前に番外編とかやっといてこの
誠に申し訳ありません。
第二十八話 Three conditions
「ひ〜ら〜こ〜た〜い〜ちょう〜?」
「げえっ、桃!?」
ちょうど時刻は、どこの隊もお昼休みで一時の休息を過ごす頃。
十三番区の端で副隊長に詰め寄られる別の隊の隊長の様子を見た十三番隊隊士は、脳内でこう呟く。
(”また”平子隊長、雛森副隊長に怒られてんのか…)
「ちょお待て桃! 今は昼休みやろ!? 別に仕事サボってる訳やないのに、怒られる理由ないハズやん!」
「サボらないのは当たり前です! そうじゃなくて、昼休みに隊舎から逃げないでくださいっていっつも言ってるじゃないですか!」
「え、ええやん別に。休み時間にどこ行こうと俺の勝手や」
「それは、時間になったら確実に戻ってくる人の言うセリフです! 私の記憶している限り、平子隊長が一度隊舎から出ると業務時間までに帰ってくる確率はほぼ0なんですから!」
「………」
見事に自分の副官である雛森桃に論破されてしまった五番隊隊長 平子真子は、視線をそらして口笛を吹く。そして雛森は無駄に瞬歩まで使って平子が逸らした視線の先まで回り込んだ。
「さあ、隊舎に戻りましょう平子隊長。これ以上駄々をこねるようなら、七緒さんと共に開発した新作鬼道をお披露目することになるかもしれませんよ…?」
「…その二人で開発した鬼道とか、ヤな予感しかせえへんわー。分かった分かった! 次から改めるから、せめて今日の昼休みだけはここでノンビリさせてもろてもええやろ?」
「……まあいいでしょう。でも、なんのためにわざわざ十三番区まで…?」
平子隊長を追いかけている間に脳内で燻っていた疑問を声に出すと、平子隊長はニヤリと会心の笑みを漏らす。
「なあに、単純な話や。瀞霊廷には星の数ほどの甘味処があるんやけれども、”今も営業している中で”もっとも美味しい”甘味処が、
「…!」
その話を聞いた雛森の喉から、ゴクリを音が鳴るのを平子の地獄耳は聞き逃さなかった。
「ほれ、桃もお昼食うまもなく飛び出して、ハラ減っとるやろ? …一緒に食おうや」
「…誰のせいでお腹空いてると思ってるんですか……」
盛大にツッコミこそしたものの、平子と並び立って歩く雛森の浮き足立った歩き方は隠せなかった。
「ほら、着いたで桃。俺のイチオシ甘味処の一つ…『雪味』や」
「へえ…! 私、初めて知りました」
「まあ他区のことを全部把握すんのはムズいけどなあ。美味しい甘味処の場所くらいは覚えといて損はないで」
どこか得意げになりながら、平子は暖簾をくぐって店内に入っていく。雛森から見れば、平子は二,三年の就任期間しかない新任隊長だが、実はそれ以前に相当年の隊長経験を持つ平子は、ある意味では雛森よりも遥かに瀞霊廷に詳しい死神なのだ。
平子に続いて店に入った雛森は、キョロキョロと目を細めて辺りを見渡す。
「暗いですけど…営業してますかね?」
「このご時世やしなあ。客もなかなか来んやろし、電気代の節約も大事や」
「それでもこのご時世に営業してるだけ、大した店やぞ。おーい、女将サンおるかー?」
微かに店内に漏れ込む太陽の光のみの暗めな店内で、平子が声をかける。
その声に反応して、店の奥から「はーい」という声と、パタパタとした足音が聞こえてきた。
ただ、その声と足音の持ち主は…平子の顔馴染みである女将サンではなかった。
「いらっしゃいませー! ご注文です…か…って…あれ?」
「ひ…ひょっとして…平子隊長と…雛森副隊長…?」
「あん? おう、そういうオマエは……」
「…ユージオ君!?」
店の奥から出てきたのは、女将サンではなく
斬魄刀こそ背負っていないものの、いつもの院生服にエプロンを纏った
微妙に和洋折衷な格好をした霊術院生、ユージオであった。
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「しっかし、エラいビックリしたで。オレの行きつけで
「…僕もビックリしましたよ。まさか平子隊長が店の常連だったなんて」
たくさんのカタカナ語を学んだユージオでも「バイト」という言葉は初耳だったが、会話の流れでなんとなくの意味を理解した。それでも後で辞書を引こうと心のうちで予約をしておくユージオ。ちなみに今、平子と雛森…ユージオの三人は、他にお客もいないし外の方が明るいということで、わざわざ長椅子を店の軒先にだし、お昼の日差しを浴びながら座っていた。
「大丈夫? ユージオ君、ひょっとして生活費に困って奉公に出てるとか…」
「あ、いえいえそういうのじゃないです! 大丈夫です! 日番谷隊長と雛森副隊長からの仕送りにはいつも充分すぎるくらいで…感謝してます!」
三色団子を食べながらユージオの身の上を心配する雛森だが、ユージオはブンブンと手を振って否定し、それと同時に仕送りのお陰で生活できる感謝を込めてペコペコと頭を下げた。そんな様子を尻目に、抹茶の和パフェを頬張る平子は何の気なしに呟く。
「まあ、坊主の歳はあれも欲しいこれも欲しいってなるモンやからなあ、分かるで。カネなんていくらあっても足りんやろなあ」
「ははは…欲しいものがあるのは確かですが……今お金が必要なのは、特定の何かを買うためでは…ないんですよね」
ユージオはちょっと乾いた感じに笑った後、晴れ渡った遠くの空を眺めながら、微かに目を細める。そんな様子をチラリと見た平子は、頬にニヤリとした笑みを浮かべた。
「ほーん、何かを買う目的やない…となると、やっぱり生活費やな? “現世での”」
「!」
「…へ?」
平子のセリフに、ユージオは驚きで目を見開き、雛森は何の話なのかよく分からない。ユージオの驚き顔を見て、平子のニヤリ笑いはますます大きくなる。
「『なんで』って言いたげな顔やな。霊術院責任者やっとる厳兒、ウチの三席やで? 隊長のオレが一言言えば、事情聞き出すくらい余裕や余裕。ま、もちろんやたらに言いふらしたりせえへんから、安心せえや」
得意げに話しているが、実際の所は「院生の個人情報ですので」と頑なに情報提供を断り続ける石和に小一時間纏わりついて、ようやく口説き落としていたことを二人は知らない。もっとも、雛森はなんとなく察してはいるが。
「坊主はな、現世に行きたいんや。それも”短期現世駐在任務”としてな」
「えっ? 現世駐在任務って…正式な死神の仕事じゃないですか。私もまだ2回くらいしか経験したことない…」
「せやなあ。坊主にどういう事情があるかまでは詮索する気はあらへんけど…言うて、そう簡単に許されることやないとは思うなあ」
意味深にチラリと視線を向けてくる平子隊長に、ユージオは前を向いたままコクリと頷く。
「はい。現世に行くために…京楽総隊長からいくつかの”条件”が出されました」
「細かな条件はたくさんあるんですが…主に、僕らがクリアしなければならない条件は…三つ、あるんです」
ユージオは、二人に聞かれるよりも早く、ポツポツと語り始めた。
その表情にはどことなく不安そうな陰りを見せながら。
「まず…僕らは、試験に合格しなくちゃいけないんです」
「試験?」
「はい。現世学の教科書、資料集…それに、現世駐在任務に当たる死神全員に配られる手引き書…これら三つの”全ページ”を出題範囲とした試験で九割の点数を取ること…これが、一つ目の条件です」
「…はぁ〜。全範囲とは随分思い切った条件やなあ。今時正式な霊術院の授業でもそこまでやらんやろ」
感嘆に近いため息をつく平子と、どことなく心配そうな視線を向ける雛森。そんな二人に改めて顔を向けたユージオは軽く微笑む。
「いえ…こっちの勉強は順調です。何より、本腰を入れて現世のことを学んでいくと、見たことのない施設とか乗り物とか…そういうものが見れて、すごく楽しいんです。なので、なんとか合格まで頑張れると思います…ただ」
「残り二つ…それが、難しいの?」
雛森はあいも変わらず心配そうな表情のまま。ユージオの表情にも少しばかり陰りが表情に戻ってくる。
「二つ目の条件…それは、現世に行くメンバーのうち、必ず一人は”回道の第二段階”まで自力処置ができること」
少しばかりの憂いと共に絞り出されたその条件には、平子も雛森も一様に驚きで目を見開く。
「……回道まで必須条件なんか。確かにそら大変やなあ。回道なんて普通、四番隊に入ってから学ぶモンやぞ。どうすんのや坊主、桃にでも教えてもらうんか?」
「え、いや平子隊長! 私の回道なんて、そんな教えられるレベルじゃ…」
ブンブンと手を振って謙遜と否定する雛森。ユージオはやんわりと言葉を紡ぐ。
「ええ。なので…僕が働いてるちょうどこの時間には、アリスが四番隊隊舎で働きながら、勉強しているんです。少額のお給金も頂けてるって聞いてます」
「ほーん、アリスちゃんかいな! まだ会ったことあらへんけど、かわええ子やて京楽サンが言うてたらしいなあ。いつかオレも挨拶にいかんとなあ」
少しばかりニヤニヤし始めた平子を心なしか強めの力でグイと押し除けて、雛森はユージオの隣に割り込んでいく。
「アリスちゃん…新しく入った霊術院生の子だって檜佐木さんから聞いてはいたけど、回道もなかなか難しいよ。大丈夫かな?」
「…アリスの鬼道の才能は、すごいですから。僕は大丈夫だと信じています。だけど…ちょっと心配なのは”僕が担当する条件”の方なんです」
「……なるほどなあ。アリスちゃんが二番目の条件担当、坊主…ユージオが、三番目の条件を満たす担当っちゅーわけやな。で、その条件にオマエは難儀しとるんやな?」
平子の確認に、コクリと頷いたユージオは…少しばかりの迷いと共に、
最後の条件を…口にした。
「三つ目の条件は…現世に行くメンバーのうち、必ず一人は”始解を習得している”ことです」
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「ふーう…」
甘味処での労働─平子曰く バイト─を終えて院生寮の自室に戻ったユージオは、部屋の椅子に半ば倒れ込むようにして座り込み、脱力の息を吐いた。そして、椅子の前の文机の上に横たえて置かれている空色の鞘を持つ斬魄刀に、優しく指先で触れてみる。
(あれ…珍しいな。兄さん、斬魄刀の中にいるんだ)
それは確かに珍しいことであった。霊術院生のユージオの片割れ、彼が兄として認識している青年のユージオは、斬魄刀の身でありながらよく具象化して、同じく院生アリスの斬魄刀である青年のアリスと共にいる様子が多い。院生達が寮を出る際には大体斬魄刀を寮に置いていくのはそれを配慮してのことだ。残る同級生、雨涵を除く二人の院生はもはや斬魄刀と寝食を共にして魂を写しとる必要はない。何やら恋人の関係にあるらしい二人をできるだけ二人っきりにさせて、存分にイチャイチャさせてやろうという心遣いなのだ。青年のユージオとアリスはそんな院生達の気遣いをちょっと気恥ずかしく感じながらも、結構その気遣いに甘えて、それなりにイチャイチャっぽいことはしていた。
なので、何気に青年ユージオと青年アリスがそれぞれあるべき場所…斬魄刀の中にそれぞれいる時は結構珍しい。普段は寝るときくらいではなかろうか、こういう状況は。
(…でも、これなら…ちょうどいいな)
一つ頷いた院生のユージオは、存分に脱力しきった体に再び力を入れて起こし、机の上の斬魄刀を持ち上げる。そして、右手に斬魄刀を携えたまま部屋のベッドに向かった。
同時に、ユージオは思い出す。甘味処での平子隊長と雛森副隊長との会話を。
始解の習得が最後の条件であり、今自分がまさに始解の習得に困っているという話をすると、雛森の表情はもはや最上級の心配、とでも表現できそうなものに変わった。しかしその表情も、次なるユージオの言葉によって様変わりすることになる。
ユージオは、あの時京楽総隊長に向けて明かしたことを、そのまま二人にも話した。
すなわちユージオとアリスは…既に斬魄刀の自己化と、対話まで終えてることを。
それを聞いた時、雛森は絶句して言葉がでないようであった。ようやく絞り出した言葉は「嘘…私でも、浅打をもらってから自己化が終わるだけでも十年はかかったのに…」だった。さすがに、自分より遥か後輩の死神見習いとの目に見える差を見せつけられたのは、雛森にも応えたようだ。
だが、大袈裟に驚きそうなイメージのある平子隊長は、最後の条件まで聞いても飄々とした態度を崩さなかった。
「まー、そんなこともあるやろなあ。桃みたいなんが普通なんやけど、稀におるんやユージオみたいなんはなあ。オレかて、死神になってから半年も経たずに始解習得した上で……修行始めてから三日もかからず卍解を習得した型破りなヤツ、知っとるで」
「「ええっ!?」」
「それに比べたらオマエなんてペーペーや。その程度で驚くもんかいな」
平子が驚くどころか、あの時はユージオと雛森が驚く側に回ってしまった。半年以内で始解を習得、そして三日もかからず卍解習得…そんな聞くだに恐ろしい実績を持つ人物とは誰なのか。ユージオは元より、雛森もまた覚えがないようであったが、「桃も知っとるはずやで。ここ数年で尸魂界そのものを引っ掻き回した挙句、世界を救った”旅禍”をな」と平子が言うと、思い当たる節でもあるのかハッとした表情をみせた。
「まあそれはともかく、や。大方、対話ができて始解がムリ…っちゅーことは問題なのは”同調”。そのコツが分からへん…とか、そういう悩みやろ?」
「せやけど…ま、オレからアドバイスできることはなーんもない。オレだけじゃなく、桃もそうや。他のありとあらゆる死神に聞いたって、アドバイスなんかもらえへんで」
「えっ」
アドバイス…つまり、助言がもらえない。
それは、決して意地悪しているからという訳でもない。
「斬魄刀は、持ち主の心を写しとって生まれる魂、分かりやすく言えば”もう一人の自分”や。ただそうは言っても、持ち主にそっくりな奴もいれば、普段表にでない持ち主の内面を反映した真逆なヤツだっておる。とにかく、斬魄刀は人それぞれ違ければ、同調のやり方だって、斬魄刀ごとに様々や」
「オレが始解習得にあたってやった同調の仕方と、雛森の同調のやり方だって違くて当たり前や。つまり、オマエの斬魄刀には、お前にしかできない同調の方法を見つけるしかないんや。オレらの話を聞いたところで、1ミリも役にはたたんで」
「せやから、オレが言えるのは教科書と同じことだけ。”対話を繰り返すこと”やな」
「とにかく共通して言えるのは…”対話”の中に、”同調”のヒントが隠れてること…今度からは、それを意識せえや」
ユージオの悩みはすぐに見抜いた平子であったが、その悩みを解決するには至らなかった。そもそも、斬魄刀の解放については他人に相談すること自体が間違っていたのだという。つまり、他人を頼ることはできない。
最初、青年のユージオに「同調がしたい」と申し出たことはあったが…斬魄刀の中の人である本人には全く聞き覚えのない言葉であるようであった。しかしそれも仕方のないことだと思う。青年達は最初、自分が斬魄刀だという自覚すらなかったのだから。しかし、彼らが斬魄刀である以上、必ず存在するはずなのだ。青年と院生、二人のユージオとの”同調”の方法が。
だからこそ、院生のユージオは…これから、”同調”の方法を見つけにいく。
ベッドの上に座ったユージオは、いつもの姿勢をとる。斬魄刀を床に立てつつ手で支え、自らの額が斬魄刀の柄頭に触れるように上体を曲げるその姿勢を。この状態でリラックスと集中を繰り返すことで…ユージオは精神世界に潜って、自らの魂の片割れ…兄に会いにいくのだ。
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額と接していた斬魄刀の柄の感覚が消え、空気の匂いも明らかに変わってくる。
それこそが、自分が精神世界に入ったという合図に他ならない。
ゆっくりと目を開けるユージオ。そしてその目に入った光景を見たことで、ユージオは思わず「よし」と呟いていた。
彼の目の前に広がるのは、豪華で広い居室。ここはかつてい青年のユージオが通っていた学校の寮の部屋なのだという。二人共用の部屋とは言え、いつ見ても自分が暮らす院生寮との差にゲンナリしてしまう。
ゲンナリするはずの部屋に来たのに、ユージオが「よし」と呟いていたのは理由がある。それは、初めて”自発的に”ここに来ることへ成功したからだ。あらかじめ精神世界に入るより前に、この部屋へ行くことを強く意識することで成功したのだ。
(…ここにも、兄さんはいない。となると、あそこかな? ギガスシダーの木のところ)
青年ユージオの世界のいろんな名前については正直覚えきれてないところも多いが、それでも初めて精神世界に来たときにみた圧倒的な巨木、ギガスシダーの印象はとても深い。まあそれはともかく、もしここに青年ユージオがいないのならば、それは院生ユージオにとってもありがたいことであった。
(今 兄さんがいないなら…うん、試したいことをやっちゃおうかな)
一人頷きながら、院生ユージオは長椅子に座り込んだ。
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青年姿のユージオは、世界が”揺らいだ”のを感じ取った。
世界そのものに何か目に見えて変化が起きたわけではないのだが…なんというのだろう。あえて表現するならば、「水に広がる波紋」のように、何かの衝撃に世界がゆらゆらと揺れた感触が伝わってきたのだ。そして、その感触の正体を青年ユージオは知っている。この世界に、訪問者がやってきたという証。そして、この世界に来る訪問者の正体とは一人しかいない。
だからこそ…青年ユージオは森やギガシスダーのある丘、果ては村民のいない村の一軒一軒まで見てみたものの、自らの片割れである院生ユージオの姿はなかった。いつも彼が現れる場所といえば、大体この世界の森からだというのに。
ここにいないとなると…。青年ユージオは、一つの可能性に思い立った。その可能性を確かめるべく…目を閉じて、”想起”を始める。そして、空気の肌触りが変わったことを察したことで目を開けると、亜麻色の髪の後頭部が目に移った。どうやら、長椅子に座る院生ユージオの背後に立ったようだ。
何をしているのかはよく分からないけど、こっちから話しかけると驚かせてしまう。ゆっくりと正面に回ろう…とするが、その微かな足音を聞きつけてしまった院生ユージオがぐるりと振り向いて「わっ! びっくりした!」と驚いてしまったため、青年ユージオの心遣いは失敗に終わってしまった。院生ユージオが驚きでひっくり返らなかっただけ幸いかもしれない。
「驚かせちゃってごめんね…それにしても、何をしているんだい?」
「ああそれは…いや、実際に食べてみた方が早いよね! というわけで、はいこれ!」
驚きから一転して、軽快な笑い顔を見せる院生ユージオが青年ユージオに手渡したのは、お皿に置かれた和菓子の二本セット。これは、先ほど甘味処で雛森が食べていたのと同じものだ。しかし、青年ユージオにとっては全く見慣れないものである。
「…こ、これは?」
「ふふ、僕が働いている甘味処のオススメメニューの一つ、『三色団子』だよ! ちょうどこの世界での”想起”が上手くいったんだ。ほら、食べてみて! 味は僕が保証するから!」
「え? あ、うん…それじゃあ…」
妙にテンションの高くなった院生ユージオから受け取った皿に乗った『三色団子』なるお菓子をマジマジと見つめる青年ユージオ。「団子」というのも初めて見るため、必然的に三色団子を見るのも初。正直、食べ物にしては大分派手な色をしているために少しだけ気後れしたのは否めないが、それでも思い切って一つ串から抜いて食べてみれば、口に広がる甘みに目を見開く。
「わ、甘い…。確かにこれ、美味しいよ」
「本当!? それはよかった! やっぱり思ってた通り、僕がこの世界で想起したものは、兄さんにも同じように感じれる…ってことだね! もしそうなら…」
そう言って院生ユージオは次に、両掌を上に向けたままの両手を目の前に掲げながら目を閉じた。その時間、約3分ほど。青年ユージオの手に乗る皿がとうに串二本のみになってしまった後に、院生ユージオは目を見開く。
「よっし。成功」
彼の手にあったのは、青年ユージオも見たことがある。彼ら霊術院生が勉強に使う教科書だ。表紙には「現世学」という文字が見える。院生ユージオは長椅子に座ったまま机にバサッと教科書を広げて、青年ユージオを手招きした。
「ね、兄さん。もし暇なら、一緒に現世学の勉強付き合ってくれない? まだ雨涵もアリスも帰ってこないからさ」
「え? …うん、いいけど……勉強に付き合うって、何か手伝いが必要ってことかい?」
思わぬ提案にちょっと意外そうに目を見開いた青年ユージオ。だが、手伝いの必要性を問われた院生ユージオはちょっと照れたように頬をポリポリかいた。
「いやあ…その、特に何かやって欲しいって訳じゃないんだけど…強いていうなら、一緒に隣で教科書読んで欲しいなあって…」
「?」
「や、なんというか…隣で一緒に同じことやってくれる人がいると、勉強がはかどる気がするっていうだけで…も、もちろんムリにとは言わないけど」
「……いや、そういうことなら。僕でよければ、付き合うよ」
意図を理解した青年ユージオが一つ頷くと、院生ユージオの表情がパアッと明るくなる。
そうと決まれば行動の早くなった院生ユージオがグイッと青年ユージオを隣まで引っ張ってくる。
「ほら、早速これ見てよ! 現世ってすごい色んな乗り物あってさ! これとかこんなに大きいのに、空飛ぶんだって! 信じられないよね! 現世に行ったら見れるのかなー」
「へえー……え? 乗り物? 空を飛ぶって…これが? 変な形の建物じゃなくて?」
「ホントに空飛ぶらしいんだよ! これ! 一回は乗ってみたいよね…!」
その後も、二人のユージオは教科書の様々な記述、写真にしばらく心踊らせることになる。
青年ユージオと共に、現世の勉強をすることで会話の機会を増やす。それが院生ユージオの考えた一種の作戦だった。ただ単に「同調するために対話が必要だから適当にたくさん話そう」と率直に言うこともできただろうが…万が一それで青年ユージオの側がよしとしても、院生ユージオの側がよしとできない。何かしら共通する話題がないと、どうにも話しづらいし…いくら同調のためとはいえ、青年ユージオの過去のことを話題にするのも気が引ける。もし、青年ユージオの過去について聞く時がくるとしたら、それは自分から聞く時ではなく、青年ユージオが自分から話してくれる時であって欲しいと、密かに願っている。いわゆるエゴに近い願いであることは、自覚しているが。
ある程度決まった話題が一つあれば、会話はスムーズに進む。ましてや、その話題というのは”現世”と言う別世界の話。尸魂界で暮らしていると決して見ることはない建物,乗り物,道具に食事,そして文化。まるで旅行に行く前の気分のようになりながら嬉々として話してしまった。だが、それは紛れもなく楽しい時間だった。
もちろん、青年ユージオとだけではなく、アリスや雨涵と共に勉強する時間。息抜きに喋り合う時間もまた、望外なほどに楽しいものであった。
だけど…
日が過ぎゆくにつれ、院生のユージオが笑う時間は減っていった。