、ゆっくりと顔を上げた院生ユージオの顔を見て、息を飲んだ。

 

 

 

 

彼の瞳に宿る光は…とても強く、鋭かった。

 

まるで命を賭した戦いを前にする戦士のような。

 

自分の全てを差し出してまでも、何かを叶えようとするほどの硬い意志がそこにあるのを、

青年ユージオは感じ取った。

 

 

 

 

「…君は、強くなりたいんだね」

 

「はい」

 

「強くなりたいと思う……その理由は、あるのかい?」

 

 

 

 

いつの間にか青年ユージオの口は勝手に動き、言おうと思っていたことではなく、

一つの質問を投げかけていた。

 

 

 

 

「大切な人を、()()()失わないために…」

 

「護り抜くための強さが、欲しいからです」

 

 

 

 

そして…それに応える院生ユージオの声は、一切の淀みがなかった。

青年ユージオの心を特に揺さぶったのは、より強く発せられた彼の「二度と」という言葉。

 

彼の過去にいったい何があったのか。青年ユージオにはそこに踏み込む勇気はない。

だが…彼の想いに全力で報いる覚悟は、ある。

 

 

 

「解った。教えるよ、僕の知る限りの技を。──でも、修行は辛いよ」

 

 

 

青年ユージオのその言葉は、かつて自分自身が黒髪の友達に言われた言葉と同じ。

彼が院生ユージオに教えようとする剣術もまた、その友達から教えられて受け継いだものである証。

 

 

「望むところです。修行なんて、辛くて当然ですから。

……よろしくお願いします、ユージオ師匠」

 

「あ、いや…師匠はやめて。いつも通りに呼んでくれればいいから」

 

 

青年ユージオを師匠と呼ぶことは真顔で拒否された院生ユージオは、ちょっとだけ落ち込んだ。

 

 

 

 

 

とりあえず今のところは、痛みが残る雨涵もいるので彼女を救護詰所まで送り届けて──本人は一人で行けると主張したが、二人の院生はその主張を軽くスルーした──その後は少しばかりの休憩時間をとったのちに、青年ユージオから直々の手ほどきを受けることを約束した。そんな約束をした時の院生ユージオの浮かれようといったら、他の四人は思わず苦笑してしまったほどだ。

 

 

 

だが、結果として見れば…今日はユージオ師匠による院生ユージオへの指導は実現しなかった。

 

 

 

 

 

 

突如として、『2218期真央霊術院 緊急生徒会会議』を開かざるを得なくなったからだ。

 




活動報告のキャラクター紹介にも載っけましたが、今後各人物の呼称がややこしくなってくるので、呼称の一覧表をこちらにも載せておきます。


院生ユージオが他の人を呼ぶ場合】
青年ユージオ→兄さん
院生アリス→アリス
青年アリス→アリス姉さん

院生アリスが他の人を呼ぶ場合】
青年アリス→姉さん
院生ユージオ→ユージオ
青年ユージオ→ユージオ兄さん

青年ユージオが他の人を呼ぶ場合】
青年アリス→アリス
院生ユージオ→ユージオ君
院生アリス→アリスちゃん

青年アリスが他の人を呼ぶ場合】
青年ユージオ→ユージオ
院生ユージオ→ユージオ君
院生アリス→アリスちゃん

【雨涵が他の人を呼ぶ場合】
院生ユージオ→ユージオ
院生アリス→アリス
青年ユージオ→ユージオさん
青年アリス→アリスさん


余計分かりにくくなった!という方はお手数ですが
フィーリングで感じ取っていただけるとありがたいです。
できるだけフィーリングで感じ取れる文章にするよう、努めていく次第でございます。
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