元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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前回及び前々回のアンケートの参加、誠にありがとうございます。
皆さんの意見を参考にした上で、今後も更新を続けられるよう努力いたします。


第三十五話 Ice bond

この空間に大きく響いたその声すら、ユージオには遠くの世界からの響きのように聞こえていた。

だけどその声は…とても、懐かしく感じて────

 

 

耳の奥側まで轟くような…大滝の如くの轟音が鳴り響いたかと思えば、その荒々しさとは対称的な感覚が。ふわりと、体に浮遊感覚が与えられ…ユージオの体は、何者かに優しく抱き抱えられた。

 

 

(…う………え…?)

 

 

首への圧迫が解除されたことで、脳への血流が回復する。だが、うつらうつらとした思考はなかなか元に戻らない。一度気を失いかけたことが原因で、体を支えていた心意が解けていたのだ。そのため今まで押さえ込んできた戦闘の疲労、体の傷の痛みが一斉にユージオに襲いかかっていた。分かっていることは、自分の体が何者かの手に預けられていることくらい。

 

 

目が霞む。痛みが締めつけてくる。体が動かない。

それでもユージオは、動こうとした。戦おうとした。考える時間などもったいない。敵を、止めるんだ。僕が戦わないと、仲間が傷つけられる。戦うしか、ないんだ。動いて、戦って…

 

強迫に侵された思考で足掻くユージオの動きを留めたのは、

 

 

「動くな」

 

「もう…戦わなくて、いい」

 

 

冷たくも心地よい……優しい声だった。

 

 

視覚もまともに作用しない中…そのぼやけた光景に微かに映る輪郭。銀の色。自分と同じ、翡翠の瞳。ユージオの口が、喉が。無意識に、小さい言葉を紡ぐ。

 

 

「……ひつ、が……や……たい……ちょう…?」

 

「遅れて、済まなかった。あとは…俺に任せろ」

 

 

 

 

 

「これ以上、誰も……傷つけさせはしない」

 

 

 

 

その言葉。それは、強迫に苦しむ今のユージオを救う一言だった。

戦うために強張っていたユージオの体は安堵感に包み込まれ、力が抜けていく。

緩んだユージオの眼から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 

 

(…いいん、だ)

 

(もう…戦わなくても……苦しまなくても、いいん…だ……)

 

 

(……任せて、いける………で、も…)

 

 

でも、のその先までユージオの思考は続かなかった。

また遠のいていく、意識。だがそれは、血流が止まったことによる苦痛の朦朧ではなかった。

大きな優しさと安心感に包まれ、ユージオの意識は眠るように蕩けていった。

 

 

*

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*

*

 

 

「あーァ…酷いなぁ。ちびっ子隊長サン。一体何してくれてんのさァ」

 

「…聞きたいのは、俺の方だ。お前はただ、質問に答えろ」

 

 

片腕で自分より背の高いユージオを抱きかかえたまま、十番隊 隊長 日番谷冬獅郎はもう片方の手で解放状態の斬魄刀 氷輪丸をルピに対して突きつけていた。その背後では、氷で形成された東洋風の龍が空中でルピを威嚇するように唸り声を上げていた。

 

 

ユージオを触腕から解放したのは、日番谷の氷輪丸によるもの。ユージオの体を拘束していた一本と、首を絞めていた一本はそれぞれ日番谷が生み出した氷の竜によって食いちぎられ、およそ三分の二ほどの長さになっていた。だがそれだけではない。食いちぎられた二本に加え、触腕五本がほぼ一瞬で分厚い氷に覆われて、身動きの取れない状態にあった。その氷は、ユージオが死力を尽くして用いた荊の氷とは比べ物にならぬ程分厚く、頑丈。根本までしっかりと氷漬けにされた。

一応、かろうじて氷の波を逃れた残り一本の触腕を用いて氷を砕いたり、 触腕から虚閃(セロ)を放って氷を破壊するなど、戦闘を続行するならば取れる方法はそれなりにある。だが、ルピは行動に移すことはなかった。

 

 

瞳を鋭くした、日番谷の詰問が始まる。

 

 

「何を目的に、霊術院生(ユージオ)を攻撃した? …誰の、命令だ?」

 

「あーあー…なーんか、失敬な勘違いしてない? “攻撃”だなんて言うんならさァ…」

 

 

 

「先に”攻撃”してきたのは…そっちの子だよォ?」

 

 

 

「…何?」

 

 

日番谷の瞳が、さらに鋭くなる。霊圧に、刺すような殺気が含まれ始める。これは、ルピの言葉を受けて動揺しているのではなく、強い疑いだ。嘘で院生を侮辱するつもりなのかという、言葉にせずとも伝わる憤り。霊圧からそうした日番谷の気持ちを察したルピはカラカラと笑ってみせた。

 

 

「アハハッ…嘘じゃないってばァ。疑うんなら、技術開発局に行ってみたらいいんじゃないのォ?」

 

「多分さ、()()ここら辺にいる監視蟲? とかがさあ、バッチリ記録しているハズなんだよねェ。何もしていないボクに斬りかかるその子の姿を、さ…」

 

 

「…!」

 

 

ルピの言葉に、日番谷の霊圧が揺らいだ。動揺の感情。

それを感じ取ったルピは袖を口元にもっていきながら、つらづらと言葉を紡ぐ。

 

 

「いやァ…すっっっっっごく不本意だけどさ…ボクは十二番隊員よりさらに下の部下、みたいな扱いらしいんだよねェ。体色々弄られて、狂人科学者(アイツ)に強制的に言いなりにされてる日々でさァ、もう大変。でも、そんなボクでも突然斬りかかられたら、そりゃ自衛のために戦ったりもするよねェ」

 

「…自衛だと? 仮にも破面(アランカル)であるお前が斬魄刀解放までして、か? 霊術院生を相手にするには過剰防衛を通り越して、もはや”攻撃”の類だと判断せざるを得ない。その上…」

 

 

日番谷は…戦闘の傷痕残るこの広場をゆっくりと見渡す。彼が注目したのは、その四隅に存在する細長く四角い黒の機械。その機械の先にはアンテナのようなものがついていた。

 

 

「あれは…霊圧遮断の結界を作る装置だな? この広場に踏み込んだ時の感覚からするに、相当強いものだ。俺でさえ、こうして視認するまでにこの戦闘の霊圧をほとんど気づけなかった…。ここで大規模な戦闘があったとしても、誰にも気づかれないように…作為的な意図を感じる状況だ」

 

 

「”感じる”……ってだけでしょ? 偶然だよ、ぐ・う・ぜ・ん。狂人科学者(アイツ)がそこらに変な機械設置するのなんて珍しいことじゃないことくらい、仮にも同僚のアンタなら分かるんじゃないの?」

 

「あと…自衛の件も本当だよ? あの子さあ…とてもじゃないけど、未解放状態のボクじゃとても抑えられないほど強く”成長”してさァ…ボクはもう、自分の身を守るのに精一杯だったんだよォ」

 

 

 

 

「疑うならもういい加減、技術開発局行って映像見てきたらァ? 本当にあの子がボクとも戦えていたのかも…バッチリ映ってると思うよ? あ、()までは録れているか、わからないけどねェ……」

 

「………」

 

 

 

 

ルピの自信満々な態度。日番谷は、どれほどまでにユージオに対して不利な状況が()()()()しまったのかを察した。だが例え破面を前にしたとしても、あのユージオが理由もなく目の前の相手に斬りかかるはずもないことを、日番谷はよく知っていた。日番谷は、左腕に抱えたユージオの姿に視線を向ける。露出している部分の傷痕。服の下の怪我。そして…極限まで擦り減ったユージオの霊圧。

 

 

日番谷は、右手に構えていた氷輪丸を解除した。辺りに充満していた凍てつくような霊圧は、まるで夏の太陽に溶けたかのようにスッと消え去り、氷の竜も消失する。ルピの触腕を覆っていた氷は即座には消えなかったが、明らかに午後の日差しの影響を受けて緩やかに溶け始めた。

 

日番谷は斬魄刀を背に戻すと、改めて両手でユージオを姫抱き——もとい、お姫様抱っこをする形で抱え、ルピに対して背を向ける。

 

 

「…真相の究明は、後に回させてもらう。今は…こいつの手当てを優先する」

 

「ふーん? ま、大人しく帰ってくれるのはいいんだけどさァ…」

 

 

 

ニタリ、とルピの笑みがより深まった。

 

 

 

「…ちょっと、誠意ってものがないんじゃないのかなァ?」

 

「………」

 

「ちっこい隊長サンがボクの触腕を引きちぎったり、氷漬けにしたりしたのは…ま、百歩譲って勘違いってことで許してあげてもいいけどさァ。でもォ…その子がボクに向かって斬りつけたり、氷漬けにしたりしたのは……許すつもりないんだよねェ」

 

「ボクの上司の狂人科学者(アイツ)も、話を聞きたいと思うからさァ…ぜひ、その子には技術開発局(こっち)まできてもらってさ…直接、謝罪の言葉を聞きたいなァ。安心しなよ。治療くらい、技術開発局でできるからねェ」

 

「………」

 

 

明らかな上から目線の要求。挑発とも取れるその言動は…実は全て、涅マユリの演技指導の一環であった。すなわち、この投薬及び戦闘実験の過程で、他の死神が乱入して止めてきた時の対応。

 

 

流魂街での戦闘行為による余波で、その住人が死亡した事実など当のルピにとっては全く預かり知らぬことであった。だが今回の実験対象はルピが殺害した住人と懇意にしていたという事実を突き止めていたマユリは、そのことをルピの口から思わせぶりに語らせることで、実験対象が激昂して斬りかかってくるように仕向けた。事前に「戦うために呼ばれた」ということを伝えることで、そのハードルを下げることもした。

 

案の定、実験対象は自らルピに向かって斬りかかった。その一撃は結局ルピに傷一つつけることはなかったが、その様子を監視蟲がしっかりと記録していればそれでよい。もちろん、音声については記録していない。「こちら側から霊術院生を挑発して斬りかからせた」という事実まで記録する必要は欠片もない。

 

 

そして…実験対象を確保するより先に、隊長格相当の実力者が戦闘を止めにくることも想定していた。霊圧遮断の結界装置と万能ではない。解放状態の破面の戦闘によって発する霊圧など、結界で完全に止めきれるものではない。隊長格ならば気づける可能性はある。

 

しかし、こちらが被害者ぶるだけの充分な証拠がある。その証拠を盾にした言葉による挑発じみた謝罪要求。もし、相手が最低限の頭しか回らない死神ならば、こちらの傲岸不遜な物言いに怒り、逆にこちらを責め始めてもおかしくない。だが、それは全面戦争の合図ともなる。そして仮に言論による戦争が始まったとしても、こちらの有利は決して揺るがない。上手くいけば、そこからでも実験対象の身柄確保に持ち込むことも…

 

 

 

日番谷は、両腕にユージオを抱えたまま…ゆっくりとルピに向き直り、そして……

 

 

 

 

頭を、下げた。

 

 

 

 

「へ?」

 

「……すまなかった。今後はこのようなことがないよう、霊術院にしっかり周知させていく。そのために、霊術院生(ユージオ)は総合救護詰所にて療養してもらうことが重要だ。ここは、俺に任せてもらう」

 

 

 

 

護廷十三隊隊長が、頭を下げて謝意を表明した。一般の隊員よりも下の立場である涅骸部隊の…しかも、かつては敵として他ならぬ自分自身が倒した破面に対して。

 

並のプライドを持つものなら、決して承服できぬ行動のはず。

だが、日番谷は知っている。自分のプライドなど取るに足らぬことを。

 

それにこの謝罪は、何もすごすごと引き下がることを意味する訳ではない。先手を打ったのだ。これ以上ユージオを十二番隊の手にかけさせないために。仮にも一隊長が謝意を表明し、こうして代替案を示してみせた。その案を蹴ってまで実験対象を技術開発局に連行する正当な理由など、ないのだ。いくら状況が有利とはいえ、この謝意につけ込んで強硬な態度に出ることは逆にこちらに理も利もなくなってしまう。たった一言の謝罪によって、形勢はまるで逆転してしまった。

 

 

ルピは、チラリと広場西方にある霊圧遮断結界生成装置に視線を向けた。チカ、チカ、チカ…と、赤い光が三度だけ点滅するのをルピは確認した。その信号が示す意味は”撤退”

 

 

ハァー、と大袈裟なため息をついたルピは刀剣解放(レスレクシオン)を解除した。

触腕が消え去り、それを覆っていた氷は大音量と共に地へ落ちた。地面の熱をも影響し、より早く溶け始める。

 

普通の人型に戻ったルピは左脇の鞘に斬魄刀をしまうと、呆れ疲れたように首を振った。

 

 

「あー、はいはい。ちびっ子隊長サマにそこまで頼まれちゃーねー。しっかたないよねェ。キミのその見事な頭の下げっぷりに免じて、許してあげるよ。その子の無礼をさァ…」

 

「……そうか」

 

 

細かく織り交ぜたルピのさらなる不遜な物言いにも、日番谷は揺らぐことはなかった。

顔を上げた日番谷は、今度こそルピに対して背を向けてこの広場から去るために歩み始めた。

 

 

 

「あー、そうだ…。ちびっ子隊長さーん…その無礼な子に、伝えといて欲しいんだァ…」

 

「………」

 

 

 

 

「『楽しかった、また遊ぼうね』って、さ」

 

「………」

 

 

 

日番谷は、その言葉に返事をすることなく。

またこの場から去る歩みを止めることも、なかった。

 

 

 

 

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「ふむ…この手で直接解剖できなかったのは非常に残念でもある、が……」

 

「”特異魂魄”の特殊な霊圧解析。戦闘記録。強制同調薬の有用性」

 

「それに加えて…”心意”なる特殊技能についての推測を裏付けるデータも取れたネ」

 

「あの破面は充分な働きをもたらしてくれた。褒美として、躾の機構を炎撃状の刺激に変更する権利でもくれてやるとするかネ」

 

 

 

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「あーあ…解放もしたし、散々氷漬けにされたりして疲れたけど……」

 

「あの子…将来が楽しみだなァ。まっさか、ここに来てこんな楽しみが増えるなんてねェ…」

 

「あいつを…グリムジョーを”壊す”頃には、あの子も壊しがいのあるおもちゃになってくれるかなァ...その時が、今から楽しみだなァ…」

 

 

 

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『お味はどうだったかしら?』

 

 

 

——声が

 

 

 

『せっかくの旨い弁当なんだから、もっとゆっくり食べたいよなあ』

 

 

 

——声が、聞こえる

 

 

 

 

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『夏でも冷たいものなら、いくつかあるわよ。深井戸の水とか、シルベの葉っぱとか』

 

 

 

——声だけじゃ、ない

 

 

 

『氷だ。氷がいっぱいあれば、じゅうぶんに弁当を冷やせる』

 

 

 

——誰か、見える。

 

 

 

『今は夏なのよ。氷なんか、どこにあるってのよ。王都の大市場にだってありゃしないわ!』

 

 

 

——誰、なんだろう?

 

 

 

 

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『確かに、子供だけで北の峠を越えるのは村の掟で禁じられているわ』

 

 

 

——あれ、あの姿……アリス?

 

 

 

『いいこと? 遊びに行ってはならない、それが掟の禁ずるところよ。でも、氷を探しに行くのは遊びじゃないわ』

 

 

 

——いや…背格好はアリスだけど、着ているのはアリス姉さんのスカートエプロンだ。

——どっちの、アリス?

 

 

 

『うん、そうだな。まったくその通り』

 

 

 

——それに、あの男の子は?

——黒髪で…黒い瞳をしてる。知らない…子だ。

 

 

 

 

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『ほらユージオ、村で一番勉強してるアリスがそう言うなら間違いないって!』

 

 

 

——え?

——今、ユージオ……って

 

 

 

 

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——これは……この、記憶は…

 

 

 

『よし決まり、次の休息日は白竜……じゃない、氷の洞窟探しだ!』

 

 

 

——キミは、いや……あなたは、誰…?

 

 

 

 

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記憶の光景が消えて、目の前が真っ暗になった。

だけど…光景が消えた代わりに、色んな感覚が戻ってきた。

 

 

急に戻ってきた様々な感覚の中で、ユージオがまず最初に動かそうとしたのは(まぶた)だった。だけど、なぜか右目の瞼が頑張っても開くことなく、左目だけが薄らと開き始める。

 

 

焦点が合わない。ぼんやりとした白が映る。だけど徐々に焦点が元に戻り左目が正常に働くにつれて、その視界全部に映っていた白いのが建物の天井であることを理解した。そこまで理解してようやく、自分が今どこかで横になって寝かされていることを連鎖的に理解した。

 

 

「…ユージオ君……!?」

 

 

そしてそう理解した瞬間…隣から、声がした。

感覚を取り戻したとはいえ、身体中未だ思うように動かない中で、なんとか首を動かして頭を横に向けると…

 

 

「……にい、さん…」

 

「よかった…よかった、ユージオ君…! 気がついたんだね!」

 

 

暗い部屋の中に、微かに照らされる月明かりの元。

そこには、院生ユージオの手をとって無事を切に喜ぶ、青年ユージオの姿があった。

 

 

 

 

“意識が戻った”

その言葉を聞いた院生ユージオは、ぼんやりながらも直近の記憶を思い出そうとする。真っ先に思い浮かんだのは、巨大な触腕を持つ破面と戦いを繰り広げた記憶。

 

 

(僕は……破面と戦っていて……ええっ、と……)

 

(……ああ、そうだ。僕は、負け、て……助け…られたんだ……日番谷、隊長に…)

 

 

もやがかかったような思考の中でも、なんとかそのもやをかき分けて思い出した院生ユージオ。だが、思い出せるのは…というより、院生ユージオにはそこまでしか記憶がない。日番谷隊長の優しい腕に抱きかかえられたあの感触は思い出せても、その後自分がどうなったのかはよくは分からない。

 

院生ユージオは、唯一この場にいるらしい青年ユージオから順に事情を聞いていくことにした。

…が、そうするより前に青年ユージオが口を開いた。

 

 

「…ごめんね、ユージオ君。約束、破っちゃった」

 

「え……約束…?」

 

「ほら、あの日…最初に言った…」

 

 

 

——今日だけは…僕がいいと言うまで、斬魄刀から出ないで欲しい

——たとえ、何があったとしても

 

 

 

「ああ……」

 

 

院生ユージオは、思い出した。今まで直近の記憶を思い出すことしかしてなかったが故に、それより前に自分から要求した約束を言われるまで思い出せなかった。だが、青年ユージオが何を気にしているのかを理解した院生ユージオは、口を開く。

 

 

「ええっ…と、あれからどれくらい経ったの?」

 

「あ、うん…。あの日からもう、三日は経ってるんだ…」

 

「……そっか」

 

 

院生ユージオは、青年ユージオを安心させるように小さく笑った。

 

 

「ならもう”今日”じゃないから、大丈夫。そんな前の話…兄さんが気にすること、ないよ」

 

「…うん、ありがとう、ユージオ君」

 

 

心なしか、少しばかりやつれたような顔で微笑む青年ユージオ。自分の手を握るその力が、ちょっとだけ強くなったようにも思う。なんだか、心配しすぎなのではないかなと院生ユージオは思った。ただちょっと三日寝ていただけで…

 

 

 

 

…ん?

 

 

 

……み…っか…って?

 

 

……3日…72時間……!?

 

 

 

 

「僕、三日も眠ってたのっ!?」

 

 

 

 

改めて脳内でよくよく考えた結果、結構とんでもないことに気づいてガバリと体を起こす。…が、思った以上に体に力を入れ続けることができず、上半身を一瞬起こした後でまたゆっくり体はベッドに沈んでいった。

 

 

「う、うん……だから、すっごく心配したんだよ。僕だけじゃない。アリスも……もちろん、雨涵ちゃん…アリスちゃんだって」

 

 

青年ユージオの言葉を聞いて、院生ユージオの脳裏に思い浮かぶ…三人の顔。自分にとっては数時間前に顔を見合わせたばっかりという感じだが…三人は、ずっと眠り続けて反応もしない自分の姿を見て、どう思っただろう。

 

 

(心配を…かけちゃった……かな)

 

 

最初に会ったら…まずは一言謝ろうと、院生ユージオは思った。

そして、さっき三日間寝ていた事実に一度驚いたことでいくらか脳内がクリアになったせいか…改めて冷静に自分や周りの状況を確認する余裕ができた。右腕に突き刺さる針から繋がる管。その先に立つ器具から液体が、管を通して自分の体に入っているようだ。なんだかよく分からないが、これが自分の治療の一環だとしたら放っておいた方がいいとは思った。それに…自分の右目部分が、白のガーゼで覆われているのにも気づいた。右瞼が開かなかったのはこのせいだった。今のところ右目が痛むとかそういうことはないが…やはりこれも、無闇に弄らない方がいいだろうとは思った。

 

より辺りの様子を把握しようと、横になったまま首を動かす。だけど今は夜な上、電気もついていないため辺りは暗くてよくは見えない。ついさっきまで自分が寝ていたことを考えれば、電気がついてないのは当たり前だが…これでは月明かりに照らされている、ベッドの隣の椅子に座った青年ユージオの姿くらいしか、はっきりと見えるものはない。

 

だけど…何か、青年ユージオの背中の方の棚の上に、何かがこんもりと積まれている様子を確認して、それがすっごい気になった。積まれすぎて青年ユージオの座高くらいまでの高さになってるその正体について、院生ユージオが尋ねてみると……

 

 

「ああ…これは、ユージオ君へのお見舞いの品だね」

 

「お見舞いの……そっか………ん、ちょっと待って、それ、全部……!?」

 

「うん、全部。雨涵ちゃんやアリスちゃんだけじゃなくて…色んな人が持ってきたみたい。

隊長…さんとか、副隊長さんとか」

 

 

クラスメイトだけではなく、隊長、副隊長からも。具体的に誰かまでは青年ユージオも分からなかったようだが、院生ユージオは大体想像ができる…けど、まさかここまでとは。内容としてはどんなものかまでは見えないけど、あの量はすごい。謝罪以外にも、ちゃんとお礼を言わないと…と院生ユージオは心の中の特記事項を追加した。

 

 

「みんな、ユージオ君の身に何があったのか……すごく、気にしてた。アリスちゃん達には、僕が出てきて説明しようとしたけど……その、うまく……言えなかった。僕も…ユージオ君が、誰と何のために()()()()のかは…分からないから」

 

「………」

 

 

青年ユージオは、悲しげに目を伏せる。おそらく…アリス達からは随分質問責めにされたであろうことは、院生ユージオにとっても想像に難くない。質問する側も、答えられない側も両方、辛い時間だったことだろう。だけど…今の青年ユージオの言葉から、院生ユージオはとあることに…気づいた。

 

 

「兄さんは……やっぱり、覚えてる…?」

 

「…?」

 

 

 

 

「あの時…僕らが、一つになったこと」

 

 

 

 

その言葉を聞いて、青年ユージオの肩がピクリと震えた。

顔を上げ…どう、言葉にしたものか悩んでいる風ではあったが、数十秒後にゆっくりと口を開く。

 

 

「………うん。正直、夢だと思うくらい…不思議な感覚だったけど……やっぱりあれは、あの出来事は…夢じゃなかったんだね…」

 

 

天井を仰ぎ見て、思い起こすような遠い目をする青年ユージオ。その感想は院生ユージオにとってもほぼ同じではあったが…それを聞いた以上、自分にとってどうしても確認しなくてはならない事があった。

 

 

「ね、兄さんがここに具象化しているってことは……僕の斬魄刀、あるよね?」

 

「うん。こっちに立てかけてあるけど…」

 

「なら……ちょっと、貸してくれない?」

 

 

その申し出に、青年ユージオは目をパチクリさせた。意図がよく分からないようではあったが、青年ユージオは目的のもの…青い鞘と柄が目立つ斬魄刀を手にとった。院生ユージオはゆっくりと、なんとか上半身だけを起こして、その体重は壁に預けるように寄りかかる。

 

青年ユージオの手で差し出された斬魄刀を、ベッドに座ったままの院生ユージオは受け取った。今の衰弱した体だと、いつもの倍くらいの重さに感じてしまうが…以前よりも、手に馴染む感じがより強くなったように思う。

 

斬魄刀を鞘から抜き放つ院生ユージオ。その刀身は一瞬、月光を浴びて蒼白く輝いたように見えた。柄を握ったまま斬魄刀を布団の上に置いた院生ユージオは、顔だけを動かして隣の青年ユージオに向き直る。

 

 

「兄さん」

 

「……なんだい?」

 

 

院生ユージオは右手に斬魄刀を握ったまま…真摯な表情で左手を青年ユージオに差し出した。

 

 

「お願い。僕と…”同調”して欲しいんだ」

 

「………」

 

 

その言葉。そのお願いを青年ユージオが耳にするのは二度目となる。最初に聞いたときは、一体何を意味するのか分からなかったお願い。多分、院生ユージオの側もよく分かっていなかった。

 

だけど今なら…その意味は互いに、理解できることだった。

 

強い意志を宿した瞳になった青年ユージオは、無言で頷くと院生ユージオが差し出した手のひらに、自分の手を優しく重ねた。自分のお願いに応えてくれる意志を示した兄の姿に、院生ユージオは「ありがとう」と呟くと、目を閉じる。青年ユージオも、同じように目を閉じて集中を始める。

 

 

 

トクン

 

 

   トクン

 

 

トクン

 

 

   トクン

 

 

 

——音が、ずっと聞こえる。

 

 

それはまるで、二人分の心臓の音のようで少し違う…不思議な音だった。二つの音のうち、どっちが自分の音でどっちが相手の音かも…なんとなく、分かる。ただ、二つの音はなんだか”ズレ”が生じているように思えた。

 

 

院生ユージオは、集中する。自分が発する音を、”動かそう”と。

青年ユージオは、集中する。自分が発する音を、”合わせよう”と。

 

 

 

トクン

 

 

  トクン

 

 

トクン

 

 

  トクン

 

 

 

その”音”の正体とは、二人のユージオが発する霊圧が内部感覚で分かりやすく表現されたもの。

 

 

 

トクン

 

 

 トクン

 

 

トクン

 

 

 トクン

 

 

 

初めて”同調”をした時、薬物で無理矢理共感覚を呼び起こされた時とは違い…

二人のユージオは、自分達の意志で同調を図る。

 

 

 

トクン

 

 

 トクン

 

 

トクン

 

 

 トクン

 

 

 

共感覚の代わりに、自らの意志で”音”を…

霊圧を、合わせ…同調する。

 

 

トクン

 

 

 トクン

 

 

 

 

トクン

トクン

 

 

 

二人の目が、静かに見開かれた。

 

 

 

 

 

「「 想い咲け 青薔薇 」」

 

 

 

 

 

具象化した青年ユージオの姿がパッと消失するのと、

院生ユージオの握る斬魄刀が可視化された青い霊圧に包まれるのがほぼ同時。

 

 

 

霊圧の静かな風が治まった時…院生ユージオの布団の上にあるのは、

別世界ではかつて”青薔薇の剣”と呼ばれていた神器の両刃剣。

 

…否。そもそも今の彼は”院生ユージオ”ではない。

二人の魂が同調することで、一時的に一人の魂と成った”ユージオ”その人である。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

自分の握る斬魄刀が解放され、青薔薇の剣となったことを確認した”ユージオ”は、心を落ち着けるように大きく息を吐いた後…もう一度、目を閉じて集中を始めた。意識するのは、さっきと逆。一度は合わさった音への”ズラし”を意識する。

 

 

だんだんと……音がズレていくのを自覚していく。

 

 

そして、ふと気づいた時には…

 

 

 

 

「……」

 

「…ユージオ君」

 

 

 

青薔薇の剣はまた未解放の斬魄刀状態に戻り…一人の魂はまた、二人の存在に分たれていた。

 

 

 

 

 

 

院生ユージオとして存在が戻った彼は…斬魄刀を握りしめたまま、どさりと上半身がベッドに倒れ込んだ。どうしたのか、と青年ユージオは一瞬慌てた。だが…暗闇の中で微かな月光に照らされる院生ユージオの顔は、とても清々(すがすが)しいものであったのを、見た。

 

ベッドの上で仰向けになったまま…院生ユージオは、右手の斬魄刀を持ち上げて……その先を天井に向けた。刀身の鋼が、より多く月光の光を反射して、鋭く光る。

 

 

 

 

「………よかった。できたんだ…。始解を………習得、したんだ。僕は…」

 

 

「これで……もうすぐ、なんだ……あと、ちょっとで……現世へ、行ける…」

 

 

 

 

視界に刀身を納めながら、自分が始解を習得したことに思いを強くする院生ユージオ。

彼はぼんやりとしつつも、恍惚と表現できるほどに喜びの色を瞳に映した。

 

 

 

 

 

*

*

*

 

 

 

「…ねえ、ユージオ君」

 

「ん、何? 兄さん」

 

 

刀を鞘にしまい、とりあえず青年ユージオの元へ斬魄刀を返したその時、

当の青年ユージオの側から院生ユージオに向けて質問が投げかけられた。

 

 

「…さっき行ってた、君が現世に行くっていう話……その理由のこと、なんだけど…さ」

 

「……」

 

 

その質問の言葉を聞いた瞬間、院生ユージオの視線が微かに下へ向かった。

 

 

「ずっと、気になっていたんだ。数週間前…君たちが現世へ行くことを、偉い人にお願いしてた時のことを」

 

「あの時…君たちは言ったよね。『斬魄刀のため』…って」

 

「……」

 

 

偉い人にお願いしていた時。

それはもちろん、院生達三人が現世への校外学習を京楽総隊長に直訴していた時のこと。

あの時は京楽総隊長を説得する作戦のために、院生ユージオと院生アリスは自らの斬魄刀を持っていかざるを得なかった。そしてその時は当然、話の内容は斬魄刀の中の青年達に筒抜けであった。もちろん院生達もそれは分かっていて、あえて本当の理由の明言を避けていた訳だ、が…。

 

 

「そこで言ってた斬魄刀って、さ…いや、間違いだったら悪いんだけど……」

 

「……僕とアリスのこと。僕たちのために…っていう意味だったり、するのかな?

だとしたら…その…」

 

 

ちょっと青年ユージオが口籠ったその瞬間を狙いすましたかのように、やたら俊敏なスピードで院生ユージオはゴロリと体の向きを変えて青年ユージオに背を向けた。

 

 

「ゴメン。兄さん、まだ疲れが取れてないみたいから…もう一回、朝まで寝るよ」

 

「え? あ……そ、そっか…。うん、分かった……お休み、ユージオ君」

 

 

あまりに急な方向転換と話題打ち切りの早さ。

子供っぽさを感じるその行動に、青年ユージオは小さくクスリと笑った。

 

 

 

(……ありがとう、ユージオ君)

 

 

 

具体的に、院生達がどのような意図で現世行きを考えているのかまでは分からない。

でも…院生達が自分達のことを考えてくれていることは、分かる

 

 

それが、心の底からありがたく……同時に、とても申し訳ない気持ちになる。

 

 

 

 

*

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*

 

 

 

「ユ…ユ、ユ、ユージオーー!? ユージオが、ユージオが起きてるーーー!!!」

 

「ほ、本当っ!? 本当なのかっ!? ユージオっ!! 起きたのか!? ユージオ!! 無事なのかっっ!?」

 

 

「わ、わー!? ちょ、落ち着いてアリス! 雨涵!起きてる! 起きてるし無事だから僕はっ!! 」

 

 

 

 

「あ〜……よかった、本当によかったわ…。ユージオ君ったら、心配かけちゃって…もう」

 

「そうだね…。また無事に三人が揃って、本当によかった…」

 

 

 

ここは総合救護詰所の一人専用個室の一つ。

とある朝にそこから響いた賑やかな声が、図らずもその階全体のモーニングコールとなった。

 

 




【(本編に入れるタイミングを見損なって)こぼれ(た)設定話 その1】

ユージオの持つ解放状態の斬魄刀"青薔薇"は、
アンダーワールドの"青薔薇の剣"と比べると、ほんのちょっとだけ短いぞ!
院生ユージオの身体でも扱える長さになっているのだ!
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