元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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毎回長くなってしまいます。ご了承ください。
次からもっと短くまとめられるように精進したいと思います。


第三話 死神の呼ぶ声がする

ユージオと冬獅郎が家に戻ると、二つの人影が出迎えてくれた。

 

 

「おお、お帰り。冬獅郎。ユージオ君」

 

「シロちゃんお帰り! ユージオ君は一週間ぶりだね! 元気だった?」

 

「あ、雛森さん……お久しぶりです」

 

 

縁側に座って迎えてくれた、五番隊副隊長、雛森桃とそのお婆ちゃん。ユージオの知らぬところでいつの間にか実家に帰ってきたらしい。ユージオが初めて会った時と比べて、雰囲気がとても柔らかになっている。あの時と同じ黒い服…死覇装を身に纏っているが、冬獅郎と同じく刀を持っていない手ぶらの様子から、今この瞬間は職務に縛られない自由な休暇としてここへ帰っていることがわかる。

 

シロちゃん、と親しげに呼ぶ雛森を見て思わず隣を見てしまうユージオ。日番谷は一瞬だけ苦い顔をしたが、何も言わなかった。幼い頃からの呼び名を今でも呼ばれるのは正直歯痒いのだが、普段職務上で接する上では「日番谷隊長、だ」と注意することはできても、こうした休暇…しかもお婆ちゃんを前にしては、訂正の言葉を吐くことは躊躇われた。雛森もこういう機会を狙い、嬉々として呼んでいる気がする。

 

この家に揃っている顔ぶれを見て、お婆ちゃんはいつにも増して嬉しそうであった。三人分の夕飯を作るためにゆっくりと台所に向かうお婆ちゃんを見送る日番谷の顔も、どことなく穏やかだ。

 

 

「久しぶりだねー。二人揃ってここで過ごせるの」

 

「ああ…今日は運よく半休は取れたが、それが精一杯だ。瀞霊廷の復興が終わるまでは、あまり休みは取れなくなるだろうな」

 

「うん…頑張らなくちゃね、私達」

 

 

夕焼けに染まり始めた空を見ながら、縁側に座って会話を横で聞いているユージオは少し疑問だった。身長は雛森の方が上だし、ぱっと見雛森の方がお姉さんに見える。だが、口を開いた雰囲気は日番谷の方がはるかに大人びている。それに…初めて会った時、雛森は「副隊長」と名乗っていた。それに対して、日番谷は他の死神から「隊長」と呼ばれていたのをユージオは聞いている。地位も上ということは、やはり日番谷の方がお兄さん…? というより、二人は容姿に全くの共通点がないのだが、兄弟なのか?

 

 

「私とシロちゃんは幼馴染でね。この家でずっと暮らしてたんだ。血は繋がってる訳じゃないんだけど、私がお姉ちゃんで、シロちゃんは可愛い弟みたいだったね」

 

 

沈思黙考していたユージオだが、そんな様子が顔に出ていたらしく、雛森はユージオが悩んでいることを察して疑問に答えた。思わずへえ、と声を漏らすユージオ。一方「可愛い弟」呼ばわりされた日番谷は何とも納得いかなそうな顔をしていたが、特に何も言わなかった。実際に可愛かったかはさておき、実際当時の雛森はマジで日番谷のことをそう思っていた節がある。

 

 

ゴホン、と咳払いして気分を切り替えた日番谷は、隣に座るユージオに体を向けて座る。

 

 

「最初に会った時も言ったが…俺は雛森からある程度の事情を聞いた。その上で、お前に話したいことがある」

 

「……はい」

 

「お前のお婆ちゃんを殺したのは、俺たち護廷十三隊だ」

 

「!」

 

 

ユージオの目が、驚きで見開かれた。そんなユージオから目を逸らさず、日番谷は言葉を続けた。

 

 

「もちろん、お前のお婆ちゃんを殺すことが目的として行われていた訳じゃねえ。俺ですら全容を把握できている訳じゃねえが…あの時、流魂街で行われていたのは十二番隊の実験だ」

 

「じ、っけん…」

 

 

もちろん、ユージオはその言葉の意味を知っている。何かを確かめるために実際に行ってみる、試してみるということだ。だがそれによって、自分の親代わりの人間が犠牲になったというなら…その実験で、一体何が確かめられたのか。命の犠牲に、意味はあったのか。そう考えるにつれ、ユージオの内側から赤い感情が湧き上がり始める。自然と、強く固く、拳が握りしめられる。

 

 

「あの時のことは事故だった…そう言うだけなら簡単だ。だが、今のお前にとってその理由も過程も意味のねえものだろう。お前が受け止めた『事実』に対して、俺たち加害者側が言い訳する道理はねえ」

 

「だから俺は…護廷十三隊に所属する隊長の一人として…お前に謝罪したい」

 

「…本当に、済まなかった」

 

 

 

真正面から向き合った護廷十三隊十番隊隊長、日番谷冬獅郎は目の前の流魂街の子供一人を前にして、床に手をついて頭を下げた。同じく、ユージオの視線から外れた場所にいる雛森も、神妙な感情と共に頭を下げていた。こんな光景を、厳格な他の隊長…例えば二番隊の砕蜂隊長などは「隊長格ともあろう者がそう簡単に頭を下げるなど」と憤ったかもしれない。しかし日番谷は、流魂街に大切な身内がいる者として…彼の身に降りかかった不幸がいかに彼を傷つけたか、苦しめたか。日番谷は容易に想像ができて…そして、彼もまた苦しくなる。だからこそ、謝らずにはいれなかった。

 

ユージオは最初、突如とした謝罪を受けて少し呆然としていた。心のうちに燃え上がっていた感情も、謝罪ですっかり鎮火していた。しかし、自分が黙っていると二人はいつまで経っても頭を上げてくれない。それに、自分より背の高い普通の死神達すらもタジタジになる程の地位のある護廷十三隊隊長である日番谷が、自分に頭を下げているという状況は大変なことなのではないかと思った。慌てて「か、顔を上げてください。僕は…その、大丈夫です、から」と言うことで、ようやく二人は頭を上げた。

 

 

「…こんな言葉一つで許して欲しいとは言わねえ。だから、今回は他にもう一つ、話をしにきた」

 

「他に…ですか」

 

 

頷く日番谷の顔からは、神妙な様子が引かないどころか…心なしか、ますます暗くなってくる気がする。ユージオは、思わず唾を飲み込んだ。

 

 

「あの時、流魂街で行われていた実験だが、名目上は『滅却師(クインシー)破面(アランカル)の戦闘実験』となっている。滅却師(クインシー)破面(アランカル)は、お前には聞きなれない言葉だと思うが…つまるところ、あそこでは戦闘が行われていた」

 

「お前のお婆ちゃんに襲いかかったのは、その戦闘の余波によるもので間違いない」

 

「……」

 

 

話を聞いても、ユージオにはなかなか実感が湧かなかった。お婆ちゃんは戦いに巻き込まれた。それはわかっても、その戦いはどういう者達によって行われたのか、何のための戦いなのか。それが分からない今、自分で判断することは難しかった。

 

 

「そして、雛森の当時の証言と霊圧感覚から、一つ分かった事がある」

 

「…お前のお婆ちゃんを殺した張本人……破面(アランカル)は、今も瀞霊廷で暮らしている」

 

「…!」

 

 

ユージオの息が、一瞬止まった。それは、言われるまでユージオは意識したことはなかった。いや、できなかったのだ。

お婆ちゃんが吹き飛ばされた瞬間は、何度も夢に見た。しかし何度回想してみても、あまりの威力と恐ろしさのせいでユージオはあれを災害のようなものと認識していた。誰もが手に負えないような天災。そんな風に認識することで大切な人を失った悲しみを「仕方のないことだ」として自己暗示をかけるのにも一役買っていたのかもしれない。だが、今は…

 

 

ユージオは、自らの体を両腕で抱いて身震いした。あの閃光を放った人物がいる。ちょっと歩いた先にある、あの中央の街の中にそんな『化け物』がいる。…ユージオの体を支配したのは、そんな人物に対する怒りよりも恐怖であった。そんな様子を見て、雛森がそっと肩に手を置いて寄り添い、「大丈夫だから」と小声で囁く。それによって、ユージオも何とか落ち着きを取り戻してきた。完全に落ち着くために、深呼吸を繰り返すユージオ。

 

 

「…破面(アランカル)というのは、かつての俺たちの『敵』。今瀞霊廷にいるのは、その中でも十二番隊の手で従わせている連中だ。きちんと制御できている、とは十二番隊隊長の主張だが…それができていないからこそ、今回のような事故が起こったと、俺は思っている」

 

 

そう語る日番谷が思い出すのは、一人の破面の顔。

突如として現世に降り立ち、日番谷率いる先遣隊と戦いを繰り広げた破面の集団。その中でも力の開放によって八本の触手を操って攻撃する破面に、最初のうちこそ日番谷は苦戦した。だが、その後機転を利かせた罠にはめた事によりあっさりとこちらに軍配は上がった。ただし、勝利こそすれ相手を仕留めるところまではいかなかった。去り際の憎しみを込めたあの捨てゼリフは今でも思い出せる。

 

そんな破面が、紆余曲折の結果十二番隊隊長、涅マユリの手によって『ゾンビ』として蘇り、涅の配下についていると聞いた時──それを知ったのは大分後ではあったが──日番谷はいい顔はしなかった。仮に再び敵として立ち塞がった所で今更負ける気こそしなかったが、もしまた暴れ出したら被害が出るのは避けられない。ゾンビにしたとはいえ、本当に制御できるのかという疑惑は晴れなかった。そんな日番谷の疑惑とは裏腹に、そんなゾンビの集団…いわゆる『涅骸部隊』は公になってから半年間の間、何のトラブルも起こさなかった。この件を除いては。

 

 

話を聞いていたユージオは話の内容を理解しようと努めるより先に、今まで何度も繰り返し出てきたとある言葉が脳内から離れなくなった。ユージオは、少し勇気を奮って手を上げて、口火を切った。

 

 

「…あの、聞きたいんですけど……『十二番隊』って…どんな、組織なんですか?」

 

 

常々、気になっていた。今日、自分をどこかに連れていこうとした二人組の死神。日番谷が助けてくれたのは周知の事実だが、あの時も「十二番隊」の言葉が出てきた。正直、すごく怖い印象が拭えない言葉ではあるが、思い切って口に出してみたのだ。

 

 

「…護廷十三隊に存在する十三の部隊の中でも、十二番隊は少しばかり特殊だ。特殊というのも、十二番隊そのものがというより併設組織として存在する、技術開発局だろう」

 

「幾多の実験と研究開発を行う技術開発局、時にはそれらと共同して動く十二番隊。それを束ねるのが『涅マユリ』という男だ」

 

「……」

 

 

あの時も聞いた名前。自分を攫うように命令したという、隊長。聞くと少しだけ、また震えが戻ってきそうな気がしてしまう。

 

 

「涅は…研究と実験のためなら、見境がなくなる男だと言える。敵だろうと…下手したら味方も、あいつにとっては実験材料として、映っているのかもしれねえな…」

 

 

実験『材料』

 

ユージオは、目の前の隊長が放つ言葉が単なる誇張であることを願った。材料という言葉が指す範囲として、これほど不適切なことはあるまい。しかも、自分がそんな隊長の指示で連れ去られようとしていたということは…。緊張から、またユージオの喉が動く。

 

一方、そんな事情を語る日番谷はふと、何かを思い出すように視線を遠くの夕焼けに向けた。

 

 

「…だが、涅の科学者として腕前は疑うべくもない。あいつがいなければ…世界が滅んでいたかもしれねえ」

 

「え…?」

 

 

世界が滅ぶ。ちょっと聞いただけでは、これこそ誇張の類だと思いたくなるような話だ。そもそも、何の脈絡もなく世界が滅ぶだの言われて、ユージオには全く想像外のことであった。

ユージオに知る由も無いのはもちろんだが、それは決して誇張ではなかった。

 

 

「そして…この俺も、涅の手によって命を救われた。今、俺がこうしてお前に話すことができるのも…あいつのお陰だ」

 

 

日番谷が思い出すのは、ちょうど半年前に起こった戦争。たくさんの犠牲を経て、死神が苦い勝利を収めたあの時に、日番谷は何度も敵の危機に瀕し、そして一度敵の手に落ちた。涅マユリは日番谷を救っただけではなく、世界を滅ぼそうとする敵に対して、持ち前の技術によって幾つもの敵を討ち取ったのも事実。雛森もまた戦争のことを思い出しているのか、微かに下を向いて強く拳を握りしめていた。

 

一方のユージオは、話だけに聞く涅マユリのイメージを全く掴めずにいた。敵や味方も実験材料とするような人だけど、日番谷隊長だけではなく、世界をも救ってみせるような人物。善なのか悪なのか。ユージオは眉を顰めて考えるも、答えが浮かばない。

 

 

そんなユージオの内心を読んだかのように、日番谷の話がシフトしていく。今まで一方的に情報をインプットさせていたが…次は、アウトプットを始めた。

 

 

「ユージオ。お前に一つ質問がある」

 

「…はい」

 

「悪を倒すために悪を利用することを、悪だと思うか?」

 

「……悪を倒すために、悪、を…?」

 

 

質問の意味は分かるようで…いや、分からない訳ではないが、やはりユージオには少しばかり想像力が欠けていた。ここで暮らす以前の記憶がないユージオにとっては、具体的な例を抜きにしては自分の感情の整理が難しかった。

 

 

「…お前のお婆ちゃんを殺した涅の行為は一見すると間違いなく『悪』だ。だが…あくまで仮定の話だとして、もしその涅の行為によって悪が倒され、世界が救われたとしたら…それは『悪』だと呼べるか、という話だ」

 

「そ、れは…」

 

 

日番谷が出した例はユージオにとって分かりやすく…それでいて、かつての辛い思い出を抉るような、少々残酷なものだった。それでも、ユージオは考える。自分の大切な人の犠牲で、成り立つ世界。

多分、救われた世界で暮らすみんなは、笑っているだろう。自分は大切な人を失って悲しんでいても、みんなが笑っていれば、それでいいのかもしれ、な、い…?

 

いや…

 

それでも…

 

たとえ、僕がそれで良くても…

 

僕の…大切な人は……もう、笑えないんだ

 

 

 

「…僕は、『悪』だと…思います」

 

「例え世界が救われても…犠牲が出たというのは仕方のないことではなく、『悪』として残すべき…なんじゃないでしょうか」

 

「もしも、僕が…そのマユリという人と同じ立場なら……」

 

「最後の瞬間まで…犠牲をなくす方法を探し続けると、思います」

 

 

 

静かに吐露された、ユージオの心。ユージオに死ぬ前の記憶がなくとも、この世界で過ごした記憶がある。大切な人を失った記憶が、今のユージオの想いを形作っている。少々夢見がちな、誰一人犠牲のない理想を思い描く願い。それを聞いた日番谷は、どことなく穏やかな表情をして「そうか」と呟いた。

 

 

「…今の質問についてだが、護廷十三隊の総隊長は『悪を倒すために悪を利用することを、悪だとは思わない』という考え方を公言している。他の隊長達についてまでは知らねえが…俺はまだ、正直割り切れねえでいる」

 

「そんな状況だからこそ、今の護廷十三隊に…『お前が必要』だと、俺は感じている」

 

「えっ?」

 

 

あまりに唐突で、思わず気の抜けた疑問符を口から漏らしてしまうユージオ。予想なんてできる訳がない。自分のような、ただの無力な人間が必要に、なる?

 

ユージオが目を丸くしている中、日番谷はその目を同じ色の瞳を持って見つめ返した。

 

 

 

「…お前、死神になってみる気はねえか?」

 

 

 

ちょうどその言葉がユージオの脳裏に届くと同時に、台所から美味しそうな匂いまで漂ってきた。

 

 

 

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その日の夜。

ユージオは布団こそ敷いたものの未だ横になることはせずに、ひんやりとした木の卓袱台の上で一冊の書物をめくっていた。 日番谷と雛森、それにお婆ちゃん達とのいつもより賑やかな夕飯を済ませた後に、日番谷から手渡されたものだ。

ちなみに日番谷と雛森は既に瀞霊廷へ帰還している。瞬歩の使い手である二人は、仮にここで寝泊まりしても、翌朝の出勤には充分間に合うのだが…あえて今日は懐かしいお婆ちゃんの家で寝泊まりするのを見送った。それはユージオに、一人でゆっくりと考えられる機会を提供するため。

 

そんな機会を得てユージオは自室──そこはかつて日番谷の部屋だったことを今日初めて知った──で与えられた本を読みふけっていた。寝る前に少し読んでみよう程度の気持ちで布団まで引いたというのに、この書物はユージオの心を上手いこと掴んでいた。その書物の題名は、『真央霊術院 2218期 履修の手引き』死神になるための学校──真央霊術院における授業内容や卒業要件、また学院生としての心構えや規則、どのような死神を目指すか、そのためにはどうすべきかなどの指南がまとめられた本だ。今年の学院新入生に配られるものらしい。

 

ユージオは死神という存在を、透明なガラスの向こう側の存在のように思っていた。何度も出会い、見つめてきたが、決して届くことはない。自分とは、別な生き物のようにさえ感じていた。ましてや、自分が死神になれるなどとは。しかし、日番谷が示してくれた道。死神になれるという道が見えた今、死神になるための学びを示したこの本への興味が尽きなくなっていたのだ。

 

 

日番谷や雛森がここにいないのはユージオに一人でゆっくりと考えられる機会を、ということであったが実のところ…ユージオは既に決心していた。あの質問をした時から。

 

 

───死神に、なれれば……強く、なれますか?

 

───ああ。

 

───大切な人を、守れますか?

 

───…そうだな。もちろん、努力次第だが…死神になることで、『護る』ための力を得ることができる。それは、保証する。

 

 

 

日番谷が自分を必要としている理由。それは「半年前から、護廷十三隊は大きく変わり…瀞霊廷のみならず、尸魂界そのものが変革すべき時が来ている」とのことだった。だからこそ、新しい思想の若い死神が求められるということらしいが、少しばかりスケールが大きすぎて、まだユージオには実感ができない。だから、ユージオが死神になることを決心したのは、違う理由だ。

 

あの時、自分の大切なお婆ちゃんを奪い去った閃光。

もし自分が死神として強い存在だったら、あの閃光からお婆ちゃんを護ることもできただろう。それこそ、ユージオ自身を閃光から守ってくれたあのおかっぱ頭の五番隊隊長のように。

 

 

(犠牲を強いる『悪』のせいで、お婆ちゃんが死んでしまったというのなら…)

 

(僕は…そんな『悪』からみんなを守りたい)

 

(『悪』を無くす方法なんて、今の僕には分からない…けど、もう二度とお婆ちゃんのような犠牲を出さないための方法なら、今の僕にも分かる)

 

(…強くなって…みんなを護るんだ)

 

 

 

それが、ユージオの導き出した答え。歩みたいと願う、道だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに、それはユージオが自分で導き出した答え。しかしそれだけではない。

ユージオは、導かれてもいたのだ。偶然か、運命か、どう呼ぶべきかも分からぬ、未知なるものによって。

 

なぜなら、彼が死神の道を志したことで、出会うべき人との出会いへと確実に近づいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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西流魂街64地区『錆面』

ここの山間には、一つの集落が存在したがあるのは家ばかりで、生きた住人は一人もいなかった。その理由は、半年前の大戦の折に三界の魂魄バランス調整のための緊急措置としての、住民抹消が行われたからである。

地区の住人すらも寄り付かないがために無人になっていたのだが、今は少々事情が変わっている。つまり誰も寄り付かないが故に、それを目的として新たな住人が住んでいるのだ。それも子供が、二人。

 

そんな土地に、第三の客人がやってきた。

 

 

 

ここに来るのは二回目となる客人だったが、村落が見えるところまで歩いた際、そこに広がる妙な光景を目にして思わず訝しげに立ち止まってしまった。というのも、そこの住人の内の一人…金髪碧眼の少女が、腕を伸ばして指を前に突き出した格好でウンウン唸っていたからである。その傍らでは、色黒の肌を持った少年が──厳密に言うならばそうした呼び方は間違いではあるのだが──少女の側で色々と言葉を投げかけている様子であった。

 

何をやっているのか全く見当もつかないまま、とりあえず客人は歩みを進める。足音が聞こえる距離まで近づけば、自ずと少年少女の二人は気づいて振り向く。

 

 

「あ! 檜佐木さーん!」

 

「檜佐木さん! こんにちは!」

 

 

 

笑顔でブンブンと手を振る二人の子供を見て、客人──檜佐木修兵は似た者同士かよ、と苦笑した。しかしそれ以前に気になるのはさっきまでの奇行だ。

 

 

「よう、彦禰にアリス。またちょっと寄らせてもらったぜ。…ところで、さっき何やってたんだ?」

 

「あ、はい! 彦禰に虚閃(セロ)を教えてもらおうと思って!」

 

「…は!?」

 

 

あんまりにもさらっと金髪少女──アリスの口から出てきた言葉に、思わず大声を出してしまった檜佐木。いやまさか、と思って目の前で不思議そうに首を捻る少女の霊圧を探るが、(ホロウ)らしき感じは一切しなかった。そもそもの霊圧自体がおかしい点こそあれど、ともかく虚の因子がなければ何をどうしようと虚閃なんて打てる訳はないのに、一体どういう流れでそうなったのだろう。

 

檜佐木が問うと、アリスはちょっとはにかむように言った。

 

 

「あの…ですね。一緒に暮らしていて私、彦禰に助けてもらってばっかりだったから。檜佐木さんに食べ物頂くのも悪いから私たちで畑でも作ろうってなったら、彦禰は虚閃で一気に森を切り開いてくれたし、私には動かせない邪魔な切り株もあっさり取っちゃうくらい力持ちだし…。だからせめて、私も役に立ちたくて彦禰に色々と教えてもらおうとしたんです」

 

「でも、僕はアリスからも色々教えてもらったんです! 僕は畑のことを知りませんでしたから、アリスから教えてもらわなければ僕も畑を作れませんでした! 僕もアリスに助けられてます! はい!」

 

 

「そうか。なんだかんだ上手くやれてるようで何よりだが…とりあえず、アリスが虚閃を習得するのは無理だと思うぞ」

 

 

檜佐木がそう告げると「「ええっ!?」」とハモって驚く二人。檜佐木は彦禰には色々教えたつもりでいたが、確かに虚閃が誰でも打てる訳ではないってことは教えてなかったなとぼんやりと思っていた。彦禰は色々と特殊なため、()()()()()()()()虚閃を打つことができるように()()()()存在だったから、当然のようにアリスに教えられるものと思っていたのだろう。

 

 

揃って肩を落とす二人を見て、檜佐木は心のどこかで安心の気持ちを抱いていた。一人で暮らしたい、と望んで瀞霊廷を出た彦禰に対して、応援する気持ちと不安に思う気持ちが半々だった。しばらくは瀞霊廷通信の編集者として忙しく奔走していたが、何かの折に初めて彦禰の様子を見に行ったとき、まさか友達ができていようとは夢にも思わなかった。

 

アリス・ツーベルクと名乗る少女には、口にこそ出さないが奇妙な点が多いとは思っている。金髪碧眼という、西梢局の尸魂界の住人を思わせる容姿に加え、通常の魂魄ではありえないほど非常に安定した霊圧の持ち主。この尸魂界に来てまだ数ヶ月ともなれば、生前の記憶がまだはっきり残っていてもおかしくないが、本人曰くここに来るまでの記憶は名前以外さっぱりなのだという。

 

腑に落ちない点こそあれど、悪い子ではないというのは檜佐木にもよく分かる。それに持ち前の元気さが彦禰と上手い具合に釣り合っている印象がある。誰にでも敬語を使う癖がついているような彦禰と呼び捨てで呼び合う関係になっていたりと、お互いそれなりに親しくなっているのがよく分かる。…それにしても、森を切り開くために虚閃を学ぼうとするなどと、あの時共闘した破面連中が聞いたらどんな顔するだろうか。

 

 

「ダメなんですか、虚閃…。…あ、じゃあ檜佐木さん! 鬼道って教えられませんか?」

 

「え、ええ…鬼道をか?」

 

「鬼道って何? 彦禰?」

 

「はい! 檜佐木さんとか、死神の方達が使う術です! 僕は使えないですけど、色んな種類があるって聞いたことがあります! これならアリスも使えるのではないでしょうか!」

 

「へえ、それ面白そうね! 檜佐木さん! お願いします! 私に鬼道を教えてください!」

 

 

「ちょ、ちょっと待て! 一旦落ち着け! ストップだストップ!」

 

 

慌てて手を振って迫り来るアリスを落ち着かせる檜佐木。実を言うと、アリスは「ストップ」の意味を理解していなかったが、落ち着けという言葉を聞いて一旦口を閉じる。檜佐木は、思った以上にアグレッシブなアリスに対して、咳払いした後に答える。

 

 

「いいか、確かに俺も鬼道は使える。だがな、はい教えてやろうと言って、すぐにできるものじゃない。俺が身につけた鬼道もな、霊術院…つまり、死神の学校でしっかりと鍛えてからモノにしたんだ。そう軽々とは…」

 

「はい! じゃあ私、死神の学校行きます!」

 

「こら、人の話は最後まで聞け!」

 

 

またもやアグレッシブに話を遮られたために思わず叱責してしまう檜佐木だが、おそらくほぼ反射的に出たのであろうアリスの言葉について、ちょっと真剣に検討し始める。

 

 

「…あー、なんだ。アリスは、死神の学校に入りたいのか?」

 

「あ、はい! えっと、今のは勢いで言っちゃいましたけど…。でも、死神の学校…ってところに入れば、私も彦禰くらい強くなれますか?」

 

「……努力次第、だな。アリスがどれだけ頑張るかで、彦禰を超えることもできるだろうし、さっき言ってた鬼道も覚えられる。…虚閃は無理だけどな。だが、本気で霊術院に入るつもりなら、しばらくここからは離れる必要があるぞ。ここから通学は無理だし、寮に入ることになる」

 

 

そんな檜佐木の言葉を聞いて、アリスの言葉が少し詰まる。思わずちらりと横に立つ彦禰に視線を向けるアリスだが、彦禰はなんとなくアリスの言いたいことを察せるようになっていた。

 

 

「…えっと、はい。僕はその、死神の学校には行きません」

 

「え!? そうなの、彦禰?」

 

「はい。僕が瀞霊廷に戻ると…きっと檜佐木さんや、多くの人達に迷惑をかけてしまいます。それに、僕はやっぱりこういう場所でゆっくり生きていきたいと思うので」

 

 

微かに自虐が含まれている彦禰の言葉を、檜佐木は否定することはできなかった。檜佐木自身は迷惑に思うほどのことはなくても、少なからず、彦禰とは一度敵対した身である。更にかつて彦禰が関わった戦いには、あの四大貴族である綱彌代家の陰謀が渦巻いていたのだ。その綱彌代家の従者として様々な闇の仕事すらこなしてきたという彦禰は、他の貴族から目の敵にされていることは容易に想像がつく。仮に霊術院に入っても、穏やかな生活は望めないだろう。

 

 

アリスは無言で、視線を彷徨わせている。迷っているのだろう。死神の学校に対する強い興味と相反して、ここでの友達との生活の楽しさも捨てがたい、という気持ちとの間で。しかし、そんなアリスの背中を押す言葉が、隣からかけられた。

 

 

「アリス、行ってみてはどうですか? 死神の学校へ!」

 

「ひ、彦禰? でも…」

 

「僕は大丈夫です! 元々一人で生きるつもりでしたし! アリスとの生活も凄く楽しいですけど…僕、強くなったアリスも見てみたいです! アリスは僕よりも色んなことを知っていますから、そんなアリスが僕よりも強くなったら、それはきっととても素敵なことだと思います! はい!」

 

 

彦禰の方を向いたアリスの目が見開かれた。数秒硬直した後に、微かな笑みを漏らす。強くなった自分を素敵だと言われるだなんて、アリスにとっては予想外で、それでいて少しばかりこそばゆい気持ちがする。

 

 

「いいの? 私、彦禰より強くなっちゃうかも?」

 

「はい! 大丈夫です! 僕も強くなりますから! 競う相手がいると強くなれるって、前に檜佐木さんが教えてくれました!」

 

「へえー。それじゃあ、私と彦禰、どっちが強くなるか勝負ってわけね! そうと決まったら、負けないわよ!」

 

「はい! 僕も負けないように頑張ります!」

 

 

 

ライバル心が高まってきたのか、目を鋭くして拳を握りしめるアリスに、いつもの笑顔のままグッとガッツポーズする彦禰。この二人の姿を見た檜佐木は、なんとも微笑ましい気持ちになった。かつて一人の人物のことを盲従して生きてきた彦禰が、今こうして友達が強くなる成長を「素敵」だと表現できる感性が育っていること自体に、檜佐木は強い感動を覚えていた。ひょっとしたら、今こうして隣にいて過ごしたアリスの存在もまた、影響しているのかもしれない。

 

 

「話は決まったか?」

 

「はい! …私、死神の学校へ……入りたいです! あ、でもどうしたらいいか…分からないですけど」

 

「大丈夫だ。アリスがそう願うんなら、俺も出来る限りのことは惜しまないが…もうしばらく待って欲しい」

 

 

 

アリスが持つであろう死神の才能については、少なからず檜佐木も見抜いていた。入学の規定は満たしているとは確信できるものの…問題はアリスに、ではなく別なところにあった。

 

 

 

「半年前の大戦で、真央霊術院の建物が酷く損傷した上に、講師の殆どが生徒を守るために奮闘した結果、命を落としている…。俺の方から優先復興の申請を出すつもりではあるが…それが通るまで、とてもじゃないが新しい2218期生を受け入れることはできないだろうな」

 

 

 

 

 

*

*

*

*

*

*

 

 

 

 

 

時は違えど、二人の決断は同じ。

彼と彼女が出会うのはまだ先なれど、二人の進む道は決して平行線ではない。

 

偶然が運命か、どう名付けるかは誰も知らないが、二人の道は、必ず交わるようにできている。

だがあえて名前をつけるとしたら、『前世の縁』だろうか。

 

 

電脳世界で過ごした三人の幼馴染としての縁。

 

一人目、アリス・ツーベルク。

二人目、ユージオ。

 

 

 

では…三人目の縁は?

 

 

 

 

 

 

 

それもまた、いずれ必ず、繋がることだろう。

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