前話の見逃しにご注意ください。
「あっ……」
「……お久しぶり、です」
『………』
ユージオは今この瞬間が、目の前にある光景が、『夢』であるとすぐに自覚した。
なぜなら…この夢には見覚えがある。何度も何度も見た夢ではあるが……この夢を見るのは、随分と久しぶりに感じる。
近くに見えても、決して届かない場所。
目の前のそこには…一人の騎士が、背中を向けて立っている。
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ユージオが、二種類の夢を見るようになったのは…
破面との激闘の末に、綜合救護詰所に入院して以降のこと。
あの日を境にして見るようになった夢の正体は、何となく分かる。あれはきっと…兄の、青年ユージオの記憶の断片なのだ。入院中の夢で見た記憶の夢の中で聞いたログアウトという言葉が、”世界”への手がかりとなったことは比較的最近のことでもある。
だが、今ユージオが見ている夢は……その記憶の夢とは別のもの。
入院するよりも、ずっと、ずっと前……青年達に初めて会ったあの日*1から時折*2この夢を見ていた。
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「……あの、ですね。ひょっとしたら、知ってるかもしれないけど…」
「僕……僕たちは…現世に、行くんだ。…明日には」
『………』
この夢を見る時は、いつもこうだった。
目の前の騎士さんは背中を向けて立ったまま、こちらの声に反応することはない。かと言って、あの人には触れることはできない。まるで見えない壁があるかのように、あの騎士さんの元に歩み寄ることはできないのだ。
だからユージオは、ただ話す。
騎士さんの耳に、この声が届いているかどうかも分からないままに。
一見無意味なように見える行動。
だけどユージオは、この夢の騎士さんのことをどうしても放っておくことができなかった。
その理由は二つある。
一つは単純に、ユージオが騎士という存在のカッコよさに憧れを持っていること。
そしてもう一つは……”罪悪感”である。
ユージオは…この騎士さんの正体について、とある推測をしていた。
重厚な鎧に包まれた後ろ姿だけでは推測できる要素は少ないものの……ここからでも見える、あの
「現世に行くのは…兄さん達の世界を、探しに行くこと。それが一番の目的ではあるんだけど……」
「アリスはアリスで『会いたい人を探す』って別の目的があるように………僕も、また別の目的があるんだ」
「騎士さん……あなたが生きてた証を、探すこと」
『………………』
気のせいだろうか。
騎士さんの後ろ頭の頭髪が…少し、揺れた気がした。
「…兄さんは、ひょっとしたらあなたのことを知ってるかもしれない。でも、兄さんに聞くとしたら…最後にしたい」
「できるだけ…自分の手と足で……あなたのことを探して、知りたい」
「一番最初に知りたいのは…あなたの、名前」
「あなたの名前を…呼んでみたい。あなたの名前を知って、呼び掛けた上で……もう一度、顔を合わせて…謝りたい」
「だから─────」
『………………………』
続け様にユージオが言葉を紡ごうとした瞬間に、世界が突然暗転を始める。
闇の帳の向こう側で、騎士さんの後ろ姿がだんだんと遠くなっていく。
夢の終わりは、いつも突然だった。
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「えーっと…伝令神機、よし。で、現世用の財布……ある、と。義魂丸は…」
「……ユージオ君、流石にもう確認はいいんじゃない?」
通算六回目となる荷物の確認をしている院生ユージオの様子を見て、流石の青年ユージオも呆れ半ばに言葉をかける。少なからず自覚はしているのか、院生ユージオはちょっと照れ臭そう。
「いやあ…大丈夫だと分かっていても、ね。緊張のせいか、どうしても落ち着かないんだよ。一つでも荷物を忘れたら大変だし…」
「うん、それはよく分かるけど……でも、そろそろ…」
青年ユージオの言葉の最中に、部屋のドアがドンドンと叩かれる音が響き渡る。
「ユージオ〜! そろそろいかないと遅れちゃうかもれないわよー!」
「あ、うんわかったー! すぐにいくからー!」
ドアの向こうから急かしてくる院生アリスの声が聞こえてきて、院生ユージオは机の上に広げて確認していた荷物の数々を慌てて袋に放り込んでいった。
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それぞれ大きめの袋を手にしたユージオとアリス。そして見送りのため共に行く雨涵は手ぶら。
三人が歩いて辿り着いたのは、五番隊が管轄する穿界門の前である。
「わ…おっきい……」
アリスが思わず漏らした通り現世へと繋がるその門は、人どころか巨人のために作られたものかと思うくらいには大きかった。教科書の写真でも見たことはあるが、実際に見るとやはり迫力がある。これから先の現世でも、同じような気持ちになることは多いんだろうなとは思う。いくら教科書で現世の勉強をしたとしても、実際に見るとやはり驚くに違いない。
多少圧倒されながらも、三人揃って穿界門に近づいていくと、その側で院生達を待ち受けて待機している二人分の影が見えた。
「こっちだ、院生諸君! 時間通りだな!」
あっちの方で片手を上げてこちらに誘導してくれているのは、院生達にとってはお馴染みの霊術院総責任者、石和先生。
だが…その石和先生の隣にいたもう一人の人物は、正直お馴染みとは言い難い人物。
「……え」
「…?」
ユージオの喉奥から、思わず妙な声が漏れた。アリスの方は首を傾げている。それも仕方のないこと、アリスはあの人物とは初対面のはず。だが…ユージオは会ったことがある。随分前に、一度だけ。
どうしてここにいるのかと、ちょっと動揺気味のユージオの側をすり抜けて、前に出たのは……雨涵だった。
「砕蜂隊長? …
「なに、ちょうど業務の隙間時間だったのでな。少し見に来ただけだ。貴様がやたら神格化する、才能あるクラスメイトとやらを、な」
「神格化とまでは……私にとって、彼らは超えるべき目標という話ですよ」
その会話の様子に、ユージオは驚きのあまり開いた口が塞がらない気持ちになった。
砕蜂隊長とは、ユージオも雨涵も…昔、一度だけ会ったことがある*3のみの関係だったはず。まだ、アリスすらこの霊術院に入学していなかったほど、昔のこと。しかし雨涵は…そんな昔に一回会ったっきりの隊長格と、ああも自然に会話をしている。まるで…普段から毎日会話しているかのように。
説明を求める意味で、アリスがトントンと雨涵の肩を指で叩く。雨涵はそれに応じて振り向き…ちょっと照れ恥ずかしそうに、説明をする。
「あー…その、なんだ。実は私、砕蜂隊長に師事して教えを受けていたんだ。
「「……えーーっ!?」」
アリスもユージオも、まさかここにきて現世関連のこと以外の驚きに襲われることになるとは思わなかった。
三日前の模擬戦闘訓練の後、アリスは雨涵が夜な夜などこかへ出かけている理由についてこう推測した。「瞬歩の特訓をしていた」と。それに対する雨涵の答えは「半分、当たり」だと言った。そして今…その完璧な解答が二人の目の前に現れた。つまり雨涵は「夜な夜な砕蜂隊長の元で、瞬歩などの修行をしていた」というのが答えだったというわけだったのだ。
そして…クラスメイトが一人だけ隊長に教えを受けていたと聞いて、ユージオとアリスが真っ先に抱いた感想は「ずるーい!」って感じだった。
そんな感想と共に硬直している二人を、砕蜂はジロリと半ば睨めつけるように観察している。
「…私には、こやつらごときを目標とするのは過大評価に思えるな。仮にも私が教えを叩き込んだ貴様の本気ならば、二人纏めて容易に打ち倒せる相手ではないのか?」
「いいえ……それは違います。砕蜂隊長。二人は、とても強い。実際に戦ってみたからこそ、分かるんです。私にとってはずっと、二人は目標であり……大切な友達、です」
「ふむ…。ならば、そういうことにしておくか。お前がそう思うなら、それを信じるのが一番だ」
そんな風に砕蜂隊長と雨涵が話しているのを聞いて、ユージオは思わず照れ臭くなるのと同時に、嬉しくなる。自分の強さを褒められて認められていること。目標と思いながら、それでいて大切な友達と思ってくれていることを改めて言葉にしてもらえるのは、良いこと。アリスも概ね同じ感情であるが…砕蜂隊長の言う通り、強さの過大評価があるんじゃないかと思ってほんのちょびっとだけ複雑。
「お〜い! 院生諸君! そろそろこっちの方を済ませてもらわんといかんぞ!」
そんな風に心が別の方に寄ってしまっていた院生達を、石和は再び声で誘導する。その誘導により、院生三人は揃って砕蜂隊長から石和先生へ方向転換をした。この穿界門を潜る前に、まだいくつか済ませなくてはならない処理があるのだ。
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アリスが、何やらジャラジャラと金属音を響かせる袋を石和に渡す。それを受け取った石和はちょっと時間をかけて中身を
「…ふむ。申請通りの金額に、間違いはないな。…ほら、これが現世の金銭だ。一応しっかりと確認はしとくんだぞ」
「ありがとうございますっ」
その袋と引き換えにアリスが受け取ったのは数枚の封筒。その中に入っているのは石和の言った通り現世での金銭──紙幣や硬貨などがそれぞれ満遍なく入っている。1ヶ月分の駐在任務分の支給金額と、これまで院生達が瀞霊廷でのバイトで稼いだ金額。それに、お世話になった人達から好意で頂いたお金とが合わさった分の現世の金銭が、ユージオとアリスのそれぞれの財布の中に分割して納められた。これならば、1ヶ月どころかさらに半月は優に暮らせるほどにはなっただろう。
お金の両替を済ませれば、いよいよ出立の時となる。
ゆっくりと穿界門が開き始めるのと同時に、ユージオとアリスは懐から地獄蝶を一匹ずつ取り出した。このうちのユージオが出した方の一匹は、初めて石和先生と出会った日*4からずっと院生寮で飼い続けていた院生達にとっては親しみ深い地獄蝶であり、公正なジャンケンの末にユージオが携えることとなった。この地獄蝶達が、現世と尸魂界の狭間・
穿界門の開門処理が終わる前に、ユージオとアリスは改めて雨涵に向き直った。
「それじゃ…雨涵、行ってくるよ」
「しばらく独りにしちゃうけど…元気でね」
「…それはいいが……二人とも」
別れの言葉を告げるユージオとアリスの前に、さらに一歩近づいた雨涵は…二人の頬にペタリと手を触れる。
「今生の別れでもないだろうに…なにをそんな、寂しそうな顔をする?」
「あれ……そんなに寂しそうになってたかしら?」
「なってたなってた」
コクコクリと真顔で頷いた雨涵は、二人の顔から手を離して懐に手を入れる。
「二人が寂しがる必要も…私が寂しがるのを心配する必要だって、ない。なぜなら…」
雨涵が懐から取り出したのは…少しばかり周りがすり減った、一枚の紙。
「私たちの命は、繋がっている。たとえ、どこにいようとも」
雨涵の言葉に、ユージオもアリスも…静かに頷く。あの日の誓いのことを思い出すならば……二人の寂しそうな気持ちも、そよ風が霧を晴らすが如く、穏やかに薄れ吹き消されていく。
右手の紙を左手に持ち替えて……その右手を、改めて二人の前に掲げる。
「何にも心配はいらない。前だけを向いて、行ってくるといい。……目的の”世界”が見つかることを、私はここで祈って、待ってるから」
「…ありがとう、雨涵!」
「雨涵の言う通りね。うん! 前だけを向いて……」
「「行ってきます!!」」
院生達三人の手が、ハイタッチにより軽やかな音を立てて、重なる。
それとほぼ時を同じくして、穿界門の開門処理が完了した。
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三人の絆を胸に、二人は門の先へ一歩踏み出す。
その二人の傍には、敬愛する兄姉がいる。今は誰にも見えていないけれども、そこにいることは何より院生達三人が知っている。兄姉二人を現世に連れていくことが…ユージオとアリスの隠された目的の一つであるのだから。
穿界門を通った後に広がるのは、現世と尸魂界の狭間・断界と呼ばれる場所。
そこを通った先の門をくぐれば、そこはもう目的の地である現世である。
断界を抜ければ…院生ユージオは
院生アリスは
現世駐在任務体験の赴任地として選ばれた…
日本国の首都 東京の多摩地域東部に位置する、西東京市に降り立つ。
奇しくもその場所は…
電脳世界で過ごした
三人の縁……それは
一人、アリス・ツーベルク。
もう一人は、ユージオのこと。
そして、三人目とは………
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「………?」
「…どうかしたのですか、
「……いや、気のせいか。何でもない、
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そして……なんという偶然だろうか。
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「……ここ、は…」
雄次郎と愛梨の出立と時を同じくして、
一つ二つ鐘の音は響く
心の中へ広く深く
物語のような星の雫
その中に細い線路築く
── アニメ BLEACH OP1 *~アスタリスク~ ──
この物語の始まる鐘の音が
繋ぐ旅の途中で
── アニメ ソードアート・オンライン OP4 courage ──