憎しみで刀を振るうのは、薄汚れた暴力だ。
──BLEACH45 THE BURNOUT INFERNO──
お前は、整合騎士が憎いからここまで来たわけじゃないだろ?
アリスを取り戻したいから、もう一度会いたいから……アリスを愛しているから、
ここにいるんだろ?
── ソードアート・オンライン12 アリシゼーション・ライジング──
※本編とは特に関係ありません。
斬魄刀の中で生きる存在になっても、眠ることはある。
いや…厳密には”眠ることができる”だ。おそらくは、眠らずとも生きていくのに支障はない。
だけど、かつて別の世界で生きていた頃の習慣はできる限り続けるようにはしている。
夜はちゃんと眠るし、かつては数日に一回しか食べなかった食事も、最近では一日三回。少食ながら摂るようにしてる。食事については、最近楽しみが増えた。それは、自分のことを兄と呼んでくれる片割れのお陰でもある。
でも…。
*
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*
*
精神世界における睡眠から覚め、現実世界へ具象化した青年のユージオ。
そんな彼が最初に見たのは、相当朝早くながら既に院生服の袴の帯を閉める自分の片割れ…院生のユージオの後ろ姿であった。
「…ユージオ君。おはよう」
「……」
だが…具象化した青年ユージオの朝の挨拶すら耳に入らないかのように、院生ユージオは無言のまま…青年の言葉に反応しない。院生ユージオは我が身の院生服を整えると、文机の上に置かれた斬魄刀を手に取り…また動きが止まった。青年ユージオは、そんな自分の片割れの様子を不安そうに見つめていた。
普段と比べると異様なほどに物静かながら、彼の周りの空気が強く張り詰めているような感覚。院生ユージオの雰囲気が急に大きく変わったのは、昨晩からだった。たわいのない話をするために切羽詰まっていた様子の以前とはまた違う。見慣れぬ鉄の品を持って院生寮の部屋に帰還した折、それを察した青年ユージオは具象化して「お帰り」の言葉をかけた。だが、院生ユージオにはそれすらも反応することはなく…まだ早い時間ながら、就寝の準備を始めていた。何度も、どのように声をかけても、院生ユージオは返事をすることはなく…張り詰めた空気は、床に就いてもなお消えることはなかった。
そして、一晩明けて朝のこの状況になってもなお、彼の様子は変わらない。
(何が、あったんだろう……ユージオ君…)
気にはした。心配もした。だが、青年ユージオは仔細を聞くことはしなかった。自分に対して無意識のうちに課していたルール…院生達に自分から干渉しないこと。一歩引いたままの自分の立ち位置を、崩さぬようにとの気持ちが揺らぐことはなかった。
「……兄さん」
「っ、どうしたの? ユージオ君…」
昨晩までの様子を回顧していた青年ユージオは、何の前触れもなくかけられたその声に対しての反応が遅れた。声をかけた院生ユージオは、手に持った斬魄刀をゆっくりと背に携えると青年ユージオの方に振り返った。
「お願いがあるんだ」
振り返った院生ユージオに瞳を合わせた、その瞬間…。
「今日だけは…僕がいいと言うまで、斬魄刀から出ないで欲しい」
青年ユージオの背筋に小さい水が流れるかのように…体が冷える感じがした。
一言で表現するなら、悪寒。
「たとえ、何があったとしても」
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雨涵も、アリスも、なんとなく気付いてるんじゃないかと思う。
自分は嘘がつけないし…かと言って誤魔化すために平然を装うことも、苦手だから。
心配してくれている視線を感じる。
ひょっとしたら、ついて来るんじゃないかと。心配で、こっそり尾行してくるんじゃないかと、一瞬思った。けど…二人は何も言わず、霊術院前から去る自分を見送ってくれた。ありがとう、と言いたかったけど、我慢した。
その言葉は…もし、無事に帰れた時に、必ず言おうと思ったから。
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もちろん、ユージオはこれから何が起こるのか知らない。
昨日出会った十二番隊の死神に伝えられたのは、”ユージオに始解を習得させること”と”戦いの準備をしてくること”くらい。実際に何をするのかは、全くもって不明なのだ。
十二番隊 隊長及び技術開発局 二代目局長
幾多の隊長格と顔見知りになったユージオでも、また会ったことのない隊長。
だが、関わりは…ある意味では最も深い。
まだ…記憶を取り戻さない、たった一人の”ユージオ”であった頃。
何も知らずに流魂街に流れ着いた頃のユージオを拾ってくれた、お婆ちゃん。
そのお婆ちゃんは、もういない。尸魂界を漂う霊子となって、死んだのだ。
お婆ちゃんが死んだのは、
その戦闘実験を主導していたのが…涅マユリという男だった。
そして…お婆ちゃんが死んでからしばらく後、ユージオは死神に連れていかれそうになった。
あの時、運良く日番谷隊長が来てくれなかったら、今とは違う形で瀞霊廷に入ることになっていたかもしれない。
ユージオを連れて行こうとした死神もまた、十二番隊。
涅マユリの、命令だった。
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────”始解”を…習得したいか?
────うちの隊長なら、できるって言ってんだよ。お前に、始解を習得させる事をな。
嘘かもしれない。
自分を連れ去るための、単なる甘言かもしれない。
それでも、ユージオは
藁にもすがる思いだったことは、否定できない。
だけど、ユージオはただその餌だけを目的に食らいついた訳ではない。
始解習得の甘言が嘘だったとしても、構わない。
自分が…十二番隊に赴くことにこそ意味がある。
間接的にとはいえ、この世界で一人だけの”家族”だったお婆ちゃんを奪った死神……
涅マユリに、会うこと。そして…問いただす。
たった一言。たった一言でいいから、その人から謝罪の言葉さえもらえれば
……もう、いいとも思ってる。
だけど、もし…。
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ユージオ自身は気付いてなかったが、今の彼の歩みは普段より大分遅かった。
彼の決意は固かったが、まだ…体が追いつかない部分があった。無意識に懸念していることが、彼の歩みに影響を与えていた。だが、ユージオは念を入れて早めに霊術院を出ていたために、間に合った。
昨日と、全く同じ場所。白い通路としての壁に囲まれ、その向こうに立つ建物は…技術開発局だと知った。そしてユージオがその場に辿り着いてから数十秒後に…ようやく、気がついた。
「ふわぁあ〜あ…ア、なーんだ…来てたんだね」
死神と対照的で、異様に袖が長い”白い装束”を身に纏った、男性が大きなあくびをしてながらこっちを向いたことに。
その人の身長は流石に自分よりも10cmは高かったが、平均的に見れば小柄で、中性的な顔立ちの男性だった。だがユージオが気になったのはその人の身長でも、左脇という奇妙な場所に携えられている刀でも…頭の右側についた不思議な白い装飾品でも、顔の両側に縦に走る縫い目の後でも、なかった。
(な…なに? この人の……霊圧は)
明らかに、死神の霊圧ではない。死神にも多種多様な霊圧の持ち主がいたけれども、この男性は根本的に違う。紙と鉄の手触りほどに差がある。無論、流魂街の住人のものとも大きく乖離している。
(死神でも、霊力の少ない流魂街の人とも違う……なら、何者…なんだ、この人は?)
「…ねえ、なにボーッとしてんの?」
ギョッとした。近寄られていることに、気がつかなかった。
いつの間にか目の前でこちらを見下ろしていた白装束の男性は、ジロっとした視線を向けると、クルリと向きを変える。
「あのさ、ボクはとっととやって、とっと終わらせたいの。やるんなら早く来なよ。ま、来ない方がラクでボクはいいけどねー」
「っ…!」
まだ、言葉は出せない。
大きい訳ではないが、不気味にこちらの体に纏わりつく男の霊圧に不快なる感触を覚えながらも、ユージオはその背を追って歩き出した。男が何者であろうと、ここで退く理由はないのだから。
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歩きながらも、ユージオはてっきりこれから自分は技術開発局の内部へと案内されるものだと思っていた。だが、白装束の男性が歩む道は、どうも技術開発局からは大きく逸れていってるように思える。そんなユージオの予感は間違ってなかった。最終的に目の前の男性の足が止まったのは、殺風景な何もない広場のような場所だった。
「…?」
その広場に足を踏み入れる時、ユージオは奇妙な感覚を味わった。まるで、何か薄い”幕”を潜り抜けたような…変な感触。だけど、今自分が足を踏み入れた広場の周辺には、特に気になるようなものは何もない。強いて言うならば、四角い広場の四隅に何やら見慣れぬ細長い機械のようなものがあるくらいで。
「…いつまでキョロキョロしてんのさ」
約十分ぶりに声をかけられ、ユージオはハッとなって正面に向き直った。相変わらず怠そうな目をした白装束の男性は、ユージオから数メートル分の距離を保ったまま。その腕をでこちらを指すような仕草をした。
「ボサっとしてないで、抜きなよ。ほら」
「え…? ぬ、抜くって…」
「斬魄刀。なにさ、マヌケな顔して。戦うために、ここに来たんだろ?」
長い袖をブラブラ揺らしながら、面倒臭そうに喋る男性。だが、あの男性の言うことは…どうもユージオの認識との齟齬が発生しているように思える。ユージオは喉奥から声を振り絞り、反論の言葉を出す。
「いえ…僕は始解を習得するために、ここに来たんです。決して、戦うためでは…」
「んん? ………………ア・ごめーん。なーんかそんな事、言ってたんだっけなァ」
ニヤリ。
今までの気怠そうな表情から、一瞬だけ、意地の悪そうな笑みが覗く。その瞬間、彼の身に纏う霊圧がより禍々しくなったような気がして、ユージオは鳥肌が立った。
より不気味になったような霊圧を纏わせながら、彼はひらひらと長い袖を揺らす。
「大丈夫さ。安心して戦いなよ。キミが何を求めてるのか知ったこっちゃないけど……ボクとの戦いで
「…………」
戦って、生き残れたら…求めるものが手に入る。
まだだ。まだ…疑惑が消えたわけじゃない。戦う事で始解が手に入るなんて話も、聞いたことがない。けれど…
ユージオは、背中の斬魄刀に手を回してそれを腰元に移動させ、いつもと同じように斬魄刀を抜き放った。普段アリスや雨涵と対峙する時と同じように、相手の霊圧と一挙手一投足に細心の注意を払う。
だがその一方で…目の前の男性は相変わらず自然体のままに見える。左脇の刀を抜くこともしなければ、ただただ怪しい笑みを口元に浮かべながら、ゆったりと立っているだけ。動こうとする気配もない。こちらが動くのを悠長に待つつもりなのだろうか。だがユージオは、彼に斬りかかる前に…どうしても確認すべきことがあった。
「その前に…教えてほしい、ことがあります」
「ん〜? ま、ちょっとならいいけど…なるべく、早めにしてよね」
「…あなたは一体……何者なんですか?」
未だ、名前もその正体も知らぬ…相手そのものを尋ねる質問。
その質問を放った瞬間…気のせいだろうか。また一層、目の前の男性の霊圧がより濃くなった気がする。
「ア・ごめーん。そういえばァ、自己紹介してなかったよねェ」
口元の笑みを崩さないまま、彼は舌舐めずりしながら…自らの正体を明かす。
「名前はルピ・アンテノール。色々さァ、ワケあって
その言葉を聞くのは、二度目。
そして、その意味も……一度だけ、見て、知っている。
教科書の、最後辺りのページに、その名前は載っていた。
自らの仮面を外すことで、力の核を刀の形に封じ込めるという死神の力を手に入れた
教科書の記述に書いてあるのはこの程度である。まだユージオを含む院生達は、先生からここまで教えてもらえるほど教育課程を進めている訳ではない。しかし、ユージオが破面のことを最初知ったのはこの教科書からではない。この教科書を手に入れるよりずっと前…そう、まだ流魂街にいた頃に。
───お前のお婆ちゃんを殺した張本人……破面は、今も瀞霊廷で暮らしている
心臓の鼓動が、一気に速くなる。耳に届かないはずの心臓の音が、はっきりと感じ取れる。「まさか」という可能性を否定しようとしても…ダメ。目の前の光景と、情報が、あまりにも…可能性の否定を覆してくる。
「お……ま、え…か?」
「…はァ?」
口が、勝手に、動く。
とても、自分の口からでたものだとは思えないほど…しゃがれた声が、この広場に、響く。
「…流魂街で………暴れてた破面は……お前の、こと、なのか……!?」
声質のみならず、ユージオの口調にも変化が訪れる。今までに使ったことがないほどに厳しく…怒りを体現したものとなっている。その怒りが伝わっているのかいないのか、ルピと名乗った破面はトボけたような口調で答える。
「るこんがい? ………ああ、あの薄汚い街のこと?」
「っ!」
また、ルピの表情が変わる。呆れたような、気怠げで面倒臭そうなものに。
「何をそんなイキリ立ってるのか知らないけど…どうでもいいことじゃん? ボクがどこで戦って…それで
そして、ルピが放ったその一言が…まだ微かに保っていたユージオの心の決壊を、崩した。
「う、あ、あああああああああああああ!!!!」
悲鳴と呼ぶべきか。
怒声と呼ぶべきか。
体の全ての臓器を用いて捻り出したかのような叫び声と共に、ユージオは斬りかかった。
感情に突き動かされたその斬撃には、自身の立場や利害などの理屈的な意味は一切存在しない。
家族の”仇”に向けて放ったその一撃は、まるで吸い込まれるようにルピの首元へと向かい…
ガッ
鈍い音と共に、その刃は止まった。
ユージオは目を見開いた。今の今まで刀に乗せていた激しい感情の発露が、全て冷えきり消えてしまったかと思うほど。呆気なく刀は止まった。確実に破面の首にたたき込んだはずなのに、斬魄刀の刃はその首に食い込むどころか、血の一滴すらも流れでることはなかった。これではまるで、木の枝か何かで叩いたのと同じではないか。
呆気にとられたユージオが動きを止めた次の瞬間、彼の体が大きく後ろに吹き飛んだ。
受け身を取ることすら叶わず、背中から地面にぶつかって転がるユージオ。だが、特に痛むのは背中ではなく、腹の部分。痛みは強かったが、自分があの破面によって蹴り飛ばされたのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。激しい痛みの中でも斬魄刀を手放さなかったのは、幸運と言い換えてもよかった。
ユージオを蹴り飛ばした破面 ルピはあくびを一つすると、眠そうな表情のまま呟いた。
「思った通りじゃん……あーあー、
聞いたことがある。
自分より遥かに高い霊圧の持ち主に刀を振るった場合、霊圧差によってはその者の皮膚を斬ることはできず、逆にこちら側の手が斬れることさえあるという。それを聞いた時には、どうもすんなり受け入れられなかった感じを覚えている。まるで水が上に向かって流れることが当たり前だと言われたかのような気持ちだった。
(同じっ!? いや、違う…! そんなはずは…ない!)
接近、踏み込み。体の捻りを加えながらの、一撃。だが、ルピは避ける素振りすらなく、面倒臭そうな表情のまま。その表情は、ユージオの刀が肌に接しても変わることはない。
ガッ
また、鈍い音がする。刀が当たったのは、ルピの左腕部分だが…服に切れ目は入っても、その奥の肌には傷一つつかない。さっきと同じだ。ゆらりと、ルピの体が動くような気配を感じる。
「っ!」
とっさに、後ろに飛んだが…それでも、間に合わなかった。腹部に、突き刺すような痛みが襲いかかる。後ろに飛んで軽減した分、最初に食らったものよりは多少マシだ。地に背をつけることなく、何とか片膝をつく程度に踏ん張る。が、咳き込むほどの苦しみはどうにも抑えられずに追従する。
ゲホゲホと、吐かんばかりに咳き込むユージオの様子に、ルピはまた声を掛ける。
「で? どーすんのさ、キミ。薄皮一つ斬れない分際で、まだ
「…!」
ルピの声が耳に入り、顔を上げればその姿が目に入る。それだけで、痛みと混乱で覆われていた脳を裂くように、カッとなるような怒りの閃光がユージオの思考を照らし出した。
(違う…霊圧差で刀が通らない訳じゃない! もしそうなら、逆に僕の方の手が斬れたりするはずなんだ!)
(破面の体に刀を打ち付けたあの感触は鉄と刀が触れ合った時と同じ…仕組みは分からないけど、あの肌がただ硬いだけなんだ! 霊圧で防がれてる訳じゃない!)
(…やってやる! 鉄のような肌だろうと……鉄そのものだろうと……必ず、斬る!)
顔を上げ、ただ目の前の”敵”を見据えて斬魄刀を構えるユージオ。
彼は、もはや冷静さを失っていた。
思考は冷静なように見えても、そうではなかった。
もしユージオの思考が本当に冷静だったならば、まず”戦う理由”から考えたはずだ。
戦えと言われたものの、それは強制された訳でもない。戦う必要性は、どこにもない。
この広場から逃げて、他の死神に助けを求める選択肢だってあった。
それにユージオにとって聞きたいこと、分からないことは山のようにある。
なぜ破面がここにいるのか。
ワケあってと言っていたが、なぜ死神に従っているのか。
なぜ、あの時、流魂街で戦っていたのか。
戦いから逃げないにしても、まずはその疑問を問いかけるのが、冷静な行動と言えるだろう。
だが、今のユージオは”戦う”ことしか考えてなかった。
自分はどうしたいのか。家族の仇である破面を殺して、仇討ちをしたいのか?
それとも、これ以上破面が罪を重ねないように、浄化をしたいのか?
そうした戦いの理由の自問自答すらも飛び越して、
ただ”家族を殺した破面を戦う”ことのみが、ユージオの思考を支配していた。
二度も腹を蹴られた痛みは、とうに引き始めていた。とは言っても、決して体へのダメージがなくなった訳ではない。彼の強い『心』の『意』志によって、一時的に体への影響が軽減されただけ。それでも今のユージオにとっては大した違いはない。たとえ一時的なものであっても…戦い続けられるのならば、それでよかった。
(霊圧を研ぎ澄ませるんだ……極限まで! 斬れる手立ては、ある!)
膝を地面から離して、両足でしっかりと立つ。呼吸を整えながら、これまでに学んできた基礎を思い出しながら斬魄刀を構える。姿勢を正せ。視線を向けるべきはどこだ? 霊圧を刀に添わせろ。そして…その身に、”心意”を宿せ。
消えない闘志をその身に纏うユージオを見て、ルピの面倒臭そうな表情が少しだけ、変わった。
「ふーん、やる気はあるんだねェ…なら、仕方ないなァ」
表情を変えた破面のその瞳の奥から微かに見え隠れするのも、また闘志。
少しばかり腰を落として体そのものを低く構えるその様子は、今まで脱力の極みにあったのとは、明らかにちがう。
「せいぜい、ただのサンドバッグじゃなくて…ちゃんとした戦い
地を蹴ったルピの体が、加速する。それはまさに、風を切るほどの勢いと形容できるほどだ。
(速いっ!)
いつも鍛錬相手として戦っている雨涵の動きよりも、数段速いスピード。例えるのならばむしろ、アリスの放つ鬼道のスピードの方が近いくらいだ。正式な白打の流儀に則った雨涵の動きとは違い、ただ速さのみを追求したような突進。刀を振り下ろし、迫りくる体を切り裂くのは到底間に合わないと本能的な判断をしたユージオは、刀の
だが破面の肌を斬れぬ刀とバレてる以上、その刀の鋒が迫ったところでルピは欠片も躊躇することはない。事実、ルピの腕に当たった刀の鋒は相変わらず服に穴を開けるのみで、肌に当たった時点で刀は刺さらず止まり、弾かれる。
(やっぱり、ダメだ!)
向こうから突っ込んでくるなら、その勢いを利用すればこちらの刀も刺さるやもという淡い望みもあったが、その企みは失敗に終わる。刀をいなされ横に弾かれ、ルピの体がユージオの懐に潜り込む。接近されすぎた、鬼道は間に合わない!
「っ!」
ならば白打しかない、と見たユージオは膝を上げた蹴りをルピの顎に目掛けて放つ。破面といえど身体構造は死神と同じ人体のもの。顎が揺れれば平衡感覚のブレが発生する。だが、それを狙うには流石に実力の差があった。逆にこちらの膝に走る鈍い痛みとともに、ユージオの体が少しだけ浮くような形で後方へと飛ばされる。破面からの三度目の殴打。今度は胸部を下からどつかれた。だが、今度はユージオは膝すらつくことはなく、戦闘態勢を崩さなかった。その様子を見て、ルピはほんのちょっとだけ目を見張る。
(へェ…? 三回殴っただけでも、随分頑張るようになったじゃん。でもまァ…まだまだ
一方のユージオは、まるで心臓の音が不規則になったかと錯覚するほどの痛みでも、すぐさまそれを奥へ奥へと押しやって思考を目前の敵へ切り替える。破面の肌に刀を通す最初の試みは失敗に終わったが、無論それが本命ではない。あの破面の鉄のような肌を、自分が斬れるとしたら…”あの技”しかないと、ユージオは考えていた。
(だけど、あの速さ…………いや、弱気になるな! 気を弱くすれば、それも”心意”に影響するって、アリス姉さんも言ってた!)
(できない時のことを考えるな! やるんだ! あの硬い肌を斬れるとしたら…”あれ”しかない!)
ユージオは、構えを取る。
右脚を引いて半身になり、その回転に連動する動きで右手の斬魄刀を真横から後ろへと…。
ドグッ
「がっ…!?」
だが、ダメだった。
構えをとる前に、またも目に止まるのが難しいほどの速さで動くルピの肘打ちが、鳩尾に叩き込まれる。その痛みが体全体に伝わるより早く、反射的に斬魄刀の柄を使った殴打をカウンターとして狙うが、スルリと蛇のような柔らかさでルピの体が離脱する。ヒットアンドアウェイにも似た戦い方。拳や蹴りの連撃を叩き込んで撃ち沈めることもできただろうに、ルピはそうしない。明らかに手加減されていることを、ユージオは遅れてやって来る鳩尾の痛みの中で察した。ただでさえ刀を抜かず、体術のみで相手されているというのに、その体術ですら全力ではないのだ。
食いしばるような声を出し、離脱したルピの体を追うようにユージオの体が動き出す。鳩尾の殴打により中断された構えをなんとかそのままに、一歩踏み出しながら後ろに引こうとしていた刀を振り下ろす。だが、刀は
(ダメだ! やっぱりちゃんと構えを決めないと…”秘奥義”が出せない!)
アインクラッド流 秘奥義 ”ホリゾンタル”
ユージオが現状、ただ一つだけ習得している別世界の”剣術”であり、この戦いにおいて破面の体を斬ることができるであろう唯一の手段でもあった。だが…ただ習得する
それはどういうことか。確かにユージオはアインクラッド流秘奥義 ”ホリゾンタル”を使える。だが、彼がそれを使うにはしっかりと構えを取ってからでないといけなかった。右脚を引いて半身になり、その回転に連動する動きで右手の斬魄刀を真横から後ろへとテイクバックする動きを、集中しながら数秒の時間をかけて。
戦いの最中に、そんな悠長に構えをとって、挙句攻撃範囲に都合よく敵がいることなどあるだろうか? 否、ない。要するにユージオは、自身の兄がかつて別世界でやっていたように、戦いの最中でも自然と剣術を戦いに組み込めるほどの鍛錬を積めていなかったのだ。無理して流れのままに剣を振るおうとしても、しっかりと構えを取っていないために秘奥義は発動しない。まさにさっきのように。
この状況を打開する方法は、二つ。
一つ、この戦いの中で流れのままに秘奥義を発動できる
二つ、どうにかして相手の動きを止め、しっかりと構えを取った上での秘奥義を叩き込むか。
「縛道の四…
どちらの選択肢を取るか咄嗟に心のうちで決めたユージオは、即刻行動に移す。ユージオが放った低級縛道による霊子の縄が、ルピの体に纏わりつく。が、ルピがバッと腕を一振りするだけで、あえなく霊子の縄が霧散する。何気ない腕の振りに見えて、その膂力は半端なものではないことはユージオは重々承知している。
這縄を払うために行った腕の一振り。いかに短き一瞬とはいえ、その隙一つを貪欲に狙わねばこの相手には敵わない。ユージオはバッと右腕を伸ばす。
「縛道の二十九!
伸ばした右腕の袖口から、白く長い布が勢いよく、まるで生き物であるかのようにうねり出でる。今のユージオが使える縛道の中で最も洗練された本命の鬼道。あの時…かつての、『ユージオ&アリスの偽者捕獲大作戦』の際に、馬鹿の一つ覚えのように何度も何度も、練習した甲斐があってのものだった。その展開速度も、強度も、なかなかの練度に仕上がっている。
まずは足回りから絡みつくことで逃亡を防ぎ、次いで腕を縛り上げることで反撃の芽を潰す。そして最後には胴体部分へ重々に纏わりつく。流石にこればかりはルピも一瞬にて解くことはままならぬようであった。
いける、とユージオは直感した。逃すな、とも声がする。自分自身に言い聞かせる、心の声だ。
構えを取れ。急げ。でも、教えられた基本を忘れるな。足を引け。半身の角度をしっかりと意識しろ。構える剣の位置は…ここだ…!
刀に、斬魄刀に……薄水色の光が纏い始める。
───アインクラッド流 秘奥義…
ドガッ
鈍い音が、した。
「っ…!」
ユージオが、目を見開く。
鈍い音。それは、刀があの硬い肌に当たる音ではない。
「がはっ…」
胃液が逆流し、ユージオの口から吐くように漏れる。
腹の皮膚を
「ア・ごめーん。ちょっと…強くしすぎちゃったかなァ?」
ユージオの洗練された縛道である白い布を突き破って飛び出た拳が、その勢いのままユージオの腹を抉っていた。ユージオの手に握られていた斬魄刀に纏っていた青光は、とうに消え失せていた。
体が、上がらない。全身を巡る血液に紛れるように、痛みが回っているみたいだ。
今までに食らった四発とは、比べ物にならない。”心意”で痛みを抑えることが…できない。今までの人生でユージオが食らった物理的な痛み全てを合わせたのより、重い!
思考が混濁するのだけは…なんとか、振り払う。
立て…! 立って、戦うんだ! まだ、希望は潰えていない!
秘奥義の刃が通らないとは決まっていない。今のは遅すぎた。当てられていないだけなんだ!
まだ終わって…いない!
そう、希望はあった。秘奥義を当てられさえすれば、破面を斬れるという希望が。
まだ負けてない。立って、戦わない、と…。
「ぐっ…あ、が…」
痛みが、退かない。
足は動いた。立った。だけどダメだ。上半身が、起き上がれない。
首から腹までの内臓の位置がずらされたような、気持ち悪い痛み。合わない歯車が無理やり動いているように、ひっきりなしに痛みが巡る。足だって、比較的痛みの巡りがマシというだけで、立っているのもやっとだ。
たった一回の打撃で、これほどの痛み。否、違う。今まで食らっていた四発分の打撃までもが、今のユージオの体にフィードバックしていた。”心意”で、抑えられなくなっていたのだ。ユージオとアリスが持つ特異体質 ”心意”の技術も、実戦で意識するにはあまりにも鍛錬不足だった。今までなんとか”心意”で抑えられていた痛みが、ルピによる五発目の打撃によって、ぶり返してきたのだ。
止まらない汗。うねる痛み。足が立ち、刀は握れていても、そこから動けない。上半身が前のめりに大きく曲がった体勢から、力を入れて動くことが、できない。
「ねーェ…もう、いいかなァ?」
「!」
ルピもまた上体を曲げて、わざわざユージオの耳元まで口の位置を合わせ、語りかける。
全身にかけていた縛道
「キミの鬼道、ぶち破るためにちょーっと強く殴りすぎたのはごめーん、ね? でもキミ、もう戦えないでしょー?」
「戦い
戦いごっこ。
ユージオの足を支えていた闘気。まだ微かに体を支えていた”心意”に…ヒビが入る心地がした。
刀の鋒が、地面に落ちて微かな音を立てる。
そうだ。
どれだけ自分が必死に戦っても、相手は…破面は、最初から言っていた。”ごっこ遊び”だと。
自分は、敗北したんだ。破面の”ごっこ遊び”に。
希望がある? 秘奥義を当てて、敵を斬れる希望が?
その希望を成し遂げたとして…それは”ごっこ遊び”の範疇か?
それとも、成し遂げて初めて”ごっこ遊び”じゃなくなるのか?
”戦いごっこ”じゃなくなった後…本当の”戦い”で、自分は、戦えるのか?
無理だ。
囁く声。耳にじゃない。自分の心に向かって囁いてくる声。
とても理性的な、声だった。
ピシリとまた、心意にヒビが入る。
片膝が、落ちる。削がれる。戦う気力も、立つ気力も。
不可能を可能にするはずの”心意”の力が、
大いなる”不可能”によって、押し潰されようとしていた。
刀は僅かな力で握ったまま頭を垂れた状態で、まるで命尽きたかのように、動かないユージオ。
隣のルピは、一つ瞬きすると体を真っ直ぐに戻して、動かぬ彼に背を向けた。
そして、別れ際の挨拶のように、言葉を残していく。
「じゃ、そーいうことで……ま、気が済んだら勝手に帰ってね」
「ボクは
「待って」
「……んん?」
不可能に押しつぶされていたはずの、ユージオの口から。
痛みに苦しみ、息も絶え絶えのはずだった、ユージオの口から。
「……次の子……って、な に ?」
言葉が、漏れた。
振り向いたルピは訝しげに、長袖に包まれた手を口元に持ってくる。
そしてまた最初の時のような、飽き飽きした表情で、あくび一つと共にルピは答える。
「だって、まだいるんでしょ? 戦えるキミの友達…あと女の子が二人も、さァ」
「!!」
ルピはどこか遠くのよその方を向き、目を細めながら独白するかのように答える。
「キミを見る限りじゃ、あまり期待はできないけどさァ。ま、それでも女の子なら…戦いごっこにならなくても、
「いじめるならやっぱ…カワイイ女の子が一番だから、ねー」
ドクン
心臓が、脈打つ。
今まであまりにも静かすぎた心臓が、突如として大きすぎる脈動を始めた。
体が、変わるようだ。
だが外見は、何も変わっていない。変わっているのは、そう、内面だ。
細胞の一つ一つに至るまで…染み渡り、照らし出されていくかのようだ。
ひび割れかけていた、今にも崩れそうだったものが……一気に展開される。
湧き上がるような”心意”が、彼の体を…脈打たせた。
”心意”はやがて体内から体外へ。目に見えないものをその身に纏い…
体そのものが、進化する。
「…ああ、そーだ。キミさ、どっちの女の子がカワイイとか、知って」
全く何の気なしに、ルピが振り向いた。
そして、鮮血が舞った。
「……あれ?」
ルピは、首を傾げた。
状況は一瞬で理解が及んだが、この状況になる過程について疑問が湧いてくる。
なぜ、先ほどまで完全に心折られていた少年が、確固たる瞳で刃を握っているのか。
なぜ、先ほどまで破面の
自分の胸元に、真一文字の傷をつけているのか。
ルピは視線を、斜め下の方に向ける。
その先に佇むユージオは、片膝をついたまま…斬魄刀を振るい、ギリギリルピの胸元に届いた鋒が
(へェ…霊圧、随分上がってるじゃん。
さっきイキリ立ってた時より……ずっと鋭くて、洗練された霊圧)
顔を上げ、破面の眼を見つめ返すユージオの瞳に宿る光。
それは、先ほど完全に消え失せたはずだった闘志であった。
「……させない。それだけは、絶対に!」
睨み殺さんばかりの表情で、ユージオは吠える。
「お前に…お前なんかに! 二度と、僕の大切な人を! 大切な仲間を! 傷つけさせはしない!」
「そのために…僕は、力を求めて、剣を握って! 死神になると誓ったんだ!」
「決して、お前から目を離さない…! みんなを護るために…僕は、お前と戦う!」
立ち上がったユージオの持つ斬魄刀の鋒が、ルピの首元を捉えた。
家族の仇を前に燃やした”怒りの心意”では、ルピの鋼皮を傷つけることはできなかった。
おそらくは、アインクラッド流秘奥義を用いても、同じ結果だったのかもしれない。
ユージオにとって、最大の力を発揮できる心意とは…”護りの心意”
怒りや憎しみではなく…護りたいという思いが乗った心意の刃が、
破面の鋼皮を打ち破ったのだった。
今のユージオは、もはや意味を考えずに家族の仇と戦う復讐者ではない。
護るべき者のために、剣を振るう…
かつて自らが憧れた"騎士"に近き存在として、ルピの前に立ち塞がった。
───あーあ…不本意だけど、
───ようやく、演劇も終わりってとこかなァ。
ニタリとしたルピの笑いが、その場の空気を一瞬だけ、淀んだものに変えた。
「刀 背中 抜き方」でgoogle検索すると、一番上にとあるTwitterの動画を紹介しているサイトが見れます。今更ですが、この小説の院生達もそのTwitterの動画のような感じで背中の刀を抜いている