元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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第三十一話 Force-tuned medicine

「………?」

 

 

長椅子に座ったまま俯いていた“ユージオ”は、ふとそこから立ち上がると、

ゆっくりと窓の側に寄って、外の様子を見た。

 

 

「雷も、雨も…止まった」

 

 

ユージオが呟いた通り…先ほど上級修剣士寮の外で地を穿つ勢いで鳴り響いてた雷も、激しい勢いで窓を叩いていた雨も、今となっては見る影もないほど消えていた。だが、空を覆う雲が消えた訳ではなく…代わりに、窓を叩き始めたのは風だった。ガタガタという窓を揺らす風と同時に、隙間風が窓から入って甲高い音を立てる。

 

 

「…ユージオ君」

 

 

自分と同じ名前ながら自分とは違う存在…片割れの名前を、青年姿のユージオは呟いた。

 

 

 

 

 

青年ユージオが普段過ごすこの世界は彼の記憶を忠実に再現したものであり、基本的に彼の思うままに動く。例えば、彼の故郷であるルーリッドの村を思い浮かべることにより、彼を中心とした風景は村の光景に一瞬で変わる。想起に応じて世界が変わる他、飲み物や食べ物も「そこにある」と想起することで生まれるのだ。

ここではあたかも世界の主のような存在である青年ユージオだが、この世界において彼が唯一、想起でコントロールができないものもある。それが”天気”なのだ。天気ばかりは彼の意志が一切通用しない。例えば今の風の強い曇りの天気、今から青年ユージオが「晴れになれ」と念じてみたところで、天気が変わることはない。

 

青年ユージオは、前々から考えていたことがある。この世界が、院生ユージオ達…つまり死神達の世界では「精神世界」と呼ばれていることに。だがこの世界は一見すると、青年ユージオの記憶を元として作られた世界。院生ユージオの精神性を反映している部分は、見当たらないように思える。だが…青年ユージオが思うに、おそらくこの世界の”天気”こそが、院生ユージオの精神性を如実に反映した要素なのではないかと、考えている。

 

 

青年ユージオが窓のガラスに触れると、風で揺れる窓の振動が伝わってくる。その感触は、青年ユージオの心にすくんでいた不安をより一層引き立てる。唇を引き結んで、青年ユージオは曇り空を見上げた。

 

 

 

彼には、外の世界での声が聞こえている。

 

 

 

───流魂街で………暴れてた破面は……お前の、こと、なのか……!?

 

 

 

普段の院生ユージオからは全く思いも寄らないほど、鋭く激しい口調の言葉も。

 

 

 

───う、あ、あああああああああああああ!!!!

 

 

 

喉の奥から引き絞られたような、怒りと悲しみの入り混じった叫び声も。

 

 

 

 

 

 

───させない。それだけは、絶対に!

 

───お前に…お前なんかに! 二度と、僕の大切な人を! 大切な仲間を! 傷つけさせはしない!

 

───そのために…僕は、力を求めて、剣を握って! 死神になると誓ったんだ!

 

───決して、お前から目を離さない…! みんなを護るために…僕は、お前と戦う!

 

 

 

そして…院生ユージオの信念が現れた、力強き決意の言葉も。

 

 

 

 

 

多分、院生ユージオはなんらかの戦いに赴いたのではないかと、考えていた。それも、彼という存在にとって、とても大事な一戦。なんとなく心の内で思っていた考えは、この世界に響いてきたあの声と共に、確信に変わった。今朝、院生ユージオが言った言葉もまた、覚悟の現れだったのだろうと、思う。

 

 

「……頑張って、ユージオ君」

 

 

青年のユージオは、目を閉じて両手を合わせて指を組み、祈る。

今の自分には、そうすることしかできなかった。

 

 

 

*

*

*

*

*

*

*

 

 

(…左!)

 

 

ちょうど顔の真横。斬魄刀を逆手に持って(きっさき)が下を向く形で構える。ガッという音ともに、院生ユージオの構えた刀にルピの蹴りがぶつかる。その衝撃が院生ユージオに手に小さな痺れをもたらすが、戦闘に支障をきたすほどではない。

 

 

「アハハッ! いいねェ、反応速度も随分上がってるじゃん!」

 

 

グッ、とさらに力を入れてユージオの斬魄刀を蹴る反動でフワリと舞いつつ距離を取るルピ。だが、すぐさまその距離を詰めながらの拳撃を繰り出していく。そんな戦いの最中の言動、表情は明らかに先ほどと違っていた。一言で表すならば”楽しみ”の様子。先ほどまで何度も見せていた、つまらなそうな感情は鳴りを潜めているのだ。ユージオはそんな破面の変化を一瞬不気味には思ったが、すぐに頭を戦いに切り替える。破面の感情が変わったからといって、攻撃が止む訳ではないのだから。

 

いや…確かに攻撃は止むことはなかれども、その戦い方には微妙な変化が訪れていた。

 

相変わらず刀を抜くことのない肉弾戦闘を繰り返すルピだが、まず打撃の威力が明らかに小さくなっている。おそらく必然的にそうなったわけではなく、意図して加減しているのだろう。その意図がまだ、ユージオには飲み込めない。

だが、その代わりに目に見えて激しくなっているのはスピード。数度の打撃を防いだかと思えば、次の瞬間には速力が上がる。しかしそれによって受け損ねてモロに食らったとしても、大して痛みに響かない。”心意”で抑えられてるにしても、あまりに力が弱すぎる。

 

戦いに集中せねば、とは思っていても…破面の言動 戦いの変化の様子は、どうにも解せない疑問として彼の思考に燻り、動きに迷いを生じさせる。ユージオは、さらに速力の上がった破面の蹴りを体を捻ることで躱すと、そのまま大きく距離を取った。今までとは違う大ぶりな回避行動に、ルピもその動きを止めた。

 

 

「…随分、楽しそう…だな」

 

「あァ?」

 

 

スピード戦闘の疲労から息を切らしつつも、ユージオは比較的落ち着いた声でルピに語りかける。戦う理由の明確な自覚やルピの攻撃の変化などによる影響で少なからず落ち着きを取り戻していたユージオの声を聞いて、ルピはコテンと首を傾ける。

 

 

「アー…うん、そうだねェ。ちょーっとはしゃいじゃったかも、ね」

 

「キミが思いの外、面白いからさァ。正直、新鮮で楽しいんだよねェ」

 

 

「…?」

 

 

まだだ。まだ息が整えきれない。

呼吸を整えることで戦闘の流れを中断して仕切り直すこと。それに加えてもう一つ、ルピの態度の変化についての疑問を解消すべく直接の問いかけを行うユージオ。そんな意図をしってか知らずか、それとも機嫌の良さが起因しているのか、ルピは袖を口元に持って行きながら、笑みを深める。

 

 

「…君さァ、自分じゃ分からないかもしれないけどォ、”異常”なんだよ」

 

「い…じょう?」

 

 

異常。

その言葉を聞いて、思わずユージオの刀の握る手が少し緩む。

自分の”異常”とは…。その言葉に図らずとも疑問と……少なからずの興味が首をもたげる。

 

 

「ま、自覚すんのが難しいのは分かるけどさァ…少しは大事に考えた方がいいよねェ。さっきまでロクに僕の鋼皮を斬れなかったキミが、急にこんな切り傷残せた意味をさ」

 

「……?」

 

 

全く痛みを感じていないかの様に、胸元の傷をすすっとなぞるルピ。ここに来てようやく息も整ってきたユージオが、再び刀を握る手に力が入る。だけど…未だルピの言葉にはどうもしっくりこない。反応を返してこないユージオを見て、今まで楽しそうだったルピの瞳に微かな呆れの色が見える。

 

 

「ま、つまり異常なのは…キミの成長速度ってコトだよ。言っとくけど、今のキミの霊圧…初めて会った時に比べると大体()()くらいにはなってるんだよねェ。こんなたかだか数十分程度で、だよ。少しは分かる? キミがどれだけヤバいかってことがさァ」

 

 

「よ、よん…!?」

 

 

この言葉でようやくユージオは、ルピが語る自分の異常性の理由を感じ取った。自分の霊圧が四倍に?たったの数十分前で? そんなこと、全く自覚していなかった。だから斬れたというのか? 自分があの硬い肌を? 自分がそんなに急に…強く?

 

 

「最初プンスカ怒ってた時に比べて…アー、『みんなを護るために戦う』だっけ? そんな今のキミの方がよっぽど強いのは…正直ボクにもよく分かんないけどさ…ただ、面白いヤツだなって、思ったワケ」

 

「たかだが数十分で何倍も強くなる様なキミがさァ…これからどんだけ強くなるのか考えたらさ、凄いワクワクしちゃったんだよねェ。ほーんとこんな感じ、初めてだよ」

 

 

 

「だから、さァ…」

 

「!」

 

 

 

今まで余裕綽々に話すだけだったルピが、ゆらりと体勢を変えた。

また、徐々に空気が重く張り詰め出した。戦闘の、戦いの空気が…ユージオの肌を刺激する。

 

 

 

「もっと、もっと強くなりなよ! ボクが心の底まで楽しめるくらいにさァ!」

 

 

「っ…!」

 

 

 

来る。こちらに向かって、攻撃を仕掛けてくる。

この破面は…自分に対して強い興味を持っている。こいつが自分に興味を持ち続けているなら…自分の 仲間(クラスメイト)に手を出そうとは思っていないはずだ。みんなを護るなら…自分で、こいつと、戦い続けることが…一番の道だ!

 

 

斬魄刀を構える。動きを見ろ。追いつけるはずだ。今までだってそうだった。

だけど、それだけじゃダメだ。今までのように防いで、避けるだけじゃ。最初にあの破面に傷をつけて以降、一度も自分は攻撃に転じることができてない。破面の攻撃を防ぐことができてるんじゃない。避けることができてるんじゃない。防いで避けるのが精一杯なだけ、なんだ。

 

 

動きについていけるなら、その先を見切ることだって不可能じゃない。いや、仮に不可能だったとしても…攻撃に転ずるにはそれをやるしかないのだ。ましてや、秘奥義を叩き込むなど…それを乗り越えなければ、到底できない。

 

 

不可能を、可能に…する!

今の僕でそれを成し遂げるには…”心意”しかない…!

 

 

 

集中して…心意を高め…刀にそれを纏わせるんだ!

 

 

 

破面の白い姿が迫り来る。

ユージオは、その動きと自分の体と手に持つ刀。三つ全てに集中力を凝らして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バリバリバリバリバリバリ

 

 

「ホギャアアアアア!!!!」

 

 

 

 

「…へ?」

 

 

 

突然、目の前の破面の体が炎の様な電光に包まれた。

 

 

 

 

耳を貫くルピの悲鳴に、ユージオも集中がプツリと途切れて我に帰る。

 

 

なんだ? 自分は何もしていない。攻撃? あの破面に対して?

誰が? ここには他に誰の霊圧もない…はず。

 

 

 

 

「あ、が…が………あーもう…本当にタチが悪いよコレ……」

 

「ああはいはい…分かったよ……遊んでないで、やることやれ…ってことだよね、もう…」

 

 

 

 

混乱するユージオを差し置いて、電光が収まったあとに現れたルピには、所々体から変に煙が出てる以外は、特に外傷はない様に見える。だがどんな苦痛を味わったのか、もう苦しくてフラフラと言った様子だった。

 

 

フラフラになりながらブサクサ喋るルピを前に、ユージオの頭の疑問符は尽きない。

だけどよく見ると…フラフラした足取りは、確実にユージオに近づいている。

 

慌てて警戒心と集中力を戻して刀を構えるユージオを前に、ルピはひらひらと袖を振る。

 

 

「あーあー、そう警戒しなくったっていいよー。ちょっとさァ、こっちの事情があってね…趣向を変えようってことに、なったんだよねェ」

 

「…趣向?」

 

 

奇妙な物言いだが、まだ警戒を解くには至らない。また硬い構えのままのユージオの前に、

なんとか先ほどの電撃から持ち直したらしいルピは、無造作に歩みを進めながら口を開く。

 

 

「戦ってて思ったけど…キミさァ、変な構えしてたよね。戦いの最中も何度か、同じ様な構えを」

 

「!」

 

 

ルピの指摘は…ユージオからすれば、まさに図星。

バレていたのだ。戦いの最中、ユージオの切り札ともいえる技を破面に叩き込むために、

その隙を着々と狙いすましていたことを。

流石にその技の正体が異世界の”剣術”であることは分かっていないだろうが。

 

しかし、それを指摘して…何がしたいのか。ユージオにはまだ、破面の意図がよく分からなかった。だが……ルピが何をしようとしているのか、すぐにユージオは教えられることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

ルピは突然、身にまとう着物の襟部分をバッとはだけた。

 

 

 

「一回だけ、斬らせてあげるよ。…キミのその構えから繰り出される技…ボクの体のどこでもいいから、叩き込んでみなよ?」

 

「な…!?」

 

 

そう、ルピは…無防備に立ちすくみ、ユージオの渾身の一撃をその身に受けると宣言したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何のつもり…だ?」

 

「なーにさ。そんな怖い顔して…」

 

 

 

警戒のレベルを一気に引き上げ、無意識に顔が強張るユージオに対して、

ルピはどこまでも気の抜けた様子であくびをした。

 

 

「ただのサービスだよ、サービス。キミはここに、技を叩き込めばいいだけ。簡単でしょ? 斬られる本人のボクがいいって言ってんだから、いいに決まってるじゃん」

 

「だからって…構えてもない人に斬りかかるなんて…」

 

「ハァ? …よく言うよ。いっちばん最初から、無防備のボクに斬りつけてきた癖にねー」

 

「っ…」

 

あの、怒りに体が突き動かされた瞬間の攻撃のことを指摘され、ユージオは言葉に詰まる。

ルピはニヤニヤしながらも、袖をヒラヒラさせながら言葉を返す。

 

 

「いやァ、ボクは別にキミのこと責めてるつもりはないよー。実際キミはあの時の攻撃じゃ、ボクになーんの傷もつけられてないし…。それに、構えてもない敵に斬りかかりたくないってのは、立派な心構えだと思うよ。…個人的にはあんまり好きじゃないけどね、それ」

 

「ああ、あと一つだけ…キミはちょっと誤解してるよねェ」

 

「……」

 

 

クスリと、ルピが少しだけ妖艶な雰囲気すら漂わせながら、笑う。

 

 

「ボクは『人』じゃなくて、『 破面(アランカル)』」

 

「大丈夫だよ...今の君が怖がってる事なんて、これから何一つ起こりはしないよ」

 

「っ……」

 

 

「さあ、見せてごらんよ…ボクに、その技をさァ」

 

 

ユージオは、ゴクリと喉唾を飲み込んで…覚悟を、決めた。

 

 

手に持った斬魄刀をスッとルピの前に近づけて距離を測る。刀を突きつけられても、ルピはピクリともしなかった。まるで特訓用の木偶人形を前にするように努めて冷静に動くユージオは、刀の届く正確な距離を把握すると、ゆっくりと落ち着いて構えを取る。

 

 

それでもなお、ユージオの心には迷いが生じている。例え目の前にいるのが自分の家族を殺した仇だとしても、無抵抗なその人物を渾身の力で斬りつけること。強い優しさを持つユージオの気持ちが、この場合“心意”として逆に悪く影響し、この場での斬魄刀の刃を鈍らせていた。

 

だが…すんでのところで、ユージオの心は持ち直す。

 

 

(違う…目的を見失うな!)

 

(僕は殺すために刀を振るんじゃない!僕の大切な人達を…この破面に傷つけさせないために戦うんだ!)

 

(この破面は、僕よりもずっと強い。もしこの破面が僕から興味を失くして、アリスや雨涵達へ攻撃しに向かったりしたら…多分、僕では止められない!)

 

(それだけは…絶対にさせない! それをさせないためなら…!)

 

 

彼の握るその斬魄刀に、不可視の強い心意が宿り始める。ユージオ本人にも、無論ルピにもそれは見えていないが、滾るように霊圧が上昇しているのを感じ取って、ルピの口元は大きく弧を描いた。

 

 

ユージオは動き始める。

 

右脚を引いて半身になり、その回転に連動する動きで右手の斬魄刀を真横から後ろへとテイクバック。かつて教えられた通りの構えをとり、そのまま目を閉じて深呼吸。

 

 

集中、集中、集中を繰り返す。

自分にとって最高の技を出すべく、時間をかけて、何度も、何度も技のイメージを繰り返す。

 

 

 

ユージオの握る斬魄刀が、薄水色の光に包まれた。

 

 

 

グッと目を見開いたその瞬間に、目の前の破面と視線がかち合う。

だが、もうユージオの心に迷いはなかった。

 

 

 

 

「はあああああああ!!!!」

 

 

 

 

光を纏った刀に引っ張られるかのように、ユージオの体が素早く動き出す。

 

 

 

───アインクラッド流 秘奥義…!

 

 

 

 

(早いっ…!)

 

 

「……せやあぁっ!!!」

 

 

 

 

───単発水平斬 ホリゾンタル!

 

 

 

 

気合一閃。

ユージオの振り抜いた真一文字の閃光は、ルピの胸元に最初の傷よりも何倍も深い傷跡が刻まれた。ユージオの渾身の剣撃を受けたルピは大きく後ろにのけ反って倒れ…

 

その体から噴出した多量の返り血が、真正面のユージオの顔を汚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな緊張から解放されて、ようやく弛緩した息を吐いたユージオは右目に入った返り血を拭いながら、目の前で仰向けに倒れた破面に向けて視線を下げる。

 

ルピは、目を開けて倒れたまま大凡10秒ほどそのままの体勢だったが…

 

 

「…ハハッ……アハハハ…」

 

 

突如、ユージオの視線の先から笑い声が響いてきて、緩んでいた体がまた硬直した。

胸元からポタポタと血を流しながらも、全く意に介さないようにルピはゆったりと立ち上がった。

 

 

「いやァ…びっくりしたねェ。なんでか刀は光るし、斬る動きもすっごく速い。威力はもう今までのキミの攻撃とは比べものにならないほど。ボクはもう()()()()()()()()なのに、なんだか痛い感じがしちゃったよ」

 

「…?」

 

 

とっくに死んだ体。

またユージオにとって理解のできない言葉が飛び出してきた。だが、ルピはそれについては説明する気はないのか、あいも変わらず止まらない血を放置したまま、血で濡れた袖口をユラリとこちらに向ける。

 

 

「さァて、サービスは終わりだよ。戦いの続きをしようか。いつでも、どこからでもかかってきてくれてもいいよ」

 

 

 

 

 

 

「…()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

ぞくりと、ユージオの背に悪寒が走った。

やはりあの時、無防備な体を自分に斬らせたのは、何かの策略なのか。

自分はまんまと、この破面に乗せられてしまったのではないか。

 

 

心が、乱れる。

心意が、揺れる。

 

 

だが、すぐにユージオは気持ちを切り替える。迷うな、と。

言葉を気にするな。気にするべきは、剣だけでいい。

戦いに、集中するんだ。

 

 

ルピは油断しているのか、全く動く気配もなく自然体のまま。

これではさっきと同じではないか。だが…ユージオにもう戸惑いはない。

 

 

引いていた右足をぐっと前に踏み込んで、

ユージオは刀を振りかぶって、ルピの体を真上から斬り下ろす。

 

 

 

………斬り下ろす、はずだった。

 

 

 

 

だが、できなかった。

 

 

 

 

 

(な……?)

 

 

 

 

 

ユージオは、何が起こったか理解ができない。

簡単なことだ。右足を前に踏み込んで、刀を振りかぶって、それを下ろす。

たった三つの動きだ。簡単。簡単なことだ。

 

 

なのに、

 

 

 

(な、なん…なんで……体が、動かない…!?)

 

 

 

がちん、とまるで腕も足もそのものが氷漬けになったかのごとく、動きが止まったのだ。

ルピに動きはない。何かの鬼道がかけられている様子もない。

そもそも、肌からは風以外のなんの感覚も感じない。

なのに、氷で固められているかのように、ユージオは動くことができない。

 

 

 

(なに……これ、なにこれ、なんなんだ……?)

 

 

 

言葉での動揺は一瞬で切り替えられても、

意味不明な現象を前にした動揺は、そうそう収まるものではなかった。

 

 

それでもユージオは、意味不明な硬直をなんとか解くべく、懸命に体を動かそうとする。

動け、動けと念じながら…目の前の破面を斬るために、斬魄刀を動かそうと…

 

 

 

 

その次の瞬間、ユージオの右眼部分から頭の中央までに、

凄まじいほどの激痛が迸り始めた。

 

 

 

「があぁっ!?」

 

 

 

ユージオの体が、ようやく動く。

だが自分の意志で動いたものではなく、痛みのあまり立っていられなくなったがゆえ。

片膝をついて (うずくま)る。痛みはひっきりなしに頭の右側で暴れ回る。

意識が飛びそうになるのを、なんとか堪える。

歯を食いしばり、刀を握る手の力も強すぎるあまり、震えを起こす。

 

 

 

「…ま、あれだけ返り血浴びせてやっと、効いてきたってとこかなァ。

何がどーなってんのか、よくわかんないけど、サ」

 

 

 

ルピの言葉も、もはやユージオの耳には届いていなかった。

痛い。痛い。苦しい。なんだ。なんだよ。なんだよこれ。

 

 

まともに考えることが、できない。

暴れ狂う痛みに耐えるので、ユージオは必死だった。

 

 

 

だけど…そんな状況下のユージオでも、辛うじて認識できた物がある。

それは、痛みの迸る右目に移った…()()()()()()と、その光景に()()()()()だった。

 

 

 

(……なん…だ……こ…れ……?)

 

 

 

その()()は、ユージオには全く見たことのないもので。

そこに浮かぶ()()も、ユージオには全く意味が分からなかった。

 

 

 

 

 

SYSTEM ALERT

CODE : 871

 

 

 

*

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「ふむ。想定通りの霊圧変化。なるほどなるほど…」

 

「やはり、適正量はあの程度で充分なようだネ。あとはあの"特異魂魄"が、被検体として私が満足するような投薬結果をもたらしてくれるかどうか…いやはや、いつになっても投薬実験とは心躍る素晴らしいものだネ」

 

 

ニイ、と喜びの笑みを見せる十二番隊 隊長の背後では、二人の破面がヒソヒソと呟いていた。

 

 

「ルピのやつ、朝からいないと思ったらやっぱりまた 狂人科学者(アイツ)に駆り出されてたって訳ね…」

 

「むう、いつもの虚捕獲作業や雑務かと思いきや…何やら見知らぬ死神の ぼうや(ニーニョ)と相対しているようではないかね?」

 

 

ヒソヒソと呟きながら二人が見るのは、目前のモニターに映る破面と死神見習いの姿。そのモニターを同じように見つめながら観察していた十二番隊 隊長 (くろつち) マユリは、後ろの破面に一瞥もくれないまま返事をする。

 

 

「なに、それらと同レベルの仕事にすぎんヨ。返り血を用いた単なる投薬実験だ。口煩い総隊長や四十六室の節穴を逸らすには、自然な戦闘による投薬が何より便利だからネ」

 

「またそういう系ね…ていうか、私らの血に仕込まれてるのってあの過去に立ち返るとかいうやつでしょ? ゾンビ相手に散々実験したのにまだやりたりないの?」

 

「やれやれ。死体破面の思考能力のお粗末さには呆れのため息が出るネ。当然、やつの血に仕込んでいるのは新薬に決まっているだろう。他の薬との相互的な影響を排除するために、既にやつの血液は寝てる間に新薬入りのものに全て入れ替え済みだヨ」

 

「「………」」

 

 

寝てる間に体液を丸々入れ替えられていた、という話を聞いてなんとも言えない表情になる二人。だが、この男は自分達の預かり知らぬ所で平然とそういうことをやらかすというのは嫌というほど思い知っているので、もう抵抗する気力もつっこむ気力もない。二人にできるのは、そんな人体実験の矛先が自分に向かないよう多々祈るばかりである。

 

マユリはようやく少しだけこちらに視線を向けると、胸元から紫色の液体が入った小瓶を取り出し、「どうかネ?君たちも試しに今回の新薬を経口摂取してみるのは?」と聞いてくるので、二人の破面は全力で首を横に振った。

 

 

「全く、知的好奇心のない種族共だネ。私の計算が正しきモノならば、破面である君たちがこの薬を飲んだ所で、なに一つ身体的影響は及ぼさないというのに」

 

「とてもじゃないが、信用に足りるものではないのだよその手の説明は!」

 

「せいぜい、経口摂取の場合の激しい辛味によってのたうち回る程度にすぎんヨ」

 

「それ! この上ない身体的影響ってやつじゃないの!」

 

 

ギャーギャー騒ぐ破面。普段なら「うるさいヨ」と言いながら例のボタンを押すことによって二人の破面に電撃の仕置きが発生する所ではあるが、今回はすぐにモニターの前に向き直り、画面を注視しながらも独り言のように語り続ける。

 

 

「今回の新薬は君たちのような破面にはもちろん、 滅却師(クインシー)にも 完現術者(フルブリンガー)にも効くものではない。とある悩みに打ちのめされる死神達のために、慈悲深い心を持つこの私が作り上げた、死神のための薬だヨ」

 

 

この「慈悲深い」の部分で、破面二人は思いっきり顔をしかめた。

マユリは当然その様子を見ることなく、独り言じみた解説は続いていく。

 

 

 

 

「だが勿論、全ての死神に効く薬というわけでもないヨ。

投薬対象となるのは当然、とある悩みを持つ死神に対してのみだ」

 

 

「そして何よりこの薬の革新的な所は…投薬対象である死神と、

その死神が持つ()()()()()()()()にまで同時に影響を及ぼし、

互いの精神性を強い力でリンクさせるという点にある」

 

 

「いまだ試作段階ゆえ、薬品名もまだ未定だったが……そうだネ」

 

 

 

「此度の初投薬実験を記念して…『強制同調薬』とでも、名付けるとするかネ」

 

 

 

*

*

*

*

*

*

*

 

 

───嘘。

 

───嘘だ。

 

 

分からない。

“ユージオ”は、混乱の渦中にあった。

 

 

なぜなのか。

自分は風に打たれる窓の音を聞きながら、

上級修剣士寮の共同居間の椅子にずっと座っていたはずではないのか。

 

 

何もしていない。何かを思った訳でもない。何かを念じた訳でもない。

むしろ何も考えまいと、半分寝ているような状態でジッとしていただけなのに。

 

 

なんで…自分のいる場所が変わっている?

なんで…自分は体勢が変わって、立ち上がっている?

 

 

 

 

なんで……

 

 

 

 

 

 

───なんで

 

───なんで、なんだよ

 

 

 

 

 

「先輩、動かないで。私なら、大丈夫……これは、私が受けるべき、罰なんです」

 

 

 

───なんで、”この声”がするんだ

 

 

 

「六等爵家の小娘にしては、大した覚悟じゃないか。

どこまで頑張れるのか、楽しみが増えたな、ウンベール」

 

「では、どちらが先に泣き叫ばせるか、勝負といきますかライオス殿」

 

 

 

───なんで、”この光景”が目の前にあるんだ

 

 

 

「い、いや……いや……いや…………!」

 

 

 

───これは、もう…”とっくに終わった記憶”じゃないか!!

 

 

 

 

ありえない。

なんで、”あの時”の光景が…目の前で、再現されようとしているのか。

過去の記憶の情景や人々をこの精神世界に思い浮かべるなんて、

ユージオは試したこともなかった。

中でもこの光景など決して、何があっても、

自分から想像するなんてこと、絶対にしないと断言できる。

 

 

 

───なのに…!

 

───どうして…どうして…!

 

 

 

真っ黒な空間の中、壁のランプが照らし出す光景。

それは、天蓋付きの大きなベッドの上にいる四人の人間の姿。

 

 

真っ赤な縄で幾重にも体を縛りつけられ、恐怖に怯えて泣く二人の少女と、

獣のごとき情欲と歪んだ悪意に身を委ねて、少女を辱めんと近づく二人の男性の姿だった。

 

 

どちらも、今のユージオでも鮮明に名前と顔を思い出せる人物。

自分にとって大切な後輩達と、嫌悪すべき悪の行為を成し遂げんとする貴族。

 

 

 

二度と起こるはずのない、

二度と起こしてはいけない光景が、ユージオの目の前にあった。

 

 

 

 

ユージオの体が、自然に動き出す。無意識に動かしている訳では、ない。

まるで演劇の操り人形になったかのように…

かつての記憶の通りの行動を、ユージオの体が勝手になぞり始めた。

 

 

いつの間にか左手に握られていた青薔薇の剣の柄へと、その右手が向かう。

そして、その手が剣の柄を強く握りしめた瞬間…

 

 

 

“あの時”よりも、少しばかり早く。

 

 

だけど“あの時”と全く変わらぬほどの痛みが。

 

 

苦痛が。

 

 

真紅の色が。

 

 

“封印の神聖文字”が。

 

 

 

ユージオの右目を、覆い尽くした。

 

 

SYSTEM ALERT

CODE : 871

 




ユージオ君の口調三変化

目上の人:〇〇さんの好きな食べ物はなんですか?
友達:〇〇の好きな食べ物って、何かな?
敵:お前の好きな食べ物は…一体、何なんだ!?



※他の涅骸部隊のうち、シャルロッテちゃんは一日三回ある日課のお風呂へ。
ナナナは暇すぎて技術開発局局員の霊圧パターン観察予想ごっこをしてます
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