元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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執筆前の予想分量より1.4倍は膨れ上がった感じがする...。


第三十八話 Two pass notifications

不思議な透明感を持った野生の感情剥き出しの咆哮。

それと共に、化物じみた豪腕が横薙ぎに振り払われる。

 

 

「う…!」

 

 

振るわれる腕の風圧が、自身の前髪を揺らすほどのギリギリでユージオはそれを避ける。

巨大な腕が特徴的なその虚の動きは遅い…ように思える。だが、とにかく間合いが読みにくい。曲がりなりにも人型であることも相まって、思わずクラスメイトとの白打の経験が頭をよぎってしまうが、そのようなものは参考にもならない。当然だろう。体躯がまるで違うのだから。

 

空振りした虚の拳がさらに地面を大きく抉る様子を見て、思わず背筋が冷える。あれを直に食らったらペチャンコだ。どうする…どこから、攻める……!?

 

 

「ユージオッ! 後ろ!」

 

 

脳裏で思考を練っていたその時、警告を促す声がした。少し離れた場所で二体目の虚と戦っていたはずの、アリスの声だった。なぜ、別の戦いをしているはずのアリスが? しかし疑問に頭を悩ませるより早く本能的に体の向きを変えると、そこには地面から生えるかのように展開された、鋭いドリル状の先端を持つ触手……それが、十数本。

 

もはやそれに驚きの声も出す余裕もない。ユージオが咄嗟に後ずさるのと同時に大量の触手が雨霰の如く降り注ぐ。だが、ユージオの回避行動が功を奏して攻撃はその体に届かなかった、が。

 

その手に握る斬魄刀に、数本の触手が絡みついて動きを阻害してきた。

 

 

(……っ、しまっ…)

 

 

ユージオは、二つの過ちを犯したことに気づいた。体で避けることに夢中で、斬魄刀に触手が届いていることに気づかなかったこと。そして…よりにもよって、後方に下がることで避けようとしてしまったこと。

 

後方には先ほどまで自分が戦っていた豪腕の虚が、唸り声を上げながらユージオに向かって腕を振り上げた。

 

 

「縛道の三十九! 円閘扇(えんこうせん)!」

 

 

だが、その腕を阻んだのは黄色い霊圧の盾。それを展開して守ってくれたのは…ユージオにとってはわざわざ確認する暇もなかったし、その必要もなかった。

 

 

「…破道の二!『(せつ)』!」

 

 

絡みつく触手に向けて、威力ではなく…より大きく、広くを意識して鬼道を放つユージオ。切断性の鬼道を受けた数本の触手は斬れるとまではいかずに大きな切れ込みが入るだけに留まった。だが、それで充分。ユージオが思いっきり斬魄刀で振り払うことで、触手はいともたやすくちぎれて散らばった。

 

 

「あっちのクラゲ型の虚、地面からも触手を通して攻撃してくる! できるだけ私が引きつけるつもりだけど、気をつけて!」

 

「ありがとう! 了解!」

 

 

クラゲ型とは言うが、二人の院生は実際にクラゲは見たことがない。この尸魂界にいる限り海に触れられる機会は皆無なのだから。それでも図鑑を読むことが好きなアリスと、アリス以上に本全般を読み漁るユージオの間でもスムーズにイメージが伝達する。

 

 

背中合わせの状態から、二人は再び離れて展開。ユージオは豪腕の歪な巨人虚の、アリスはクラゲ型の触手虚の前にて対峙する。

 

 

唸るような声と共に、再び腕を振り上げる巨人虚。相変わらず読みにくい腕のリーチだが、流石に数回に渡って避け続けていたらある程度の検討がつく。目の前のあの虚との距離からしても、あの拳が自分に届くのはギリギリ。充分避けられる…!

 

 

そのユージオの見立ては…虚の特殊な能力を前に、すぐさま崩れ去ることになる。

 

 

虚の拳は、ギリギリの距離のユージオを狙い撃つのではなく…誰もいない地面を撃ち殴った。

だが、それは決して意味のない行動ではない。ゴウンという音とともに、修行場の地面全体が揺れる。その振動は一瞬だけのものだけだったが、ユージオが立っていられなくなるほどの強さ。単純な腕力によるものにしては不可解なほどの大きさだった。

 

これは…おそらく、虚に備わる独自の能力。虚の正体は、満たされぬ欲望と、救われなかった悲しみのために心を失くした霊。だが、失くした心はそのまま消えてしまうのではなく…本当の顔を覆う仮面として、そして斬魄刀にも似た独自の特異能力となって虚に宿るという。授業中、教科書でその記述を読んだユージオは、心というのは悪霊となっても簡単に切り離されるものではないのだと知った。

 

 

虚が能力によって起こした地震に足を取られて、ユージオは思わず片膝をついてしまうが、なんとか倒れ込むことだけは防いだ。地面に向いてしまった視線をすぐさま前に戻すが…虚が、いない……!?

 

 

だが、虚の居場所はすぐに知れた。巨大な影が…ユージオの周囲に落とされた。

 

 

(上、か!?)

 

 

立ち上がってから避けるのでは間に合わないと察したユージオは、転がるようにしてその場から離脱する。多少不格好な動きとなったが、その判断は正しかった。空中からの勢いを持った豪腕は、さらに大きな亀裂を地面に傷痕として残す。鈍重そうな見た目に反して、軽快かつ大きな跳躍をもしてみせる巨人虚。果たして自分は、これに斬撃を叩き込めるのかと不安の一点が残りつつ、素早く立ち上がって体勢を立て直した。

 

 

『…ユージオ君!』

 

 

立ち上がって斬魄刀を構えた瞬間、脳内で声がする。院生ユージオの兄であり、斬魄刀の中の人こと青年ユージオ。かつての戦いで初めて二人で同調して以降、青年ユージオは具象化せず斬魄刀の中にいる状態のまま、院生ユージオに声を届けることができるようになっている。

 

 

『どうする? 辛い相手なら、早めに始解をした方が…』

 

(うん、分かってる。分かってるけど……始解はまだ、待って欲しいんだ)

 

『待つ…?』

 

(うまく言えないけど…なんだろう。始解を使っちゃいけないような…使うべきじゃないような…そんな、感じがするんだ。だから…)

 

『…分かった。でも、無理だけはしないで』

 

 

ここまでの会話は、現実の時間にしても数秒にも満たない。心の中でもう一人の自分と交わす会話は、体感時間とは裏腹に戦闘中でも支障なくできるほど素早いものだった。その中でも話したように、院生ユージオは確固とした理由はないが…なんとなく始解を使うべきではないと感じた彼は、未解放のままの斬魄刀の鋒を巨大虚に対して見据える。

 

 

唸る虚が再び拳を振り上げる。その拳の先が狙うはユージオか、それとも地面か。今となってはそれもなんとか予測がつく。そしてその対応、地面を殴るのに合わせて、ユージオは地面を蹴って駆け出す。地面が振動によって揺れるタイミングには、ユージオの足は地面に接してはいない。タイミングさえ見極めれれば、地震を起こす特殊能力といえど苦ではない…と一瞬、思ったその時

 

 

「破道の…わ、あ、きゃあっ!?」

 

「…!?」

 

 

虚の地震能力は、実際の地震に比べて範囲は狭い。せいぜい修行場全体くらいだが…それほどの広さであれば影響を受けるのはユージオだけではない。そう、同じ場所で戦うアリスもまたその毒牙にかかってしまう。

 

アリスと対峙するクラゲ型の虚の多数の触腕はそれぞれがアリスに絡みつくのではなく、まるで一本の巨大な杭のように太くまとまった”触腕”と化して襲いかかっていた。アリスはそれを斬魄刀で防ぎつつ、破道で触腕を撃退しようとしたところに、一方の虚の地震能力に寄って足を取られてしまったのだ。ユージオにしても、対峙する虚の能力を把握したばかりで、共に戦うアリスに周知する余裕などとてもなかった。

 

地面の揺れによって触腕の勢いを抑えきれなくなったアリスは、どうと仰向けに倒れ込む。クラゲ型の虚はその瞬間を逃さぬとばかりに、纏っていた触腕を多数の触手として再び展開。アリスが起き上がるより早く、鋭い触手がその体を穿とうと…

 

 

「アリスッ!」

 

 

───アインクラッド流 秘奥義 単発水平斬 ホリゾンタル!

 

 

ユージオの青き光の剣筋が、アリスを襲おうとしていた触手を全て一閃の元に切り捨てる。

始解をしてない、院生ユージオのみの状態で使える唯一のアインクラッド流 秘奥義”ホリゾンタル”。かつての戦いを経て、それはこうして実戦でもすぐさま使えるほどの練度として仕上がっていた。触手の脅威を一度取り除いたユージオは、倒れてしまったアリスの体を素早く起こそうとする…

 

 

ドガッ

 

 

「がっ……!?」

 

 

しかし、アリスを助けることでユージオに生まれた隙を逃すほど…あの巨人虚は、鈍重ではなかった。その豪腕の振り回しが背中からユージオに襲いかかり、それをもろに受けたユージオは吹き飛ばされてしまう。なんとか着地する寸前に、自分が巨人虚の強襲によって吹き飛ばされたと理解したユージオは、背中の痛みを自覚するより早く受け身の姿勢を取ろうとする…が、半分失敗して多少よろめいてしまった。

 

そしてそのユージオに、次なる手を伸ばし始めたのは…クラゲ型の虚だった。

 

 

「破道の三十二! 黄火閃(おうかせん)!」

 

 

だがそれでも、ユージオの隙を的確にアリスがカバーする。

多数の触手をなぎ払う黄色い閃光によって、自分がまた助けられたことを知ったユージオは視線で礼を伝える。アリスもまた、アイコンタクトでその礼に応えた。助けられたのは、自分も同じだと。

 

 

 

自然と、ユージオとアリスは互いに距離を近づけ…背中合わせにて、二人は戦いに備える。今までのように、それでいて今までより円滑に…互いが互いをカバーし合うために。一人一人ではない。二人で、二体の虚と戦うために……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…アホらし」

 

 

 

 

 

だが、その時……虚のものとは別の声が、二人の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

「アホらしくて、見てられんわ」

 

 

 

 

 

 

一陣の風が吹いたように、二人が感じた次の瞬間。

目の前に…YDM書籍販売会社代表取締役 矢胴丸リサが無防備に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょお待たんかいリサ! 手ェ出すなって言うたやろ!」

 

「何言うてんねや。私は手も足も出しとらんわ。ただここに突っ立っとるだけや」

 

「おま、んな屁理屈…」

 

 

平子が後ろから抗議しようとするも、早々に無視を決め込んだリサは改めてユージオとアリスの二人に向き直る。

 

 

「あのなあ、二人してあんな雑魚虚に手間取ってるようじゃ、現世での任務なんか到底務まらんわ」

 

「「…え」」

 

 

平然と言い放ったリサの後ろでは…その二体の”雑魚虚”が、新たな狙いを定めていた。

先ほどリサは「ただ突っ立っとるだけ」と自称したが、それは厳密には間違いである。リサは、ただ立っているだけではなく…自身から発する霊圧をより綿密に調整していた。少なくとも院生二人分の霊圧よりも、高く。かと言ってあまり高すぎて、虚達が怯えてしまわないように。つまりは…虚達に「自分こそが絶好の”餌”」だと誤認させるような霊圧を発するように、調整していた。

 

巨人虚がその豪腕を振り上げ、クラゲ虚が触手を纏めた触腕としてリサに向ける。

だが、リサはそれを避ける素振りすらない。

 

 

「せやけど、勘違いしんときやぁ。今のあんたらが現世任務に相応しくないって言うとるんやない。雑魚の虚程度、あんたらなら()()()()()()()()()()やのに、無駄にわちゃわちゃ戦っとるからアホらし言うてんのや」

 

 

リサの言葉が終わらないうちに、巨人虚の拳が彼女の頭に。クラゲ虚の纏った触腕がリサの背中を直撃した。

ユージオとアリスは思わず息を飲む。…しかし、リサの体は微塵も揺らぐことがない。それどころかその表情すら一切変わることがない。まるで何事も起きていないかのように平然としている。

 

二体の虚が、何度も何度もリサを攻撃するが…せいぜい髪がちょっと乱れるかメガネがずれるくらいのものであり、リサの体そのものには一切の傷もダメージも与えられているようには見えない。リサはその都度髪をメガネを直しながら会話を続ける。

 

 

「あっちで大人しく座ってるあんたらのクラスメイト、雨涵…って言うたか。さっき、あの子があんたらの戦いを見て何呟いたか…分かるか?」

 

 

ユージオとアリスは正直、不動で攻撃を受け続けるリサが気になってとてもじゃないがまともに話が聞ける気がしなかったが…リサが呟いたクラスメイトの名前を聞いて、思わず二人して視線を横に向ける。隅のベンチに座る雨涵は、笑うような気まずそうな、ちょっと複雑な表情をしていた。

 

一方、リサを攻撃し続けていた二体の虚のうち、クラゲ虚が攻め手を変えた。力任せな触腕を、多数もの触手として展開しなおすと…それぞれの触手を持って拘束せんと波のように襲い来る。だがリサはそれをも瞬歩でなんなく躱してみせると…二人に、クラスメイとの言葉を教えてみせた。

 

 

「こう言ったんや。

『あの虚は…本当に、ユージオとアリスが苦戦ほどの相手なのだろうか』とな」

 

「!」

 

「それ、って…」

 

 

雨涵のいる方角を二度見するアリスとユージオ。雨涵の顔の気まずそうな割合がさらに増したような気がする。

 

 

岡目八目(おかめはちもく)…っちゅうやつやな。実際にあんたらと同じ立場で戦うことになったらそう冷静にはいられへんやろけどな…第三者の目線から見とるあの子の見立ては正確や。あんたら二人は、普通の虚なら一撃で倒せるほどの実力は充分にあるんや」

 

「それが、なんでこうも手間取っとんのか…ま、大体想像はつくわ」

 

 

 

オオォォォ——————!!

 

 

 

巨人虚が中々屈しない”餌”に対して怒るように吠え…また、拳で地面を殴りつけて地震を起こす。

なんとか足を取られまいと踏ん張るアリスとユージオに、地震にも全くブレる様子のないリサ。

 

 

「ま、簡単に言うとやな…びびっとんのや。あんたら二人はな」

 

「真子になんも説明されんと、突然呼ばれて心の準備する間もなく虚と戦わせられる…冷静になるんも難しいやろ。それにあんたら、虚と戦うんは初めてやろ? 勝手が分からず、焦んのも分かるわ。今まで人同士で鍛錬してたとこに、突然あんな巨大なバケモンと戦うとなって、二人はびびっとる。自分ではわかっとらんかもしれんけど、あんたらの霊圧の鈍りっぷりを見てたらこっちは一目瞭然や」

 

 

言葉の最中でも、クラゲ虚は触手を多数リサに向かって勢いよく伸ばし続ける。

それでも彼女の体がその度にブレ、触手は空を切り続ける。それでも言葉だけはブレることなく、院生達に届く。

 

院生ユージオは思い出す。心の中で、青年ユージオと交わした会話を。

自分が言った言葉を。自分が覚えた違和感を。

 

 

———始解を使っちゃいけないような…使うべきじゃないような…そんな、感じがするんだ。

 

 

あの違和感の正体について…リサの言葉を耳にしたユージオは、一つの推測を立てる。

 

 

———始解を使っちゃいけない…ではなく、

———使うべきじゃない…でもなく。

 

 

 

———使う()()()()()…としたら?

 

 

 

「どうもあんたらは、そういう気や感情に霊圧が大きく左右される 性質(タチ)みたいやからな。そんな二人に、一つアドバイスしたるわ」

 

 

 

散々二体の虚をおちょくるかのように避け続けていたリサが、瞬歩を用いてユージオとアリスのすぐ後ろの位置にまで移動した。すると当然、二体の虚もリサの方…もとい、ユージオとアリスの方向に視線を向ける。

 

ポンと、リサは二人の肩に手を置いて、囁く。

 

 

「視覚で見るんやない。霊覚で、敵を見るんや」

 

「今のあんたらは、虚の見た目の大きさにびびっとる。巨大な相手に対しての戦い方をどうすればいいかなんて、下らんことで悩んどるんや。その悩みが、せっかくの刃も霊圧も鈍らせとる」

 

「しっかり覚えときやぁ。死神の戦いとは、霊圧の戦いや。今のあんたらみたいに体躯の違う相手との戦い方なんて、同格の霊圧を持つ相手と戦う時だけに考えればええんや。今みたいな、格下の霊圧しかもたん虚相手に戦う時は…」

 

 

スッと、二人の院生の視界が真っ黒に染まり、アリスとユージオは思わずピクリと体を震わす。

二人の視界をリサが手で遮ったのだ。

 

 

「なんも考えんで、斬魄刀を振るうんや。攻撃を避ける必要もない。防御する必要もない。攻撃してくるなら、斬る。それでだけでええ。視覚に頼らず、霊覚だけで……虚を見て、斬魄刀を構えてみぃや」

 

 

二人は突然塞がれた視界に戸惑いながらも…耳に届くリサの声を支えとして、いつもと同じように斬魄刀を構える。

 

 

霊覚で、敵を見る。その言葉を聞いて、二人はあることを思い出していた。

授業で戦闘指南を担当してくれている、いつもの臨時講師が語ってくれたこと。

 

 

———死神や虚など霊圧を以て戦う者全員、視覚と霊覚…二つの感覚を使って物を()()ことができる。だが、この二つのうち最も戦闘で重視すべき感覚は…霊覚だ。

 

———もちろん視覚も敵の身体的、技術的特徴を把握するのに重要となるが…所詮、見れる範囲は限界がある。通常、人は両目で同時に見える範囲は大凡(おおよそ)左右120度と言われているからな。首を捻ればその範囲は当然広がるが、高速での戦闘中は首を捻る一瞬ですら命取りになりかねない上に、それでも360度全部をカバーするには到底及ばない。

 

———その点、霊覚は全身を使って物を()()ため、常に死角なく360度の感知ができるのが何よりのメリットだ。それも左右のみならず、上下のものすらも一度に見ることができる。

 

———普通、戦闘に集中していくにつれ…視覚よりも重要な霊覚の方に感知の比重が高まっていくとされている。最終的には、全く目でものを見ることなく、霊覚だけで戦うようになるほどだ。まだ未熟なお前達では、実感が湧かないかも知れないけどな。長々と話したが、とにかく戦闘においては霊覚が重要だと言うことだけでも、覚えておいてくれ。

 

 

臨時講師の言う通り、その時の三人の院生達には実感が湧くことはなかった。普段から存分に目でものを見て、なんとか霊覚を鍛えようとしている三人にとって、そもそも霊覚がものを()()ための概念とはとてもじゃないが思えなかった。

 

 

だけど…今はそう言っている場合ではなかった。

リサによって視覚を塞がれながら、霊覚によってものを見る。

 

それを行うことこそが、あの虚を倒す鍵となるのなら。

 

 

 

「分かる? 虚どもの霊圧がこっちに向けられて高くなっとるのが。新たに狙いをこっちに定めて来たんや。だけど…多少霊圧が上がったところで、あんたらの敵やない。冷静になって比べてみぃや。自分とあいつらの霊圧の差を、な」

 

 

 

目は閉ざされたまま…リサの言葉通り二人は集中を始める。

いつも通りの…『斬術基礎』で教わった通りの構えで、斬魄刀を握り締めながら。

 

だが、自分の霊圧と他人の霊圧を比べるなんてことは二人は慣れていなかった。自分の霊圧を自覚する練習。他人の霊圧を感知する練習。それぞれの経験はあれど、それを同時にやったことはない。普通の死神ならできて当たり前のことでも、所詮二人は死神未満の霊術院生。当たり前のことを当たり前のようにできるには、まだ鍛錬が足りない身なのだ。

 

だからユージオは、自分の霊圧と他人の霊圧を比べるのではなく…無意識のうちに、他人の霊圧同士を比べ始める。

より具体的には…現在の他人の霊圧と、自分の記憶にある過去の他人の霊圧を比べる。

 

現在の他人と、過去の他人。

 

現在の他人とはもちろん、今対峙している二体の虚。

過去の他人とは……少なくとも、ユージオにとってはあまり思い出したくもない相手。でも、ユージオにとってはごく最近戦ったことのある相手。今戦っている虚と霊圧が似てる……いや、ほぼ同じ霊圧を持っている相手のことは、まるで昨日のことのように思い出せてしまう。

 

 

そしてそれを思い出した時…ユージオの見方が、カチリと切り替わった。

 

 

 

(あれ……?)

 

 

 

同じものを見ているはずなのに…まるで突然、全く別のものを見始めたかのような感覚。

今まで霊覚で見ていた虚は、とても巨大。並外れたパワーを持つ、恐ろしい強敵だと…()()()()()()()

 

 

 

(なんだか…とても、小さい…?)

 

 

大きな体躯を誇っていたはずの巨人虚も。

多数の触手を操るクラゲ型虚も。

 

 

とても小さく、思えたのだ。

 

 

(あの時戦った()()よりも……この虚は、遥かに小さい……弱い!?)

 

 

 

当然である。

破面とは数百の虚の融合体である大虚(メノスグランデ)が更に多種の大虚(メノスグランデ)を喰らって取り込み続け、中級大虚(アジューカス)へと進化。それが更に藍染惣右介の持つ崩玉によって限界を超えた進化をした存在なのだ。ましてや、かつてユージオが戦った破面 ルピ・アンテノールは破面の中でも一時期十刃(エスパーダ)と呼ばれる最上位の地位をモノにした上澄の実力を持つ猛者。一度死に、ゾンビとして蘇ってもなおその実力は健在…いや、むしろ増大さえしている。

 

無論、あの時のルピは全力ではなく大幅な加減の上での戦いだったが…それを差し引いても、今ユージオの目の前にある虚はとても小さく、弱い存在であった。

 

 

どうしてこんなことに気づけなかったのだろう、とユージオが思ったその瞬間、リサの張りつめた声が耳に響いた。

 

 

「アリス! 来るで! 刀を振り上げて、私の合図と同時に振り下ろすんや!」

 

 

しかしその声は、ユージオではなくアリスに向けたもの。隣に立つアリスがその声に応じて腕を斬魄刀を動かすのを、ユージオは()()()()()ことができた。そして、アリスに迫り来る虚の大腕も。

 

 

アリスは、一歩大きく足を踏み出すと………斬魄刀を振り下ろした。

それもリサの合図を待つことなく、独断で。

 

 

 

 

だが、その縦切りの一閃は虚の大腕をまるで豆腐の如く滑らかに切り裂いた。

 

 

 

 

 

ガアアアォォォ——————!!

 

どことなく悲鳴にも似た、虚の叫びが空気を震わす。

 

 

 

 

 

 

「…なんや。思った以上に上出来やないか」

 

 

自身の指示を無視した独断の一撃で虚を切り裂いたアリスの行動を見て、リサは小さく笑った。

 

 

 

ユージオの方は、そんなリサの言葉を聞いてはいなかった。

なぜなら、ユージオは霊覚で見た敵の攻撃に対処するため、アリスとリサの前に大きく飛び出していたからだ。

 

 

 

目を閉じたまま、全身の霊覚のみを頼りに刃を振るう。

それは、秘奥義としての力も持たぬただの一閃。

 

それにより…襲い掛かろうとしたクラゲ型の虚の触手全てを斬り落としてみせた。

 

 

 

「……二人とも、もう充分なようやな」

 

 

リサの触れてる手から二人の院生が離れたことを確認したリサは、ようやくこの戦いの場から瞬歩で離れた。

それと同時に、アリスとユージオは瞼を押し上げ目を開いた。

 

 

視覚が解放された二人。だが、二人の目に映る虚は…初めて見た時と、まるで違ってみえた。

 

 

 

 

腕を切られた怒りに燃える巨人虚。

仕留められそうで仕留められない餌を前にイラついたかのように叫び出すクラゲ型虚。

 

目前の敵に向けて、アリスとユージオは駆け出した。

 

 

 

 

 

クラゲ型虚のさらに多数の触手が、アリスに襲いかかる。

 

 

——攻撃を避ける必要もない。

 

 

アリスはその触手を一刀の元に切り捨て、なお足を止めずに前へ走り、大きく地を蹴った。

何度も何度も練習した、歩法の特訓の成果。雨涵やユージオほど霊圧の出力はないものの、安定感抜群のジャンプが斬るべき目標に届けば、それで充分であった。

 

 

 

 

切られた右腕を下げ、逆の左腕の拳を振り下ろす巨人虚。

 

 

——防御する必要もない。

 

 

だが、右腕と結果は同じ。ユージオの刀に切り裂かれ、力なく横たわる腕を伝って、ユージオは巨人虚の腕を駆け上る。斬られた腕にはもはやまともに力が入っておらず、もはや坂を登るも同じ。その坂の先に、斬るべき目標がある。

 

 

 

 

——攻撃してくるなら、斬る!

 

 

「「それだけだっ!!」」

 

 

 

 

戦いの極意を理解した二人の叫びと同時に、

二本の斬魄刀が二体の虚の仮面に向かって垂直に振り下ろされる。

 

その一閃は、仮面のみならず虚の体を縦に真っ二つに切り裂いた。

今までの戦いが嘘のようにあっさりと、戦いは終わりを告げる。

 

 

 

 

 

黒い粒子となって消え去った虚の後には、真っ二つに散らばる白い人形だけが残った。

 

 

 

 

 

*

*

*

*

*

*

 

 

 

 

「ま…とりあえず、お疲れ様って言うとくか」

 

 

嬉しそうに腕をガッと酌み交わす二人の前に、平子がゆったりと歩いてきた。

 

 

「ほんまは自力で倒してみせたらパーフェクトやったんやがなあ…ま、合格点ってことにしたろ」

 

「何言うてんねや。ちょっと教えたら全部上手くいくのに、わざと黙ってるっちゅうのはただの性悪や。教えるもんも教えん意地悪するようじゃ、教師としては三流以下もいいとこやな」

 

「ええもん。俺教師やないしー」

 

 

リサから文句を言われ、平子がぷいっと横を向いて拗ねる。そんな気の抜けたやりとりを見ていると、スッと戦いの緊張感からも一気に解放されたように思え、二人はどさっと地面に座り込んだ。

 

 

「…お疲れ様、二人とも」

 

 

そんな座り込んだ二人に、雨涵が二人分の水の入った水筒とタオルを差し出した。微かに涼しさも垣間見え始めてきた時期ではあるが、まだ暑い日の割合の方が多い日が続く。今日もまたそんな日でもあり、二人は笑顔でお礼を行って水筒にがぶりつき、タオルを受け取った。途中この場から離脱した様子はなかったので、おそらくは最初から用意して持ってきたのであろう。どこに携帯していたのかと言う謎はあるが、その気遣いに二人は言葉と感情で感謝を示した。

 

 

「…それはともかく、パーフェクトやなかったとしても合格は合格や。二人とも本当よくやったわ。せやけど…シメとして一つだけ、言っておくわ」

 

「戦いの最中、リサが言うてたやろ。『あんな雑魚虚に手間取ってるようじゃ、現世での任務なんか到底務まらん』とな。虚に手間取ったらアカン理由…ま、色々あるんやけど……一番の理由は何か分かるか?」

 

 

平子の問いかけに、二人は水筒から口を話して…考え込むように視線を下に向けた。だが…その答えは、意外にも早くユージオの口からポツリと漏れた。

 

 

「…長引くと…被害が、出るから。現世の街にも…人間達にも」

 

「お、その解答は、パーフェクトをくれてやってもええな」

 

 

ユージオの解答に、平子は満足気にニッと笑ってみせた。

 

 

「虚は、確かにお前らや俺らからしてみれば雑魚もいいとこや。それでも現世の建物くらいなら簡単に壊せるし、普通の人間は虚に抗うことも逃げることもまず無理や。現世駐在任務は、人間や整の霊達を虚から守るためでもある。自分としては人間を守れてるつもりでも、もし虚が何気なく壊した建物の下敷きになろうものなら、人間は即死や。そうならんためにも、虚が何か動き出す前に先手必勝で仮面を一発で斬って浄化する。これが虚退治の基本や。しっかり心に刻んでおくことやな」

 

「「はいっ!!」」

 

 

三流教師(リサ評)である平子からの講義を前に、疲労して座っていながもつい二人は背筋を伸ばしてしまう。その様子に満足そうに頷いた平子は、手元の白い袋を引き寄せてユージオとアリス、そして雨涵の三人の前にドサリと投げつけて渡した。

 

 

「それ、お前らにやるわ。あと十何個か転身体と情報刀のセットが残っとるはずやからな。せやけど、ちゃんと石和のやつに許可取ってから使うんやで。偽物とはいえ、突然虚の霊圧が廷内で湧いてでたらてんやわんやになってまうからなぁ」

 

「ありがとうございます…あ、ひょっとして……これが二つ目のプレゼントっていうことですか?」

 

 

お礼と疑問を同時に言うアリスであったが、平子はブンブンと手を振って否定する。

 

 

「あー、ちゃうちゃう。これはまあ…一つ目のプレゼントのおまけみたいなもんや。本命の二つ目の方は……今はまだ尸魂界に届いてへんからなあ。後でちゃんとお前らに渡す手筈になっとるから、それはそれで楽しみにしててや」

 

 

そう言うと…平子は何かを取り出そうとするかのように、懐に手を突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今、渡せん代わりと言っちゃあなんやけど、代わりに……ほれ。コイツが届いてたで」

 

 

 

 

平子が懐から出したそれを見ても…戦いに疲れたアリス ユージオの二人は、とっさには平子の言いたいことが分からなかった。ただ…それを見た雨涵は小さく息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

それは、鱗粉のような緑色の霊子粉を静かに散らしながら…アリスとユージオの元に、飛ぶ。

 

 

 

 

「ユージオ 二百点満点中……百九十六点」

 

 

 

 

それは——地獄蝶の鱗粉は、言葉を三人の院生に伝達する。

 

 

 

 

「アリス・ツーベルク 二百点満点中……百九十三点」

 

 

 

 

 

平子が口にする言葉と、地獄蝶によって伝えられる石和厳兒の言葉が、重なる。

 

 

 

 

 

「現世駐在任務体験校外学習許可試験は ユージオ アリス・ツーベルクの二名を合格とする。

…おめでとう」

 

 

 

 

 

 

現世駐在任務体験校外学習許可のための、最後の試験 無事突破。

さっきまで戦っていた虚の叫び声にも負けぬほどの、大きな喜びの歓声が修行場に響いた。




            「「やったね!」」
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