元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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第二十九話 Change of pace and Suspicious invitation

「こんにちはー、龍田さん。お加減の方はいかがですか?」

 

「ああ、アリスちゃん。うん…おかげ様で、今日は調子いいよ」

 

 

綜合救護詰所の一室。六つのベッドがカーテンで仕切られるその部屋の中で、アリスはまず右手前のベッドに横たわる、主に手足部分が包帯でグルグル巻き状態の男性の側に寄った。

 

 

「それは良かったです。それじゃあ、いつものように包帯取り替えさせていただきますね」

 

「ありがとう。いやあ、アリスちゃんみたいに別嬪な子に世話してもらえるなら、ずっとここで入院していたいなあって思っちまうよ」

 

「もう…ダメですよそんな。早く元気になって頂かないと」

 

 

「ああ、全くだな」

 

 

怪我人の男性とアリスのとの会話に、突然第三者の声が割り込んでくる。男性とアリスが同時に振り返ってみれば、そこにいたのは年季の入った見た目をした大柄の男性死神だった。

 

 

「アリスが世話をしてる限り入院し続けたいとは困ったもんだ。仕方ない、今日からお前の担当をアリスから俺に変更するか?」

 

「あ、青鹿さん…それは勘弁してください。しっかり怪我治すように努めますから…」

 

「それがいい。全く…みっともなく鼻の下伸ばしやがって…」

 

 

四番隊所属の大柄な死神、青鹿は呆れたように首を振る。それを見てアリスも小さく笑った。

 

 

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一室六人分、全員の包帯替えと世話を終えたアリスと青鹿が部屋から出ると、青鹿が労いの言葉をアリスにかける。

 

 

「ご苦労だったな。本来ならアリスは女性隊士の世話だけを任せるべきなんだろうが…何せ四番隊も人手が足りなくてな…」

 

「いえ! お安い御用です! 私みたいな見習いがお仕事をいただけてるだけでありがたいですから!」

 

 

気丈な笑みを見せるアリス。だが、青鹿の表情はまだ晴れやかとは言えないものだった。

 

 

「そういえば、アリス…いつまでここを手伝うつもりなんだ?」

 

「…え?」

 

 

アリスの表情が、気丈な笑顔のまま表情筋が凍りつく。

青鹿の表情も変わらず、アリスを気遣う心配の様子のまま疑問を呈す。

 

 

「確かに四番隊としちゃ、見習いとはいえ人手が増えるのはとてもありがたい。だが、アリスは学生だ。勉強の本分もあるだろうし…何より、目的の回道第二段階までは()()()()()()()だろう? まだ四番隊で働いてても大丈夫なのか?」

 

「………」

 

 

疑問の声を聞いたアリスの視線が下がり、表情はまるで塞ぎ込むかのように影がさす。

その様子を見て、青鹿も思わず気まずそうに視線が逸れる。

 

 

「…悪いことを聞いちまったみたいだな。忘れてくれ。そうしたら、次は三番隊に書類を届けるのをお願いしてもいいか? 前にもお願いしたから、場所はわかるよな?」

 

「……あっ、はい! お任せください!」

 

 

頼もしそうに見えるアリスの笑顔も、なんとなく取り繕ったような感じが否めないものだった。

 

 

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それから数時間後。

アリスは居場所を変え、真央図書館にいた。

 

 

「……ゆ、雨涵…? いるー?」

 

「…? ああ、アリスか? 私なら、こっちだ」

 

 

クイクイっと本棚の隙間から手招きする腕に誘われて、アリスは歩みを進める。隙間がガラガラに空いた本棚の列にアリスが顔を覗かせると、そこでは雨涵が床に座り込んで何やら紙を見ているようであった。彼女が座る隣には、どっさりと本が詰まった段ボールの箱があった。

 

 

「ごめん…やっぱりまだ仕事中だったかしら?」

 

「いや、大丈夫だ…。好きな時に休憩していいって、言われてるからな…ちょうど、頃合いだと思ってた」

 

 

そう言って紙はポケットにしまい、雨涵は立ち上がった。本の入った段ボールはそのままに、アリスを机の方へ案内する。

 

 

「司書さんは?」

 

「今日も、別室で破損した本の修復作業をしている。本当は施設自体の修復を優先すべきとは思っていても、傷んだ本は放置することでどんどん修復が難しくなっていくからな……」

 

「…まだまだ大変なのね。司書さん、無理してないといいんだけど…」

 

 

二人…もとい、院生達が共通して知る数少ない大人の心配をしながら、共に机を挟んで椅子に座り向かい合う。互いにふうと小さい息を吐いた後、雨涵が口を開く。

 

 

「それで…わざわざこんな時間に訪ねてきたんだ。…何かあったのか?」

 

「あー…そうね。私に何かあったというより、ユージオが…ね」

 

 

ゴニョゴニョと、少し言いづらそうな様子のアリス。だが、その不完全な言い回しでも雨涵は「ああ…」と理解して頷いた。つまるところ、二人とも思うところは一緒だったのだ。

 

 

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「ねえ、雨涵はユージオの様子…どう思う?」

 

「…焦っている、ように見えるな。余裕を失っていると思う」

 

 

二人の女子院生が対面となって語り合う問題とは、残る一人のクラスメイト…霊術院生ユージオのこと。たった二人のクラスメイトは、彼に訪れた変化についての思いを巡らせていた。

 

 

「授業の時も集中がしきれてない。ユージオが座学の時に先生に注意されたのなんて、私の知る限り…初めてだ」

 

「剣術の練習も、めっきりしなくなったわよね。…あともうちょっとで新しい秘奥義『バーチカル』をものにできるって、喜んでたのに」

 

 

普段のユージオからは考えられないような様子を確認し合う二人。長いこと一緒に過ごしているからこそ、目に見えて分かる彼の不調。何より…二人にとって一番辛いのは、時折ユージオの顔に現れる苦しそうな表情。彼本人は二人の前で気丈に取り繕うも、それしきで気づけないほど付き合いの浅い仲ではない。

 

 

「そうねぇ…」

 

 

突如として正面とは全く別方向から第三者の声が聞こえてきて、雨涵はビクッと肩を浮かせた。声が聞こえてきた方、つまり右に向けて視線を流すと、そこには鮮やかな青のスカートに白のエプロンをかけた金髪の女性…すなわち、青年姿のアリスが机に腰掛けて足をブラブラさせていた。

 

 

「ユージオも、ユージオ君のことを大分気にしていたわ。まるで、見えない何かに追われているような、切羽詰まっている感じだって…。やってることと言えば、ただひたすらにお話することだけらしいけど…」

 

 

難しい顔で眉間に皺を寄せる青年のアリス。院生アリスの斬魄刀が具象化した姿である彼女はどうも最近現れ方が突発的になってきてる気がする。具象化した斬魄刀の姿からは霊圧をほとんど感じ取れないため、突然現れて声をかけられようものなら雨涵もビクッとする。持ち主であるアリスは平気なようであるが。ただそれはともかく、今の青年アリスから聞き取った情報──青年ユージオを介して得られた院生ユージオの情報──を得て、雨涵には思い当たる言葉があった。

 

 

「『始解を習得する過程である”同調”のヒントは──』」

 

「『──必ず、”対話”の中に隠れている』」

 

 

雨涵が呟いた言葉の後を、アリスは即座に紡いでみせた。それを聞いた雨涵は思わず目を丸くして、アリスに向き直った。

 

 

「私もそれなりに、色んな人に聞いて回ったのよ。でも、教えてくれることはみんな一緒だった。対話を繰り返すこと。それしか、同調へ繋がる道はないって」

 

「……そうだな。私が聞いた話も同じだ。そしてユージオは今、同調の方法を見つけ出すための対話に苦心し…そして焦っている……ということだろう」

 

 

院生ユージオ本人はここにいないながらも、互いに彼の現状を推測し合う女子院生二人。その会話を聞いた青年のアリスは首を傾げる。

 

 

「あなた達の事情はよく分からないけど…やっぱり急がないと、ダメなことなのかしら?」

 

 

青年アリスの疑問に対し、院生のアリスが首を振って答える。

 

 

「いいえ。特に期限があるわけでもないし、ゆっくり自分のペースでやればいいって、何回も言ってるんだけど…」

 

「…よくも悪くも、ユージオは真面目だからな。もし同調への手がかりがまだ何も掴めてないとしたら、焦り始めてもおかしくはない。仕事中や修行中にも、肩の力を抜くことは大事とは言っているのだがな…」

 

 

腕を組んで悩ましげな表情の雨涵。普段の院生ユージオなら、真面目な時はとことん真面目で、気を抜くときはとにかくリラックスする。そういうメリハリができていたのだが、今回の場合…真面目の修行が行き詰まりすぎて、気を抜くべき時でも引きずってしまうのだ。多分それは、”始解習得”という役割の責任感に加えて、一刻も早くそれを成し遂げたいという、院生ユージオの思いが強い故。正確には、それを成し遂げた先にある目的への思いではあるが。

 

だからこそ、院生アリスは院生ユージオに明かしていない。自分の目的である「回道の第二段階の習得」を既に成し遂げていることを。院生ユージオがもしそれを知ってしまえば、心の焦りがますます大きくなるばかりであろう。幸いにも自分の現状に必死になってるお陰か院生アリスの進捗状況を尋ねる素振りはないが、万が一にも感づかれないよう、決まった時間まで四番隊隊舎での就労を続けているのだ。

 

 

「なるほど…」

 

 

彼らの間に交わされた詳細な条項は知らずとも、現状の問題点のみを正確に把握した青年のアリスはむむむと唸る。だが数秒後にはパッと顔を上げてみせた。

 

 

「やっぱり、そういう時に一番いいのは気分転換じゃない? やるべきことから離して、なんでもいいから一旦 別なことををやらせるべきよ」

 

「…御尤(ごもっと)もだ。しかしあのユージオのこと、やんわりのらりくらりと断ってきそうだが…」

 

 

 

 

「そこは…ねえ?」

 

「ええ、もちろん」

 

 

 

 

「「()()()()()()()」」

 

 

 

 

「…なるほど」

 

 

そしてやはりというべきかなんというべきか、二人のアリスの意見は綺麗に一致する。力づくというのはどうも気が引けるが、しかしあの院生ユージオの気を引くにはそれくらいやって然るべきかもしれない。何よりこの「無理矢理」という方法で、かつて雨涵自身が救われているという事実があるからだ。

 

 

 

「さて、それじゃあ…ユージオには一体何を()()()()やらせようかしら?」

 

「そうね…気分転換というからには、普段絶対やらなそうなことを()()()()やらせてあげた方がいいわよね」

 

 

問題提起をするとともに、二人のアリスが互いに顎に手を当てて考える。どうも無理矢理という言葉が入ると不穏なイメージが拭えないが、二人は至って真剣に院生ユージオのことを考えているのだ。雨涵もまた、椅子に大きく寄りかかりながら腕を組んで考える。院生ユージオが普段やらないこと。それに焦点を絞って考える。

 

 

三人揃って無言で考えるタイム…続くことおよそ三分二十二秒。

 

 

「…そういえば」

 

 

三分二十三秒後、最初に口を開いたのは雨涵だった。

 

 

「ユージオとアリスに…伝え忘れてたことがあった、な」

 

「「え?」」

 

 

アリス二人分の声が、重なった。一見すると、今三人の間で燻っていた議題とは全く別の話に聞こえるものではあったが…もちろん雨涵は別の話として持ち出した訳ではなかった。

 

 

「あの時はユージオの様子に気を取られていたのもあって、返事をし損ねていたが……あれくらいの”仕事”の方がユージオの気を逸らすのにいいのかも、しれないな…」

 

 

少し複雑そうな表情で、雨涵は数日前のことを回顧しながら呟いた。

 

 

 

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「……僕は一体、何をしたんだろう? 雨涵、知ってる?」

 

「さあな。ま、悪いようにはしないだろうから、そこは大丈夫だ」

 

 

ユージオの疑問の声に、雨涵は適当な返事をした。ユージオが何をしたのか、教えてしまうとそれはそれでまたユージオが気に病むかもしれない。面倒くさい性格に思えるが、あくまで気に病むかどうかは雨涵の推測なので、実際のところは分からない。

 

 

「雨涵の言う通りよ。 さ、キビキビ歩きなさい! 下手に逃げようとしたら縛道追加するからね!」

 

「は、はい!」

 

 

背後のアリスから言葉をかけられたユージオはピンと背筋を伸ばし、まるで先生に対するかのような返事をした。とは言っても、今のユージオは背筋を伸ばすだけでも一苦労だ。何せ、ユージオの体には縛道の四”這縄”がグルグルと巻きつけられているからだ。

 

 

院生ユージオの気晴らしに一体何をやらすのか。それを決めた翌々日に、早速二人の女子院生は自らの予定を調整した後、授業が終わった後のユージオにコンタクトを取った。だが案の定「いやあ…僕は始解を習得するのための刃禅をやらなきゃいけないからさ」とやんわり断ってきたので、その言葉が終わるより早くアリスが縛道でグル巻きにしたのだ。急にそんなことされたユージオはもちろん大きく動揺はしたが、有無を言わさぬアリスの雰囲気に気圧されて、大人しく連行される道を選んだ。

 

 

鵜飼いの鵜よろしく、女子院生の握る紐にグル巻きに繋がれて歩く男子院生の姿は、仕事で往来する死神から瀞霊廷復興のために働く土木職の人まであらゆる眼を引いた。ユージオは顔を少し赤らめながら、小声でアリスに話しかける。

 

 

「ね、アリス。絶対逃げないって約束するから、せめて這縄は解いてくれない?」

 

「え〜」

 

 

アリスはちょっと不服そうに頬を膨らませた。その反応を見たユージオは、きっとアリスは自分が逃げる逃げないに関わらず、自分を紐に繋いで歩くこの状況をちょっと楽しんでるなと推測した。そんな二人の間を雨涵がやんわりと取りなす。

 

 

「まあまあ…ユージオがそこまで言うんだ。離してやったらどうだ、アリス」

 

「むう…わかったわ。離すけど、その代わり着いてから逃げるのもナシよ!」

 

 

アリスが手に持った”這縄”の先をギュッと握ると、そこから霊子の縄は緩やかに崩壊していった。やがて完全に体が解放されたユージオは体をぐっと伸ばしてストレッチのように肩を回すと、困ったように微笑んだ。

 

 

「いやあ、もちろん逃げる気はないけど…たださ、できればこれからどこ行って何するのか教えてくれたら…嬉しいなって…」

 

「ふふっ。すぐにわかるわよ。もうちょっとで着くから!」

 

 

屈託なく笑うアリスの姿を見て、ユージオは肩を落とした。雨涵は呆れたように首を振った。

 

 

 

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そうして三人の院生が辿り着いた地区は、一番区…もとい、真央区だった。

ユージオは、まさか真央図書館が目的地なのかと一瞬思ったが、二人が歩く道はユージオの記憶の道から大きくずれていく。消えないクエスチョンマークを頭の上に浮かばせながらも、とりあえず黙ってついていくことにする。女子院生二人の歩みは一切の迷いがないことから、どうやらアリスだけではなく雨涵もこれから行く場所のことを知っているようだ。

 

心なしか他の地区よりも復興が進みつつある真央区を進んでいくと、やがて一つの建物の前で女子院生達の歩みが止まった。それはあまり大きくはない白塗りの建物で、傍目からではなんの施設なのか全く見当もつかない。

 

「来てるかしら…?」とアリスが少し心配そうにしながらも、尸魂界では珍しい西洋風のドアをコンコンとノックする。その後の一呼吸を経て、ドアノブをぐっと握ってドアを開ける。

 

先を行く二人の女子院生の顔の間から、扉の向こうを見たユージオの頭からは…まだクエスチョンマークが消えなかった。建物の中はほぼ大きな一室として繋がっており、壁は外と同じく真っ白だった。特に目を引くのは何に使うかよく分からない…機械の数々。ユージオは辛うじて辞書などを通じて機械のことは知っていても、今まで実際に見た事ある機械は片手で数えられるほどしかない。それでいて一口に「機械」と言っても何百という種類があるらしいので、ユージオにとっては正直暗記のカテゴリーから外れてしまっている。

 

そんな「機械」がいくつも立ってあったり、置いてあったりしてある部屋の中を、ユージオは一通りぐるりと見渡した後でようやく…大部屋の右端に二人の死神が立っているのに気付いた。

 

 

「あ! 伊勢副隊長に、松本副隊長! こんにちはー!」

 

 

アリスは明るい声を出しながらの一礼と共に、トテテテと向こうにいる二人の死神に向けて駆け寄っていく。雨涵も一礼してそれについて歩いていく。ユージオはそれから更に二手ほど遅れて、慌てて礼を真似して共に行く。

 

二人の女性死神は、アリスの声に気づいてこちらを向くと、笑顔で応じた。

 

 

「あら〜、アリスちゃん! 元気にしてた?」

 

「アリスさん…息災のようで何よりね。この度は仕事の件の連絡、ありがとう」

 

「いえいえ! 地獄蝶がちゃんと届いていてよかったです!」

 

 

二人のうち一人は、ユージオにも見覚えがあった。初めてこの瀞霊廷に足を踏み入れた日と、初めて更木隊長と出会った日。その二つの日にてユージオは伊勢副隊長と出会っている。ただ、その記憶にあるよりも伊勢副隊長は数段アリスに対する態度が柔らかくなっている。

そしてもう一人、初めてみる女性の副隊長…胸元を大きく開けた死覇装が特徴的な死神だ。なんだか、日に日に隊長格とお目見えする経験が積み重なったいくなあとぼんやりしたことをユージオは思っていた。なんでぼんやりしてるのかというと、結局なんのためにここに連れてこられたのか全く分からないからだ。

 

とはいえ、いつまでもぼんやりしてるわけにもいくまい。ユージオは会話中のアリスではなく、雨涵の側によって肩を小突く。

 

 

「ねえ。流石にもう、何をするのか教えてくれてもいいんじゃない…かな?」

 

「……ごもっともだな。だが…私からよりも、直接仕事の依頼者に聞いた方が逆に早いだろう」

 

「…仕事? 依頼?」

 

 

首を捻るユージオ。そしてちょうどそのタイミングにて、話を終えたらしいアリスと二人の副隊長がこちらに歩み寄ってくる。

 

 

「あらあら、これがお話のユージオ君? また綺麗で可愛らしい子ねえ。こりゃ色んな隊士から人気出るわけだわ」

 

「はい…? に、人気…?」

 

 

ますます捻る首の角度が大きくなるユージオ。その後ろでは、眼鏡を光らせながら伊勢副隊長が懐から何かを取り出した。それは、小さく手に収まるサイズの、機械。

 

 

 

「それでは…準備が出来次第、始めるとしましょう。

グラビアカレンダー特別版 2218期院生の撮影を」

 

 

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「え!? 何これ!? 嘘、絵!? すごい! すごいよアリス! 絵が! 目の前が一瞬で絵になってるよ!」

 

「ふふん、すごいでしょ! これはね、尸魂界の中でも屈指の文明機械なの!」

 

 

大興奮なユージオと、どうしてか得意げなアリス。ユージオのその反応を見て、雨涵にとってはなんとも言えぬ懐かしさを覚えた。というのも、このユージオの反応はあそこで偉そうに説明してるアリスのかつての反応と一言一句まで同じだったからだ。

どうも流魂街の出身者にとっては…この「カメラ」は非常に珍しいモノであるらしい。

 

 

 

 

結局のところ、雨涵が話していた”仕事”とは端的に言うならば『カレンダー写真の撮影モデル』

そして彼らが招かれたこの場所は『撮影スタジオ』なのだ。瀞霊廷通信と女性死神協会共同で使われる場所である。

 

図書館でたった一人仕事をしてる際に、来訪してきた伊勢副隊長と出会って話を聞いた時には随分と首を捻ったものだ。以前、伊勢副隊長から女性死神協会についての説明は受けているため、カレンダー制作による金策を行なっていることは知っていたが…自分達が写真撮影のモデルになる? なぜ?

 

院生達は死神御用達の銭湯を頻繁に利用してたり、京楽隊長との会合の件もあったりして、その名が死神達の間でもある程度知れてることはなんとなく理解していたが、まさか写真に需要がある程人気が出てるとは思いもしなかった。特に一番人気はアリスで、子供ながらに並外れて美しい容姿に加え、救護詰所にて手伝いに奔走していることもあって、既にファン層の存在が確認されているという。

 

本来は隠し撮りでカレンダー用写真を確保するのが常套手段であったが……今回のカレンダー製作は女性死神協会の金儲け目当てではなく、売り上げは全額瀞霊廷復興のために寄付するという慈善事業プロジェクト。なので、正当なるカレンダー制作というコンセプトのもと、院生達に正式な仕事の依頼が来たらしい。…今まで正当ではないカレンダー制作をしていたのはどうかとも思うが。

 

 

グラビアとは名ばかり、実際は単なる日常的なシーンやカッコいいシーンを収めた写真を用いるとはいえ、自分達の容姿を売り物にされることに対して、アリスとユージオがどういう反応を示すか分からない。報酬は随分とはずんでいたとはいえ、雨涵一人の判断で決めていいことではないと感じたため、即答は控えていたのだが…

 

 

「…杞憂だったな」

 

 

心なしかちょっと安堵した様子の雨涵の視線の先にいるアリスとユージオは、実に楽しそうであった。ユージオは最初の方こそカメラというものの使い方を教わった後、もっぱら撮る方に夢中だった。副隊長の二人からちゃんとしたお話を聞いた後も、「それじゃあ…僕が写真を撮ってもいいでしょうか!?」と、なかなか自分が撮られる側に回るという考えに至らなかったくらいだ。

 

 

 

 

 

 

だが…結論から言えば、写真撮影は意外と滞りなく進んだ。アリスもユージオも…一応雨涵もモデルとしては協力的に振る舞った。どんな感じかと言えば、例えば椅子や机のセットを用いた授業風景の撮影。刀を構えたカッコよさ重視のシーンなど。もちろん雨涵は刀NGなため、躍動感のある白打シーンを中心に撮影をした。撮影する前も撮影の最中も、ここ最近見たことのないほど軽快に笑うユージオの姿を見ていると、雨涵もアリスもまた、自然に頬が緩む気持ちであった。松本副隊長から「いいわよ雨涵ちゃん!笑った顔特に素敵ねー」と言われた時は、思わず顔を赤らめてしまった。

 

 

幾多の写真の出来栄えに、伊勢副隊長と松本副隊長は大層満足した様子だった。

そしてもちろん、アリスと雨涵の方の狙い…ユージオの気分転換も、成功したように思う。

 

 

 

 

 

準備の良いことに、松本副隊長と伊勢副隊長は撮影終了後にすぐ院生達のもとに歩み寄り、今回の撮影によって支払うべき給金を手渡そうとした。

しかし、素直に手を伸ばしたアリスと雨涵に対し、ユージオだけは副隊長達に頭を下げてお願いをした。報酬である給金の代わりに、いただきたいものが二つあると。それは…今日撮った写真の写しとカメラであった。

 

 

 

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パシャッ!

 

 

「…日の光が入ると、写真も随分変わるんだな。もうちょっと下から撮ったら、上手く映えるかも知れない…」

 

 

まだまだ復興途上の瀞霊廷を歩き回る、霊術院生ユージオ。

完全に試行錯誤を繰り返すカメラマンとなりながら、彼は一人のんびりと歩みを進めていた。

 

 

 

 

女子クラスメイト二人と別れて、一人寄り道をしながら院生寮に向かう。前にもなんだかこんなことがあったのだが、今のユージオはそれを思い出さず、ただただ写真撮影に夢中になっていた。ユージオが給金の代わりにもらったカメラは少々古いタイプで、大きさがユージオの顔を同じくらいはあるものだ。だが、撮った写真がその場で現像される、いわゆるポラロイドカメラというもので、印刷のための機械も要らず、カメラ一つで完結するこの代物はユージオにとって大変ありがたかった。

 

写真撮影に夢中のあまり、あまり院生寮への帰り道について頓着していない状態だが、ユージオにも考えがある。というのも、今まで詳細に撮り続けた写真の数々が手元にあるのだ。例え道に迷っても、今までに撮った写真を辿っていけば、知っている道に戻るのもたやすい。というわけで、ユージオは今何の迷いもなく未知の土地へ足を踏みいれ、写真を撮り続けた。

 

ある場所では、まだ痛々しい戦争の傷が残る建物跡を。

ある場所では、復興進みつつある建設中の仕事場を。

またある場所では、やたらノリノリな作業員達がポーズをとって写真に応じてくれた。

 

時折感じる被写体とのコミュニケーションにホッコリしながらも、瀞霊廷を歩き…写真を撮り続けるユージオ。

だがもちろん…いかに夢中になっていることはいえ、永遠には続けられない。

 

ユージオの写真撮影巡りを中断しなければならなくなった理由は、カメラに限界が訪れたから

 

 

 

では、なかった。

 

 

 

 

 

「…おい、お前」

 

「うーん? 光の加減が変だな…あ、そっか。時間が経って、太陽の位置が変わったから…」

 

「……聞いてんのかよ、こら」

 

「これは、こっちからじゃなくて裏から撮った方がいいかもしれないな…どこか、回れる道は…」

 

 

「こらガキ! 無視すんじゃねえぞ!」

 

「へ!?」

 

 

ユージオはもちろん、悪意あって無視した訳ではなく。

写真撮影に夢中になっていて、気がつかなかった。背後から自分に声をかけていた、死神がいたことを。

 

怒らせてしまったのかと、恐る恐る背後を振り返って見上げるとそこにいた死神はユージオの出会った事のない男性死神だった。ユージオは隊長格の他にも、銭湯にてたくさんの死神と顔見知りになってはいたが、当然そんなユージオと言えど知らない死神も多々いる。瀞霊廷は、広いのだ。

 

ユージオに話しかけた男性死神は、腕を組んで呆れ果てた表情で彼を見下ろしていた。

 

 

「全く……ここら一帯は撮影禁止区域だぞ? 平然とカメラ持ってウロウロしやがって…」

 

「えっ!? き、禁止って……も、申し訳ございませんっ!」

 

 

どこかに、撮影禁止の看板でもあったのか? 写真を撮るのに夢中で、気づかなかったのだろうか?

全く予想外の言葉を男性死神から言い渡され、混乱したのも一瞬。すぐさま非を詫びる態勢に移行した。だが、男性死神の視線は、謝罪の言葉を聞いてなお鋭くなった。

 

 

「たった一言、謝れば……お前のやった犯罪行為が帳消しになるとは、思ってない…よな?」

 

「っ…」

 

グイッと男性死神にその身を近づかれて、その体は硬直した。

隊長格には及ばずとも、男性死神の霊圧はまた別の意味をもって、ユージオの体に重圧を与えてくる。

 

“犯罪行為”

名も知らぬ一人の死神から通達された、己の行為についての咎め。

ユージオの顔が青くなるのには、それで充分なほどの重みを持っていた。

 

手が、体が、震えてくる。

持ったカメラが、危うく汗で滑って零れ落ちそうになってくる。

何かを言わねばと思っても、口が動くだけで音は出ず────

 

 

 

「冗談だ」

 

 

 

すっ、と男性死神がユージオから大きく離れる。

それと同時にその言葉は、ユージオの身に降りかかりし重圧を軽くするのに充分であった。

 

 

男性死神は両袖に腕を通すと、壁に寄りかかってユージオに語りかける。

 

 

「そこまで杓子定規なつもりはねえよ。ここが撮影禁止区域なのは本当だが…こんな小せえ事で犯罪だなんだと騒げる訳ねえだろう。ただでさえ、今尸魂界は忙しさに目が回ってるってのに。だが、犯罪なのには間違いねえからな。気をつけるこったな」

 

「わ…分かり…ました」

 

 

ユージオはヘナヘナと力が抜けて道端に座り込みそうになるのを、なんとか壁に寄りかかって体重移動をすることで防いだ。正直、心臓に悪い。いけない事をしたのは分かっているが…なんだか随分、無闇に脅かされたような気がする。

 

 

「ああ、言い忘れたな。俺は六田原(ろくだわら) 功之介(こうのすけ)。所属は二番隊…だったが、大分前の護廷十三隊の全体再編成で異勤して、今は十二番隊所属だ」

 

「あ、ど、どうも…僕は、真央霊術院2218期中途入学生の…」

 

「ユージオ…と言ったか。珍しい、西洋風の名前だ」

 

「…は、はい」

 

 

知っていた。

自分の知らぬ相手にまで、自分の名が知られているというのはやはりどうもこそばゆい。こんな体験は今日で二度目だ。もっとも、銭湯に行く際もそういう経験は時折しているのだが。

 

壁に寄りかかったまま、男性死神…六田原功之介はじっと、ユージオを見つめたまま口を開く。

 

 

「…言い忘れないうちに、そうだな。本題を伝えておくか」

 

「…へ。ほ、本題…?」

 

「ああ…俺は通りすがりにお前に注意しに来た訳じゃねえ。

…最初から、お前に用事があって、会いに来た」

 

 

ユージオ自身に用事がある、ときいて驚いた。初対面の死神が自分の名前を知っている事はもはや珍しくはなかったが…最初から自分に用事があって会いに来たというのは…初めての体験だ。霊術院生というくくりで用事があると言って会いに来た人はいても、ユージオ個人にというのは…。

 

 

六田原は壁に寄りかかって立つのをやめて、ゆっくりとユージオに近づく。ユージオは思わずピクリとしたが、足はなんとかその場から動かさずにいた。

 

そのまま歩みを進める六田原はユージオの目の前に立つのではなく、

すれ違うような寸前の…彼の真横に立った。

 

呟くような小声が、横からユージオに囁きかける。

 

 

 

 

 

「”始解”を…習得したいか?」

 

「!?」

 

 

 

 

 

ユージオは、息を飲んだ。

なぜ、それを。その事を知っているのは…院生を除けばごく一握りの死神しか──

 

 

 

 

 

「うちの隊長なら、できるって言ってんだよ。お前に、始解を習得させる事をな」

 

 

 

 

 

始解を……習得させる?

だって、平子隊長は…他人が始解の手伝いをする事はできないって…

 

 

 

 

 

「だが…隊長も忙しい身だ。急で悪いが、機会は明日の一度きりとする」

 

 

 

 

 

それを可能にする…隊長。隊長とは?

待て…この人は、何番隊だと…言っていた?

 

 

 

 

 

「強制するつもりはねえ。だが…その意志があるならば、明日の午後三時にこの場所…"技術開発局"前まで来い。白い装束の者が待っている。後はそいつの指示に従え」

 

 

 

 

 

ああ…そうだ。

確か、昔は二番隊だったが…今は十二番隊、だと。

 

 

 

 

 

「特別な持ち物は必要ねえ。ただ…()()()()()だけは、しっかりしてこい。さて…これで俺の役割は終わりだ。せいぜい、頑張れよ」

 

 

 

 

 

六田原はユージオの肩にポンと手を置いたが最後、後は何も言わずに立ち去っていった。

だが、ユージオは動けない。手に握るカメラの感触も、失われたような心地であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────幾多の実験と研究開発を行う技術開発局、時にはそれらと共同して動く十二番隊。それを束ねるのが『涅マユリ』という男だ。

 

 

────涅は…研究と実験のためなら、見境がなくなる男だと言える。敵だろうと…下手したら味方も、あいつにとっては実験材料として、映っているのかもしれねえな…。

 

 

────だが、涅の科学者として腕前は疑うべくもない。あいつがいなければ…世界が滅んでいたかもしれねえ。

 

 

 

 

 

 

(くろつち)…マユリ…」

 

 

 

 

 

 

ユージオの喉奥から、カラカラに枯れ切った声が漏れた。

 

 

 

 

 

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「餌は無事、撒けたようだネ。ならば君は役割通り、今まで使ってなかったであろう脳髄を存分に使い、明日の手筈を充分に暗記しといてくれたまえヨ」

 

 

“十二”の数字を背負う奇妙な厚化粧の男は、そう言い残して小さな観測室から去っていった。その部屋にたった一人残された、死神と対照的な”白い装束”を身に纏った小男は、腕全体が隠れるほど異様に長い袖を揺らしながらダルそうに呟いた。

 

 

「まっさか、”演劇の真似事”をやらされるなんてねェ。あーあー…めんどくさァ」

 




例の如く龍田さんや青鹿さんや六田原功之介さんも原作に見られる名前です。
六田原功之介さんは読み方を捏造しております。
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