というよりこれから準備回が続くので穏やかです。
第三十六話 Eugeo in hospital
『君は誰? どこから来たの?』
『ええと……俺の名前は……』
*
*
*
『ええっ……どこから来たか判らないって……今まで住んでた町とかも……?』
『あ、ああ……憶えてない。判るのは、名前だけで……』
*
*
*
『それで……どうにも困ってるんで、一度ここを出たいんだ。でも、方法が判らなくて……』
『うん、この森は深いからね、道を知らなきゃ迷って当然だよ。でも大丈夫、ここからは北に抜ける道があるから』
『い、いや、その……』
*
*
*
『_____したいんだ』
*
*
*
——これは……また、兄さんの記憶の……夢…?
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
現在時刻は、ちょうど12時を回ったところ。
この時間、総合救護詰所の一人専用個室において、院生ユージオはベッドの上で上半身を起こして座り、とある本を見ながらブツブツと喋っていた。
「…電車に乗るため……切符を入れるのは……ええっと、さつ……あ そうだ、『改札機』だ。……うん、合ってる」
「で、次。……階段を降りた場所…地面の下で走る乗り物……『地』面の『下』の『鉄』道だから、地下鉄。…よし」
「…駅の………電車に乗り降りするための場所……あー、なんだっけ……これ、カタカナなんだよね確か。英語と同じ? 似たような言葉の意味だったような気が……うー、えーっと……」
「駅の『ホーム』やろ? あ、正式には『プラットホーム』言うんやったか?」
「うわあああぁっ!?」
集中に集中を重ねて現世学問題集を注視していた院生ユージオは、なんの前触れもなく耳元に響いたその声に飛び上がってしまった。
「感心感心。昨日目覚めたばっかって聞いてたんやが、ベッドの上でちゃんとお勉強しとるとはなあ」
「ひ、平子隊長……お、お疲れ様…です。き、勤務はもう、いいんですか?」
まだ驚き冷めやらぬために心臓バクバク途切れ途切れながら挨拶をするユージオに対し、突如問題集を覗き込んでくる距離まで足音立てず接近していた平子隊長は、ユージオを驚かせたことを謝ることはなくそのまま近くの椅子に座って話す。
「いやあ、頑張ったんやで。昨日は仕事が溜まりすぎてて
「はあ…」
他の人たちと違い、平子隊長が1日遅れて見舞いにきた理由はわかった。というより日番谷隊長や雛森副隊長が、自分が目覚めた昨日のうちにすぐ駆けつけてきた方が驚きではあったのだが。それにしても、隊長が副隊長の許可をもらって隊舎から出る。なんだか違和感を覚えなくもないが、これが「平子隊長が雛森副隊長の許可をもらって隊舎から出る」に変換するとやけにスッと納得がいく。だが、それより今のユージオにとってはまず確認しなければならないことがあるのを思い出した。
「っていうことは……ないんですよね? その…見舞いの品とか…」
「あ? まあ…隊舎から直行で向かったからなあ。坊主が寝とる間にはいくつか持ってたが、今回はなしや。なんや、楽しみにしてたんか? そら悪かったなあ」
「いえいえ、違います! むしろ…逆なんですよ」
「逆?」
ユージオはベッドの上で上半身を起こした体勢のままクルリと首を回すと、その視線の先の棚にはどっちゃりと山盛りの菓子、花々、本の数々…。
「お見舞いの品が多すぎて困ってるんです。お菓子は好きですが、食べすぎるとせっかく出してくれる病院食を食べれなくなるし、運動ができないから太るのが怖くて…。花は、枯れないように四番隊の人が水を変える手間をかけさせてしまうのが申し訳ないです。本もすごく大好きで嬉しいんですが、自分は勉強しないといけないので…読みたい誘惑に耐えるのが大変なんです。なので、これ以上増えたらどうしようかと…」
「はー……入院生活も大変なんやなあ。過ぎたるはなんたらってやつやな…」
見舞いの品が多くて困る、という側から見れば贅沢な悩みとも言える現象にユージオは頭を悩ましていた。それでも「これほどの見舞い品…もちろん、すごく嬉しいんですけどね。アリスや雨涵、それに隊長…副隊長の方々からだけでこんなに……」と、心なしか目を輝かせて嬉しそうにもしているユージオだったが、平子は知っている。この見舞いの品物の山の中には、ユージオ本人が寝ているのをいいことに、ユージオの隠れファンである隊士がこっそり置いて行った物が多々あることを。どこからの情報なのか、霊術院生ユージオが本と甘い食べ物が大好きなのまで知れ渡っている。
平子は積まれている見舞い品の中から本をとって、適当にパラパラとめくる。
「しかしまあ、病院は療養するとこやで? なんも無理して入院中まで勉強せんと、おとなしゅう菓子食って太って本読んで寝て、欲望のままに過ごして養生すれはええやんけ」
「う、うーん…そんな感じのこと、見舞いに来た雨涵達にも言われたんですけど……太るのは困りますし、それにどうせ寝てるだけじゃもったいない気がして。こういう体動かせない時にこそしっかり勉強して、試験のための準備をしたいと思うんです」
「筋金入りの真面目クンやなあ、坊主は。ま、始解も習得して現世行きまであと一歩ともなると、いっそのこと試験も合格したろってなるのは分かるなあ」
「そうなんですよ。だから………って、あれ?」
今のさりげない平子のセリフの中に、妙な言葉が入っているのを聞いて、ユージオは思わず目を丸くして平子に向き直った。
「平子隊長、僕が始解を習得したって……誰から聞いたんですか?」
「ああ……やっぱり、そうなんやなぁ」
平子のニヤニヤ笑いがより深くなる。してやったり、みたいな表情だ。
「いや、オレは誰からも聞いてへんで。坊主の霊圧見てたら、ひょっとしたらって思てなあ」
「霊圧…?」
首を傾げるユージオを前に、平子は人差し指でスッと…ユージオを指差して体のラインをすすっとなぞるかのような動作をしてみせた。
「坊主の周りに張っとるその霊圧……前見た時と比べてメッチャ洗練された、ええモンになってたからなあ。変にペッタンコしとるのは変わらへんけど」
「ペッタンコ…? いや、それより…始解を習得すると、そんな霊圧って変わってるものなんですか?」
「絶対、っちゅう訳やないけどな。ま、たった数日で霊圧がここまで大きくなったとなると…大体始解やら卍解やら習得して、魂魄が成長したって相場が決まっとるもんや。言わへんだけで、冬獅郎も桃も気づいとるはずやで」
そう言われてユージオは、思わず自分の掌を見つめる。手から発している霊圧を自ら感じてみようとするものの、やはり自分の霊圧は他人の霊圧に比べて感じづらい。隊長格ならこうした霊圧の変化には鋭いと平子は言うが、ならば…雨涵やアリスはどうだったのだろうか。昨日出会った時、自分の霊圧が洗練されたものになっていることに気づいただろうか。いや…多分…
(…始解の話をする前に、僕の霊圧のこと……二人に聞いてみようかな)
そんな風にぼんやり考えてたユージオを尻目に、平子は手に持った本を積み上げられた山のところに戻すと椅子から立ち上がった。
「ま、無理さえせえへんかったらええ。坊主が入院しとる間も何回か寄ったるから、お勉強のことで質問あったら遠慮なく聞きや。こう見えてもオレ、現世には詳しいんや。なんせ100年ちょいは現世にいたからなあ」
「はあ……ん……? え、ひゃ、100年ですかっ!? そ、それは……え、まさか…現世駐在任務で…?」
「ちゃうちゃう。護廷の仕事とは関係ない面倒ごとのせいや。こういうのもなんやけど、俺がいた間はしょーもない100年やったで。現世が大荒れしてた時期やからなあ。生きづらい世界ったらあらへんで」
立ったまま両袖に手を入れて、遠い目をする平子の様子に…なんとなく、自分には想像できないはずのその100年という時間の重みが、ユージオにも垣間見えた気がした。
「よく…分かりませんが、大変だったんですね」
「まあな。せやけど、今の現世は大分気楽やで。平和を満喫しとる現世の人間達は、仕事と遊びにご執心や。全盛期の瀞霊廷とも到底、比べものにならんほど遊ぶための店や場所が多いで。1ヶ月毎日遊んでも余裕でお釣りがくるレベルや」
「そう、なんですか……?」
全盛期の瀞霊廷とは比べものにならないほど遊び場に溢れた現世。現世学の教科書にはそのような遊び場について載っている内容はほとんどなかった。多分、現世で駐在の仕事をするにあたって遊び呆けるための場所を知る必要はないということだろう。だが、同時に現世駐在任務の手引書においては、重霊地のような特殊な場所でない限り、大体虚は1週間に1回ほどの頻度で現れるという。魂葬の仕事もあるとはいえ、こうなるとむしろ暇な時間の方が多いのではないのかと思うと、遊びの場所というのも気になってきてしまう。
語り終えた平子は、クルリとユージオに背を向けた。
「じゃ、オレは帰るとするわ。今回は見舞い品なしやったけど、坊主が現世に行く前にはとっておきのプレゼント用意したるから、楽しみに待っとけや」
「ほ…ほんとですか!?」
「ホンマやホンマ。ほな、またな〜」
手をヒラヒラさせながら、平子は病室の出口へと向かっていた。
「あー!! ちょ、ちょっと待ってくださーい!!!」
「…は?」
平子が一歩 病室の外へ踏み出したその瞬間に、背後からユージオの声が響いてきた。
突然の自分への呼びかけを受けてちょっとしんどそうに振り向いた平子は、無駄に瞬歩まで使ってすぐにユージオのベッドの側に戻ってきた。
「なんや? オレ、なんか忘れもんでもしたんか?」
「いえ…ごめんなさい。急に呼び止めちゃって…。あの、平子隊長は現世には詳しいんですよね…?」
「……ははーん。大方、現世の勉強に行き詰まっとるってとこやな。ええで。なんでも聞きや」
「あ、いや、勉強というか……その、そういうんじゃないんですけど…」
妙に歯切れの悪いユージオの言葉を聞いて、平子は首を傾げた。
しばらく、口の中でゴニョゴニョした後……意を決したように、ユージオは口を開いた。
「…平子隊長は……『ログアウト』って言葉、ご存知ですか?」
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
「…ね、ね。ユージオ……なんか、ニヤニヤしてない?」
「確かに…なんか、嬉しいことがあったのかもしれないな。いい見舞い品をもらったとか…」
(…なんでアリスと雨涵は、すぐに入ってこないでドアの隙間からこっちを伺うんだろう……?)
二人のクラスメイトに気づいたユージオは、言われていた「ニヤニヤ笑い」を引っ込めて視線をそっちの方に向ける。その視線に気づいた雨涵とアリスはちょっと照れ臭そうな表情をしながら、ゆっくりと入室してきた。
「失礼するわよ、ユージオ。……具合は、どう?」
「アリス。…うん、昨日に比べたらよくなった……と思ってたんだけど…」
「けど?」
歯切れの悪い様子に、アリスの背後の雨涵の瞳がちょっと鋭くなる。警戒、という訳ではなくもちろん心配から思わず表情がキツくなってしまっただけではあるが。ユージオは、その疑問に答えようとした時…言葉の前に、軽いくしゃみがでた。
「ぐすっ……昼過ぎから、なんだかくしゃみも出るし体が熱っぽくて…風邪気味かもって診断されててさ。入院期間伸びたくなかったらしっかり寝て休んでくださいって言われちゃって」
「風邪? それは良くないな……ユージオの養生の邪魔になっても悪いしな…帰った方がいいか?」
「ううん、大丈夫。今日は、昨日できなかった話を聞きにきたんでしょ。話すくらいなら全然、平気だよ」
そう。本来、自分が目を覚ました昨日のうちに、ユージオは二人に最低限の事は話すつもりだった。早朝に来た雨涵とアリスに対してそれが出来なかった理由は…目を覚ましたユージオに感極まって飛びついてきた二人の女子院生の叫びが同階の入院者に迷惑かけると同時に、駆けつけてきた四番隊の人々に雨涵もアリスも追い出されてしまったからだ。もっとも、追い出されたのはただ単にうるさいからという理由だけではなく、目を覚ましたユージオの精密検査を行うという名目があった。
その日の午後にも一度、雨涵とアリスは来た。だが時間をおいてもまだ感情の整理ができてなかったのか、女子院生二人はユージオを一目見るなり、側でオンオン泣くばかりでとても話せる状態じゃなかった。ユージオがオロオロし、具象化した青年二人がオロオロする中、二人は涙を流し尽くし鼻をすするだけすすった後に「明日また話を聞くから」と言い残して去っていった。
しかしアリスならともかく、あのクールな雨涵までもが目頭をハンカチで抑えてすすり泣いていたのは驚いた。怪我をした自分を案じて……無事を喜んで、二人とも涙を流していた。とても不謹慎なことかもしれないけど……ユージオにとってはそのことに、嬉しさを感じてしまう。
ただ、流石に一日置けば感情の整理がつくもの。雨涵とアリスは至極普通…いつも通りのクラスメイトとして、ユージオと接していた。そんな二人は、一瞬サッと顔を見合わせた。
「もちろん、ユージオが何をやらかして入院したのか、その理由も知りたいけど……」
「なんかさっき、嬉しそうにニヤニヤしてた理由も、聞きたいものだな」
「えっ」
ニヤニヤしてたなんて事、ユージオは今聞いて初めて自覚した。思わず口元を抑えてしまうが、もちろん今更そんな行為に意味はない。思わず変なことをしたユージオを見て、今度はアリスがニヤニヤする。雨涵はフッと笑う。やっぱりいつも通りのクラスメイトだった。いや、今はそれより……
「う、うーん…それはね…」
口よどむユージオ。ニヤニヤしていた自覚はなかったが、ニヤニヤになっていた理由ならば自覚していた。それを踏まえた上で…チラリと視線を動かす。アリスが背負う斬魄刀と…自分のベッドの隣に立てかけてある斬魄刀に。その斬魄刀の中の青年達は、今は院生達だけの時間を作る気遣いからが具象化こそしてない、が…
「そっちの話は、また今度にしてもいいかな?
…無事退院して、また三人で
「…あら、そう?」
銭湯での帰りに。
その言葉は…院生達にとっては半ば隠語と化している。それが指し示す意味とは…斬魄刀を持たない時、青年達には内緒にして話すということ。いつもそうしたタイミングというのは、銭湯の帰りか図書室での会議か……自然と相場は決まっていた。
青年達とは内緒の場所で話したい、というユージオの意図を汲み取ったアリスと雨涵。なので、もう二人はそのニヤニヤの件に言及することはなく、代わりに雨涵が口を開いた。
「なら、そっちは置いておこう。その代わり…四日前にユージオの身に起こったことを、教えてくれるんだろうな?」
「…うん。僕で、話せることなら」
*
*
*
*
*
*
*
ユージオはクラスメイトに話した。ただし、何もかもという訳にはいかなかった。自分と十二番隊との関係…流魂街にいた頃から
結局、首謀部隊の名前はちょろっと出す程度にして「十二番隊からの提案 協力の元で、ちょっと荒めの始解の特訓をしてた」という趣旨で話した。それでも”荒め”という言葉だけで二人の女子の視線が鋭くなってくる。無茶さを匂わせるその言葉に対する怒りと心配半々の感情を前にユージオはちょっとタジタジになったが、すぐにその感情を逸らすための手段を思いついた。
「想い咲け、青薔薇」
「「おぉ〜…」」
答えは簡単。実際に始解を見せてあげること。以前は具象化された青年ユージオと共に始解したが、何も具象化は必須の過程ではない。そもそも、具象化は本来始解より後に習得すべき技。具象化が始解をするのに必要という理屈はあり得ない。ユージオは昨日のうちに、未開放状態の斬魄刀の中にいる青年ユージオとも”音”を同期できるようにこっそり練習もしていた。結果、具象化抜きでの始解ができるようになるのに、そう時間はかからなかった。
そして…初めて目の前で見る始解に、院生アリスも雨涵も興味津々だった。今まで他人の始解などまともに見る機会がなかったところを、クラスメイトがやってのけたとなると、関心も
「ユージオの兄さんが持ってた”青薔薇の剣”と同じ……どんな能力なの?」
「えっとね…
「なるほど…氷雪系、という訳か。ん……? ちょっと待て、ユージオ。お前、さっきの風邪って…」
「あ、うん……今回のことで気づいたんだけど僕、どうも寒がりみたいでさ。霊圧使いすぎて体が衰弱したところに、氷の冷気で体が冷えちゃってたみたい。三日間寝込んでいる間に少し良くなるはずなんだけど…今日になってちょっとぶり返したっぽいんだよね」
「……自分の氷のせいで風邪引く、寒がりな氷雪系斬魄刀使い…ね」
「うっ…」
院生アリスがボソッと呟いた言葉に、
なので、別に話すべきことを話すことにした。
始解よりもさらに二人の興味を引きそうで…かつ、言葉にするのが難しいことだ。
*
*
*
「へ……? 一つ、に…?」
「うん…説明するのは、すごく難しいけど…ほら、”ユージオ”という人間は元々一人の魂だったでしょ? 色々あって、今は二人のユージオとして存在してるけど、始解をすると…それが一時的に一人の存在に戻る。それが…僕らにとっての”同調”だったんだ」
「む……つまり、今のお前は…」
「そう…今の僕は、霊術院生のユージオでもあるし…ルーリッドの村で生まれ育った、剣士としてのユージオでもあるってこと。…すごい不思議な感覚なんだけど……こう、としか説明できない…」
相変わらず足を伸ばしてベッドに座りながら、膝下に横たわった青薔薇を撫でるユージオ。二人分の思考能力を使い可能な限り言葉を尽くした説明だが、雨涵とアリスは理解の境界線の狭間で揺れているような状態だ。もっとも、非常に特殊な魂の非常に特殊な感覚の説明ともなれば理解を促すのが難しいのも致し方ない。
だが、その説明に興味を示したのか……なんの前触れも音もなく、ユージオの目の前に青年のアリスが具象化する。ビクッとする雨涵とユージオ。驚かぬのは具象化する斬魄刀の持ち主である院生のアリスのみだ。
「ね、
「え? あ、ああ……そうだね…」
青年のアリスに突然問いかけられ、ユージオは考える。院生ユージオの記憶からではなく、青年ユージオの記憶…それも昔、一時期忘れかけていたことまで深く、掘り下げて……口を開く。
「…確か、あっちこっち地下室漁ってるうちにキリトが壺を割っちゃって。それがよりにもよって百年前に天命が切れたミルクの入ったものだったから、さらに怒られて掃除も大変で……。ていうか、あの時アリスが変なことキリトに吹き込んで煽るから、あんなことになったんだからね、もう!」
思い出し笑いならぬ、思い出し怒りでプンプンするユージオを見て、青年アリスはクスクスと笑った。
「ふふっ…悪かったわよ、あの時は。でも…話は本当みたいね。正直ちょっとだけ疑ってたけど…今のあなたは、見た目はユージオ君でもあると同時に…
「うん。ただ、もちろんずっとじゃないよ。始解をとけばまた、二人に戻るし」
「そうみたいね。でも、それってつまり…」
青年アリスは、ゆっくりと後ろの方を振り向いた。その視線とかち合った院生アリスが、ピクリと反応する。加えて、青年アリスが小さく微笑んでウインクをする。院生アリスはそれを見てパッと顔を輝かせ、コクコクと頷く動作をした。
何やら二人のアリス同士での以心伝心が行われている側で、雨涵は冷静にユージオへ呟く。
「まあ、ユージオの魂の事情は置いとくにしても…これで、短期現世駐在任務体験の校外学習まで後一歩……残りは試験さえ合格すれば、だな」
「うん。…だから、せっかくだし夜通しで資料集の”ファストフード”の項目を暗記しようかと…」
「いや、少なくとも夜はちゃんと寝てくれ……頼むから」
きちんと休息を取り、勉強は最低限に抑える。これを守らないと、病室にある教科書類を全て没収すると脅され…ユージオは渋々了承した。
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
その日から、ちょうど一週間後。
ようやくユージオに、退院の許可が降りた。
お世話になった救護詰所の面々に何度も頭を下げ、迎えにきたクラスメイト二人と共に久々の霊術院生寮に帰ったユージオが最初にしたことは…寮で飼育してた専用地獄蝶に、メッセージを吹き込むことだった。
『石和先生。霊術院第2218期生 ユージオ アリス・ツーベルクの二名は、準備が整いました。短期現世駐在任務体験の校外学習許可のための試験を、受験させていただけないでしょうか? 何卒、よろしくお願いいたします』
結局院生ユージオは雨涵の願いに反して、入院生活の一週間 勉強に一切手を抜くことはなかった。その成果を、試す時がきた。
【おまけ話・入院中あったかもしれない会話】
青年ユージオ「その本、随分熱心に読んでるね。面白いの?」
院生ユージオ「…ねえ、兄さん」
青年ユージオ「ん、何?」
院生ユージオ「アインクラッド流の秘奥義ってさ……順番みたいなの、ない?
青年ユージオ「順番?」
院生ユージオ「こう……
青年ユージオ「???」
院生ユージオ「…いや、ごめん。なんでもない」