「破道の三十二!
黄色い霊圧の閃光が、大気を揺らしながら勢いよく放たれる。
真正面から向かってくる霊圧の攻撃を前に、ユージオは青薔薇の剣を上向きに構える。
───アインクラッド流 単発垂直斬 バーチカル!
水色の閃光と共に振り下ろされた青薔薇が黄色い閃光と接触する。剣とそれに纏う霊圧によって防がれた閃光はユージオの体へ届くことなく、二又に分かれる。
(…鬼道を斬るなんて。あの迷いのない動き……流石 ユージオ。一筋縄じゃいかないわね)
思いの外 あっさりと自分の鬼道が防がれたのを見て……アリスは唇を引き締める。剣一本で鬼道を防がれては、霊圧の消費損もいいところである。アリスは精密な鬼道操作を何より得意な分、素の霊圧量は高くない。より効果的な鬼道の打ちどころを考えなくてはならない。
アリスが分析している一方、ユージオにはそのような暇はない。
鬼道が晴れるその瞬間を縫うように、影が飛び出してくる。
「シッ!」
「っ…く!」
影の正体は、ユージオのもう一人のクラスメイト…雨涵だった。
何重もの細い紐を用いて、左腕に鞘ごと浅打を纏った雨涵はユージオに向かって的確な打撃を放っていく。対するユージオはそれを捌き、躱し…時には相手の隙を見計らって剣を振るう。だがより反応の良い雨涵は、ユージオの剣を左腕の浅打で防ぎきる。
雨涵の白打術は、尸魂界中のどこにも存在しない独自のもの。敵の刃は左腕に纏う浅打で防ぎ、右手と両足を用いた打撃が攻撃の要となる。それに対して、ユージオは防御と攻撃は青薔薇でこなさねばならない。手数で見れば到底叶わない。
ユージオの勝つ要素があるとすれば…青薔薇のリーチと、その威力。
雨涵の右裏拳が、ユージオに襲いかからんとする。だが、今度はそれを避けようとはしなかった。むしろより強く踏み込み、体を前に。
その瞬間、ユージオの剣にまた水色の光が纏い始める。
「!!」
危機を察した雨涵は、強引に体の向きを変えて裏拳を引っ込める。そして、左腕の浅打を防御として構えたその瞬間に、ユージオの放つ秘奥義が叩き込まれる。
───アインクラッド流 単発斜斬 スラント!
「っ…!」
体が切り裂かれることだけは防げたが、その勢いを受けきることも殺しきることも叶わず、体は大きく後ろに倒れる…が、なんとか地に背中をつけるまでは倒れず、素早く回転して受け身を取った。もとより雨涵の膂力はユージオに敵わない。だからこそ、彼に
「縛道の四!『
だが、雨涵が躱せぬほどのスピードを持つ秘奥義にも弱点はある。それは、秘奥義を放った後にユージオの体を襲う硬直。そしてそれをよく知っていたアリスは、狙い通りのタイミングで縛道を放つことに成功。ユージオの右腕が黄色い霊子の縄に縛られ、アリスがその縄を引っ張ることで体勢が崩れてしまう。そして、その隙に呼応するように、雨涵は動き出していた。左腕を用いた打撃。今まで防御に回していた浅打を攻撃に回すということは、絶好のチャンスだと見極めた証だった。
そのチャンスを、そのままチャンスとしてくれてやるつもりは、ユージオにもなかった。
「青薔薇───!」
片腕が封じられ、体勢が崩れた状態でも…青薔薇は、
「……」
まるで、雨涵に掴みかかろうとする巨大な手の如く。地から生えた氷の荊は、雨涵の全方位を囲うように勢いよく伸びていた。ギリギリまで引きつけただけあって、ほぼ伸びきって彼女を囲う荊からは、もはや彼女の機動力をもってしても脱出は不可能だとユージオは直感した。
ただ、その直感に影を差すユージオの不安。それは雨涵の様子が妙に落ち着いていることだった。もはや逃れられぬほど囲まれているのにも関わらず。まさか、自爆覚悟の鬼道で突破するつもりかと咄嗟に推測するユージオだったが…。
雨涵は霊圧を練る様子すらなく…ただ一瞬で、氷荊の檻からかき消えた。
「なっ!?」
完全に自分の見立てが失われ、思わず動揺するユージオ。全く予想外のこと、予想外の展開を前に動揺したのはユージオだけではなかった。向こうのアリスも驚きに顔を染め、手に展開していた這縄も緩んでいるようだ。だが今のアリスと違い、二人分の意識が溶け込んだユージオは動揺を鎮めるのが早い。すぐに冷静に戻ったユージオの霊覚が、雨涵の反応を捉えた。
(……上!?)
しかし、反応を捉えたとはいえ…一瞬の動揺を晒した差は大きかった。空中から襲いくる雨涵のかかと落としが、ユージオの後頭部に直撃してしまった。脳を揺らす衝撃と重みに、ユージオは思わず前のめりに倒れ込む……ところだったが、なんとかギリギリで踏ん張った。すぐさま体を起こして戦闘態勢を整えんとするが…この二人を前にしては、少し遅かった。
「はい、私達の勝ち……ね」
「あっ…」
体を起こしたその瞬間に背後から首元に突きつけられる、アリスの斬魄刀。これが本当の生死をかけた戦いであれば、この状況からでも抵抗はできなくもないが…あくまで”勝負”の上では、ユージオは雨涵とアリスのペアに敗北することになった。
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「…って、ちょっと雨涵! さっきのアレって……もしかしなくても”瞬歩”だよねっ!? いつの間に習得してたの!? いいなあ…」
「うーん、もう少し秘密にしておきたかったが…つい、使ってしまった」
始解を解除して”院生ユージオ”に戻ったユージオは、ずいっと雨涵に迫る。ちょっと照れ臭そうにしている雨涵に対し、ユージオの後頭部を回道で治療しながら頷いてみせる。
「なるほど…私には分かったわ。雨涵が夜な夜などこかへ出かけていた秘密*1……あれは、瞬歩習得のための特訓をしていたのね!」
「…ああ、半分 当たりだ」
アリスの推論に、雨涵は頷いて肯定する。「半分」という言葉は二人とも気になったものの、深く追求するようなことはしない。秘密を推測するだけならともかく、追求まですることはないだろう。…それにしても、ユージオが始解を習得し、アリスが回道を習得している裏で、雨涵は瞬歩を習得していたとは。驚きももちろんだが、アリスとユージオの心にはそれ以上の嬉しさも感じていた。皆が皆、それぞれの分野で一皮剥けつつあるのだから。
「はっはっは! 早朝から模擬訓練とは、元気だな!」
「「「っっ!?」」」
三人の院生は、一様にビクッとなった。なぜなら、全く気づかないうちに霊術院総合担当者の石和が側にいたからだ。これだけ近くにいたならば、未熟とはいえ流石に三人の霊覚に引っかかるはずなのだが…おそらく、石和が意図的に霊圧を抑え、隠していたのだろう。この悪戯っぷり、なんとなく平子隊長を思い起こさせる。
思わず無駄に慌てて、ユージオが説明する。
「あ、いえこれは…その、せっかく始解を習得したから授業が始まる前に練習しようかと思ったら、アリスが『始解のユージオと私達二人でちょうどいい強さじゃない?』とか言ってたので、なら先生がくる前に確かめてみようと思って……あ、ひょっとしてもう授業の時間ですか!? すいません、それじゃあ…」
「まあまあ…落ち着け。何もそう急くことじゃあない」
無駄に早口になってしまったユージオを諌めて、石和が改めて語り始める。
「授業の心配ならしなくていいぞ。今回俺が来たのは授業をやるためではないし、お前達…特に、雨涵には申し訳ないが、また霊術院の授業が一時期、中断されることになった」
「「「えっ!?」」」
今度は驚きの登場ではなく驚きの言葉を耳にして、また院生達は揃って同じような驚き方をしてしまっていた。同時に、アリスとユージオは思わず横目で雨涵の方を見てしまう。これからアリスとユージオは現世へ行く準備があるだろうから、二人は授業不参加という話ならまだ分かる。だが、霊術院の授業そのものが中止というのは分からない。なぜなら、雨涵は授業を受ける必要があるからだ。
二人からしてみれば初めての現世。正直なとこを言えば、少しでも心細くないよう雨涵にも現世についてきて欲しかった。だが、短期現世駐在任務体験許可の細かい事項の中には「現世に赴くのは二名まで。他一名は今までと同様に霊術院で授業を受けること」とあったのだ。霊術院の授業というのは死神達の教師適性を見る上でも重要なことであり、易々と中止することはないはずだが……中止の前例がないわけでは、ない。止むを得ない理由があれば。
院生三人に問い返されるより早く、石和が授業中止の止むを得ない理由を語る。
「なぜなら…昨日、ようやく決定されたからだ。真央霊術院及び、霊術院寮の本格修復がな」
「え!? ほ、本当ですかっ!?」
その理由を聞いたユージオは、喜色を露わにする。程度の差はあれど、アリスも雨涵も同じような感情でざわめいた。
三人が喜ぶのも無理はない。今まで座学の授業は狭い寮の部屋で細々と行い、斬術・鬼道・白打・歩法の訓練は、瓦礫にまみれた霊術院前で行っていた。それに不便を感じていないと言えば嘘になるが、三人にとってはそれ以上に、破損しきった霊術院と院寮に強い愛着が湧いていた。そんな二つの建物の復興は、院生三人にとっては心待ちにしていた出来事とも表現できる。
「ああ。平子隊長 日番谷隊長達の再三の申請に、京楽総隊長も頷いてくれてな。護廷十三隊の増員が急務の一環と認められる以上、死神の教育機関である霊術院の復興をそろそろ開始する適当な時期だと認められた。それに伴い、修復計画を立てる視察 施工及び管理のための人員調整等々…死神の側も忙しくなるし、工事が始まると当然、霊術院も寮も立ち入り禁止となる。よって……」
石和はゆっくりと視線を動かし…その目は、彼女の方を向いて止まった。
「雨涵。今から、お前は俺と共に来てくれ」
「…何を、するのでしょうか?」
たった一人、突然自分を指名された雨涵は思わず体を硬くする。そんな一瞬の緊張を汲み取った石和は、彼女の体をほぐすかのようにぽんぽんと軽く肩を叩く。
「そう固くならなくてもいい。寮の工事が始まったら、院生の住むところがなくてしまうだろ? だから、無理なく霊術院に通える範囲での仮住居候補をいくつか抑えてある。それぞれ俺と一緒に見て回って、最終的にどこに住むか選んでくれるだけでいい」
「…分かりました」
石和の言うとおり全く怖くも難しくもない話だったようで、雨涵はちょっとホッとした。霊術院に入ってからの生活の中で、あまりにもアリスやユージオと共にいることが当たり前になりすぎて、ただ二人から離れて一人で何かするということだけでちょっと緊張が生まれてしまっていたのだ。だが、これから雨涵は1ヶ月ほど二人とは離ればなれになってしまうのだ。少しは慣れないといけないな、と雨涵は思った。
雨涵の頷きを確認した石和は、続いてアリスとユージオの方に向き直ると…手持ちの荷物から二組の書類の束を取り出して渡す。
「そしてユージオ アリス。お前達二人はその間に、現世駐在任務に赴くにあたって必要な申請書類を書いて纏めてくれ。何をどのように書けばいいのかは、あの試験を合格したお前達なら全部把握はしてると思うが…実は今回の申請書は特別式でな、手引書にはない項目があったりするんだ」
「と、特別…ですか」
「ああ。実は以前から、現世駐在任務の制度や仕事環境改革が護廷十三隊で取り沙汰されていてな。今回の現世駐在任務体験が、そのプロトタイプとして活用されることになった」
その時、二人には「ぷろとたいぷ」の意味はまだ不勉強ではあったが、後で調べてみたところ「試しにやってみるもの」「試作品」と言った意味があるそうだ。つまり、現世駐在任務の新しい制度や決まりを試しに院生達の体験任務に導入してみようということになる。ただ、院生達にとっては新しいも古いも関係ない。これからが初の、現世任務なのだから。
「そんな訳で、ひょっとしたらよく分からない項目等もあるかもしれん。だから、分からないことがあったら遠慮なく俺に地獄蝶を飛ばすようにしてくれ」
「あ、はい!ありがとうございます!」
「はい、それじゃ 早速…」
石和先生と雨涵に向けてペコリと会釈をした院生達は、早速書類記入作業に移ろうと踵を返そう……としたところ、石和先生に止められてしまった。
「待て待て二人とも。まだお前達には渡すものがあるんだぞ」
「えっ…? な、なんでしょうか?」
「ほら、これだ」
そう言って石和が取り出したのは…クリーム色をした二つの巾着袋だった。
大きさはちょうど院生達の手のひらに収まるくらいに小さい。袋にはそれぞれ手書きの字で「ユージオ君へ」「アリスちゃんへ」と書かれた白い紙がピンで固定されていた。自分の名前の袋を受け取ってみても、中の重さが全く感じられない。振ってみても、音もほとんど聞こえない。軽く袋の上から触って中を探ってみてもほとんど分からないが…何か布? みたいな薄い何かが入っている気がする。
全く要領を得なかった二人が、頭にハテナマークを浮かべながら石和先生を見上げる。二人の視線を受けた石和先生は肩を竦めるとこう言った。
「すまんが、俺は中身を知らん。これは平子隊長から渡されたものだからな。『坊主達には、俺からの二つ目のプレゼントや言うて渡してくれ』って、な」
その言葉を聞いて、ユージオもアリスも…雨涵までも思わず驚きと怪訝が入り混じった表情になってしまった。
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石和先生や雨涵と別れ、二人して院生ユージオの部屋の中に集まったものの…申請書類には手をつけることなく、平子からの2つ目のプレゼントを開こうともせず、ただその巾着袋の紐をプラプラ揺らしながら、二人して袋をじっと見つめていた。
「…二人とも、いい加減そのプレゼント 開けてみたら?」
「あ、う…うん」
「そう……ね」
妙に煮え切らない様子な二人に声をかけたのは、院生寮にきたことで具象化した青年のユージオである。隣にはその恋人──と院生達はこっそり呼んでいる──青年アリスもいた。
二人がせっかく受け取ったプレゼントをなかなか開けなかったのは複雑な感情が起因している。心の奥底では二人ワクワクしながら待ち望んでいた、平子隊長からの二つ目のプレゼントがこんなにも小さいものとは…しかも中には何か入っているのか入っていないのかも定かではない感触しかない。…何かをもらう身でありながら、失望の気持ちが全くなかったと言えば嘘になる。
だが、袋が小さいからと言って中身も見ずに失望するのは違うだろうとは思われる。仮にも平子隊長がわざわざくれたプレゼント。まさかしょうもないものが入っているはずはない……そう考えた院生二人は、思い切ってグッと袋の口に指を入れる。
口の紐が緩み、袋が開く。院生二人がほぼ同時に袋の中に手を入れると…何かグニャグニャした感触が指に返ってきた。その感触を頼りに、袋の中のそれを引っ張り出してみる……。
「「……何これ?」」
入っていたのは、黒くて平べったいゴムのような”何か”であった。
それ以外は、特に何も入っていない。
袋に入っていた何か……もとい、平子隊長からのプレゼントを二人してよく触って確かめる。黒いそれの触感は二人にも覚えがある。院生達がよく買う弁当の蓋を固定する輪ゴムと同じ感触だ。ただし、相当に薄いゴムでできているようだ。さらにそれを手で軽く伸ばしてみると、どうやらこれもまた袋状になっていることが分かった。口元部分は細く丸い、輪になっている。
「……ひょっとして、これ…風船じゃない?」
「…ふーせん?」
ポツリと院生アリスが呟いて、その言葉を聞いた青年アリスが首を傾げる。青年ユージオも同じように不思議そうな顔をしているところを見るに、青年達の世界では見たことのない代物らしい。一方で、その言葉を聞いた院生ユージオはその言葉で思い出したかのようにポンと手を打った。
風船といえば、空気を入れて膨らませることで使用する飾り…というより、玩具の類である。尸魂界で見る機会は皆無だが、現世では店などの飾りに使われることもあるという。言われてみれば確かにそれっぽいが…平子隊長からのプレゼントとは、この真っ黒い風船なのだろうか? もしそうだとしたら、そのセンスには到底共感できそうにない。
だが一方で、いくらなんでも子供騙しの玩具を二つ目のプレゼントとして勿体づける平子隊長ではないという信頼もある。何せ一つ目のプレゼントとして「虚との戦闘経験」や「虚と戦闘訓練できる転身体」をくれた平子隊長だからこそ、尚更である。
それに加え、平子隊長はどうやら悪戯好きな面があるということは院生達にとっては周知の事実であった。なので、このプレゼントにも何か仕掛けがあるのかもしれない…そう同時に思い立った院生二人は、さらに詳しく調べてみることにした。巾着袋や黒風船を裏返して見たり、ピンで固定された各々の名前が書かれてる紙を取って裏を確認して見たり……。しかし残念ながら、不審な点も不思議な点も何一つ見つかることはなかった。
あと、試してみれることといえば…
「じゃあ…膨らませてみる?」
「そうね。でも…これで何もなかったら、どうしようかしら」
「うーん……雨涵が帰ってきたら、ちょっと聞いてみよう」
ダメだった場合の方針を示した院生ユージオは、
プクーっと、黒い風船が膨らみ始める。横で青年ユージオと青年アリスが「おおっ」と感嘆の声をあげる。初めて風船が膨らむのを見る新鮮な反応を尻目に、院生ユージオは切れた息を再び吸い込み直し、二度目の息吹き込みを始める。吹き込む張本人の院生ユージオはよく見えないが、
もっと膨らませないといけないか……と、院生ユージオがさらに三度目の息の補給をしようと考えた、その時……
パァン!
甲高い破裂音が、部屋中に鳴り響いた。
同時に、部屋にいるものが全員その音に対して盛大にビクッと驚いた。
確かに風船は、限界以上の空気を注入すると大きな音を立てて破裂する。しかし院生ユージオも院生アリスも、全くそれを予期できなかった。見た目にはまだ全然空気が入る余裕がありそうに見えたからだ。それゆえ、風船が何たるかを知っている院生達も驚いた。だが……そんな驚きなどすぐどうでもよくなるほどに……予想外かつ、とんでもない驚きが、すぐに四人を襲った。
風船の甲高い破裂音と同時に……ドサッという、重く鈍い音がした。
それは、風船でもなければ袋でもない。別の重い何かが出現し…部屋の床に落ちた音だった。
その”何か”とは……
「「ぼっ…僕!?」」
声をハモらせて驚いたのは、ユージオ二人。
なぜなら”それ”は…現世風の装いをした、亜麻色の髪の青年。
床に倒れ、緑色の瞳をうつろに濁らせているその姿は……紛れもなく、”ユージオ”その者の姿であった。
*
*
*
院生ユージオも青年ユージオもいるこの場で、新たに地に倒れて現れた現世風の装いをしたユージオ。到底あり得ないはずの現象を前にして四人は硬直するが…真っ先に動いたのは青年のアリスだった。
「あなた、大丈夫!?」
一番に駆け寄ったはいいものの…斬魄刀の具象化である青年のアリスは、倒れるそのユージオには触ることができず…すり抜けるばかりでしかなかった。続いて動き出した院生のアリス は実体がある故、その体に触れることができたが…
「…ね、ユージオ…これ…」
「…?」
ちょっとややこしくなってきたが、院生アリスが呼び掛けたのは院生ユージオに、である。何やら触れたことで何か違和感を覚えたらしいアリスにならって、院生ユージオは恐る恐る自分と同じ姿をしたその体の手に触れてみると…
(な……何だこれ?)
違和感。人に触れた感触と近いが…だが確実に何かが違う。
非常に形容し難い感覚だが…あえて言うならば重く、硬い感覚に近かった。
その間、院生アリスが倒れるその体を抱き起こし、指や髪の部分などに触れているうちに……ポツリと、言葉を溢した。
「これ……この体、”霊子”じゃなくて”器子”で出来てるわ」
「えっ…? いや、でもそうか…だから…」
院生アリスが四番隊で培った知識と感覚を元にした言葉を聞いて、一瞬院生ユージオは戸惑いを感じるものの…すぐさま何かに納得したような素振りを見せる。その一方で、青年二人は理解がおっつかず置き去りだ。ユージオの姿形をした人間がうつろに倒れている姿を前にして妙に冷静な院生達に、青年達はそわそわしっぱなしだ。
それに対して院生達が冷静な理由は…この目の前に倒れている現世の装いをしているユージオが”物”であることを理解したからだ。
黒い風船を膨らませて割った途端現れた、
この体を構成している物質は、尸魂界の万物を構成する”霊子”ではなく、
そして…もしも、このユージオの体こそが平子隊長のプレゼントなのだとしたら?
かつて、虚との戦闘経験をプレゼントとしてくれたように…
「これ…もしかして、義骸じゃない?」
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そして約30分後…部屋の中には、
「う…うわあ……! こ、これが…?」
現世風──白のズボンに青を基調としたスーツ姿の装いをした青年の一人は、驚きと感慨が強く現れた表情をしている。眼下の自らの手や体を見て、目を輝かせているその様子はまるで、新しい玩具を前にした子供のよう。そして、その青年と同じ容姿をしている二人目の青年がその様子を微笑ましそうに見ている。
また、三人目と四人目の青年──セーラー服の女性とスカートエプロンの女性二人は、その横で何やら手を高く掲げてハイタッチをしていた。どうやらセーラー服の青年は、突然高くなった自分の身長が嬉しいらしい。
青年ユージオと青年アリス。その二人の他に現れた二人の青年の正体とは、院生ユージオと院生アリス。ただし…義骸に入った状態の二人…である。
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義骸とは、霊力を失い弱体化した死神が回復するまでの間、人間に成りすますために用いる仮の肉体のことである。その存在はもちろん勉強の過程で院生達は知っていたが、いざそれが目の前に現れても、咄嗟には義骸とはわからなかった。何せ、黒い風船を膨らませて破裂させたら義骸が現れるなんて習ってないからだ。それに…義骸は基本的に自分と同じ容姿をしていると聞いていたが、現れた義骸は院生達を大きく成長させた、青年の姿をしていた。
しかし前者はともかく、後者の点に関しては院生達にプラスに働いた。自分の成長した姿の体になれるというのはなかなかに新鮮で、面白い感覚であった。今までは見上げていた青年達の顔が横を向けばすぐそばにあるというのは、ちょっと良い感じ。ただ…義骸というものに入っていると、ちょっと体が重くて動きづらく感じる。体が大きいからというよりも、器子という物質が霊子に比べると重い性質だからのようだ。
青年達視点からすると、突如として現れたうつろな三人目のユージオの体に、院生ユージオが背中側からモゾモゾと潜り込んだかと思えば、突然そのユージオそのものになったのだから、それはもう驚きに驚いた。二人のその狼狽ぶりは、思わず写真を撮っておきたいと院生ユージオが思うくらいには面白い様子だった。ただ一度驚きが去った後に見えてくるのは、大きな自分の体を見て子供のように喜ぶ院生ユージオと、「ね、ね! この服似合うかしら?」とこれまた子供のように聞いてくる院生アリスの姿。成熟した体に、まだまだ子供の精神。そんなギャップが産む面白さと微笑ましさに、青年達の頬もつい緩むというもの。
「ね、アリス。平子隊長がプレゼントしたこの義骸ならきっと、現世でも人間らしく過ごせそうじゃない?」
「そうね! これなら現世の調査もきっと捗るに違いないわ! そうと決まったら……」
未だ興奮冷めやらぬ様子であった二人が少し静かになったかと思えば、その視線は床…二束に分かれた申請書の束に注がれた。院生ユージオと院生アリスは互いに顔を見合わせて頷くと、次なる行動…現世行き申請書類の記入のために動き出した。
だが…急に20cm以上も伸びた体を何の支障もなく動かせるほど、甘くはなかった。
ただ屈んで床の書類を拾い上げようとしただけなのに……かがみ込む深さとバランスをそれぞれ見誤った二人は、盛大に頭から床に突っ込むように転倒。綺麗に纏まっていた二束の書類も盛大に床に散らばることになってしまった。これには、傍で見守っていたはずの青年達は、二人を助け起こしながら苦笑いする他なかった。
せめて、現世に行く時までにはこの義骸を支障なく動かせるようにしなければ……と、院生ユージオと院生アリスの心にさらなる目標が刻み込まれたのであった。
【こぼれ設定話 その4】
普通の院生ユージオがアインクラッド流秘奥義を使う時と、
始解状態のユージオがアインクラッド流秘奥義を使う時で、表記に違いがあるのに気づいたかな?
普通の院生ユージオ→アインクラッド流 秘奥義 単発水平斬 ホリゾンタル!
始解状態のユージオ→アインクラッド流 単発水平斬 ホリゾンタル!
※秘奥義・改の使用時を除く。
これは院生ユージオが未熟ゆえに、始解状態のユージオの時と比べて秘奥義の発動がワンテンポ遅れ気味なことを表現しているのだ!