元人工フラクトライト達と二人の死神物語   作:り け ん

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お知らせ①:話は全然進んでませんが、文字数の膨れ上がりようがやばいのでここで切ります。字数を少なくする努力はしましたがこの有様です。申し訳ございません。

お知らせ②:せっかくなので一部タイトル等々を原作風にしてみました。Google翻訳で適当に命名したので本当に雰囲気だけです。文法やニュアンス間違っていても気にしないで頂けるとありがたいです。



ソウルソサエティ・ラーニング
第四話 First classmate


「ん〜〜〜。いやあ、参ったねえ…どうも」

 

 

一番隊舎。執務室に向かう足取りの中で、現護廷十三隊総隊長である京楽 春水は、いつもの口癖を呟きながら大きな伸びをした。

 

 

「いつの時代も、貴族の人達と話す時は肩肘張らないといけないから困っちゃうよねえ。でもまあ、これでようやく時灘の一件も一区切りついたことだし、この後パーッと…」

 

「する暇はありません。隊長」

 

 

京楽の言葉は、後ろから追従する自らの副官_伊勢七緒にバッサリと切り捨てられた。京楽は足を止めないまま軽く振り返り、七緒に潤んだ隻眼を向ける。

 

 

「七緒ちゃ〜ん…せっかくここまで頑張ったのに、それはないんじゃないの〜」

 

「隊長の年でそんな目をされても可愛くもなんともありません。それに、ここで休むってことは残りの総隊長業務を全て、沖牙第二副隊長に丸投げするということになりますが、総隊長はそれをよしとするのですか?」

 

「…流石七緒ちゃんだ。反論の余地が全くない。確かに、沖牙さんが頑張ってるって言うのに、ボクが頑張らない訳にはいかないねえ」

 

 

視線と肩を同時に落として立ち止まる総隊長。だが、数秒で歩みを再開すると、さっきより少しだけ元気な声色で呟く。

 

 

「それじゃあみんなで業務を終わらせてから、七緒ちゃんと沖牙さん、三人でパーッと行くことにしようか」

 

「…そうですね」

 

 

仕事を終わらせるのならば文句はないと七緒は同意の言葉を述べたが、歩く道中思ったのは「あの沖牙さんが『パーッと』なんてことなんてあるのだろうか」ということだった。

 

 

 

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京楽が執務室の扉を開けば、そこには一人の人物が黙々と書類に目を通し、筆を走らせていた。

総隊長のものとは別に横付けされている机に座るその人物の目の前には、山のような書類が積まれているものの、それらは全て終わらせた分であった。

 

 

「ただいま、沖牙さん。今さっきの交渉でようやく、今回の時灘の件でやるべきことは粗方終わったよ」

 

「そうですか。それは何よりです。お疲れ様でした」

 

 

京楽への会釈を行いつつも、器用に数少ない残りの書類仕事を進めている初老の男性の名は、沖牙源志郎。先ほど京楽と七緒との話に出ていた人物である。役職は第二副隊長であり、名目上は京楽の部下だ。しかし、年齢で言うならば京楽よりも年上なのだ。それもそのはず、彼は先代護廷十三隊総隊長である山本元柳斎重國に永く仕えた腹心の部下の一人。京楽のみならず、護廷十三隊全隊員のうち、ぶっちぎりの最年長である。そのため、立場は上でも京楽は沖牙に充分な敬意を持って接している。

 

 

「沖牙さんもありがとうございます。それじゃあ、ボクも書類確認しよっかな。これ終わったらパーッとだからねパーッと」

 

 

そう言って、沖牙の机に積み上げられた書類を持ち上げて自らの机の上に持っていく京楽。というのも、沖牙が処理していた書類は本来は総隊長の仕事なのだ。しかしながら綱彌代時灘の陰謀が明らかになったことで、その後処理として上流貴族のパイプを持つ京楽が奔走し、その間は沖牙に総隊長と同じ権限を委託し、業務を代行してもらっていたのだ。ただの副隊長ではなく、長らく前総隊長に仕えた経験を持つ沖牙にだからこそ頼めたことであった。

ただし、いくら総隊長代理に仕事を委託していたからとはいえ、そこでどのような仕事が処理されていたのかは現総隊長として確認する必要がある。なので、京楽はその書類を持って本日の仕事をこなすために席に着く。七緒もまた、一番隊から他隊へ伝達するための書類をまとめるべく、いくつかの束を沖牙の机から受け取る。そんな時、沖牙がふと筆を置いて顔を上げた。

 

 

「総隊長殿。確認業務の前に、一つご判断頂きたい案件がございます」

 

「ん? …沖牙さんがわざわざボクに判断してほしいってことは、相当大事なことかな」

 

「はい。昨日、十番隊日番谷隊長及び五番隊雛森副隊長連名の、優先復興申請が届いておりまして」

 

 

沖牙から告げられた内容に、思わず顔を見合わせる京楽と七緒。

滅却師に破壊された瀞霊廷の街並みをどのように立て直すのか、きちんと計画を立てて復興作業を指示するのも一番隊の大事な役目だ。そのため、一番隊に送られる復興申請を元にしつつも、本当に速急の復興が必要な施設はどこなのかをしっかりと見定めて優先順位をつけることが重要となってくる。

 

実際一番隊に届く復興申請といえば、大半は住みどころを破壊された貴族からのものだ。無論、貴族のみならず瀞霊廷に住む一般の住人も被害を受けているのだが、一番隊にこうして申請を送れる立場の存在が貴族というだけの話だ。とは言ってもそうした貴族の要望だけを優先して汲みとる訳にもいかない。実際に瀞霊廷を復興するのは護廷十三隊及び、瀞霊廷に暮らす一般の住人なのだ。彼らの暮らしを安定させずして、復興は成り立たない。

 

どこからどのように復興すべきか。そんな問題を解決すべくに奮闘している一番隊の元に届いた優先復興申請。通常ならば他の復興申請との兼ね合いを考えて検討するものだが、その申請が護廷十三隊の隊長と副隊長の連名となってくると話は違ってくる。貴族からならともかく、復興作業に尽力している隊長格から申請が来るなど初めてのことだ。そこには貴族のような自己中な要望ではなく、何か意図があるように思える。

 

 

京楽は自らの机の上に持っていった書類の束のうち、一番上に存在するものを手に取った。

 

 

「……真央霊術院、ねえ」

 

 

京楽が呟いた言葉を聞いて、書類確認を行っていた七緒が顔を上げる。

 

 

「真央霊術院の復興申請、ですか? しかし、瀞霊廷の人々の住居すら未だ復興が間に合っていない現状で、そのような申請は…」

 

「まあね。ただ…内容を見る限り、復興申請というのはあくまで名目上って感じだね。この申請の趣旨はあくまで『真央霊術院の授業再開』を提案しているみたいだね…七緒ちゃんは、『青空教室』って言葉を知ってるかな?」

 

「…いえ、存じ上げませんが」

 

「うん、まあ仕方ないか。青空教室っていうのは、現世で行われた授業の手法でね。ほら、ちょっと前に現世の日本で戦争があったじゃない?」

 

「はい。約50年ほど前に行われた西洋との戦争だと認識してますが…」

 

「そうだね。その時に、日本は学校を焼かれちゃったから、青空の下…つまり外でも授業を行ったんだよね。まあつまり、学ぶ意欲さえあれば、場所は問わないって考え方さ」

 

 

そう教えられた七緒は、この申請の意図を理解した。復興とは、何も建物を建て直すだけの意味ではない。例え建物が壊れていようとも、青空の下で授業をする事もできる。真央霊術院の復興とは、そういう意味でも成立するのだろう。

 

 

「…ですが、まだ問題はあります。今の真央霊術院には、生徒も…そして講師も、圧倒的に不足しています」

 

 

七緒が眉を顰めて語った通り、真央霊術院が抱える問題は建物よりも、むしろ『人』にあった。人が不足している原因は、言うまでもなく半年前の戦争…『霊王護神大戦』にあった。幾多の滅却師が瀞霊廷に攻め込んで来た結果、実に全隊士の半数が戦死したという大規模な戦争だったが、戦死者は何も護廷十三隊の隊士だけという訳ではない。死神を目指す若き霊術院生もまた、滅却師達のターゲットとなってしまっていた。

 

滅却師の一般兵である聖兵(ゾルダート)の大量襲撃が、霊術院生の暮らす寮に対して行われたのだ。それに対し、未来ある生徒を守るべく霊術院講師による決死の防衛戦が行われた。隊士が護廷の志を持って戦っていた影で、同じく院生の未来を護るための戦いがあったのだ。

だが、戦況は総じて芳しくなかった。聖兵の数もさることながら、身につけている霊子兵装による弾幕射撃によって、席官クラスの手練れであった霊術院講師達は苦戦を強いられ、次々と倒れていった。途中で九番隊の”自称”スーパー副隊長である久南白の救援がなければ、講師陣は全滅していたかもしれない。

幸運にも救援により幾多の命が救われたことは確かである。だが、結果として講師の三分の一は戦死。そして霊術院生徒もその全員を護りきることは叶わず、十名近い生徒の犠牲が出てしまった。そう、戦死によって講師が不足しているのは確かではあるのだが、逆に言えば講師の三分の二は生き残っている。真に不足しているのは、講師ではなく生徒なのだ。無論、生徒の被害は最小限に止まっているのは事実だが、問題なのは生徒の気の持ちようである。

 

大戦以後、霊術院生徒の多くが退学、もしくは休学を申し出たのだ。本来、休学や退学には正式な理由を示した書類を届け出た上で、審査を待たなくてはならないのだが、今回に至り、その過程は略されることとなった。

 

仕方のないことだろう。親身になって自らに死神としての技、心得を教授してくれた講師が、目の前で次々と殺されていったのだ。さらに、共に死神を志したクラスメイトすらも、滅却師の手にかかったのだ。それを間近で見た院生達の心の傷はどれほど深いだろうか。厳しい言い方をすれば「仲間が死したことで強く動揺し、戦えなくなってしまうようであれば、死神になる資格はない」ということになる。だが、院生は元より未熟な存在。そのような院生に、仲間と先生の死を目の当たりにさせてしまったという責任を感じていた講師達は、生徒達が学び舎から去っていくのを止めることはできなかった。

 

三分の一を失った講師に加え、生徒は実に三分の二が学院から去っていった。この事態を前に、学院長を始めとする霊術院上層部を失っていた講師陣は共同で会議を行い、生徒及び講師不足と施設の大幅な破損を顧みた結果、真央霊術院の運営停止決定が一番隊に通達された。

 

残った数少ない講師と生徒は_残った生徒はそのほとんどが入隊直前の五回生、六回生だったこともあり_多くの戦死者が出た護廷十三隊に出向し、ほぼ一般隊士と変わらない業務を毎日こなしていた。残る生徒にはこのまま部隊で経験を積んでもらい、入隊試験を抜きにしてでも護廷十三隊に加わって隊士不足の解消に努めて欲しいというのが現場の意見である。

 

 

講師は不足、生徒もいない。そんな霊術院の現状は決して看過できるものではない。しかしながら、瀞霊廷の居住区復興に追われていたためになかなか手が回っていなかった現状を何とかすべきである、というのが今回の優先復興申請の前文であった。そして後文においては、前述した「講師不足」と「生徒不足」に対する答えもしっかりと明記されていることも、京楽は読み取った。

 

 

「確かに七緒ちゃんの言う通り、講師は不足している。だから残りの霊術院講師達は運営停止を決定した訳だけど、日番谷隊長達は逆転の発想をしてみた訳だ。講師が不足している『からこそ』、授業ができる講師を今から『育てる』べきだとね」

 

「講師を育てる…それはつまり、今の十三隊からということですか」

 

「うん。今人手が足りないのは確かだけど、講師もいずれは絶対に必要になるのも確かだし…今のうちに各隊士の適正をチェックして適切な配置をすべきという考え方も、あながち間違いではないよね」

 

 

死神になるための勉強を教えられるのは死神だけ…つまり護廷十三隊隊士である。本格的に霊術院が復興してから新たに講師となり得る死神を探し始めても遅い、今の内から講師となり得る適性を探し始めるべき、ということである。京楽も七緒も、お互いこの申請を読みこみ、意図を把握していくにつれ、その理が飲み込めつつ納得の気持ちが深まっていた。

 

 

「では…今各隊に出向してもらっている霊術院生徒を呼び戻し、各隊より交代で仮講師を派遣する…という形ですか?」

 

「いや、ただでさえ隊士の仮講師派遣を行う以上、現在の院生には続けて護廷十三隊に出向して欲しいという考え方らしい。…その代わり教える生徒として…日番谷隊長達は『適性』と言える子を見つけたって言ってる。流魂街でね」

 

「流魂街の子…ですか。それはまた、珍しいですね」

 

「流魂街の子が死神としての適性を持ってる、ってこと自体は珍しくないけど、隊長格のお眼鏡に叶うのはすごいね。実質日番谷隊長と五番隊雛森副隊長からの推薦で入学するようなもんだからねえ。隊長格からの推薦だなんて貴族の生徒ですらマトモにもらえるもんじゃないのに、よりにもよって流魂街の子供がね。…いや、そういえば当の日番谷隊長も当時の松本副隊長からの推薦だったっけ。…どっちにしろ、二人がここまでいうなら、こっちも生徒としての『適性』はありそうだね」

 

 

うんうん、と若干の笑みを浮かべて満足そうな京楽。心情としては七緒もほぼ一緒だったが、そこは京楽の秘書。同じように納得するのではなく、最後の懸念点を口にする。

 

 

「…ということは、その子供と講師とのマンツーマン教育という形で行うことになりますが」

 

「うーん、まあいいんじゃない?そりゃあ、一対一と一対多数の授業もまたやり方は多少違うけど、簡単に講師としての適性を見る程度なら、まずは一対一の小規模な授業形態から入っても…」

 

 

 

「そのことですが…」

 

 

京楽と七緒は、少しばかりギョッとなって振り返った。今まで黙って京楽と七緒の会話を聞いていた沖牙が、新たな書類を抱えて二人の元へ歩み寄っていた。

 

 

「つい先程…九番隊檜佐木副隊長より、前述のものとほぼ同内容の真央霊術院復興申請が届いております」

 

「えぇ?」

 

 

思わず上ずった声を出してしまう京楽。七緒も驚いたように目を見開き、京楽より先に沖牙から書類を受け取った。

 

 

「つい先程ということは、日番谷隊長の連名申請とはまた別日のですか?」

 

「はい。日番谷隊長及び雛森副隊長連名のものは昨日。檜佐木副隊長のものは総隊長がここに到着する直前に届けられたものにございます」

 

「……わざわざ分けて出すメリットはないよねえ。偶然、ということになるけど…それはまたすごいことだねえ」

 

 

京楽が舌を巻いているのをよそに、七緒は要点を掴む形で素早く檜佐木修兵の申請を読み進めていく。

 

 

「…確かに趣旨はほぼ同一です。目立つ相違点としては、真央霊術院の復興という明るいニュースによる瀞霊廷及び流魂街の活性化を追加して挙げているという点ですね」

 

「なるほどね。彼なりに瀞霊廷通信の編集者としての思惑があるってことだろうけど…確かに瀞霊廷に活気が欲しいのは確かだね。……ところで」

 

 

さっきの驚きで微妙にズレた笠を被り直した京楽は、七緒の持つ書類を覗き込みつつ疑問を呈する。

 

 

「『流魂街の活性化』にも繋がるって言葉が気になるんだけど…それに趣旨が日番谷隊長達のものとほぼ同じってことはまさか…檜佐木副隊長も流魂街で逸材を見つけたってオチ…かな?」

 

「……」

 

 

七緒は黙って、檜佐木の復興申請のうち後半部分を京楽に示してみせた。そこを一読した京楽は目を閉じて小さな息を吐き、軽く首を振った。

 

 

「全く…何かの陰謀を疑いたくなるくらいの偶然だね。まあ流石に日番谷隊長達や檜佐木副隊長に限ってそんなことはないと思うけど…」

 

 

そして目を開けると、自分が持つ日番谷隊長達の申請を掲げてみせ、七緒の持つ檜佐木の申請と見比べてみる。

 

 

「でも、偶然とも思えないんだよね。特に…彼らが見つけたっていうこの名前を見ていると、ね」

 

 

 

その両申請に書かれていた流魂街の子供の名前は…この尸魂界・東梢局においては非常に珍しい…いや、類を見ないと言える、『片仮名』で記された西洋風の名前が綴られていた。

 

 

 

 

 

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それから、また一週間の時が過ぎた。

その日の早朝。未だ流魂街の住民が起きるには早すぎるほどの時間。西流魂街1地区『潤林安』のとある一軒家において、亜麻色の髪を持つ少年…ユージオが、身支度を整えていた。といっても、身支度というほどの量はない。寝間着から普段着の着物に着替え、お婆ちゃんから餞別として甘納豆を始めとするいくつかのお菓子が入った袋を受け取り、最後に『真央霊術院 2218期 履修の手引き』を小脇に抱えて終わりである。

 

 

「朝早くにごめんね、ユージオ君。瀞霊廷には死神同伴じゃないとスムーズに入れないし、私はお仕事あるからこんな早朝くらいしか時間がなくて…」

 

「いえ、雛森さんこそ僕のためにわざわざ…ありがとうございます」

 

 

玄関まで迎えにきた雛森に、ユージオはペコリと頭を下げた。そんなユージオの目には少しばかりのクマができている。この世界にユージオが降り立ってからしばらくの間も同じようなクマができていたが、あの時とのクマとはまた別の性質のようだ。つまり、ユージオは死神の学校の存在を知って以降、遠足を待つ子供のごとく心踊る気持ちを抱えて眠ろうとしていたのだ。無論、うまいこと眠れず今のようなクマができてしまっていた。

 

眠いであろう雛森のお婆ちゃんもしっかりと起きて、ユージオの見送りのために側へ立っていた。

 

 

「ユージオ君。いってらっしゃい。お婆ちゃんも頑張って長生きするから、向こうでも頑張りなさい。困ったら、遠慮せず冬獅郎や桃に頼るんだよ。桃、ユージオ君をお願いね」

 

「…行ってきます。お婆ちゃん。また、たまに帰ってきますね」

 

「うん、任せてお婆ちゃん。私もシロちゃんもいるから、ユージオ君も大丈夫だから!」

 

 

 

お婆ちゃんに手を振り返し、ユージオと雛森は共に並んで歩き出した。

 

 

 

 

瀞霊廷の白い街並みが近づいてくるにつれ、ユージオの心がほんの少しずつ昂ぶってきた。別の言い方をすれば、「ワクワク」してきたのだ。単に未知なる死神達の街に行く好奇心からというだけではなく、彼に空いた心の穴…この流魂街に来るより以前から共にいて、そしてこの世界に降り立った時に離れ離れになった存在に出会えるかもしれない。無意識のうちに望んでいた人物への渇望を埋められる希望があったからと言える。

 

だが…破壊された人別管理局後を通り抜け、瀞霊廷に踏み出した瞬間、ユージオの昂ぶった心は萎んでいった。遠くから見ていた時には分からなかった瀞霊廷の現状を目にしては、どのような心も静まってしまうのも致し方ないだろう。

 

 

「…ちょっと足元悪いから、気をつけてね」

 

 

自分の体の半分ほどもある瓦礫を、一回のジャンプで軽く飛び乗った雛森が後ろを振り向く。するとその視線の先のユージオの足取りは遅く、雛森と遠い位置にいた。ユージオは周囲の瓦礫にまみれた街並みを見渡し続け、なんとも言えない表情をしていた。強いてその顔に浮かぶ感情を表すのならば「困惑」と「悲しみ」だろうか。

そんなユージオの様子を見た雛森は、瓦礫から降りてユージオの元に歩み寄った。

 

 

「ビックリしちゃったかな? ここらへんの地区は、まだ全然復興が進んでないからね。…ここに限ったことじゃないけど」

 

「復興…? いや、そもそも…なんで、こんな…」

 

「…戦争があったの。半年前に」

 

 

戦争。

その言葉の意味は、ユージオも知っている。記憶喪失の彼でも理解できる単語のうち、到底現実味の湧かないものの一つだ。だが今眼前に広がるこの惨状を見れば、戦争という言葉がすっと心に染み込んでくる。それと同時に、体が冷え切ってしまうような感覚に陥る。これほどの破壊をもたらすものが戦争。それがほんの半年前に起こったという事実を実感するには充分な光景だった。

 

 

「流魂街が襲われなかったのは、本当に良かった。でも、瀞霊廷は壊されちゃったし…死神だけじゃなくて、瀞霊廷に住むたくさんの人も殺された。とても辛かったし、悲しかったけど…戦争は、もう終わった。今はみんな、前を向いて歩いている。だから、ユージオ君は心配しなくて大丈夫。すぐに、元の瀞霊廷が戻ってくるから」

 

 

雛森は、ユージオの手を取った。自分の手を握る副隊長の笑顔を見ていると、とてもこの瓦礫の世界の中を生きて仕事をしているとは思えないほどであった。なぜこれほど荒廃した街で笑えるのか。その答えがまさしく「前を向いて歩いているから」なのだろう。この場合の前とは、希望。元の瀞霊廷に復興するという希望に向かって歩いているからこその笑顔なのだ。

 

ユージオは、彼女の強かさというものを肌身に感じた。

 

 

 

 

 

そんな強さを持つ彼女も、とある建物の前で足を止めた時、その顔が微かに曇った。

 

 

「…私がいた頃と変わらないねって言いたかったけど……これじゃ、さすがに言えないよね」

 

 

 

雛森とユージオが同時に目を向けた先にある建物…真央霊術院は、周りの例に漏れず酷い有様であった。穿たれた穴の数を数えられる部分があるのはまだましな方で、屋根ごと壁が崩壊している校舎からは椅子や机、何に使うのかユージオからは全く想像のつかない機械備品の数々に加え、生徒の私物と思わしきノートや教科書まで砂埃にまみれて地面に散乱している様子が見て取れる。そして……地面の所々に存在する赤黒く濁った色の場所があり、その色を形成している正体が『血』であると推測したユージオは思わず後ろに一歩下がってしまった。こんな状況でも、戦争から半年の年月が経っているだけまだましであり、もし当時の遺体まで残っていたらユージオは卒倒していたかもしれない。

 

 

散乱し積み上がった瓦礫のせいで入口すら消えてしまった有様を前にして、雛森は困った顔でちょっと首を捻った後、ユージオに向き直った。

 

 

「霊術院前を待ち合わせ場所って簡単に決めちゃったのはちょっとマズかったみたいだね…。ごめん、ユージオ君。私もう始業の時間が近いから行かないといけなくて…散らかっちゃってるけど、ここで待っててくれる? もうすぐ今日お世話してくれる死神の人が来てくれると思うから!」

 

「えっと…あの…はい、分かりました!」

 

 

ユージオは、喉まで出かかった言葉をぎゅっと飲み込んで、できる限り元気よく頷いた。本当は、ユージオの心の中に渦巻いた数多くの疑問について答えて欲しかった。こんなに壊れた学校で本当に授業を行うのか。自分の他に生徒はいるのか。「今日お世話してくれる死神の人」とはつまり「先生」のことなのか、等。しかし、「もう始業の時間が近いから行かないといけない」と言う雛森の様子が心なしか焦っているように見えたため、邪魔するのも悪いと考えてしまった。実際ユージオの見立ては間違っておらず、雛森は内心昨日1日で他の隊士に任せてしまった仕事の分、今日頑張らなくてはという思いが強いあまりに、後で来るであろう「担当の死神」にユージオのことを任せることにしたのだ。

 

雛森が瞬歩で去った後静寂が戻ってきた空間の中、ユージオは少しばかり辺りを見渡して比較的平べったい瓦礫を見つけるとそこに腰を下ろした。だが、そのまま1分ほどぼんやりと座っていたかと思えば、すぐに立ち上がった。小走りで瓦礫だらけの真央霊術院に駆け寄った。

 

ユージオが先ほど腰掛けた瓦礫の下へ戻ってきた時には、汚れた数冊の本が手に握られていた。改めて座り込んだユージオは手に握った本のうち一冊の汚れを出来るだけ払い、くしゃくしゃになっていた各ページをある程度伸ばして、なんとか読めるまでに復元した。その本のタイトルは「真央霊術院教本 基礎霊術鬼道集 前編」であった。

 

 

(鬼道…履修の手引きで読んだ時はよく分からなかったけど…)

 

 

死神というのは、刀を使って戦う人達だと思っていたユージオだが、この書物の最初の数ページを読み解くことで死神にはそれ以外の戦い方…「鬼道」という術を持っていることが分かった。そういえば、あの時のオカッパ頭の隊長も何かそれっぽいものを使っていたことをユージオは思い出した。

 

 

(…ちょっとカッコいい、かも)

 

 

その教本に載っていた汚れの残る写真には_ユージオは非常に精巧な絵だと認識していたが_手のひらから巨大なる光線を放つ死神の姿があった。単なる巨大な光線、という括りでいえばかつて彼のお婆ちゃんの命を奪ったものと同一なのだが、ユージオが嫌悪感を示さず微かな憧れすら覚えたのは、その色合いからあの光線とは違うものという印象が強いからなのか、それとも逆に、あの光線に対抗する死神の術としての可能性を感じ取ったからか。

 

だが、その写真の注釈を見てみると『破道の八十八 飛竜撃賊震天雷砲』と書いてある。そして同じページには、基礎霊術である鬼道にはそれぞれ一から九十九までの番号が割り振られており、数字が大きければ大きいほど、習得難易度は高いと書かれてあった。いかにユージオが鬼道に興味を持っていても、いきなり八十八番を学べるようになるとは思えない。第一、この前編と書かれた本には五十番以後の鬼道の習得については載っていないようだ。残りの五十一番から九十九番は後編ということだろう。

 

その代わり、ユージオが興味を示したのは最初に具体的な説明が載っていた鬼道…破道の一番であった。なぜ興味を持ったかといえば、その一番目の鬼道を使えるようになるための基礎が書かれた説明が、たったの1ページで収まっていたからだ。

 

 

(1頁で収まる程度の鬼道なら…今の僕にでも、できるのかな?)

 

 

ひょっとしたら自分でもできるかもしれないと思った瞬間から、ユージオは本を読み込み始めた。

死神などの霊力を持つ者が発する全てには、力がこもっている。鬼道は、その中でも『言葉』を使う術であると。決まった言霊を詠唱したのち、術名を叫ぶことにより術は発動すると。

 

行動できることがあるなら、とりあえずやってみる。それが『今の』ユージオの性格であった。

 

 

「君臨者よ!ヒトの名を冠し、万象羽搏く先を示せ! 破道の一 『衝』!」

 

 

……だが、本来ユージオの指先から放たれるはずであった衝撃の塊は、一欠片たりとも現れることはなかった。

 

 

「……やっぱり、ダメかなあ」

 

 

ユージオは肩を落としてボヤいた。正直なところひょっとしたらという気持ちでやったので、あまり期待はしていなかったが、もし一発で成功したら…と思っていたことも事実だ。確か、ただ言霊を詠唱するだけではなく、他にやるべきコツというものがあったはずだと、ユージオが再び手元の教本に視線を落とした時...

 

 

「感心ですね。入学前からの予習とは」

 

 

ユージオは危うく教本を取り落とすところだった。先ほど鬼道を放とうと前を向いた時には視界に誰一人いなかったため、横から声を掛けられたのは彼にとって全くの不意打ちであった。

 

 

「ですが、ただ唱えるだけでは鬼道は発動しません。発する言葉そのものにも霊力を込めること。それと同時に、自らの体から発する霊圧のコントロールも重要となってきます。貴方が望むならば、これから先より詳しく学ぶことができるでしょう」

 

 

ユージオが改めて声がする方に視線を向けると、そこにはいかにも厳格そうな眼鏡をかけた女性の死神が立っていた。この人が雛森の言っていた「今日お世話してくれる死神の人」だと察したユージオは慌てて立ち上がって一礼した。

 

 

「えっと、あの、初めまして! 僕の名前はユージオといいます! よろしくお願いします!」

 

「初めまして。私は護廷十三隊 一番隊副隊長 伊勢 七緒です。本日、貴方達の真央霊術院入学のための準備を担当します。詳しくは場所を変えて説明しますので、私についてきてください」

 

「…え、あ、あの!?」

 

 

端的に必要最低限のことだけ伝え、すぐに踵を返して歩き出す副隊長を前にして、ユージオは慌てた。これは単に七緒が面倒臭がっているの類ではなく、ただでさえ生真面目な性格に加えて、連日の忙しさでより効率的な業務を行う癖がついてしまったがゆえであった。だが、ユージオは詳しい説明の前にどうしても確認しておきたいことがあった。そのため、「あの、すいません!」と思い切って声を上げることで、伊勢副隊長の注意を引くことに成功した。

 

 

「えっと…すいません、一つだけ教えてください。その…新しく入る生徒って…他にはいないんですか?」

 

「…いいえ。現時点で、2218期中途入学生は計三人が予定されています」

 

 

三人。一人寂しく入学するわけではないと知ってユージオはホッとした。中途入学生という言葉に一瞬だけ疑問符を浮かべたがすぐに納得した。自分の入学は特殊な形なのだろう。正式な入学式の時期まで待たなくていいのは、ユージオにとってはありがたい。

 

 

「ここにいない一人は、ユージオさんと同じ流魂街出身の子です」

 

「…え?」

 

「ですが、彼女の居住区は瀞霊廷より遠く離れています。そのため、到着するのに時間がかかるとのことです。もし彼女が到着したならば、貴方達は先に学んだ者として彼女を助けてあげるように」

 

 

同じ流魂街出身…そう聞いてユージオは得心がいった。かくいうユージオも元は瀞霊廷から5時間歩かないとつかないほど、離れた所に住んでいた。しかしこれでも瀞霊廷からは近い方ではあるとユージオはかつてのおばあちゃんから聞き及んでいた。同じ流魂街とはいってもその大きさはあまりにも広大で、歩くだけでも何日とかかる遠い距離にある地区も多いと。それなら今はまだ会えない同じ入学生の仲間がいてもおかしくない……

 

 

 

…ん?

 

 

「あの…まだ来てないその流魂街の人と…あともう一人はどうなんですか?」

 

「……?」

 

 

ユージオの最後の問いを聞いた伊勢副隊長は、ここに来て初めて厳格な無表情以外の表情を見せた。ユージオが何を言ってるか分からない、という疑問の表情だ。

 

一瞬気まずい沈黙が流れた後、伊勢副隊長は口を開いた。

 

 

「貴方()…まだお互いに自己紹介していないのですか?」

 

「…へ」

 

 

今度はユージオが惚けた声を出してしまった。あなた…()()

そういえば、さっきから伊勢副隊長はあなたたちってずっと言ってた…。

 

 

まさか…。

 

 

 

ユージオはくるりと振り向いた。そして、大げさにバランスを崩して危うく尻餅をつくところであった。なぜなら、思った以上に近い場所に黒髪の少女が立っていたからだ。尻餅はつかなかったが代わりに口から驚きの入り混じった変な声が出てしまった。まさか、自分以外に人がいたとは全くもって気づかなかった。

 

その少女の身に纏う服装はユージオの着ている着物とは一線を画すような、全身黒の黒装束であった。ユージオの知る黒装束と言えば、死神達の身に纏う死覇装(しはくしょう)だが、彼女のものはそれとはまた違うようだ。もしユージオが見かけ通りの西洋人ならば、その装束を見て『ニンジャ』という言葉を連想できたかもしれないが、残念ながらユージオは西洋人ではなく…ある意味では紛れもない『異世界人』なのだ。

 

ユージオは驚きで早まった心臓の鼓動が落ち着いたのを自覚すると、おずおずと目の前の少女に問いかけた。

 

 

「え、えーっと……君、いつ、ここに来てたの…かな?」

 

「君が、鬼道の詠唱を始める前くらいだ」

 

 

素っ気ない少女の答えに、ユージオの顔は少し赤くなった。できることなら、間抜けにも鬼道を失敗した瞬間を誰にも見られたくはなかったが、二人も目撃者がいたとは非常に誤算だった。一方、そのやりとりから二人の生徒が自己紹介どころかまともに顔を合わせてすらいなかったことを知った伊勢副隊長は、呆れが含まれた溜息をついた。

 

 

「……自己紹介できる時間は後でたっぷりあります。ですが、私が今日貴方達に割ける時間は限られています。ユージオさん、雨涵(ユイハン)さん、私についてきてください」

 

「は、はい!」

 

「…分かりました」

 

 

背を向けて歩き出した伊勢副隊長に追従しながらも、ユージオは同級生となるであろう少女…雨涵(ユイハン)のことをチラリと見た。彼女は伊勢副隊長と同じように無表情ではあったが…厳格な様子かといえば少し違う。黒装束のクラスメイトの目には、何か恐怖を抱えているように、ユージオは感じた。なんとなく、だが。

 

 




お知らせ③:最後に登場した聞きなれないキャラについてですが、厳密に言うと当作オリジナルキャラクターではありません。タグに記した原作に登場した原作のキャラクターです。ただ原作中では名前すら描写されていなかったので、名前の捏造など勝手に独自設定を盛ってます。なのでほぼ当作オリジナルキャラクターと見ても構いません。

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