まさかユージオとアリスの日本刀デザイン公式(?)イラストを
発見できるとは思いませんでした...。
どうせなら、それらを反映したいと思い、修正しました。
文字でデザイン表現するのはとても難しく、分かりにくくなったかもしれません。
その日の夜。
既に12時を回り、時間としては午前1時半頃。
やがて雨涵が足を止めた場所は彼女の部屋の前…ではなく、
それよりも二部屋ほど離れた位置の部屋である。
つまり、本来は無人であるべき部屋ではあるが、
彼女はこの深夜の時間に誰かがその部屋にいることを知っていた。
ドアノブを握り、慎重にゆっくりと…音を立てないように開く。
そして、暗がりの中に浮かぶ二つの人影を確認すると、
雨涵は心なしかホッとしたような表情になる。
「…すまない。待たせてしまったかな、お二方」
同じく慎重にドアを閉めながら、雨涵が後ろ手で部屋の電気をつけると、
人影の姿が光に照らしだされる。
「大丈夫だよ。僕たち、こういう暇な時間には慣れてるから」
「それにしても、あなたも大変ね。こんな夜遅くまで」
部屋のベッドの部分に座っている二人は、雨涵のクラスメイトである男女二人とは違う…が、
よく似ている。
ちょうど少年少女のあの二人が、青年姿に成長したような姿を持つ彼らの名はアリス、そしてユージオ。雨涵のクラスメイトである二人と同じ名前だが、それもそのはず。彼らはクラスメイトのアリスとユージオの元となった存在。いや…今となっては、どちらが本物でどちらが元であるとかなど、どうでもいいことであろう。彼らは四人とも、立派な魂を持った人間なのだから。
青年のアリスから労りの言葉を投げかけられた雨涵は、「夜は慣れているものでな」と一言返事をして、彼らの前の床に座り込んだ。
「さて…それで、私達だけに用事って一体何なのかしら? アリスちゃん達にも内緒にするなんて」
「ん、必ず内緒にしなければならない、という訳ではないのだが…
私一人で、あなた方に伝えるべきことだと、そう思っただけのこと」
そう言う雨涵は、深夜の外から帰ってきた故の寒気を感じたのか、
それとも少しばかり緊張したことの表れか…小さく震える息を吐くと…自らの懐に手を伸ばした。
「…これを」
雨涵が取り出したのは、一枚の紙。無造作に破れた後が見えるその紙の一面を、
青年二人に見えるように雨涵は差し出した。
青年達はそこに書かれている文字を見て、思わず目を見張った。
「これ、って…」
滲む血の跡と共に記された、三人分の筆跡。
もしかして…という青年ユージオの呟きに、雨涵はゆっくりと頷いた。
「『誓い』だ。アリスとユージオ…そして私。
三人の間で血を使って交わされた…死ぬ日を共にするという、掛け替えのない約束」
「どうしても、あなた方に知って欲しかった。私たち三人の命が、繋がっているという事実を」
「そして…命を繋げるこの誓いが全て、私のために成されたものであるということを」
雨涵の意味深な言葉に、青年二人の顔が自然と引き締まる。
「どういうこと…なのかしら?」
「………”人殺し”」
小さく呟いた雨涵の単語に、青年達の肩がピクリと動く。
「世界は違うかもしれないが…あなた方の世界でも、人を殺す行為が大きな禁忌であることは同じだろうとは、予想がつく」
何の脈絡もなく発せられたように聞こえるその単語を聞いた青年ユージオは、膝の上においた拳をギュッと握りしめ、表情に微かな陰りが現れる。まるで、何か辛いことを思い出したかのようだと雨涵は思った。ひょっとすると、過去に何かあったのではとも思うが、今語るべきなのは彼の過去ではなく…自分の過去。
「そして、私は…その禁忌を犯した。この手で…この背中の刀で、人を、刺し殺した」
彼女は語っていく。かつては、墓場まで持っていくつもりであった自らの罪を話すのは、
今回で二度目となる。
『殺し』を生業とする、彼女の家系のこと。
だがそれゆえに、彼女の家族はとある一人の貴族によって、皆殺しにされてしまったこと。
彼女が初めて行った『殺し』とは家の仕事としてではなく、
殺された家族の仇を打ちたいがために行ったこと。
偶然に次ぐ偶然によって、『殺し』は成功したが…
それ以来、あらゆる恐怖に取りつかれ、怯える毎日を送っていたこと。
そして…その毎日の果てに出会った、掛け替えのない二人の友のこと。
「霊術院に来た当初の私は、人生で初めてできた友に、自らの罪が知られてしまうことに恐怖していた。もしも、何かの拍子にそれが友達に知られてしまったら…一体、どんな感情を向けられてしまうのか…考えるだけで、震えは止まらなかった」
「だが、二人と過ごす毎日に言いようのないほどの楽しさを覚えてきた頃…私の心は、恐怖よりも大きい別の感情に支配されるようになった。罪を知られてしまう恐怖よりも、罪を友達に隠し続けることへの苦しみが」
「そして、私はある出来事を境として…私の過去の全てを、
友達のクラスメイトに…全てを告白するに至った」
「…罪を告白した以上、私はもう二人の隣にいる資格などないと思った。殺人者である私なんぞにな。それでも気持ちは意外にも悪いものではなかった。例えその果てにあるのが軽蔑だとしても、今まで隠し続けていた罪の苦しみから解放されたから…。微かに生きながらえた命の時間で、私には過ぎたるほどに素晴らしい時間を過ごせたから」
「私は、今まで逃げ続けていた罪と向かい合うために…私の犯した、本当の罪を告白するために、歩き出した。だがそれでも…こんな私を止めてくれたのも、また…掛け替えのない、友達だった」
───でも、雨涵は私と同じ。人を殺すことを怖いと思っている。
───なら、大丈夫。私とあなたは同じ理解のできる…人間じゃない
───でもさ。償いは……何も、一人ですることはないんじゃないかな
───雨涵、お願い……その罪を、僕にも背負わせて欲しい
「アリスは…人を殺した私をも…同じ人間だと、言ってくれた」
「ユージオは…全く関係のないはずの、私の罪を、背負うと、言ってくれた」
「二人は、私と命を共にしてまで…私と一緒にいたいと、そう、言ってくれたのだ。
『友達だから』という…その理由だけで」
アリスも、ユージオも、認めていた。雨涵の犯した罪は、許されるものではないもの。
今すぐ、死をもって償わなければならないもの。
認めていたからこそ、彼ら二人が雨涵を救うためにとったのは、その罪を隠すという行為。
四大貴族当主の殺害という巨大なる罪過の隠匿に協力していたとあらば、それもまた大罪。だが、仮に大罪だとしても「知らなかった」と平然と証言すれば、彼らが隠匿してたことなど誰も知る由がないはずである。それでも、アリスとユージオは約束した。もしも雨涵の罪が発覚したら、自分達はそれを知っていて、なお隠していたことをはっきりと伝えようと。
そして願わくば…雨涵と同じ刑に処してもらおうと。
話しきった雨涵は、無言のまま雨涵を見つめて話を聞いていた青年二人の前に両膝をつき、
両手をも床に揃えて置いた。
「あなた方に断りもいれず…アリスとユージオとこのような誓いを結んでしまったことを……
謝りたい。本当に…すまなかった」
土下座の姿勢のまま、頭を下げる雨涵。それを受けて青年二人はというと…実のところ、少しばかり呆然としていた。ただ、その呆然としている理由は、雨涵の語った誓いの事実そのものというよりも…その話から導き出された『この世界の新しい事実』についてで、あった。
だが、まずは土下座の姿勢で頭を下げたまま1ミリセも動く様子のない雨涵の肩に手をおいて、
助けおこす形で彼女の頭を上げさせる。
「………えっと……ね…」
何も考えずにとりあえず頭を上げさせたのはいいが、青年ユージオは未だ話すべき言葉を整理できていない様子だった。だが、それでも何かを話したそうにしているその様子を察した、幼馴染の青年アリスはその後ろで黙って控えている。
そして、顔を上げた雨涵の瞳と視線を合わせながら考え続けること数分。
「…一つ、質問を…いいかな?」
「……”もしも”の話、何だけど」
雨涵は、静かにコクリと頷いた。青年ユージオはゆっくりと…
相変わらず言葉の整理を脳内で続けながら言葉を紡いでいく。
「もしも……さ。”決して入ってはいけない場所”が…あるとする、よ」
「…?」
「そこに、”君の友達”が…何かに転んだ拍子に…
その”決して入ってはいけない場所”に、指先で少し、触れてしまった」
「……」
話を聞く雨涵は口を挟むことはないが…瞳には微かな動揺の震えが見て取れる。
話をする背後での青年アリスの表情もまた、少しばかり揺らめいた。
それでも青年ユージオは、変わらぬスピードと口調で…
いや、微かに苦渋の色を表情に滲ませながら、言葉を続ける。
「次の日には…その友達を、せいごう…いや……偉い人が、捕まえにくるんだ。やってはいけないことを、したから……君の友達を、処刑するために」
「…!」
雨涵の体が、ピクリと震えた。
一瞬の逡巡を経た後に、その瞳に宿る光が一層鋭くなった。
「……”もしも”、そういうことが起こってしまった時…君は」
「戦う」
もはや迷いなき、雨涵の力強い言葉が部屋に響いた。
青年ユージオの言葉を中断したそれは、決して大きい声ではないのにも関わらず。
そして…そのあまりの迷いのなき強い言葉に、青年ユージオの目が見開かれる。
今度は、何も言われずして雨涵の口が開いた。
「”もしも”…私の友達が犯した罪が…かつて私が犯した罪と同じように、裁かれるべきもの…死をもって償わなければならないものであると思った場合は…私は、友と同じ刑に処されるように願いでるだろう。友の身でありながら、友の凶行を止めることのできなかったという責任の元に」
「だが…貴方の言う”もしも”は、とてもじゃないが、死の償いに値するものとは思えない。その”決して入ってはいけない場所”がどれほど重要なものかは知らないが…不慮の事故でその場所に指先一つ触れてしまうことに、一体どれほどの罪があるというのか」
雨涵の言葉が、青年ユージオの脳裏に響く。そしてそれと同時に…
何かがこみ上げてくるような、そんな気持ちが湧いてくる。
「”もしも”そのような行為を咎めて死罪にするというのなら…それは”人”としての行いではない。
人の心を持たぬ古き弊害の法による…殺人だ」
「だから私は…その”法”と戦う。
どのような手段を使ってでも、”法”から友達を守り抜くべく、戦うまでだ」
そこまで言い切った雨涵はようやく口を止めた。そして、目頭を抑えるものの、
どうしても溢れる涙に頬を濡らしてしまう青年ユージオの姿を一目見て…黙って俯いた。
「ほらユージオ、涙拭いて。……貴方のような人を友達に持てて、
アリスちゃんもユージオ君も幸せ者ね」
後ろから近づいてきた青年アリスが、青年ユージオへハンカチを手渡す。院生のユージオなら「女の子に気を遣われちゃうなんて、カッコ悪いな…」とつぶやきながらもらうところかもしれないが、青年ユージオは無言で受け取って目元を抑える。その一方、何やら褒め言葉を投げかけられたように受け取った雨涵は、慌てて首を振って否定する。
「そんな…! それはこちらのセリフだ! こんな私を救って、変えてくれたのは紛れもなく、アリスとユージオなのだから…」
「確かに、そうかもね。でも、それで変わったのは紛れもなく貴方自身じゃない。心の底から悪い人なら、何をしても変わらないものよ。例え、かつての貴方が人を殺した悪い人なのだとしても…さっきの迷いのない言葉を聞けば分かるわ。今の貴方が、とても友達思いないい人だってことがね」
「……」
反論できなくなった雨涵は、「いい人」と言われても褒められ慣れていない故にどういう表情をすれば良いのか分からない。院生ユージオならきっとテレテレとした表情で素直に喜ぶのだろうか。だが雨涵はあまりそういう表情をするのも得意ではなかった。
一方、鼻をすすって涙を拭いていた青年ユージオもまた、改めて雨涵に真正面から向き合った。
「んっ……話してくれて…ありがとう、雨涵。
そして…ユージオ君と、アリスちゃんのことを知れて、嬉しかった」
「それに、僕は…そんな選択をしたユージオ君を、誇りに思う。だから、君が謝ることはないよ」
「むしろ僕の方から…お願いしたいんだ。もしよかったら…ユージオ君とアリスちゃんの二人と、これからも友達でいて欲しいな」
「無論だ。私も、二人とずっと…良き友達でいたい」
雨涵は、胸に手を当てて…深く頷いた。
改めてもう一度、ここに新たな誓いを立てるかのように。
「ああそれと…すまない。最後に一つだけ、私の方からも質問をさせて欲しい」
「あら? 何かしら?」
小さく首を捻る青年アリス。
先ほど自らの過去を告白したのと変わらぬほどに真っ直ぐな瞳のまま、雨涵は口を開く。
「”もしも”……かつて貴方達の生きていた世界に戻れるのならば…」
雨涵が提示した”もしも”の言葉に、青年二人の心が…今日で一番、動揺した。
口が半開き一歩手前の状態になってしまう二人を前にして、雨涵は質問を言い切る。
「見たい場所や、会いたい人…伝えられなかった言葉を伝えたい人がいるのか…
それを、私は知りたい」
彼女のこの質問には、青年二人にも内緒にしている意図があった。
その意図が生まれた理由は…今から約6時間半程前まで遡った時の出来事にある。
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「兄さん達、大丈夫かな。突然平子隊長が寮に来て鉢合わせてたりしたら、なんて言い訳しよう」
「心配性ね、ユージオは。姉さん達はその気になれば一瞬で消えられるんだから平気よ。今頃は二人っきりで仲睦まじくイチャイチャしてるんじゃないかしら」
浴衣姿で瀞霊廷の街を並んで行く、三人の霊術院生徒。
そのうちの一人、ユージオが心配そうな表情で腕を組めば、隣にいるアリスがユージオの心配を払拭するかのように笑って、彼の肩を叩く。さらにその隣で歩く雨涵は、昨日自分が少し無断でいなくなった時、大層慌てて探し回ったアリスの心配性ぶりを指摘してやろうと一瞬検討したが、やはりなにも言わないことにした。
時刻は午後7時。彼らは今、銭湯と弁当屋へ行った帰りである。三人それぞれの右手には弁当の入ったビニール袋が下げられている。外は大分暗くなりつつあるが、彼らにとっては歩き慣れた道。まだ未修復の箇所が多い瀞霊廷の中、舗装工事中の場所もサッと綺麗に避けていく。最初の頃は結構足を引っ掛けてコケたりもしていたが。
こうして寮へと行く帰り道。普段の三人は適当に雑談しながら帰るのが恒例となっている。ただし今日の雑談は…話したい共通の話題というものが、一つあった。最初にその口火を切ったのは、雨涵であった。
「で、だ。実際の所、二人はどう思う。ユージオさんと、アリスさんについて」
「…うーん……」
「そう、ね…」
雨涵の言う「ユージオさん」と「アリスさん」とは、もちろん目の前の二人のことではない。話題に出ているその二人は、ユージオとアリスの持つ斬魄刀の中の人のこと。彼らは今、具象化した姿で院生寮の中で待っているはずだ。
ちなみに具象化した彼らは基本的に物には触れない上に、斬魄刀から一定の距離を超えて離れることはできない。だが彼らが触れる数少ない例外である斬魄刀そのものを持っていけば、院生寮を出てどこまでもいけるはずではある。今のところ彼らにそのようなことをする理由はないはずだが。
それはともかくとして、今院生達が問題にしたいのは…
「ユージオさん」と「アリスさん」が元いた世界についての疑問だ。
「私はね。やっぱり…”現世”なんじゃないかなって、思うわ」
「ほう…根拠は?」
「それは単純に、言葉よ」
スッと、アリスが人差し指を立てて自分の根拠を語り始める。
「姉さん達の話している単語は私たちにとって馴染みのない言葉ばかりだったけど…少なくとも、私たちと言葉は通じてたわ。あの二人の言葉は私たちの普段使う『日本語』と同じだった…ということは、日本語が使われているこの尸魂界・東梢局か、もしくは現世の日本の出身である…と、私は思ったのよ」
なるほど、とユージオと雨涵は共に頷いた。言葉が同じなら、世界も同じであるはずだ。単純だが、筋の通っている理論。言葉というのは、その人の生まれた土地柄を表す最も分かりやすい指標でもあるからだ。
だがしかし、その筋の通った理論だけで納得の行く人間ではないのが、あの青年二人なのだ。
「ただ…言葉は確かに同じかもしれないが、それ以外の点が違いすぎるのが問題だ」
「確かに...そうだよね。兄さん達は僕らと違って、トイレも行かないし」
「そもそも姉さん達の世界にはトイレが無くて」
「でも、太陽や大地には神様がいて」
「”神聖術”っていう鬼道に似た力があって」
「”剣術”っていう剣士独自の不思議な技もあるんだよね」
院生三人はそれぞれ青年二人の行っていた話を確認し合う。
特に”神聖術”と”剣術”に関しては、それぞれアリスとユージオが大層強く興味を持った。すぐにでも見てみたいとは思ったものの、授業の後の手合わせやら会議やらを経て大分今日という時間を消費してしまったため、お披露目は明日ということになった。果たしてこの世界でも神聖術や剣術ができるのかとは院生達も疑問に思ったが、青年アリス曰く「”心意”の力があれば、再現できるかもしれない」とのことであった。
「とまあ、ユージオさんとアリスさんが語っていた世界は、私たちが教科書で学んだ現世とはあまりにも違いすぎる。やはり私はそこが強く引っかかっているんだが…ユージオは、どう思う?」
「僕は……うん、僕も兄さん達は現世出身だと思うな。アリスと違ってちゃんとした根拠がある訳じゃなくて、その…現世だったらいいな、っていうだけなんだけど」
「…ふむ。そう思う理由は、あるのか?」
「だってさ…もし現世にその世界があるなら、兄さん達を連れていける……
兄さん達が、元いた世界に帰れるかもしれないって思ったんだ」
ユージオの考え…もとい、彼が思っていた”願い”の一端を垣間見たアリスと雨涵は、
思わず目を細める。
微かに視線を薄暗い空の方に向けたユージオの表情が、少し憂いを帯びたものになる。
「兄さんが昔、あの世界でどんな風に生きてきたのか……僕はまだ、怖くて聞けてないんだ」
「…そのうち……兄さんが、どうして死んでしまったのか…そこに触れてしまう気がして、さ」
死。
それは、死神にすら平等に訪れる…全ての終わり。
青年達は明るく普通に院生達と接していたがゆえに実感しづらかったが…
彼らは一度、死を経験しているのだ。
それもおそらく…老衰などとは程遠い、若い年齢での死を。
それほど若い年齢で死んだ人間に、心残りや未練が全くないと…言い切れるだろうか。
「ひょっとしたら…余計なお世話になっちゃうかもしれないけど。でも、もし……”死んだ人”が”残された人達”と再会できるとしたら…言い損ねた言葉や伝えられなかった気持ちを伝えられるとしたら…それはとても素敵なことじゃないかって、思うんだ」
今度はちょっと恥ずかしそうに言い切ったユージオ。もし死に分かれてしまった人がいたら、彼らと青年達を再会させてあげたいというユージオの思い。それを聞いた雨涵から「優しいな、ユージオは」という暖かい感想の言葉をもらったことで、彼の照れ笑いの表情がいっそう深まった。
「…そうね。私もユージオと同じように、あの世界が現世にあって欲しいと思ってるわ。
実は、私…姉さん達の世界で、会いたい人がいるのよね」
「ほう? それは…気になるな。一体誰なんだ?」
「ふふ…秘密、よ」
「えー、僕も気になるなあ。秘密にしないといけないくらい、大事な人なの?」
「んん、別にそういう訳でもないわよ。でもね、図書館の本に書いてあったの。
”女は秘密を着飾って美しくなる”ってね。年頃の女の子は、
秘密の一つも持たないといけないものなのよ」
本の知識を実践しているらしいアリスは、ユージオほどではないにしろ本は好きな方である。好きな本のジャンルは図鑑や漫画など、絵や写真が多いものらしい。小説や論述書、辞書すらも楽しめるくらい文字の多いものを好むユージオとは対照的だ。
自分自身も秘密を抱えている雨涵は、コホンと咳払いをして気分を切り替え、
あることを思い出して口を開いた。
「…現世学の最初の辺りで、確か先生はこう言っていた。『現世とは尸魂界に比べて技術発展が
「ということは…ひょっとしたら、現世には
兄さん達のいう世界があるかもしれないってことかな?」
「トイレを必要とせず、太陽と大地の神様を信仰していて、”神聖術”や”剣術”を扱う人たちがね! 現世という世界は広いんだから、そういう人たちがいるかもしれない、そうよね?」
「………あ、ああ…あくまで、そうかもしれない、という話だ」
雨涵の推論は、青年達が現世の出身であることを願うアリスとユージオ達に希望を持たせるために言い放ったものだが、改めてアリスが列挙した確認要素を聞いていると、改めて自分の口にした推論の自信が無くなってくる気がしてきた。
正直なところ、自分の心のうちではアリスとユージオの考えには賛同できておらず、やはりあの青年達は”三界”とは違う”異世界”からやってきたのではないか…と考えている。だが、こちらの考えにしたって突拍子もないことであるのは事実。何千年もの歴史を誇る尸魂界すら認識してない世界の存在を肯定するような推論であるからだ。
なので、雨涵はあえてここで自分の主張をひけらかすことはせず、逆の視点から考えを改めて述べる。
「だが…仮に、私たちの予想通りユージオさん達の故郷が現世にあるとしてだな…今の私達は霊術院生だ。この身分で、どうやって現世まで行く気だ?」
雨涵の問題提起は、”仮に”現世に青年達の故郷があった場合の話から始まる。もし、自分達霊術院生の目的を『青年達を現世にいる故郷の人々と再会させること』に絞るとしたら、それをどうやって成し遂げるかという問題だ。仮にも現世は死神が守るべき世界。まだまだ死神見習いの彼らが「ちょっと現世に行きたいんですけど」とお願いしても、通るとはとても思えない。
雨涵の問題提起に対し、アリスとユージオは一瞬顔を見合わせると…全く同じ結論を出した。
「「まずはひたすらに、お願いしてみる!」」
「…そうか」
力押し気味な選択は二人して妙に一致したことに、雨涵は呆れたような感心したような、複雑な表情で頷いた。だがまあ、どうせ無理だろうと最初から諦めるよりも、ダメもとでお願いしてみるという精神も大事だろう。可能性は低いと思うが、「現世に行きたい」という願いに対して先生達がどう反応するかを見るのも悪くない。
なし崩し的に、『現世に青年達を連れていく』という新たな目標が三人の院生の間で決まった頃…ちょうど、目の前に院生寮が見えてきた。まだ微妙に心配が残っているユージオと、お腹が空いて早く弁当を食べたいアリスの足が自然と早くなるが、突如としてその肩に雨涵の手が置かれた。
「すまない、二人とも。急ぐ気持ちは分かるが…ちょっと待ってほしい。
”あの二人”がいないうちに一つだけ…ユージオに聞いておきたいことがある」
「?」
「え、僕に…?」
「ああ、『私を殺そうとしたユージオ』についてのことだ」
その言葉を聞くのは、何日ぶりだろうか。
だが、それでも二人はその言葉の意味をしっかりと覚えていた。
雨涵とユージオが初めて戦ったあの日に、ユージオの中から体を動かし、
目の前の雨涵を切り捨てようとした何者かの存在。
ユージオ自身の意志が抵抗して自らの刀を引き止めていなければ、
確実に雨涵を切り裂いていたであろう存在。
自然と、アリスとユージオの顔が曇る。
「率直に聞くぞ、ユージオ。『私を殺そうとしたユージオ』は…あの青年のことだと、思うか?」
「…ううん。違うと、思う」
ユージオは、首を振って否定した。
先ほど青年達の出身地についての意見を述べていたときよりも、
幾分かはっきりとした口ぶりだった。
なぜ、という風に眉を上げる雨涵に、ユージオの解説が加わる。
「なんていうか…やっぱり感覚的な問題なんだけど、あの時『雨涵を殺そうとした誰か』は…あくまで僕の体の中にいた存在だと感じたんだ。でも、兄さんはあの頃からずっと斬魄刀の中にいたはずだからね」
「それに、これは気持ちの問題だけど…やっぱり兄さん達が、
そんなことをする人に見えないっていうのが一番、かな」
ユージオの言葉は、理論と心情の両方の面から二人の女子生徒を納得させるものだった。特に心情の面からみた納得は強く、女子院生二人は、強い頷きと共にユージオの言葉を肯定した。
だがユージオの意見が正しいとするならば、同時に疑問が湧いてくる。
コテ、とアリスが首を傾げる。
「でも、そうだとしたら…ユージオの中にいる”存在”っていうのが謎のままなのよね…一体何なのかしら?」
「……ここだけの話…僕、一つだけ考えがあるというか…予想してる正体が、あるんだよね」
「あら? それは意外ね…。その正体って、何なの?」
目を丸くして問いかけてくるアリスに、ユージオは少し考える素振りをしたのちに…
珍しく、悪戯っ子のような笑みを浮かべてこう言った。
「まだ…秘密、かな」
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「…どうやら……”余計なお世話”にはならなそうだな、ユージオ」
そう呟く雨涵の部屋には今…他には誰もいない。
既に青年達は、帰るべき場所である持ち主の斬魄刀の中へと帰っている。
「今日は疲れただろうし、早く寝たほうがいいよ」という言葉を残して。
最後に雨涵が問いかけた質問の答えを、雨涵は青年二人から聞いてはいない。というより、雨涵の方から質問を打ち切ったのだ。
「…失礼した。今の質問は…忘れてくれ」
雨涵からしてみれば、別に青年達の過去を詳細に聞きたい訳ではなかった。
雨涵が知りたかったのは、青年達の心の中に望郷の想いがあるか否かということ。ユージオ達の思いが、本当に青年達のためになるのかどうかを見極めたかった。
もし、万が一…青年達が故郷に負の感情を抱いていたら。むしろ死んで
だが…あの質問をした直後の青年達の顔を見れば、
その心配は杞憂であったことがすぐに分かった。
青年達の答えを待つ必要もないほどに。
あの瞬間の彼らの瞳は、雨涵を見てはいなかった。
青年達の目に映っていたのは…間違いなく、残してきた想い人の姿。
彼らが口に出さずとも…口以外の全てが彼らの心の内を物語っていた。
大切な人を残してきた、と。もう一度会いたい人がいる…と。
───でも、もし……”死んだ人”が”残された人達”と再会できるとしたら…言い損ねた言葉や伝えられなかった気持ちを伝えられるとしたら…それはとても素敵なことじゃないかって、思うんだ
「……確かに、そうかもしれないな。まるでお伽話かと見違うほどに、素敵なことだ」
「私たちの目指す世界が、現世か…もしくは遠い異世界にあろうと…」
「君の語った夢を成し遂げられる日まで…私も、全力を尽くそう」
本人に聞かれるのもなんだか気恥ずかしいが…それでいて固く真っ直ぐな決心の言葉。
その言葉を聞くものは、雨涵自身の他には誰もいなくとも、彼女本人の胸に刻まれれば、
それで充分だった。
今回は大変書くのが難しい話だと思いました。
キャラクターが上手く表現できているか...不安です。